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ご飯が食べたいと言ったら、国家魔法師に保護されました。

作者: 有梨束
掲載日:2026/03/16

「この家を出て、僕と一緒に暮らそう」

私にはじめて笑いかけてくれたお兄さんは、優しく手を握ってそう言った。




「この愚図っ、ドレスを台無しにしやがって!」

「も、申し訳ありません、奥様…!」

義母に何度か平手打ちをされてから、額を床につき謝った。

それでは足りなかったみたいで、頭を踏みつけられた。


「…ほっんとに、あんたも事故で死んでくれたらよかったのに!」

義母はいつものようにそう言って、どこかへ行った。


私はそのままゴロンと横になって、自分が息ができているかを確かめる。


…まだ、生きてた。

私も早く、お父様とお母様のところに行きたい。


亡き両親の顔はもう思い出せない。

その代わり、この家の人たちの怒った顔ばかり浮かぶ。

両親のあとを叔父夫婦が継ぎ、私も引き取られた。


その日から、私の周りに温かさは消えた。


使用人と同じように働き、苛立ちの捌け口のごとく殴られ、この物置部屋で寝る。

叔父である義父のことは『旦那様』、義母は『奥様』、同い年の10歳の従姉妹は『お嬢様』と呼ばなければいけない。


花の水を換えていたら、後ろから奥様が私を叩いて、その拍子に水が少しドレスにかかってしまったのだ。

そのまま腕を掴まれて物置部屋にまで戻ってきた。

奥様の気がおさまるのが早くて助かった。


助かった、なのかな…。

あのまま死んじゃえたら、もう痛くなくていいんじゃないかな。


ぼんやりそんなことを思っていると、家の前に馬車が止まる音がした。


お客様かな、そういえば奥様はいつにも増して豪華なドレスだった。

…お金、あんまりないって執事長がぼやいていたのに。

お金あるなら、ご飯がほしいな。

最後に食べたの、昨日の朝だっけ。


目を閉じて、屋敷に響く音に耳を傾ける。

慌ただしそうな使用人の足音、ドアの開く音、たぶん応接間に集まっていく音。


自分の身を守るために耳を澄ますのが当たり前になったら、いろんな音が聞き分けられるようになった。

奥様が扇子を振りかざす音は、一番よく聞こえる。

さっきのを避けたらもっと怒られるからそんなことしないけど、水はうまく避ければよかった…失敗したなぁ。


…聞いたことない足音がする、お客様かな。

この家の誰とも違う、ほとんど音のしない、優雅な足取りだった。


その足音が、近づいてくる。

応接間じゃなくて、こっちに来ている…?

でも、ここには何もないし、どうしたんだろう。


その人は扉の前で止まると、ノックされた。

この物置部屋をわざわざノックする人なんていない。

…誰?


「…ここから確かに魔力を感じるんだが」

涼やかな男の人の声がして、口に手を当てて息を殺した。


…困る、お客様の前になんか出たら、あとで殴られるに決まっている。

お願い、こっちに来ないで。


そんな望みも虚しく、扉が開いた。


「やっぱりいるじゃないか」

そこには、黒いローブを纏ったスラッと背の高い男の人が立っていた。


その人はなんの躊躇いもなく私のところに歩いてくると、膝をついた。


「はじめまして、僕はアレック。君の名前を聞いてもいいかな?」

私に手を差し出して、にっこり笑った。


また怒られちゃうな…、どうして入ってきたんですか。

あなたが来なければ、今日はご飯がもらえたかもしれないのに。


その手を取ることなく、その顔をじっと見ていると、旦那様の勢いのある足音がした。


「…鑑定士様っ、勝手に家の中を歩き回られては困ります!」

「ははは、すまない。強力な魔力を感じたら、このお嬢さんがいたのでね」

「…それは、我が娘ではありません。うちの娘を鑑定してください!」

「では、この子は誰だい?」

「し、使用人にございます」

旦那様がしどろもどろになってそう言うと、ローブの人の口元がニヤリと動いた。


「…鑑定士を相手に、嘘をつくとはいい度胸だねぇ」

ヒヤリと冷たい声は、怒鳴っていないのに、この家の誰よりも怖さを秘めていた。

旦那様がビクリと体を震わせて、口を噤んだ。


ローブの人はもう一度私を見ると、体を屈めた。


「お嬢さん、僕が体を起こしてもいいかな?」

両手を出されたのを見てびっくりして、私はのろのろと自分で起き上がった。


「おや、手伝わせてはもらえないのか。では、名前を聞いてもいいかい?」

さっきまで怖かったのに、今は怖くない。

旦那様をチラリと見たけど何も言わないし、ローブの人に怯えているようだった。


「…ステイシー」

「ステイシーと言うのか、可愛い名前だね」


名前、呼ばれたのいつぶりだろう…。


ローブの人を見上げると、ニコニコ笑っていた。

笑顔、うれしいな。

両親は笑ってくれていた気もするけど、この生活になってから笑ってもらったの、はじめてだ。


この人、怖いのに怖くない人だ。


「では、ステイシー。少しおでこを貸してくれないかい?」

「…?」

「君の鑑定をしたいんだ」


よくわからなかったけど、逆らうなんて許されない。

小さく頷くと、ローブの人は「ありがとう」と言って、手を伸ばした。

体が跳ねたけど、殴られることもなく、そっと触れただけだった。


「おお、これまたすごい。ステイシーは大魔法師にでもなれそうだな」

「…魔法師?」

「この国では10歳になると、魔力があるかどうか鑑定するんだよ。僕はそのためにこの家に来たというわけ」

「…お兄さんが、魔力が多いからですか?」

「おや、僕の魔力量まで見えるとは。そうだよ、これでも国家魔法師だからね」

「国家魔法師…」

「まあ、ステイシーの足元にも及ばない量だけれどね」

よくわからなかったけれど、おでこから手が離れて、なぜかもの悲しく感じた。


「とりあえず風との相性が最高値だけど、何か心当たりはある?」

「…わからない、です」

「こんなに数値が上がっているから、普段から使っていると思うんだけどなぁ」

うーんと唸って首を傾げたのを見ていると、奥様とお嬢様の足音が近づいてきてから、立ち上がった。


「ステイシー、どうしたんだい?」

「…いらっしゃるので」

「というと?」

お兄さんも立ち上がると、部屋の向こうからバタバタと音がして、しばらくすると奥様とお嬢様が現れた。


「ちょっとどういうことなんですの!?鑑定士様はっ?」

「もうっ、愚図の部屋なんて、あたし来たくないのに〜!」

来るなりに大きい声がしたけれど、旦那様が慌てた。


「お、お前たち、今はむこうに行ってなさいっ」

珍しく旦那様が咎めていて、奇妙な光景が見えた。


「いくら待っても、応接間にいらっしゃらないから!」

「ねえねえ、あたしの鑑定をしてくれるんじゃなかったの?」

「だから、今はっ…!」

「なんで、あいつのところなの!?あたしはっ?」

「鑑定士様、こちらが我が家の娘です!とっても利口で可愛いんですの。この子は絶対に魔力がございます!」

「あたし、魔法師になれるんでしょう!」

扉の前で旦那様が通そうとしないから、2人がその向こうから騒ぎ立てている。


…部屋に入れないなんて、はじめて見た。


お兄さんは私を見下ろすと、可笑しそうに笑った。


「風を使って音を拾ったのか。しかも無意識に。訓練もなしにすごいな、ステイシー」

「…?」

「さて、そこのうるさい品のない女たちには黙ってもらおうか」

やっぱりまた怖い声音で冷ややかに言うと、あたりの空気まで冷たくなった気がする。


「なっ、品のない、ですって…!」

「品がないだろう?淑女なら、ましてや貴族なのだから、礼儀よく躾直した方がいい。そこのご婦人とそこの娘は、特に」

「失礼ですわ!あなた、侮辱を受けました!この者を今すぐ連行してちょうだいっ!」

「ねーえ!あたしの鑑定はっ?」

ぎゃあぎゃあ騒ぐ音がうるさくて、耳を塞ぎたくなる。


お兄さんはため息をつくと、私の顔を覗き込んだ。


「ステイシー、今から魔法を使うからよく見ているんだよ」

そう言うと、お兄さんは片手をヒラっとさせて、部屋の入り口の方に向けた。


空気が動いていくのが、わかった。


「うぐっ!」

「んーんー!」

奥様とお嬢様が喋れなくなっただけでなく、そのまま体が壁に貼り付いた。


「!」

「これはね、風魔法を使ったんだよ」

「風魔法…」

「口を塞いで、ついでに壁まで押しやったのさ。訓練したら、ステイシーもあれぐらい簡単にできるようになるよ」

「…息、できますか?」

「風は空気だからね、ちゃんと息できるよ」

私にはにこやかに笑ってくれたけど、旦那様の方を向くと、笑顔なのに威圧感が増した。


「さて、男爵殿」

「は、はい」

「鑑定によればステイシーは男爵家のご息女のようだが、どういうことかな?」

「…その子は、先代の、兄夫婦の子で」

「つまり、この家で大事にされるべき少女の保護を怠っていると?」

「い、いえっ、そのようなことは…っ!」

「その割には、ステイシーは痩せ細っているし、傷だらけだが?」

「いえっ、その子も大事に育てております…」

「まあ、査問委員会でも同じように言うといいよ。…どうせ、財産目当てだろうに」

「あ…、そ、そんなっ、見逃してくださいっ!私たちはっ!」

「はいはい、要件は済んだから静かにしてね」

お兄さんがひょいと指を動かすと、旦那様も同じ状態になった。


「さて、ステイシー」

お兄さんは振り返ると、私に尋ねた。


「今この家の中にいる人間で、魔力を持つ者は何人かな?」

「…2人です。お兄さんと、私…、です」

「正解だよ!やっぱり魔力を感知できるんだね〜、すごいねえ」

「…お兄さんの、魔力で、このふわふわしたのが魔力だと、はじめてわかりました」

「なるほど。この家には君以外魔力なしだから、比べる相手がいなくて知らなかったんだね」


「というわけで、ステイシー、君のことを保護します!」

「保護…?」

「うん、この家に置いておけないし、貴族のお嬢さんを虐待なんて許されないからね」

「でも…」

「この国において魔力持ちは、それだけで重宝されるからね。それに、君の魔力量は人並み以上だ。国家魔法師の元で訓練した方が、君のためにもなる」

「…この家、出ても、怒られませんか?」

「誰も怒ったりしないよ」

力強く言い切って、私の目を見てくれた。


このお兄さん、なんでかわからないけど、信じていい気がする。


「むしろこの家に置いて行ったら、僕が怒られてしまうよ」

「そ、それはダメです…!」

「ふふふ、優しいんだね。では、ステイシー」

お兄さんは部屋に入ってきた時みたいに私に手を差し出して、微笑んだ。


「この家を出て僕と一緒に暮らそう」

「お兄さんと…、暮らす」

「鑑定士は、魔力持ちを保護する決まりなんだ。それに、君に魔法を教えて、魔法って楽しいって思ってもらえたら嬉しいな」

「…一緒に行ったら、ご飯食べられますか?」

「もちろんだよ!国に報告するから、補助金が出るからお金には困らないよ!」

「お金、困らない…」

「一緒に美味しいご飯を食べよう!それだけじゃない。ゆっくり湯船に浸かって、あったかい布団で寝て、魔法の勉強もして、疲れたらゆっくり昼寝もできるよ。それから、お菓子も食べよう、どうだい?」

私は恐る恐る手を出して、差し出された手の指先だけ握り返した。


「ご飯、食べたいです。お菓子も、うれしい…」

「決まりだね。僕のことは、アレックと呼んでね」

「アレック様」

「そんなに堅苦しくなくていいよ。僕はただの師匠だからね」

「お師匠様…?」

「はははっ、ステイシーはこの家の連中と違って行儀がいいらしいな!」

アレック様は愉快そうに笑って、私の手を握り直した。


「ステイシー、未来の大魔法師様を歓迎するよ!」


アレック様は、そのまま歩き出した。

手を繋いだままだから、私も歩いていく。

まだ壁に貼り付けられたままの旦那様たちの間を通っていく。

怖くて俯くと、アレック様は繋いでいる手をギュッとしてくれた。


「大丈夫。この連中とはここでおさらばだよ。ステイシーが望めば、一生会わなくていいよ」

「…今日、最後ですか?」

「ああ、最後だよ」

アレック様がそう言うので、私は立ち止まって振り返った。


…今日で、全部最後にできるんだ。


「ステイシー?」

「お世話になりました」

私は義父たちに頭を下げて、もう二度とこの家には帰らないと心の中で思った。


「…本当に、どうしたらそんなにいい子に育つかねえ」

アレック様は不思議そうに笑って、私の頭を撫でた。


ああ、お母様が昔よく撫でてくれたのに、すっかり忘れていた。

…くすぐったいな。


泣きそうになって、えへへ…っと、自然と笑みが零れていた。

あれ、笑ったのって何年ぶりだろう?


そう思っているうちに、体中が光に包まれて、痛みが引いていった。


「あれ、痛くない…」

「…笑うと治癒魔法が発動するとは。治癒魔法って簡単に使えないんだよ?」

「廊下が、綺麗です」

「ついでに部屋の掃除までできたのか。こりゃあ、早速訓練しなきゃだねぇ」

「笑ったら、治療できるんですか?」

「ステイシーは魔力だだ漏れだから、呼応しちゃうんだろうね」

「…もっと笑っていればよかった。そしたら、すぐ怪我も治せましたね」

「これからは、痛い思いなんてさせないよ」

アレック様の言葉に、私はやっぱり笑顔になれた。


「はい!」






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