4.『消えない憎悪』
20年間、零は孤独の中で戦っていた。
親は彼に期待などせず、言葉を交わしたのはいつかもう忘れた。
学校も、彼一人を除け者にして皆でよってたかって嘲笑った。
悪意に満ちた目をしてた。
他人からの悪意が消えて無くならない。
「...はぁ...はぁ...」
誰も受け入れようとしてくれない。
「...はぁ...はぁ...」
そして、異世界に来ても尚、神様は悪意という魔物を彼に襲わせた。
『--死ね!死ね死ね!!!』
あの、青髪の女の声が頭から消えてなくなってくれかい。忘れようとすれば、逆に鮮明に浮かび上がってくる。あの時の彼女の目と声が。
だから、赤い彼女の目には、本当に救われた。
人生で初めて、誰かに受け入れられた。悪意を感じなかった。
俺は、彼女とこの異世界で生きていきたい。
「っだはぁ...はぁはぁ...デリーナ...どんだけ走んのぉ?」
と、汗まみれの顔を拭い、前を走る彼女を止めて、ルイは休息の要求をする。
「もぉ...さっきはちょっとだけ元のルイに近づいたと思ったのに...ルイの体力はこんなんじゃなかったはずなのになぁ...」
「偽物で悪かったな...」
「って!嘘よ嘘っ!何そのマジ顔!こんなんで凹まないでよ!」
あわあわと彼女は簡単に凹んでしまうルイの扱いに少々やり辛さを感じているのか、感情の起伏が激しい。
さっきからこんな感じのやり取りを続けているので、記憶喪失前のルイはどうやらデリーナの言葉責めに興奮するMだったのかもしれない、と馬鹿な考えをしていた。
既に2人は悪魔の術中の中だと言うことに気がつくこともなく。
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ルイの体力を考えてここからは走ることをやめ、早歩きへと移動方法を変えてくれた。
やはりデリーナ優しい。
ここで、ルイはふと浮かんだ疑問をぶつけてみる。
「...なぁデリーナ、俺達の仲間ってここに何人来てんだ?協力を仰ぎたいんだけど...」
そう、仲間についてだ。
現状ルイの明確な仲間はデリーナのみ。と言うか、異世界に来てからまだ青髪の彼女とデリーナとしか会ってないのだが。
ここで仲間がデリーナだけとなるとかなり状況は悪いと言える事になってしまう。
だが、流石に魔王城に乗り込むぐらいなのだからある程度人数は連れて--
「仲間ね...私が仲間だって認めてるのはルイとニカルドと、ペルー...だけよ。」
「....ぁ、そう。」
神妙な面持ちになるデリーナ。彼女がペルー、という名を呼んだ時暗い表情になったのは何となく察した。と言うか、言われて思い出した。デリーナがルイの胸ぐらを掴み叫んでいた時、あの時ペルーという単語が聞こえた。そして、そのペルーが死んだということも。
流石のルイでも、言い回し的に仲間だったことは何となく察しができる。だが、こんな時何を言ってあげるのか正解なのか分からず少々言葉が篭もる。
「記憶喪失に繋がる手がかりとか、知ってる奴居ないかな?そういう魔法があるとか、その魔法の持ち主の居場所...」
「記憶喪失なんて魔法使ってくる人間がそもそもいた覚えないのよねぇ...魔王軍にも、そんな魔法使う奴がいるなんて聞いたことが...」
--...となると、もう決定的か?今回のこの記憶喪失事件
犯人は、ルイ・レルゼン改め、黒澤 零にある。彼はどこかでずっとそんな考えをしていた。
彼の転生が前の男の記憶を上書きして、無力な男が力のある者を封印してしまった、と考えるべきか。
「だとすると、俺に何が出来るってんだ...」
異世界転生も、勝手に放り込まれただけであり、決してルイが望んたことでは無い。だが、故意ではないにしても奪ってしまったかもしれないのは事実。
それでも、この世界のこの身体に放り込まれた無力な青年に、出来ること等何も無い。
それがどうにもむず痒い。
「てか、そもそもこれって異世界転生なのか?」
ここに来て、素朴な疑問。当たり前のようにこの現状を異世界転生と結論付けていたが、その根本から間違ってる可能性だって拭いきれない。
例えば、零は本当は生きていて、トラックに引かれた衝撃で魂が何処かの誰かと交換されてしまい、こんな状況に、と考えるとどうだろうか。
「...魂の、入れ替わり?」
仮に、仮にだが、魂が入れ替わった説だとしたら、ルイという男の元の魂は零の身体にあるのだろうか、だが、例え仮でも黒澤 零があの場面で生きていたとはとても思えない。
だってあの時、零は確実に"死"を実感したのだから。
一度だけの経験だが、アレは誰がなんと言おうと死だ。熱が込み上げて来て全身を覆い尽くす灼熱の感覚は未だにトラウマ級。二度と味わいたくない。
となると、ルイという男の魂の行き場はどこへ行ったのか、零によって魂が消滅してしまったとかならば、記憶どころか"ルイ・レルゼン"は、もう二度と戻らなくなる。
「...それは、ダメだろ、この子のために...」
それだけは許されない。何としてもルイは"ルイ"を取り戻さなければならない。
デリーナの、恐らく愛している男、"ルイ・レルゼン"を。
「...」
だが、もしも本物のルイになった時、今の偽物のルイはどうなる?
そんな疑問が脳裏にチラつくが、
「ルイ、待って。」
そんなルイの思考を停止させ、早歩きを止めたデリーナの顔は、どうにも良くない事が起こっていることを示唆している。
「...デリーナ、もしかして、廊下?」
「...ルイ、気付いた?」
気付いた、と言うよりは、気付きたくなかったが気付かざるを得ない程の違和感だったと言うべきだ。
思考を巡らせながら歩いていてもその違和感にルイは時折顔を曇らせていた。
だが、その現実を受け入れるにはまだ脳のキャパが落ち着いていないので、後回しにしておいた。
だが、頭脳派と言うよりも野生派であろう彼女も流石にこの違和感には気付く。ルイが気付いてから大分後ではあるが。
32階の廊下が、長すぎるという違和感に。
「さっきまでとは明らかに距離がおかしいわ。直線に歩いてるからグルグル回ってる訳でも無いのに、先が全く見えない。」
「...と言うよりこれ、ループしてるね。」
「っ!嘘!...あんまりそれは考えたくなかったんだけど、やっぱり?」
「見てこれ」
「...あ」
ルイの考えである、廊下ループ説--これは、ほ間違いなく正解であるとルイは確信している。
デリーナも薄々気付いているが、確信には至っていなかった。だが、ルイが指さした方向に目をやって腑抜けた声と共にその説を裏付ける証拠が現れた。
「さっきの、私の、血?」
デリーナが流した呪い、とやらの影響の鼻血が、床に残っていたのだ。
その鼻血のくだりの地点から大分歩いたと言うのに、その血は今、目の前にある。
「はぁ、こんなに忙しい異世界転生聞いた事ねぇよ...」
次々とルイに降りかかる異世界の洗礼。
どれもこれも序盤から行われるには早すぎる催しだらけだ。
「ちょっともうキャパオーバー」
「何ブツクサ言ってんの!?もっと焦んなさいよ!」
汗の一滴も出ないルイのリアクションと比べ、赤髪を揺らして焦りまくる彼女はこのループを仕掛けた存在からしたら可愛らしい被害者と言えるだろう。
こんなにも、敵の術に見事に引っかかりリアクションも完璧な彼女を、敵は温情で見逃してくれるかもしれない。それくらい、彼女のリアクションはこの場において満点な程、焦っていた。
「あー、つかれたあ」
それに比べて、この白髪の青年と来たらどうだ。焦る様子も全く無く、どこかスカしているように見えて鼻につく。永遠に閉じ込めてやってもいいと思えるくらい腹立たしい存在だろう。
でも、これはスカシでも何でもなく、ルイの本心で素のリアクション。
先程、口にした通り既に異世界に転生してから一切の説明もなく繰り広げられる怒涛の展開に、遂に脳が理解を拒んだのだ。
「あー、これがいせかいかぁ」
故に、このループする廊下という障害に当たり、ルイはとうとう思考放棄をした。
「ループ....そんな魔法を使う奴が居たような、居なかったような...」
デリーナが必死に慣れない様子で頭を悩ませる。本来、彼女は考えるのはあまり好きではないのかしれない。それでも、ルイの為に今、この異常事態に対処しようとしてる。
「...壁ぶち破ったら抜けれない?」
「あ、そうね!やってみる?」
「あ、うん。」
思考放棄状態のルイの適当なアイディアに、デリーナは目を光らせルイを見た。まるで、天才的アイディアと言わんばかりの眼差しを向けられ流石のルイもデリーナのIQについて心配する。
この脳筋作戦が上手くいくとは思わない。それで上手くいくのであればどれ程楽か。
「--ってやぁ!!!」
デリーナの炎に包まれた拳は硬く冷たい漆黒の壁に重い一撃を食らわしたが、壁は全くの無傷であり、それは脳筋作戦を早急に考え直せ、と敵に言われているようだった。
壁にヒビ一つ入らないのは、明らかに壁の素材が関係していると見て間違いない。
触り心地はコンクリート。しかし、奥の方から感じる無限の重圧は外界と内部との完全なる隔離が確立されている揺るぎない証拠となる威圧だった。
無傷の壁とは対照的に、デリーナの拳にはダメージあり。
「ったぁい!!!てててて.....」
赤くなってしまった彼女の手を見て、ルイは少し申し訳なさそうになる。
現状のルイより圧倒的に強いのだから、仕方ないのだけれども女の子に先陣切らせて身を削る様な行動を強いているのは男として心にくるものがある。
「ダメ、ビクともしない。」
「物理的破壊は無理ってことね...これも、きっと魔法なんだろう?だったら魔法を使ってる奴を倒さなきゃいけないのか...」
うっすら分かっていた結論にルイは肩を落とす。
訳の分からない異世界転生からの、訳の分からない無限廊下ループ。
異世界転生初手で来るミッションとしては大分ハードル高すぎる。
「ループ系の魔法...空間に干渉出来る魔法使いなら、この城にはいるわ。勿論、敵だけど。」
彼女の勿論という言葉から、こちらの陣営がどれだけ人数不足なのかが目に見えて分かる。
だが、その事について言及する暇は無い。一刻も早く、この状況を打破しなければ、記憶喪失の件を調べることが出来ない。
「とりあえず、このループの原因はソイツだと仮定しておこう。ソイツがループする魔法で俺達を閉じ込めている、って考えると、俺達をに敵対しているのは確か。」
「うん、それで、私達を閉じ込めた理由は...」
「そりゃ勿論、殺すためなんだろう、どうせ。」
どうせ、と、ルイは当然だと言わんばかりに2人への殺意を受け止めた。
むしろ、ルイはどこか誰かも分からない殺意を向ける人物の行動を肯定姿勢にある。
『--お前....正気か!?人を大量に殺しておいて!!!幾つもの街を滅ぼし、挙句大国同士の戦争すらも起こしておいて、よくもそんな質問が出来ましたね!?クソ野郎!!!!!』
青髪の彼女の言葉が、消えてなくならないのだ。
--大量殺人
それは、絶対に許されない。裁かれるべきだ。
--街崩壊
文明を破壊し、人々を滅ぼし、そんな人間、裁かれるべきだ。
--戦争
言うまでもない、裁かれるべきだ。
--ルイ・レルゼン
裁かれるべきだ。
ルイは、ルイへの殺意を、憎悪を、裁きを、何一つ否定出来なかった。




