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勇者の贖罪  作者:
1章 『魔王城脱出』
8/29

7.『殺意の矛先は』

少女は、暗闇の中を生きていた。

攫われてから記憶が曖昧だ。



--せかいがまっくらで、ぜんぶこわかった。

だれもきてくれなくて、ないてもないても、だれもきてくれなかった。


黒が怖い。


「--お前は、駒だぜ姫様。グリムスに見つからねぇ限りは死にはしねぇから安心しな。」


最後は、優しく髪を撫でてくれたが、攫った本人に向けられる優しさは異常に恐ろしかった。


この人は、良い人じゃない、悪い人だった。


ゆらゆら揺れる白マント



白は怖くない。


「--大丈夫だ、俺が何とかするから...全部、俺が...助けるから...」


暗闇を開いてくれた白い光は心地が良い。泣きじゃくって目が水だらけで視界がボヤけるのと、暗すぎて顔は全く見えなかったが、白い輝きだけは見えた。


この人は、悪い人じゃない、良い人だった。



ゆらゆら揺れる黒マント



緑は安心する。


「--セレナ様!?何故ここに!?っ!時間が無い!コチラへ!」



おかしくなりそうな少女を抱え駆ける彼の瞳は美しく輝いていた。黄色の眼光は時折赤に光るので、少女は「なにそれ」と言い、彼の目に手を当てた。


彼は目に手が当たる度「っうぎゃあああ」と、腑抜けた声で叫んでた。


ゆらゆら揺れる白マント



------


「僕は裏切ったつもりは無いです。どちらかと言えば、裏切ったのはあなた方の大将の方では?」


鎖で身動きを取れずにいるニカルドは、今か今かと反撃のタイミングを伺っている。

歯をギラつかせ、威嚇しまくる。その凶暴な顔を見てフェイは少し目を細めてしまう。


忌まわしき過去を思い返し、直ぐに首を横に振り現実を見る。


「ルイが裏切った?」


「当然でしょ、あれだけの愚行...認められるわけが無い。」


「ルイは間違ってねぇ!...ルイが...やった事には全部意味があんだよぉ!」


床に唾を飛ばしながら、猛抗議するニカルドの姿を少女は男の後ろから怖いモノを見る目で見つめ怯える。

男は、ニカルドに軽蔑の目を向ける。


「...本当に、君も堕ちたね。」


「うるせぇよ裏切りモン...仲間を見捨てた分際で」


「僕も、仲間だと....思ってましたよ。」


それから、ニカルドは悔しげに下唇を噛み締め、何か反論するようなことは無かった。


フェイは、そんなニカルドを見て、硬い表情を崩すことなく、上を見上げた。そして、口を開く。


「ルイは.....ルイ・レルゼンは......」


2人共顔を曇らせていた。

セレナは何が何だかさっぱりの表情でその会話を黙って見届けていた。


「...殺さなければいけない存在です。」


その言葉で、場の冷えた空気はより冷たくなった。

フェイからの明確な殺意は、ニカルドの魂に届く。


「.............好きにしろよ」




ニカルドは全てを諦めたかのように、自分と、仲間の死がもうすぐそこまで来ているのを察したかのように、






笑った。


「....なんだ、その子供みたいな笑顔、まだ出来るんじゃないですか。」


「うるせぇ...」


フェイは、ニカルドの笑みを見て、心からの微笑みを無意識にこぼした。

2人のやり取りは、まるで仲間同士の他愛も無いやり取りのようだった。


------


「........れい?」


涙が滴り落ちる彼女の目に映るのは、まるで自身の本性を現す獣のように見えた。何もかもを壊そうとする凶悪な獣のように。


「あぁ!俺は黒澤 零!異世界から来たただの大学生だよ!お前らはそんな事信じる訳ねぇだろうがなぁ!別にもういいさ!何もかも面倒臭い。"ルイ"として生きる。"ルイ"のやりたかった事を全部やってやるよ。」


「...ちょ、っと...待ってよ...」


掠れる声のデリーナを無視し、ルイは歩く。何の策略も無く、無我夢中に廊下を歩く。


「殺してやる...まずは、ループ魔法使ってるクソ野郎...次に、あの青髪の女!...そしたら、後はできる限りぶっ殺す。それが望みなんだろぉ!?なぁ!?"ルイ・レルゼン"!!!」


「ルイ!待って!もうやめて!!!」


狂気じみた目は、ただひたすらに暗闇の奥を見据える。そこにあるのはただの闇のみ。それでもルイは足を進める。ループの解決策など全く見つかっていない。力も魔法も何一つ無い。


異世界に飛ばされた時、青髪の女に殺されかけた時、あの時、本当は終わるはずだった。

それでも、赤髪の女、デリーナがルイを助けてくれたから、今もルイは歩ける。


だから、彼女の待つ"ルイ"を取り戻してやるよ。


極悪非道の大罪人"ルイ・レルゼン"を。


「...小賢しい!!!」


ルイの刻んだ壁の跡を見るに、それ以上進めば再びループの起点に逆戻りされる。

狂気に染ってもそこの冷静さは辛うじて有している。


そんなまどろっこしい細工のされた廊下も、もううんざりだ。全てを殺すと決めたルイに、時間は無い。


「どこの誰だか知らねぇが!!!さっさと姿を現してみろやぁ!!!ぶち殺してやるからよぉ!!!このルイ・レルゼンの手で!!!」


白髪の青年の叫びは、廊下を響き、とある部屋まで届くこととなった。


------


「...今の声」


「ルイか?」


フェイとニカルドの耳に届く雄叫びは、怒りに身を任せた凶暴な男の魂の叫び。

両者互いに耳をピクリと動かし、ルイ・レルゼンの存在を直々に感じることとなった。


「どうする?助けに行くのか?」


「テメェがこの鎖解きゃぁそうなるなぁ?」


その怒りの叫びに呼応するように、ニカルドの腕の力も増していく。鉄の鎖を解いてしまう勢いで、彼の肉体は自由を求め再び動こうとしていた。一度死を覚悟した彼の肉体を、ルイの叫びが呼び覚ます。


だが、その声に誰よりも反応したのは、他でもない、フェイの背後に隠れている一人の少女だった。


「......今の声...」


脳裏に焼き付く光景は、真っ黒な闇しか無かったが、白い光の指し示した扉の奥には、闇は無かった。黒ではあったが。


黒い廊下に彼女を指し示したその光は、彼女を置いてどこかへ走り去ってしまった。その白い光は、今も尚セレナの心に焼き付いている。


『--大丈夫だ、俺が何とかするから...全部、俺が...助けるから...』


その言葉と共に、彼女の魂に焼き付いている。


「...白い人?」


「セレナ様?」


------


「ルイ、もう無理よ!いい加減終わりにしましょう!」


「うるせぇよ、黙れよお前!お前が望んだんだろ?ルイの復活を!そこで黙って見てろよ!」


漆黒の壁に向けて剣を振りかざす無様な青年。

怒りに身を任せた所で隠された力が解放される訳でもなく、ただただ剣を傷つける作業をし続けるだけ。


そんな彼を、悲痛な叫びで止めようとするデリーナは、これまでにない程悲しみの顔を浮かべている。

そんな顔に気づく事なく、青年は剣を振るう。


--俺が、何をした!何がいけない!?俺を否定する世界なんかぶっ壊れろ!


「何の罪もねぇ人間をいたぶって!飛んだクソ世界だなぁ!?こんな異世界、魔王より先に俺がぶっ壊してやるぅ!!!」


怒りが収まらない。 殺意が収まらない。


憎悪が収まらない。


誰に向けてか、何に向けてか、具体的には特に無い。ただただ理不尽な世界に向けて青年は咆哮し続ける。

白い髪には似合わない、どす黒い闇を抱えた表情で。


「待って!セレナ様!!!」


「あ?」


すると、廊下の奥から足音が聞こえてくる。

闇の中に目を凝らすと、体格的にルイと同じくらいの男が近づいてきているのがわかる。そして、その男の前に少女の体格をした影か見えた。


やがて2つの影は徐々に近づいており、ルイ・レルゼンの視界に2人が鮮明に映し出される。


黄緑の髪を揺らしながら慌てふためき少女を追いかける青年と、その青年から逃げるようにこちらに突っ込んでくる1人の少女。


「っは...っは...っは...っあ!!!白い人!!!」


少女は、セレナ・リーゼは、白髪の青年を見て、涙を浮かべながら微笑んだ。

少女の微笑みは、ルイ・レルゼンの思考を鈍らせた。


「...ぇ?」


「ッチ!フェイ!!!やっぱりアンタね!?ルイ下がってて!!」


「ック...!!!!......そこ、どいてくださいよ!デリーナさん!!!!!!」


すかさずルイの前に立ち構えるデリーナと、歯を噛み締めて何かを決意したように突っ込んでくる男。

まさに、衝突を余儀なくされていた。すると、背後から何か声が聞こえた。


「--見つけたっ!!!ルイ・レルゼン!!!!!」


「っ!?青髪の...!!!」


聞き覚えのある声が聞こえた。


「っ嘘...?あぁ、もう!!!クソ!!!!」


デリーナもその声には既視感があり、フェイの方を見ながら背後に迫る脅威に向けて悪態を打つ。


既にループの区間に侵入し、鬼の形相となって迫り来るもう1つの刺客。

初めにルイに殺意を向けた青髪の女が、杖を構えながら走り込んでいた。



ルイの頭はぐちゃぐちゃだった。


前の男も恐らく敵。

後ろの女は当然敵。

デリーナもルイに死を促した。最早、ルイの味方とは思えない。


そして、少女。


「--お前も、敵か。」


憎しみに支配されたルイの身体は考えるより先に剣に手を伸ばしていた。


男は殺す。

青髪女も殺す。

デリーナも場合によっては殺す。


少女も、殺す。


溢れる殺意が、ルイの身体を動かしてくれる。


全員殺す。鏖にする。

殺す、殺す、殺す、殺す




殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す


「みなごろしだぁ...」


もはや、ここにいるのは黒澤 零でも、記憶喪失のルイ・レルゼンでもない。

かつての大悪党"ルイ・レルゼン"であった。

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