素直になれない、婚約者の本心は。
クラウディアがスタンリー・アイゼル侯爵令息と婚約したのは、八歳を迎えたばかりの春のことだった。
クラウディアはモロー伯爵家の一人娘だったが、産みの母を早くに亡くしていた。
やがて父親であるモロー伯爵が後妻を娶り、後妻が次々と弟妹を生んで新たな家族が増えるにつれ、クラウディアはひっそりと息をひそめて暮らすようになった。
それを心配した亡き母の親友であるアイゼル侯爵夫人が、一人息子のスタンリーとクラウディアの婚約を整えてくれたのだ。そして行儀見習い、という名目でクラウディアはアイゼル侯爵家へと引き取られた。
「――お初に、お目にかかります」
顔合わせもせぬままに、親同士の話し合いで急くようにして決まった婚約だ。
同居が始まった初日こそが、クラウディアとスタンリーの初顔合わせの日となった。
「……っ」
純白のふんわりしたドレスの裾を小さな指でつまみ、八歳のクラウディアははにかみながら礼を取る。
色素の薄い茶色の、やわらかな巻き毛が風に揺れる様子から目が離せなくて、スタンリーはただ立ち尽くして彼女を見返した。
「クラウディア……と、申します。本日より、どうぞよろしくお願いいたします。……スタンリー、さま」
控えめで優しい声音はささやくように小さいのに、不思議とスタンリーの耳に心地よく響いた。
思いっきり走った後のように心臓がバクバクし出して、スタンリーは途方に暮れて両親を見上げる。両親はいかめしく唇を引き結び、スタンリーの背中を押した。
「何を呆けている? 早くお前の婚約者に挨拶を返しなさい」
「スタンリー。未来のお嫁様に、まずは第一印象が肝心よ?」
母であるエミリアはどうやら面白がっているようだ。
スタンリーにもそれがわかったが、相変わらず心臓はうるさいし、不安そうにこちらを窺うクラウディアからやっぱり目が離せない。
落ち着きなく足踏みする足は「今すぐこの場から逃げ出してしまいたい」と明確に訴えていて、スタンリーはぶるっと全身を震わせた。
「こっ、ここはぼくの家なんだからなっ!」
「……え?」
やけっぱちのような突然の叫びに、はちみつ色の、とろけるように甘そうな瞳をクラウディアが丸くする。
またうっかり見とれそうになって、スタンリーは渾身の力を込めて顔を背けた。
「み、未来のおよ、およめなんてぼくには必要ないっ。ここで暮らしたいのなら、ぼくにしたがえっ」
「……スタンリー。お母様がいつも言っているでしょう? 威張る殿方などとうに時代遅れなの。好意は明確に言葉で伝えなくてはだめ。ねえ、あなた?」
「そうとも。愛しているぞ、エミリア」
アイゼル侯爵が大真面目にエミリアの肩を抱き寄せる。
仲睦まじい両親の「次はお前だ」と言わんばかりの期待のこもった眼差しを受けて、スタンリーの中で何かがプツッと切れる音がした。
――はちみつ色のきれいな瞳が、ぼくを、ぼくだけをじいっと見つめてる……!
「おっ――おまえなんかと、結婚なんてゼッタイするもんかっ!!」
◇
それから十年。
クラウディアとスタンリーは、貴族学院の最終学年を迎えていた。
クラウディアは十八歳。スタンリーは同学年ではあるものの、冬生まれのため一つ年下の十七歳だった。
「――ねえ、聞こえるクラウディア? あなたの婚約者様がまた、後輩に剣の稽古をつけていらっしゃるみたいよ」
すごい熱の入りようね、と感心する友人のメイジーに、クラウディアははちみつ色の瞳をまたたかせた。耳を澄ませるように小首を傾げ、やがておっとりとうなずく。
「……ええ、本当ですね。気合いのこもったお声が、ここまで響いてきます」
放課後、花の咲き誇る学院の中庭で、仲良しのグループで茶会を楽しんでいる最中だった。
剣術の訓練場は中庭の小道を抜けた先にある。クラウディアがそわそわとそちらを振り返りだしたのに気づいて、メイジーと友人たちはいたずらっぽく顔を見合わせた。
「クラウディア、中座してスタンリー様の応援に行って差し上げたらどう?」
「いえ、でも……」
もじもじと制服のスカートをいじるクラウディアを見て、メイジーがすかさず立ち上がる。
「わたくしが付き添ってあげるわ。どうぞ皆さんはお茶会の続きを楽しんでいらして」
「行ってらっしゃいな、クラウディア。メイジー」
朗らかに見送ってくれる友人たちに手を振って、クラウディアとメイジーは木々の間の小道を急ぐ。
スタンリーの鋭い怒声はどんどん大きくなって、やがて二人は訓練場を見下ろせる小高い丘の上に出た。
「――ようし、そうだ良くなったッ! しっかりと相手の攻撃を見極めろッ!」
「はいッ!」
ガツッ、と木剣のぶつかる鈍い音が聞こえ、メイジーは思わずといったように首をすくめる。
しかしクラウディアは夢見心地で歩を進め、木の柵にほっそりした両手を載せて、食い入るようにスタンリーの姿を目で追った。
隣に立ったメイジーが、くすりと小さく笑みをこぼす。
「クラウディアはこんなにもおしとやかなのに、本当に戦闘訓練を見るのが大好きなのねぇ」
「……ええ。はい……」
はしたなく身を乗り出していることにようやく気づき、クラウディアは顔を赤らめた。
「子どものころからずっと、本を読むのが大好きなのです。ほんの小さなころは魔法を題材にした絵本を読みあさり、もう少し成長してからはわくわくと胸のときめく冒険物語、そして今は……」
「格好いい騎士たちの物語に夢中ってわけね」
二人は視線を交わし、ふふっと笑い合う。
実家にいるころからクラウディアは本の虫で、それはアイゼル侯爵家に居を移してからも変わらなかった。
体を動かすのが好きで活発なスタンリーと、おとなしくて家にこもるのが好きなクラウディア。正反対の二人は、十年来の婚約者とはいえ打ち解けているとは言いがたかった。
(……それでも……)
クラウディアは一心にスタンリーだけを見つめ続ける。
スタンリーの振るった木剣が、後輩の手にあった木剣を弾き飛ばした。頬を上気させて勝利を宣言するスタンリーに、クラウディアは音を立てないようにこっそり拍手を送る。
「ああもう、こちらを振り返りもしないのね。全然気づいてないんだわ」
「……ここは、丘の上ですから。わざわざ見上げなければわかりません」
焦れたようにこぼすメイジーに、クラウディアは静かに首を横に振る。
訓練場のスタンリーは、疲れているだろうにすぐさま次の相手を指名していた。
肩で息をする彼が心配になり、クラウディアはそっとため息を落とした。遠慮がちにメイジーの袖を引き、「帰りましょう」とささやきかける。
「あら? 今来たばかりなのに、もういいの?」
目を丸くするメイジーに、クラウディアはうなずいた。
「はい。スタンリー様の勇ましいお姿が見られたので、充分に満足しました」
「あらそう。ご馳走様」
くすくす笑い合いながら、二人は訓練場を後にした。
◇
「スタンリー。剣術ばかりにかまけているようだが、夏季休暇前の学科試験は大丈夫なのだろうな? アイゼル侯爵家の次期当主が落第しては目も当てられんぞ」
夕食の席にて。
アイゼル侯爵から厳しい眼差しを向けられ、スタンリーはナイフとフォークを使う手を止めた。
不機嫌そうに父親を見て、「問題ありません」とそっけなく告げる。
「中位より下に落ちたことなど一度もありませんので。今回も余裕で合格できるでしょう」
スタンリーもこの十年ですっかり成長していた。
少し癖毛の輝く金髪に、美しい碧の瞳。端正な顔立ちに似合わぬ剣術の名手で、スタンリーは学年を問わず貴族令嬢たちの憧れの的となった。
けれどそんな彼の婚約者であるクラウディアは髪の色も顔立ちも平凡で、隣に立つと不釣り合いだと自分でもしみじみ感じていた。
「平均で満足してどうするの? 少しはクラウディアの優秀さを見習いなさいな」
エミリアも夫と一緒になって小言を飛ばす。
スタンリーの眉間にますます皺が寄ったのに気づいて、クラウディアはそっと息を吐いた。
アイゼル侯爵夫妻の言い分はよくわかる。
侯爵家次期当主には剣術よりむしろ、社交や学問の方がずっと重要なのだ。スタンリーは同級生だけでなく後輩にも広く慕われているので、あと必要なのは学力だけだろう。
スタンリーが両親から叱られたことで、食卓の雰囲気はすっかり悪くなった。
食器の触れ合う音だけがかすかに響く中、「そういえば」とエミリアがことさら明るい声を出す。
「クラウディア。最近は何か目新しい小説はあって?」
クラウディアが息子の婚約者として共に暮らすようになってから、エミリアはクラウディアに影響されて読書を好むようになった。
そして流行りの小説という共通の話題で、それまで付き合いの浅かった貴族とも交流が生まれたらしい。クラウディアはあらゆる物語に精通しているので、エミリアはしょっちゅうクラウディアに情報をねだるのだ。
「あなたが今夢中になっているのは騎士物語なのでしょう。お茶会の話題にするには少し華やかさに欠けるから、お薦めの恋物語なんかあれば教えてちょうだい」
「……あら。お言葉ですが、お義母様」
まだ婚約段階ではあるものの、クラウディアは夫妻たっての希望もあって、アイゼル侯爵を義父、そしてエミリアを義母と呼んでいた。
「騎士物語にだって華やかさはあります。特に、今学院で大流行しているシリーズは凄いのですよ。魅力的な騎士様が次々と登場して、どのお方が一番素敵かと迷うほどなのです」
「まあ。そうなの?」
大好きな物語の話をするとき、クラウディアの口調は自然と熱を帯びる。
少し興味を持った様子のエミリアに、頬を上気させたクラウディアは大きくうなずいた。
「はい。わたくしのお友達の間でもそれぞれ『推し』が違いますので、お茶会ではいつも皆さん、ご自分の推しについて熱く語ってとても盛り上がるのです」
「……おし?」
「贔屓の登場人物、といった意味です」
エミリアは感心したように首肯した。
推し、推しねと何度もつぶやき、にっこりと笑う。
「クラウディアにも推しがいるのね?」
フォークを使うスタンリーの手がぴくりと跳ねた。
それを視界の端にちらりと映し、クラウディアは恥ずかしそうに目を伏せる。
「……ええ。その、一応……」
「まあまあ。クラウディアが好むのは一体どんな殿方なのかしら? 主役の騎士様なの?」
目を輝かせるエミリアに、クラウディアははにかんで小さく首を横に振った。
「その、主役どころか脇役とも言えないような……いわゆるモブ、かもしれないのですけれど」
「まあ!」
「あ、ですがとても素敵なのですよ。きっと今後発売される次巻以降では大活躍間違いなしなのです。わたくしはそう信じています」
ムキになって早口で言い募るクラウディアに、エミリアはこらえかねたように噴き出した。
同時に、ガタッと椅子を引く音がする。
食事を終えたスタンリーが、「お先に失礼」と冷たく吐き捨てて立ち上がったのだ。
「それで、どんな殿方なの?」
息子の様子にエミリアは少しも頓着していない。
背後を通り抜けるスタンリーを気にしながら、クラウディアはおろおろと頬を赤らめた。
「彼は……剣の腕は他の騎士たちに劣りますが、とても切れ者なのです。剣の技を磨くことばかりに執心する主人公たちに、知力を使った戦い方を教えてあげます。その、わたくし……」
ほう、とクラウディアが熱っぽく息を吐く。
「賢い殿方って、なんて素敵なのかしらと憧れるのです」
◇
学科試験はもう翌週に迫っているというのに、スタンリーは相変わらず剣術の稽古にばかり明け暮れていた。
アイゼル侯爵夫妻はさじを投げたのかもう何も言わなかったが、クラウディアは内心とてもハラハラしていた。何度かスタンリーに意見しようとしたものの、スタンリーからはうるさそうな視線を向けられるだけだった。
スタンリーを心配したまま学科試験に突入し、あっという間に試験最終日を迎えた。
「はあぁ。やっと終わったわね」
机に頬杖をつき、メイジーが大きくため息をつく。
試験用紙が回収されるやいなや、メイジーはうきうきとクラウディアのもとへ歩み寄ってきた。他の友人たちも集まってきて、試験が終わった開放感でおしゃべりに花が咲く。
「ねえ皆さん、試験が終わったお祝いにこれからカフェにでも寄って帰らない?」
メイジーの提案に、友人たちは一も二もなく賛成した。
クラウディアも笑顔でうなずきかけたが、ふと窓の外に目をやって息を呑む。
木剣をたずさえたスタンリーとその友人たちが、にぎやかに訓練場の方向に歩いていくのを見つけたのだ。
(……スタンリー様!?)
「どうかして、クラウディア?……あら、スタンリー様たちね。いつも通りの光景じゃない? 騎士物語に憧れた男子たちが、また一生懸命に訓練に励むのでしょう」
元気よね、とメイジーはのんきに笑うが、クラウディアにとってはそれどころではない。
「急用を思い出したので」とおろおろとメイジーたちに別れを告げ、スタンリーの後を追うように教室を飛び出した。息を弾ませたクラウディアが訓練場に到着するころには、すでにスタンリーが友人と剣を合わせている最中だった。
(スタンリー様!)
柵に手をつき、大きく息を吐く。
本の虫のクラウディアは、運動が大の苦手だ。それに普段は令嬢らしくしとやかに歩いているので、走ること自体めったにない。
はあはあと荒い呼吸を繰り返していたら、スタンリーの対戦相手がスタンリーの懐に大きく踏み込んだ。
「――くッ!」
「ははっ、残念だったな! ようし、次ッ!」
スタンリーは軽快な動きで次々と対戦相手を下していく。
もしや杞憂だったかと、クラウディアが胸をなで下ろしたその瞬間。
突然スタンリーの長身がぐらりと傾いだ。
友人たちが驚きの声を上げる中、クラウディアの心臓が止まりそうになる。
「――スタンリー様っ!!」
◇
目の前にチカチカと星がまたたいた。
なんだ?と思ったときにはもう遅く、左右から狭まるように視界が黒く塗りつぶされていった。気を失うその瞬間、世界で一番大切な相手の、泣き出しそうな声が聞こえた気がした――……
「……クラウ、ディア……?」
「はい。ここにおりますよ」
額にひんやりとした手が当てられる。
スタンリーはぼんやりしたまま、気持ちよさに目を細めた。
再びまどろみかけ、不意にスタンリーは我に返る。そうだ。自分は確か――!
「ク、クラウディアッ!? ど、どこだここは!?」
「落ち着いてくださいませ、ここはスタンリー様のお部屋です。すぐに屋敷に使いを出して、迎えの馬車に来てもらったのですよ」
クラウディアはふわりと笑んで、スタンリーを優しくベッドに押し戻す。
スタンリーは茫然としたまま再びベッドに横たわり、混乱したようにクラウディアを見上げた。
「俺、は……?」
「連日の寝不足が祟り、倒れられたのです。特に昨夜は試験最終日の前日でしたから、かなりご無理をされたのではありませんか? 徹夜明けに激しい運動をなさるだなんて、もう少しご自分の体をいたわってくださいませ」
きゅっと唇を噛み締めての苦言に、スタンリーは返す言葉もない。
クラウディアから目を逸らしかけ、それからぎょっとした。勢いよく身を起こし、猛然と机に駆け寄る。
「スタンリー様!」
「み、見るな! 違うぞこれは、ただここにあるだけで、別に隠れて努力していたわけでは決してなく、ああ違っ!」
スタンリーは机の前に必死で立ちふさがった。
けれどクラウディアは構わず歩み寄り、スタンリーの背後から分厚い参考書を取り上げる。
「……たくさん、線が引いてあります。書き込みも、こんなに」
「いや、だからこれはっ」
「ノートもびっしりです。読むだけより、書いて覚える方が効率的ですものね。さすがはスタンリー様です」
頬を染めて褒めれば、スタンリーは「そ、そうか?」と相好を崩した。しかしすぐに顔を引き締め、それから情けなそうに眉を下げる。
「……知っていたのか?」
「はい。……出会ったその日から、スタンリー様はそれはそれは素直でしたもの」
クラウディアは愛おしげに参考書を抱き締め、それからこらえかねたように噴き出した。
◇
クラウディアだって、ほんの小さなころはスタンリーと同じぐらい素直だったのだ。
だから、後妻である義理の母から「わたくしが今日からあなたのお母様ですよ」と言われて喜んだし、「クラウディア様はわたくしの本当の子ども同然なのですよ」と言われて嬉しくなった。
けれど。
弟や妹が生まれるにつれ、その言葉が必ずしも真実ではないと知った。
弟妹に向ける義母の視線はこの上なく甘く、クラウディアに向けるものとは全く違った。口では「愛している」とささやきながら、買い与えるものや愛情は弟妹たちとあからさまに区別されていた。
「……ですから、わたくしはスタンリー様と初めてお会いしたとき嬉しかったのです」
「なぜだ? 俺こそ、本音と言動が全く噛み合っていない人間だろうに」
ベッドに戻ったスタンリーが、ふてくされたように告げる。
いつになく素直に心の内を口にするスタンリーに、クラウディアはくすくす笑った。
「だって、スタンリー様はとてもわかりやすいのですもの」
「……わかりやすい? 俺がか?」
愕然とするスタンリーに、クラウディアはうなずいて指折り数え上げる。
「口では『興味ない』と言いながら、わたくしがどこにいても気づいてくださいます。わたくしがお義母様に好きだと言った小説は、実はいつもお義母様より先にスタンリー様が読んでいらっしゃいます」
「…………」
「この小説の主人公が大大大好きなのです、とお義母様に打ち明けたら、スタンリー様はすぐに主人公の真似をして剣術を始めましたよね。……ああそれから、スタンリー様がご自分のことを『僕』ではなく、主人公と同じ『俺』と言うようになったのもそのころでした」
「も、もういいわかったやめてくれ」
スタンリーは真っ赤になって頭を抱え込む。
小さく丸まってしまったスタンリーに、クラウディアはためらいながらも手を伸ばした。金の癖毛を優しく撫でつける。
「……わたくし、わからないことが怖かったのです」
ふわふわ。
ふわふわ。
ずっと触れてみたかったスタンリーの髪は、想像していた通りとてもやわらかくて触り心地がいい。
「実家の義母は、本当に優しく笑いかけてくれたのです。それなのに、『わたくしの可愛い子どもに伯爵家を継がせるためには、クラウディア様には他家に嫁いでいただかなければ』と陰でこぼしているのを聞いてしまった。……これまでの優しさは嘘だったのかと、怖くなりました」
他者の本音が読み取れず、読み取れたとしても合っている保証なんかどこにもない。
怖々と探るようにして幼い日々を過ごしたクラウディアにとって、スタンリーとの出会いは鮮烈だった。
スタンリーがぶつけてくる感情はいつだって素直で、クラウディアもまっすぐに受け取れるのだ。
まあスタンリーは素直が過ぎるので、取り扱いが難しい面もあるのだけれど。
「今回も効き目がありすぎてしまいましたね。結果的にスタンリー様にご無理をさせてしまって、本当に申し訳ありませんでした」
「……つまり、知的な男が好きと言ったのは俺に勉強させるためだったのか?」
むっつりと問われ、クラウディアは面目なく首肯した。
スタンリーには両親と仲良くしてほしい。それに剣を構えるスタンリーはとても素敵でいつまでだって見ていたいが、やはり侯爵家の子息として勉学は欠かせないと思ったのだ。
「訓練場での見物も、これでも毎回我慢しているのですよ。わたくしが見ていると、スタンリー様はいつまでだって戦い続けて休憩もしてくださらないから」
「そこまでバレていたのか!?」
「はい。スタンリー様はとてもわかりやすいです」
大真面目に肯定され、スタンリーは今度こそ撃沈した。
ずりずりとベッドに倒れ込み、体を丸めて真っ赤になった耳をふさぐ。
クラウディアは傍らに腰を下ろし、スタンリーの髪をいつまでも優しく撫で続けた。
◇
学科試験の結果は講堂で発表される。
とはいっても全員分ではなく、成績上位者の生徒たちだけだ。
成績表は厳重に封をされておのおのに渡されるので、名を呼ばれなかった者は家に持ち帰ってから開封することになる。
クラウディアはいつも名を呼ばれるが、もちろんスタンリーは毎回持ち帰り組の方だった。
「――ふっ。だが今回ばかりはいつもの俺と違う。楽しみにしていろよクラウディア」
「はい。スタンリー様」
クラウディアはにこにことうなずき、壇上へと視線をやった。
低学年から名前を呼ばれ、最後がクラウディアたちの学年だった。第五位から始まって、スタンリーの名前が呼ばれぬまま、残すは第一位のみとなった。
スタンリーは壇上を睨み、きつくこぶしを握り締めている。
しんと静まり返った講堂に、学院長の声が朗々と響く。
「そして、第一位。――クラウディア・モロー!」
パチパチと盛大な拍手が送られる中、スタンリーはがっくりと膝をついた。
「一位はクラウディアに決まっているじゃない。一体何を期待していらっしゃったの?」
あきれ混じりのメイジーの声を聞きながら、クラウディアは急ぎ壇上へと上がった。
次の学科試験ではスタンリーと二人で並べるといいなぁ、などと考えながら。
「やはり、付け焼き刃では無理だったのだ……」
表彰が終わり、クラウディアとスタンリーは訓練場へと続く小道を歩く。
本音を打ち明け合ったあの日以来、クラウディアは遠慮なく訓練場に足を運ぶようになった。
スタンリーが無理をしすぎるときは、自分が止めたらいい。そんな簡単なことに気づいたからだ。
クラウディアが来たらスタンリーが張り切りすぎるのは相変わらずだが、それでもクラウディアの差し入れに釣られて素直に休憩してくれるようになった。クラウディアの差し入れる茶はいつも甘すぎる、などと照れ隠しに文句を言うが、砂糖は入れていないので気のせいだとクラウディアは思う。
「スタンリー様。また冬季休暇前に試験はありますから、次は壇上に上がれるよう頑張りましょう?」
笑顔で応援するクラウディアだったが、スタンリーは変わらず浮かない表情だ。
これはいけない、と焦ったクラウディアは、つんつんとスタンリーの袖を引いて足を止めさせる。
「? クラウディア?」
「スタンリー様。……ここだけの話なのですが、実はわたくし――」
精いっぱい背伸びをして、屈んでくれたスタンリーの耳に唇を寄せた。
「……一度や二度の失敗にめげず、努力し続ける殿方って、すごーく素敵だなぁと思うのです」
「っ!」
バッと耳を押さえたスタンリーが、真っ赤になって口をぱくぱくさせる。
「こっこの俺が何度も同じ手に引っかかると思うなよっ!?……あっこら待て置いていくなクラウディア! 俺の話を聞いているのかっ?」
クラウディアは弾むような足取りで駆け出して、くすくす笑いながらスタンリーを振り返る。
「はい、ちゃんと聞こえましたよ。次は絶対に一位を取るぞ!……と、おっしゃったのですよね?」
制服のスカートがふわりと風になびき、スタンリーが呆気にとられて立ち尽くす。
けれどすぐにスタンリーは声を上げて笑い出した。グンと大股でクラウディアに追いつき、不敵に口の端を上げる。
「そうとも。――次こそ楽しみにしていろよ、クラウディア!」
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