13.『冤罪騎士』
「犯人は、ルイ・レルゼンではありませんよ。」
ジュエリーが倒れているのが発見されて間もない頃、一人の青年がそう言った。
黄緑色の髪をしており、雰囲気は柔らかく親しみやすそうな優しいオーラを纏う男。
「おい、お前、お前さっきから何なんだ?どう考えても、ルイ・レルゼンだろっ!?帰ってるっつー情報も出てきてんだ。アイツがやった以外にねぇだろ?」
大男が、彼に近づきそう叫ぶ。感情的になっている分、語気も少し粗めになる。
だが、青年は怯むことなく、言葉を交わした。
「証拠だってないハズですよ。それに、ルイ・レルゼンが家族であるジュエリーさんを手にかける理由が謎過ぎる。」
「ルイ・レルゼンが帰ってきてる。それが、証拠だ!それ以外にいらないっ!ジュエリーを殺そうとしたのも、捕まえてから聞きゃあいい!」
「今、あなた方は犯人の掌の上で踊らされているんですよ。」
彼の言葉には、揺るぎない自信があった。
自分が間違ってる事は絶対に有り得ない。これは決して彼が頑固者という話をしている訳ではなく、彼の自信がその領域に達しているということ。
――ルイさんは、昨日からずっとあの場所から動けずにいた。僕が寝ているうちにここまで来てジュエリーさんを刺したとしても、わざわざ僕の元まで戻ってくる理由が無い。故に、彼はこの一晩は動いてない。
「居るはずなんです、他の犯人が。これは確実に犯人の策略ですよ。」
「さっきから、どこの誰かも知らねぇ野郎が――」
「まぁまぁ、この兄ちゃんの話も聞いてやらねぇと。落ち着け、ダール。」
「っ!だがっ!ネファさんっ!」
フェイに激しい剣幕で近づく彼を、止めたのはネファと呼ばれる大男であった。
体格は2メートルを超えており、鍛えられているであろう上腕二頭筋が魅力的であった。
「それで、兄ちゃんの意見聞かせてくれねぇか?」
「あ、ありがとうございます。そうですね、皆さん、ルイ・レルゼンが帰ってきてる事はいつ知ったんですか?」
「今朝だ。」
「...へ?あれ、今朝ですかっ!?昨日ではなくて!?」
これにフェイはかなり驚いた。
何故なら、ルイの帰還については昨日既にバレており、村人達は昨日から血眼になってルイを探していると考えていたから。
「...アレ、でも昨日の夜...皆さん何だか、誰かを探している様子ではありませんでしたか?」
――あれは、ルイさんを探してた訳じゃないのか?
「なんだ、兄ちゃん昨日からいたのか?知らなかった。そうだなぁ、昨日の夜はジュエリーが居なくなったって、そこのダールが慌ててよ...」
「...クソッ、クソクソッ!!!もっと早く気づいてりゃあ...クソッ!」
ダールが地面を蹴りながら舌打ちをする。その姿を見て、彼のジュエリーに対する思いが他人のフェイにもよく伝わってきた。
――昨夜のロード村のゴタゴタはジュエリーさんの探索か...。
「...ルイ・レルゼンの帰還は、どういう経緯でお分かりに?」
「昨日、シルフが村中でルイ・レルゼンが帰ってきたって大騒ぎしてたんだ。その時は誰も信じちゃいなかったが、今朝の新聞だ。」
「新聞?」
そう言い、ネファはフェイに向けて、新聞の見出しを見せつけた。
そこには、魔王城での出来事が事細かに書かれていた。
『――魔王討伐作戦は失敗に終わり、エルダー・カテイラが封印された。』
「はっ!?な、なんだこれっ!こんな事公にしたら大変なことに...」
『――大規模な転移により、騎士と魔族が世界に散らばる。ルイ・レルゼンの存在も確認された。』
「っ!なるほど...。」
魔王城での出来事が世間に公になってしまっていることに対しての怒りはあるが、これで合点がいった。
「昨日のシルフのあの発言...そもそもアイツは嘘をつくような奴じゃない。それに、ジュエリーが黒ずくめの男と歩いていたという情報もあった。そして...この新聞だ。」
「...世界に名を馳せてる"ルイ・レルゼン"が、このロード村にいても、おかしくないですね。」
「その通り。転移で飛んできたんだろ。」
――それでも、少し早計とは思うが。実際に見た人が一人だけなんだし、それだけでルイさんが犯人だと決めつけるには判断が..........
「...........待てよ?」
淀んだ空気感の中、フェイはある事に疑問抱いた。
「ルイ・レルゼンを見た人は?」
「シルフ、見たんだろ?」
「み、見たよっ!俺見たもん!ぶっ殺してやるとか言ってたよ!」
ネファの呼びかけに、応じたのは小さな少年だった。手と声は震えており、ジュエリーの惨状とルイの発見に対して相当な恐怖を感じているのだろう。
「...見たのは、一人だけ、なんですもんね。」
「まぁそうだが、ほとんど決定だろ。それに、ロード村はアイツの故郷だ。別に居てもおかしくない。」
「ですが、昨日は誰も信じてなかった。」
「そりゃあ、この新聞が出るまでは、アイツは世界のどっかでまた悪さしてるもんだと思ってたからな。魔王城に居るのは驚きだったが、そっから転移で飛んできたんだろ。」
ルイ・レルゼンをその目で確認したのは、シルフという少年ただ一人。だが、世界を轟かせる"ルイ・レルゼン"が帰って来ているとは誰も思わず、少年の言葉を信じはしなかった。
つまり、昨日まではシルフ以外ルイ・レルゼンが帰ってるとは思っていなかったわけだ。
――犯人は、ルイ・レルゼンが帰ってきてる事を知っていた?
――いや、普通にジュエリーさんを殺したら、たまたまルイさんの帰還と合致しただけか?そんな偶然...。
――違う、偶然過ぎる。知ってた。犯人は知ってた。ルイさんが居ることを。だとすると、シルフ君は流石に無さそうだ。....だとすると、残りは...
「つかさ、ソイツなんじゃね?犯人。」
その、声の主は集まる村人達の人だかりの中から聞こえ、顔の確認は出来なかった。
「...は?」
振り返ると、村人達が顔を見合せながら、フェイの事を見始めた。
「え、そういうこと?」
「犯人は、現場に戻ってくるらしいし...」
「まさか、そういうこと...」
空気が変わった。凍てつく視線がフェイに向けられる。
「...何を言って」
「魔力の残穢を調べりゃいいだろ。それで分かる。」
たった、その一言が、フェイを地獄へ追いやった。
――――――
ある日下がりの、王都での会話。
「魔力の残穢ってよ、人間の血痕とか指紋とかよりも格段に犯人を探しやすい重要な証拠品になるんだよ。」
そう言うのは、王都近くの店でタバコを購入するセリシア騎士団副団長のルーナルド・ジャングである。
風に乗りやって来る煙の匂いが、横を歩くフェイの鼻の奥にも伝わって、若干眉を顰めてしまう。
「そうなんですか?確かに重要証拠品になりうるでしょうが、血痕や指紋とも特に大差は無いかと思ってました。それどころか、魔力の残穢って、時間経つと消えるから、あんまり頼りにならないものと思ってしまたが...。」
「そこだ。時間経過で消えちまう。だがこれは、残った魔力が僅かに元の持ち主へ帰って行ってるからだ。」
「えっ、魔力って使えば消滅するものでは?魔力を使用→消滅→新たな魔力を体内に貯める。っていうサイクルのハズでしょう?」
「殆どはな。だが、相手を倒す時に魔力を込めると、相手の残骸に多少の魔力がこべりつくんだよ。その魔力は消える事はなく、再び主へ戻っていくらしい。理屈は知らん。」
王都の街中、民衆が歩き回る場所で堂々と煙をふかせるその騎士とは到底思えない姿とは裏腹に、丁寧に魔力探知の説明をしてくるルーナルドに、フェイは何とも言えない表情をする。
「魔力探知は殺人事件で超重要だから知っとけよ。まぁ、時間経ったら魔力は無くなるから、遺体が新鮮な内しか出来ないんだけどな。」
時間経過で無となってしまう魔力の残穢。時間制限付きの証拠という訳だ。しかし、逆に言えば、時間が経ってなければ速攻で犯人を特定出来る裏技とも言える。
「主へ戻って行く魔力を辿れば、一発で犯人を特定出来るってことか...。確かに、超重要です。」
そんな会話を、フェイはふと思い出したのだ。
――――――
「...有り得ない。」
だからこそ、今目の前で起こっている現象には目を疑う。
ロード村の医者的立ち位置である老人が、ジュエリーの身体に手を当て、付着している魔力の残穢を浮き上がらせる。
すると、ゆらゆら風に揺られながらも、魔力の主である、フェイの元へ帰っていく魔力が目に映った。
言わずもがな、それは村人達にも確認出来ており、既にフェイ・ハイルは、数十人の村人達によって包囲されていた。
「.....テメェか。」
ダールのその一言を契機に、フェイに向かって多方面からの暴力が降り注がれた。
そして、フェイ・ハイルはジュエリーを殺した犯人として、身動きを封じられる状態になる。
――――――
絶対に捕まってはいけない鬼ごっこ。命を賭けた逃亡劇において、『転移』は相性が良い。
最悪、見つかったとしても『転移』を繰り返せば捕まることは殆ど無いのだから。
「...でも、だからと言って...怖いものは、怖いよ...。」
たとえ、有利な状況においても、命を賭けているとなれば、子供のセレナにはこれ以上無い恐怖体験となる。
身体は強ばり、まともに歩けない。
即座に近くの家の屋根の上に転移したはいいものの、それ以上動くことが出来なかった。様子を見ているという言い訳を携えて、動けない今の自分を何とか肯定する。
故に、"ロード村から早く逃げる"という必勝法を実行する機会を逃してしまう。
「...何、あれ。」
セレナが遥か彼方の森を何となく眺めていたら、視界に異物が入り込んできたのだ。
それは一目で見分けるには難しいが、明らかに空間に淀んだモノが入り込んでいた。
ロード村と森の狭間において、大気が徐々に歪んでおり、それはロード村を覆っていく。
「...セレナ様っ!」
「フェイ、安静にしてて!」
「ですが、コレは...いや、もう手遅れか。」
腐女子隣で横たわっていたフェイが必死に何かを訴えようとしたが、どうやら手遅れらしく、静かに体勢を横に戻した。
セレナが不思議がっている顔をしているのを見て、フェイは口を開く。
「結界を張られました。もう、簡単には逃げられませんね、コレ。」
それは、フェイからしたら絶望であり、光が途絶えた合図である。しかし、セレナは――
「...結界?それだけ?」
――セレナ・リーベは、自身の『転移』の最高到達点を、既に知っている。




