8.『scene』
「行かなきゃ」
少女の行動は早かった。思い立ったらすぐ行動、子供の行動力とは些か恐ろしいものだ。
先程まで恐怖で隠れることしか出来なかった小さな少女は、今、この危険な魔王城を自分の意思で動いている。
フェイの横をスタコラサッサと走って行く彼女に、2秒ほど思考が停止したが、すぐに「いやいや」と、首を横に振り立ち上がる。
「ちょ!セレナ様!どこへ!?」
「お礼を!言いに行かなきゃ!!!」
「誰にぃ!?」
彼女の振り向きと同時に長い金色の髪はゆらゆら揺れて、彼女のステップに合わせて踊る。
きっとまだ不安なことも多く、怖い事だらけのこの城で、唯一見つけた心の拠り所であるフェイを差し置いて、彼女は走る。
拠り所に、彼女を導かせてくれた勇者の元へ。
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scene.『白』
「見つけた!白い人!」
ルイ・レルゼンを見て喜ぶ少女の姿。
フェイ・ハイルは下唇を噛み、この状況の打開策を絞り出す。
セレナは、フェイに頼まれて魔法を使用したが、誰に何のために使ったかは知らない。細かく言えば、フェイは教えたはずなのだが、全く聞いていなかったセレナにとって、知らないも同然。
そして、あの雄叫びを聞いて彼女の身体に電撃が走ったのだ。
"お礼"を言いに行かなくては。
「助けてくれてありがとう」と。
だが、少女の前に居るのは、白い、白い髪をした、
「--殺してやる...!全部!!!」
悪魔だった。
「--逃げて!ルイ!」
「--お逃げ下さい!セレナ様!」
「--逃げるな!ルイ・レルゼン!」
「--白のお兄ちゃん...?」
それぞれの思惑が交差し、今まさにセレナによって組み込まれていたループの魔法が解かれる。
セレナがルイにたどり着こうとした時だった。
「--ぶっっ殺してやるぅううう!!!!!」
ドス黒い憎悪にまみれた白髪の男の大声が、廊下を轟かせる。
抜いた剣の矛先は、世界に向けて構えたものだが、実際はか弱い金色の少女に向けて構えられていた。
「え」と動揺する暇もなく、彼女に向けて剣は振りかざされんとする。走ってきたため急には止まれない。
ルイも、既に振りかざしているため急には止まれない。
狂気に塗れたその瞳を、最早誰も愛さない。
「--っ」
青髪の女は勿論
「--セレナ様ぁああああ」
黄緑の男も勿論
「--ルイ...っ」
赤髪の女でさえも、
もう、ルイに対して恐怖の目をしていた。
そして、
--あぁ、死にたい
ルイ自身も自分を愛していなかった。
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scene.『緑』
「きゃああああああああ」
咄嗟に、防衛反応が働き頭を守るような動作をする。
キメ細やかな白い手は、金色の髪の前に出され、振りかざされる剣の猛攻を守る。
「--っ!!!」
黄緑色の髪の男は、走る挙動をやめないが、どれだけ足を早めようと、彼の限界速度では絶対に届かない距離で少女に剣が振りかざされようとしている。
しかも、どれ程早く走ろうと、目の前には赤髪の女が。女も、少女に届こうとしている殺意の刃を見て顔を青ざめている。
そして、一番奥に居る、青髪の女の魔法攻撃、放たれてはいるが、間に合わない。
もう誰も男と少女には間に合わない。
これから起こるであろう、飛び散る少女の血と臓物が廊下に広がるショーは、もう誰にも止められない。
1人を除いて--
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scene.『赤』
彼を、愛していた。
だから、苦しんで欲しくなかった、楽しく笑って欲しかった、幸せになって欲しかった、
死なせてあげたかった。
でも、彼を死なせるのは私であってほしい。他の誰かに彼を死なせることは、私も彼も望んでいない。
大勢の人間を悲しませた。償えきれない罪を犯した。
どうして自分がその行動を止められなかったのか、どうして彼を肯定していたのか、歯車は何処から狂ったのか、今は誰にも分からない。
でも、既に起こった事実に目を背けることは出来なくて、足を止めることは許されない。
どんなに憎まれても、どんなに死にたくても、どんなに苦しくても、
生きて、生きて、生きて、
助けて、助けて、助けて、
殺してしまった人以上に多くのモノを救って、償って、
そしてようやく、"人"として死ねる。
だから、ルイ、貴方言ってたよね。
「--魔王を殺したら...俺を、殺してくれるか?」
--その言葉を聞いた時、私はとてつもなく、心が砕けた。
貴方がソレを言わなかったら、心置きなく、殺せたのに。
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scene.『青』
女は、白髪の男を追いかけるべく、部屋を飛び出す。
腹の底から溢れ出る憎悪を発散させるには、彼を殺す以外道は無い。
廊下に出て、音のする方へ足を運ばせる。
もはや、奴を殺す機は今しかないと、女は睨んでいた為、疲弊している身体を動かした。
だが、邪魔が入った。
31階での出来事だった。
「...なんで、貴方がここに?」
前に立ちはだかったのは、予想外の人物だった。
黒髪に白いマントを羽織った見知った男。
世界に名を轟かせる"英雄"となった男。
「...退いてくれませんか?その先にルイ・レルゼンがいます。殺さなくちゃ。」
「...あぁ、知ってるよ。」
男は、何もかも知っている様な顔つきで、彼女の前に立ち塞がる。
一歩も通す気が無いように、どっしりと構えていた。
「そもそも、どうしてここに居るんですか?貴方は既に魔王の階に居るものと思っていたのですが。」
「厄介な事が起きてな。」
「...何をしようとしているんですか?」
ピリつく空気に、痺れを切らし、女は男に質問を投げかける。彼のことだ。こうして女の進路を妨害しているのにも理由がある。理由は、あるのかもしれないが。もし、彼のやろうとしていることに、ルイ・レルゼンが絡むのだとしたら--
「魔王討伐に、ルイ・レルゼンが必要だ。」
「...そう、ですか。」
--だとしたら、もう、やるしかないのだ。
「"英雄"さん、そこを通してもらいます。私は魔王の首など欠片も興味ありません。ルイ・レルゼンを、殺させてください。」
憎悪を向ける対象は、ルイ・レルゼン。決して魔王ではない、ましてや、仲間である彼でもない。だが、邪魔をするのであれば、この煮えたぎる憎悪を向けざるを得ない。
女は、杖を男に向けだし、戦闘態勢に出た。
「お前なら、そうすると思ったよ。」
何もかも分かっていたように、男は、ひどく冷静に、沈着に、剣を取り出した。
"英雄"の剣が、青髪の女に向けられていた。
「--っ!退きなさい!」
「--ごめんな。」
解き放った紫の波動は、いとも簡単に男の剣によって縦一直線に斬られた。
その斬撃の先に、彼女は苦しい顔をして、杖を握りしめていた。
彼女の思いはたった一つ。
「...なんで、貴方が邪魔をするの...ロ--」
そんな思いは、無慈悲に斬撃の衝撃によって打ち砕かれた。
「...っは」
目が覚めると、漆黒の天井が広がっていた。見慣れた景色。嫌になるほど体感した冷めた空気。
どよめく薄汚れた闇の気配。
「魔王城...よね?」
気絶する前とは違う雰囲気に飲み込まれていた魔王城31階の廊下で、彼女は違和感と共に立ち上がった。
「...ルイ・レルゼン!」
奥歯を噛み締め、身体に鞭を打つように足を進めた。
そして--
「--っ!見つけた...!」
青き憎悪は、白き悪魔を前に再び牙を向ける。
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scene.『黒』
全部、この日の為に費やしてきた。磨いた剣技も、練り上げた魔法センスも、この日の為に。
なんだってやってきた。最早躊躇する事も無い。
奴を討ち取る為なら、俺は--
「--悪魔とだって、契約してやる。」
男の瞳は、ドス黒い闇に犯されていた。
フツフツと煮えたぎる世界へ向けた苛立ちは、押し殺したまま、彼は今日も剣を取る。
「"英雄"も、辛いもんだ。」
つい零れ落ちた本音は、特に誰にも聞かれることはなかった。
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scene.『金』
その人を見つけた時、心が高鳴り、どうしようもなく笑顔が溢れ出てしまった。
誰よりも先に少女を見つけ出してくれた彼に対して、少女は感謝をしてもしきれない。齢10にして、この危険戦地に立っていたとしても、その恩義だけは忘れない。
だから、彼女は驚愕してしまった。
「--ぁ」
その人から向けられた鋭く尖った鋭利な剣が、その幼い少女の顔面目掛けて飛んでくるとは、誰が予想していただろう。
声にもならない声より先に、少女は咄嗟にてが出てしまう。反射的防衛反応によって、少女は、剣の持ち主であるルイ・レルゼンに向けて魔法の誤射が発動。
「--っは!?」
「--きゃああああ」
2人の間に生まれた時空の白い歪みが、2人を飲み込んでこの世界からその存在を飲み干す。
肉体と魂が同時に引き寄せられ、ブラックホールのような引力が--
「あれ、これどっかで--」
ルイのその言葉は既に現実世界では無く新たな世界によって放たれたモノだった。
白い歪みは、2人を飲み干すと、急速に力を弱め、跡形も無い塵となった。
そこにあったモノが、まるでこれまで存在指定無かったかのように、2人の存在を綺麗さっぱり消していた。
吸い込まれていく--
空間に--
引きずり込まれて ----
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男の叫び声が聞こえた
「セレナ様ぁぁぁ!!!!!」
女の叫び声が聞こえた
「ルイ!!!!!」
女の叫び声が聞こえた
「ルイ・レルゼンっ!!!!!!」
少女の泣き声が聞こえた
「いやっいやっいやあああああああああ」
"ルイ"の声が聞こえた
『--俺が、絶対に------』
「お前は、だ--」
『全部助ける--』
どこかも分からない所で誰かも分からない何者かの、心の声が聞こえた。




