6.『異世界ライフおしまい』
どうして、そんなに生きたがっているの?
全く理解の出来ない言葉だった。
デリーナの純粋な質問の様にしてくるその目が、今は恐ろしく怖い。
生きたがる、という言い方は何だ。生きたいと思うのは人間として当たり前の行為であり咎められる筋合いは無い。
「...どういうこと?」
「随分と、前のルイと違うから...」
「...前の俺は、死にたがってたってこと?」
「違う、死にたいと思ってたよいうより、生きようと思ってなかった。」
彼女の口から出てくるルイ・レルゼンという男は、想像していたものとはあまりにも違った。
極悪非道で何の躊躇も無く人を殺せる人間、それがルイ・レルゼン。そして、そんな人を彼女は愛している。
だが、生きようとしないというのはどうも分からない。
「俺が生きようとしないのは、何でデリーナは分かったんだ?」
「ルイはいつも、乾いた笑顔をするの、そして、瞳の奥にはいつも寂しさがあった。」
「...なんじゃそりゃ。」
「ルイは本当に危なっかしいの、私達が見てないと貴方はいつも無理をする。自分の命に何の価値も無いとでも言うように、貴方の戦いは見てられないのよ。だけど...今は、瞳の奥も輝いてて、いきいきしてるように見えるから...」
良いことでは無いか?と言いたかったのだが、彼女の困惑の表情から察するに、彼女の求める"ルイ・レルゼン"は、もっとダークな雰囲気で死んだ様な目をしているのだろう。
人殺しの悪党を好きになっているぐらいだ、恐らくその傾向の男子に惚れやすいのだと睨む。だが、残念ながらそのルイは既に居ないので、今はこのハリボテのルイで勘弁して欲しい。
「ごめん、君の求める"ルイ"じゃなくて。だからこそ、一刻も早く、その"ルイ"を見つけ出そう。この身体に、"ルイ"を戻そう。」
彼女の目を見ながらキラリと光る八重歯を見せて、過去一のキメ顔を決める。そんなルイの表情に、デリーナはほんの少し笑い、
「...ルイは、私の記憶だと、ずーっと昔はそんな感じで笑ってたよ、そのルイも、好き...だったんだよ。心の底から笑ってくれないルイは確かにイヤ。」
「だったら、今この感じでも全然おーけーじゃないすか?前の俺はクールぶってただけだよ、俺の本心はこんな感じでいつでもおちゃらけたいのさ!」
「いっぱい、人を殺しているのに?」
バキッ
と、心のヒビが拡大したのを感じる。
「............でも、俺にはその記憶が」
「世界にはあるよ?その記憶。ルイが...いっぱいやっちゃった...こと。」
言葉が詰まるルイに真剣な眼差しで、彼女は言葉を放つ。ルイの心をズキズキと痛めつけるその言葉は、決して間違った事を言ってなどいなかった。
ルイ・レルゼンは、これまで極悪非道の所業を行ってきた。それは決して許されることでは無い。だがらこそ、罪を償うべきなのだ、それはルイ自身重々承知なのだ。
だからこそ、ルイは"ルイ"に身体を返したかった。
デリーナの為に"ルイ・レルゼン"を取り戻す、というのもある。それと同じくらいの気持ちである感情、それは"ルイ・レルゼン"が罪を償わなくてはならないとルイは考えているからだ。
全ての行いをしたのは"ルイ"であって、ルイではない。だからこそ、どこが他人事になっていて、さっさとこの状況とおさらばしたかったのかもしれない、それが、今のルイに活力をもたらしていた。
「...それは」
言葉が詰まる。
"ルイ"は、"ルイ"のやってきたことに対して何を考えているのだろう。
悪い、とそう思っているのか?
だとしたら、そもそもなぜあんなことを?
「ねぇ、ルイ。」
「....ぇ」
デリーナは、下を向くルイの手を持ち、優しい微笑みと共にルイに告げた。
「ここで、終わりにしましょう?」
何を、と聞くほど、ルイも鈍感では無い。
彼女はここで終わらせようとしているのだ。
ルイ・レルゼンの物語を。
その息の根を止めて。
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「...どれほどアンタらが足掻こうと、僕は絶対にアンタらを逃さない...絶対に...許してやらなななななななななな」
「つーまーんーなーいーー!!!!!!!」
赤く光る目は急速に普通の黒色に戻り、頬が少女の手によって引っ張り上げられており、この痛みがフェイを元の場所へと帰還させたのを理解する。
床に座り込み、対角の壁を赤い目で睨み続けるフェイの顔を眺めていても何も面白くないと感じた少女、セレナは、フェイの髪を引っ張ったり、身体を揺らしたりするが、全く気にしてくれないフェイの態度に苛立ちを覚え、このように両頬を極限まで引っ張り上げるという荒々しい作戦を実行した。
「ちょちょちょっと!セレナはま!!!ほっへはひっはららいれ!!!!!」
「早く帰りたいー!ここ面白くない!!つまんない!!!」
「わわわわわかってますからららららら!!!!」
一人の男と、一人の少女は荒れる魔王城の中で、それはそれは傍から見ればほのぼのした掛け合いをし続けていた。
少女はやがてフェイの頬を引っ張るのを止め、自身の頬を膨らませながら座り込む彼の前で仁王立ちをする。
「それで!いつになったら終わるの!?その、悪党退治!」
「いてて...うーん、何か思ってたのと違うんだよねぇ」
赤く腫れた自身の頬に手を当てながら、フェイは悩む。計画に少しでもズレが起きることは、彼にとっては重大すぎる案件であり、見過ごせない。
その案件が、今正に起こっており、彼の思考は働くのを止めない。
「...なーに?私の魔法は使えなかったってこと?」
「いや、セレナ様の魔法は十分過ぎるほど効いてます。問題なのは向こう側ですね。どうも怪しい、こんなにアクションを起こさないとは...」
「あくしょん?2人は捕まえてるんでしょ?だったら早く倒しちゃえばいいじゃない。」
「...いや、1人...化け物がいるので迂闊に手は出せません。僕の考えだったらその化け物がこの魔法を早々に破ってくれると思ってたのに...」
フェイのその発言にセレナは「?」顔で、首を傾げる。
「破られたら、もっとダメなんじゃないの?だって、捕まえてるのにソレを破られたら逃げられちゃうってことでしょ?」
「うん、そういうことだよ。それを望んでた。彼の馬鹿みたいな力なら、簡単に破れる魔法なんだ。」
「私の魔法よ!どういう意味よ!!」
間接的にセレナの魔法の非力さを口走ってしまったが故に再びフェイの頬は最大限に引っ張られる。
「いあい!いあいいあい!!!!ゆるひてくらはい!!!!!!」
「むっーーーー!!!!」
セレナは頬を離すと、プク顔でそっぽを向いてしまった。彼女の魔法に頼ってる身分で些か失礼なことを言ってしまったフェイは何とも言えない顔になる。
「それで、何で私の魔法が破られて欲しかったの!」
怒りながらも話を聞こうとしてくれる姿勢があることに少しばかし感銘を受けたフェイは目を光らせながらセレナの頭を撫でた。
「ちょっと!何すんの!」
「う〜...セレナ様...成長なされて...」
「やめてよ!早く話を進めて!」
「はいはい、えーと、セレナ様の魔法を破られて欲しかったのは...」
「コホン」と咳払いをし、フェイは先程のニヤケ面を作り替え、真面目な表情へと変貌させる。
その表情を見て、セレナも唾を飲み、彼の発言を待つ。
「2人の内の1人、ルイ・レルゼンは、自分だけならこの魔法を突破出来るハズなんです。それで、外側からこのループ魔法を破壊すれば2人共助かる。実に簡単な脱出方法です。」
「...」
「しかし、このループ魔法は言わば囮。ルイがループ区間から抜けた瞬間に1人取り残されているデリーナを回収するのが、僕の作戦でした。」
「え、でも、強い方を倒した方がいいんじゃないの?」
「はい、ですが、彼と正面からやり合える人は世界にでも数少ない。だからこそ、弱者である僕みたい人は頭を働かせなければいけないのです。」
「...どーゆーこと?」
「デリーナを人質にして、ルイを1人にするのが、今回の作戦の大まかな内容、です。」
フェイとセレナの会話に割り込む様に、何かを引きずる音と、足音が彼等の部屋の扉の奥から聞こえてきた。
「それに...」
そして、扉が開かれる。
その扉から現れる人物を見て、フェイはニヤつく。
「っぐぅ...」
「奴の味方はもう、デリーナのみですから、命賭けで助けるはずだったんです。ですよね?ニカルドさん。」
白いマントを羽織った2人の騎士達は、厳重な鎖で捕縛された体格の大きい男をフェイの前に差し出した。
男は、金色の短髪に真っ白に近い肌。鋭く尖っている歯をギラつかせ、フェイを睨みつけていた。
「相変わらず、殺気立ってますね。」
「...舐めんなや...テメェら如きじゃ俺を殺す事は出来ねぇ。」
フェイに向ける殺意を見て、セレナは身体が硬直し、そっとフェイの後ろに隠れた。
フェイは、捕縛され床に倒れ込んでいる金髪の男を見下し、冷酷な目を向けた。
「君を殺すのは僕の仕事じゃない、僕の仕事はルイ・レルゼンの抹消だ。君にはソレの利用価値があると踏んだから殺さないでいるだけだ。勘違いはしないで欲しい。」
「っは!物は言いようか!相変わらず...全ての栄養頭にいっちまってるテメェは随分と戦うのが怖いらしいなぁ!?」
「...」
「なぁ!クソ裏切りモン...!!!フェイ・ハイル...!!!!!!!!!」
金髪男の叫びは、けたたましい部屋に響く。
2人の騎士は、男の威圧に足が竦む。
1人の少女は、その大声に身を震わせ、目に雫を浮かべる。
1人の黄緑の髪をする騎士は、目を細めニヤリと笑う。
「...フェイ...うらぎりって...?」
少女は、隠れた背中の持ち主である彼に質問をするが、彼は少女の方を振り返ることなく「さあ」とだけ言ってそれより深堀りをさせてくれなかった。
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「...終わりって...何を...」
「私達の冒険よ、ルイ。」
ルイの震えた声に至極冷静に返す彼女の声は、最早ルイからしたら恐怖以外の何者でも無かった。
デリーナの瞳には既に光が失われており、無気力状態になりつつある。
デリーナは、もう諦めようと、そう言うのだ。
「..."ルイ"を、取り戻すんだろ...?」
「...」
返答は無い。それが今は、無性に腹立たしくなった。
自分が怒りに震えているのが唇の振動でよく分かった。
「記憶!まだ戻ってねぇじゃん!!」
「...」
返答は無い。彼女との今の目的は記憶を取り戻すこと。それだと言うのに、諦めるのはあまりにも早すぎる。まだルイが異世界に来てから1時間程しか経っていない。その間に彼女はルイの記憶喪失を知り、覚悟を決め、記憶を取り戻す為に動くが、今、全てを諦めようとしてる。
「俺は、直ぐに諦めちまうしょうもない奴のつもりだったけどよ...お前、それはあまりにも早すぎるだろ?」
「ルイ、私は諦めようって言ってるんじゃないの。」
「...は?」
「終わりにしましょう、って言ってるの。」
声に波長は無く、冷徹に、彼女の口から発せられる。
それがどれだけルイの心に傷を付けるのか、彼女は理解して言っているのだろうか。
「だから...何でいきなり」
「もう、分かんないよ!」
「っ!」
デリーナの叫びは、廊下に響いた。
溜め込んでいた感情が爆発するかのように、彼女は叫んだ。
「分かんない...って、何が...」
「ずっとよ...ずっと、ルイのやってきた事が分かんなかった...。ルイは子供の時から、褒められた性格ではなかったけど...悪い人じゃなかった...」
「...」
彼女の口から語られるのは、ルイの知らない"ルイ"の、過去。
「いつからか、ルイはおかしくなった...!ルイとの記憶が全部真っ黒に染まって行った...なんで...貴方を愛していたかも...もう、分からなくなってた。」
「...ぁ?」
彼女は涙を浮かべながら自身の心情を暴露しだすが、知らない。何も知らない。ルイは何も分からない。
「でも、時折見せる...あの目だけは...今でも好き...大好き。」
「...もう、俺がその目をしないから...お前はそう言いたいのか?」
「...」
答えは無言だった。
無言という答えだった。
「...お前の好きな"ルイ"がいないから...今から復活させようと...そうしてんだろ?」
「...でも、もう...これ以上ルイが苦しむのは...見たくないよ...」
「苦しむ?」
「ルイは...いつも、いつもいつも....苦しそうな顔をする。夜中に一人で泣いていたのも知ってる。」
「...らねぇよ....」
「ニカルドも、もう終わりが近い...だから、もう十分だよ、ルイ。」
「...知らねぇよ...ルイのことなんて..!!!」
「...ルイ、もう記憶も何も考えなくていいから...」
「知らねぇんだよ何もかも!!!ふっざけんなよクソが!!!」
デリーナの感情が爆発し、今度は、ルイの感情が爆発した。腹の底にあった全ての本音が吐き出される。
「お前が俺を助けんだろ!?今更何言ってんだよ!記憶喪失も何とかしようって!お前が言うから、俺は頑張ろうと思ったんだよ!それがなんだ?ループする廊下に囚われたからもう諦めよう、仲間が死ぬからもう諦めよう、勝手言うのもいい加減にしろよ!」
止まらない、喉を通り抜け、口から発せられる本音が止まってくれない。
止めるつもりない。
「俺が何したって言うんだよ!?殺人?街崩壊?戦争?全部知らねぇよ!!何で俺がソレを咎められるんだよ!知らねぇ!全部!ルイも知らねぇ!お前も知らねぇ!"ルイ・レルゼン"なんて知りたくもねぇよ!」
ボロボロ ボロボロ 溢れ出る
「お前も!悪いルイが好きだったんじゃねぇのか!?人殺しも戦いも大好きな悪いルイ・レルゼンが!」
「っ!?ちがっ!分からないって言ってるでしょ!?もう私も分からないよ!」
「うるせぇ、うるせぇ!!!あぁもうめんどくせぇ!!!"ルイ・レルゼン"なんて死ねばいい!そうだな、そうだ!そうに決まってる!世界がそう言うなら分かったよ」
「...ルイ?」
「俺は零だ!ルイじゃねぇ!!!お前らが俺を"ルイ"として殺そうとすんなら!俺は"ルイ"になってやるよ!もう、いい、全部どうでもい!全員、鏖にしてやるよ!!!!!!」
ボロボロ ボロボロ ボロボロ ボロボロ ボロボロ
溢れ出す。
デリーナの目から
零の目から
ボロボロ ボロボロ
涙が溢れ出す。




