17.『贖罪の勇者』
「...おい、何のつもりだ...!犬っころ。」
ルイに振りかざされた銀色の剣は、横にいた白い狼の歯によって止められていた。
青い瞳がダールを明らさまに威嚇しているのを物語っていた。
「お前...俺を.....」
「――――」
背後で身動きが取れずにいるルイは狼の後ろ姿を見て困惑する。
何故、ルイを守ろうとするのか、何故、"ルイ・レルゼン"に価値を見出しているのか。
「どけっ!ソイツは生きてちゃならねぇ存在だっ!」
「っ!さてはテメェ、"俺"を知ってる奴だな?」
「あぁ!?何言ってやがる!」
「丁度いい、俺も"俺"について詳しく知ってる奴と話がしたくてな。ちょっとばかし痛い目見て色々話してもらうぜ。」
と、鎖に繋がれたルイが堂々と言い放った。
「テメェは自分の状況分かって言ってんのか!」
「ガルルルル...」
「はっ!俺の犬がお前なんかコテンパンだ!行け!"ホワイトドッグ"!」
即興で付けた名前にしては我ながら傑作だと心の中で思う。
「なんなんだよ、このクソ犬!...ん、コイツァ...」
「ガルルルルルゥアアアア!!!!!!」
高鳴る雄叫びは、ダールの威勢に屈する気配は無く、むしろ押し気味で、勇敢な後ろ姿となってルイの前に立っていた。
「...そうか、お前...あの犬かっ!!!」
「...ん、やっぱお前、なんか色々知ってそうだな。」
ダールの意味深な発言にルイは耳をピクつかせる。
先程から、何やら"ルイ"と因縁がありそうなこの男から、情報を聞き出すべきだと考える。
「ホワイトドッグとか、意味分かんねぇ名前付けやがって、そんなダセェ名前じゃねぇだろ、コイツは。」
「はぁ?ださいだぁ?」
ダールが目を細めて鋭い眼光を飛ばす。
白狼に向けて人差し指を突きつけて、彼は言う。
「お前..."ムム"だろ。」
「――っ!?」
"ムム"という単語に白い狼が耳をピクリとさせて反応するが、その後ろにいたルイも同様の反応をした。
当然だ、ルイが反応するのは当然なのだ。何故なら、"ムム"というのは――
「俺の、飼ってた犬の名前じゃん...。」
ルイの、否、黒澤 零の時に飼っていた子犬の名、それこそが"ムム"なのだ。
白くフワフワの毛並みと豆粒のような黒い目が、鮮明に浮かび上がって来る。
ムムは成長したものの、まだ完全に大人とは言えない程のサイズ。人間年齢で5歳程。
「ムムって...全然違うだろ、コレ。」
脳裏に過ぎる現世でのムムと、コチラの世界でのムムとの差に愕然とする。
「テメェが付けた名だろ、覚えとけよクソ野郎。」
「...いや、知らねぇよ。記憶喪失だって言ってんだろうが...。」
「.......は?」
「...え?」
「...は?おま、は?」
「え、何?え?」
変な反応をされて、ルイは困惑するが、ルイよりも困惑顔をするダールを見て、とある事に気付く。
――あ、俺が記憶喪失って事、何でアイツが知ってる前提で話してたんだろ。
記憶喪失という事態は一般的に見て異例中の異例。異世界に来て初っ端からこの状態のルイの感覚が麻痺っているだけで、記憶喪失を初見で聞けば、誰でもダールの反応になるだろう。
「記憶喪失って、どういう事だよ!何企んでる!」
「いや、企みとかじゃなくて!普通に事実言ってるだけ!リアルだよ!何もかも忘れたんだよ!お前誰だよ!」
「りある、ってなんだよぉ!!!」
ダールが大地を蹴り上げ高く飛んだ。
振りかざさんとする剣が再びルイに向かってくるが、間を割って入る、白い獣。
「ガルルルゥアアアア!!!」
「邪魔すんじゃぁねぇ!!!ムムッ!!!」
飛び交う怒号は、怒りと混乱が入り乱れていた。
「クソ、この鎖を何とかしなきゃならねぇのに...!」
「テメェ、こんな所で...何やってんだよ...!」
「うるせぇ!!!んなこと言われなくても分かってらァ!俺だってとっととこの村からおさらばしたいわ!」
「...ざけんなよ。」
「まぁ、村を去る前に"ルイ"について色々知ってそうなお前に事情聴取はするつもりだがな。とりあえず、この鎖を解いてくんね?ムム、だっけ?」
ルイが白い狼に向かってお願いをしたその時だった。
「ふざけんなっつってんだよぉぉお!!!!」
ダールが声を荒らげて叫んだ。
その大声にルイも一瞬身を硬直させる。
「...な、なんだよ。」
「お前っ!世界をぶっ壊して!母親をぶっ壊して!ジュエリーをぶっ壊して!何もかも滅茶苦茶にして!そんで、全部忘れただぁ!?」
「っ!だ、だから、俺はその壊したものを直す為に、色々"ルイ"について調べる必要があって」
「直せるわけねぇだろぉ!もう、手遅れなんだよぉ!!!」
「...」
ルイとダールの間に居る白狼、ムムの表情はルイからは見えなかったが、微動だにせず、ただダールを眺めているだけだった。
そして、それはルイも同じく。
「...ジュエリーが、テメェのせいで死んだ。」
「...は?」
ジュエリー、ルイの妹であるジュエリーの事だろう。
だが、昨日まで普通に生きていた。何を突然言い出すのか理解不能だった。
「今朝だ。何者かに刺されて死んでた。」
「...嘘だろ。」
「兄貴だろ、テメェ。今まで何してやがった。妹の死に際すら興味ねぇか。」
「っ!俺は...ずっとここに捕まってて...」
「テメェが犯罪者のせいで、家族であるジュエリー
殺されたっ!全部、全部テメェのせいだろうがっ!ルイ・レルゼン!」
「っ!...だから、それは...」
言葉が詰まる。
贖罪をして行くと決め込んだ決心を踏みにじろうとする現実。
取り返しのつかない事は、どう償えば良いのか。
――いや、そんなこと考えてる時間は俺には無い。
「償う。全部。」
「だから!ジュエリーは、もう、どこにも!!」
「犯人は、何処にいんだ!!!」
「っ!」
ダールの大声を掻き消す勢いで、ルイも同様に叫んだ。鎖に繋がれた手が引きちぎれんばかりに、身を前にする。
「俺がジュエリーの仇を取る。それで贖罪が出来るなんて思わない。ジュエリーはもう戻らない。それでも、俺は、俺のできる償いをし続ける。それが、俺に与えられた業だ。」
「...戯言を。誰がテメェの言葉なんぞ信じるか。」
「だったら、犯人の場所を言え!今すぐソイツをぶっ殺して、お前の目の前に首を晒してやる!」
少々言葉が荒いかもしれないが、これはルイの半分本心だ。面識は少ないにしても、妹という存在を殺されたのは屈辱的だ。
――正直、俺にジュエリーが居なくなった悲しみが芽生える事は無い。昨日しか会ってない存在なんだから。それでも、
「俺は、ルイ・レルゼンなんだ。」
"ルイ"として生きるのなら、妹を死なせた存在を、この世に生かしておく事は出来ない。それが、
『大悪党』から足を洗い、『贖罪の勇者』を目指す、ルイ・レルゼンの在り方だから。
「教えろ、犯人の場所。」
眉間に皺を寄せ、表情から感情的になっているのが目に見えて分かるルイ。そんなルイを見て、ダールは静かに応えた。
「........場所は知らん。」
「場所は?って事は、何が分かってるんだ?」
「犯人が誰か、ってだけだ。」
「誰だ、応えろ!俺の知ってるヤツか?」
「さぁ、記憶喪失のお前がどこまで覚えてるかは知らんがな。犯人の名は――」
知ってる奴の名前が、ダールの口から語られた。




