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妄想していても実際にその場面に突入したら、シミュ通りなんていかない。

俺の名前なんてどうでもいい。ただの陰キャ高校生だ。俺の認識なんてこれだけで事足りるだろう。

 まぁ一応補足をしておくと、入れてるソシャゲはご察しの通り、謎に肌面積の多い女の子がたくさんいるやつ。そんな俺、そう、そんな哀れな俺に、今、危機が迫っている。


「苗字くんって、その、好きなアニメとか、あるの?」


 頬を赤らめ、こちらを緊張を孕んだ瞳で見つめながら、か細く上擦った声を出す少女。瞳があちこち泳いで忙しそうなのに、声色はそれよりかは幾分か落ち着いてる。何度もスマホの縁をトントンと叩く様子からも、確実に緊張はしているんだろう。でも絶対俺より度胸というものを感じさせる何かがある。……そんなのはどうでもいいか、今俺は、同じクラスの女子に話しかけられている。


 彼女の名前は柏木瑠夏。俺と同じ2−4の女の子。見た目は派手な方じゃないけど、ポニーテールが清楚に映える落ち着いた子。部活は吹奏楽で、成績も割と上位。身長は俺よりも下で、貧相過ぎず豊満過ぎない体つき。カースト上位の女友達とも、ガチオタの美術部の女子とも話せるザ・良い子。


  彼氏とか、恋愛的な浮かれた話は全く聞かない。授業外で男子と話している所はあまり見られない。サッカー部が彼女について何も言ってないんだから、マジで彼氏はいないんだろう。


 俺はたぶん、ラッキーで席が隣になるぐらいのことがなければ、1年間口を交わすとこはない子だと、思っていた。


 今、柏木さんは俺の席の前に座っているが、そこは彼女の席ではない。彼女の友達の楓さんの席だ。楓さんは今教卓の先生と話している。柏木さんは終始落ち着かない様子。前髪をさわり、周囲をキョロキョロと見渡し、後ろのポニーテールの毛先を手ぐしで整えている。まぁつまり言えば、その、柏木さんは今、”わざわざ俺に雑談をしに来ている”のだ。

 何を言っているんだ、と言いたいだろう。俺も何を真剣に言ってるのか、よく分かってない。いや、聞いてくれ。

 そして助けてくれ。


「苗字くんのその、バッグについてるのって、6等分のむつみちゃんだよね?私も好きなんだ」

 そういうなり、彼女はスマホの待て受けを見せてきた。公式が待ち受け用に配布していたむつみの扉絵である。マジか、という顔で俺は彼女と彼女の待ち受けを交互に見る。


「実は前から、苗字くんがむつみちゃんつけてるの知ってたんだ。お話聞きたいなって思ってたんだけど……私の周りで六等分知ってる子いなかったから」


 そういうなり、彼女はスマホを自分の方に戻した。両手でギチギチとスマホを握りしめている。多分彼女は、若干の嘘をついているんだと思う。彼女は美術部のガチオタ女子とも仲良い。確か西澤さん。彼女も深夜アニメがかなり好きなハズ。周りに誰も知ってる人がいない、ってところは嘘だろう。まぁ、語れる人がいないってことになるのかも知れない、けど。


「苗字くん、こういう子好きなの?」


 すると急に真っ直ぐとこちらの目を見てきた柏木さん。澄んだ瞳で、興味津々と言った表情でこちらに問いを投げる。いや、ちょ、待ってください。


「は、あ、ウン……?」


 何この質問。なんでいきなり好きな女のタイプみたいな話になるんだ。え?俺がおかしいのか?マジで頭が真っ白ってこのことなのか?

 そんな困惑が顔に出てたのを察したのだろうか。柏木さんは少し慌てながら「えっと、あ、アニメの話!」と、さっきの話題に戻ろうとしてくれた。またさらに彼女の顔が赤くなった、気がする。


 そりゃ、女子に、「苗字君ってどんなアニメ見るの?」っていう質問をされたらどうしようなんて、何度も考えたさ。だけども実際、こんな急にこんなイベントブッ込まれると、フリーズしてまともに処理が進まない。

 しかも何、なんか、軽い世間話って程度のテンション感じゃない絶対。なんで?なんでそんな恥ずかしそうなの?流石に俺でも分かるってば、これは、これは確実に俺のこと……なんて考えてると、脳内でシミュレーションしたいくつものパターンが哀れに散っていく訳で。


「え、えっと、結構あるけど、最近はラゼロが熱いかな」

「ラゼロ?えっと、今度4期始まるやつ、だっけ?」


 少し俯きながら、顎に手を添え正解を口にする柏木さん。その、顎にかけた指で彼女の色艶の良い唇が少しムニっとなって、その、やっぱなんでもないです。


「そうソレ、ってか意外、柏木さんってこういう、ぁ、アニメとか、知ってんだ」

「いや、有名なのしか知らないよ。でもラゼロって私ちゃんと見たことない、かも。今からでも、間に合うかな?」


 正直間に合わない、俺は瞬時にそう思った。というのもこのアニメ、話数も多ければ内容もかなり凝っていて重い。正直今から全て見終わって追いつくには引きこもりぐらいにしかできない芸当だ。……なんてことをそのまま、いうのか?この子に?


 否、ここで早口論破芸なんてやってみろ。彼女のこの純真無垢な瞳はたちまち曇り、子供のような透き通った肌はたちまち、引き攣った作り笑顔を作ってしまう。それだけは、避けたい。


 教室はまだ授業前のざわめきを保ったままだ。楓さんも戻ってくる気配がない。まだ、話せる。


「た、多少のネタバレありでいいなら……見なくっても追いつける話いくつかあるから、追いつけなくは、ないかな」


「……そっか」


 無機質。先ほどまでの彼女の動揺はなんであったのか。あまりにも単調な文言だったので、その3文字を理解するのに少し時間を食った。さっきまでの教室のざわめきは一気に失せた気がする。もうみんな授業直前だから、ノートとか取り出しに行ったんだ。

 そっか、と言った後窓の外の方を見つめる柏木さん。考えうる限り最高の受け答え、それをそっか一言で済まされた俺は、もうその窓から飛び降りてしまっても良いんだよ。



「苗字くん、私ちょっとずつ感想言いに来たいんだけど、待っててくれる?」

「……え?」


 意味もなく時計ばかり見ていた俺の目は目の前の少女に強制的に戻された。柏木さんは、さも当然のように次の文言を考えていてくれていた。それだけで安心、したのも束の間。え、なんて言った?か、感想?


「あんまり異世界モノ見ないし、見るペース遅いし、迷惑、かな」

「いっや、全然」

「変に斜に構えてない、新規層の新鮮な感想ほど美味しいモノなんてないし、展開だけ知ってて作業みたいに見られるよりも、ゆっくり思考しながら見た方が絶対面白いし俺はマジで大歓迎……」


 アホとは俺のこと。口を引き攣らせたのは俺の方。自分のキモさに呆れる。中学で終わりにしたはずだろうが。何をしている。俺も、君も。どうかしている。


 彼女の反応が怖くって、目線を落とす。落とした瞬間、柏木さんのポニーテールが揺れ、ジャケットにかかる音がした。彼女の顔の向きが変わったんだ。多分、俺に目を向けたんだろう。恐る恐る上を、向く。


「そっか……」

 彼女は少し俯いたまま、そう呟いた。彼女の綺麗に切り揃えられた前髪の影が、目元に優しく残っている。俺にはよくわからない。彼女が安心しているのか、悪巧みをしているのか……

 と思ったら、彼女は口をキュッと結び、頬の紅潮を深め、改めてこちらを向いた。何かまだ物欲しそうな表情で首を傾け、目線だけを俺に向け、こう続けた。

「じゃあ、また来るね」

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