10.『一晩の攻防』
「よし、とりあえず、こっちはこれで大丈夫。」
白髪の青年ルイのうなじ辺りにかざしていた手を離して、フェイはもう一つの問題に対して頭を悩ませる。
「さて、どうしたものですかねぇ。」
白狼の凶暴性は未知数と言っても過言では無い。
先程黒い化け物を一瞬で蹴散らしたのを目撃したばかりということもあり、フェイの動きもやや慎重気味になる。
――『シンクロ』で遠くまで向かわせるというのもアリだが、この巨体とこの魔力の生物を操れるかは微妙な所。セレナ様が居るし、危ない橋は渡れない。
「...っ!いや、もう最悪セレナ様だけおぶって全力疾走かっ!?」
これはあくまで最悪の手札。夜も更けたこの森の中を走り回るのは危険過ぎる。
「村に、逃げるか。」
これはあくまで最悪の最悪の最悪の手札。村へ降りれば狼の興味が他の者達にブレて、セレナだけでも逃がすことが可能かもしれない。
「...ここで眠らせたのはマズったか?」
フェイが視線を向けるのは、ぐったりと倒れるルイであった。
とち狂った彼は、フェイの首を持ち絞め殺そうとしてきた。その握力から、彼が本気でフェイを殺そうとしてるのが伝わった。
結果、致し方なく魔力を込め眠りに誘ったが、このままでは状況の打開にはならない。
ルイ・レルゼンと白狼を戦わせる、それか最善だと思っており、今この状況は悪手であった。
だが、あのまま荒れ狂ったルイ・レルゼンを野放しにするのはリスクがある。ここで眠らせた事を最善と考えるしかない。
「――」
「...ところで、貴方は僕達の敵ですか?どうも、攻撃してくる様子が無いようですけど。」
一向に攻撃してくる気配の無い白狼。
フェイは波打つ鼓動を抑えながら、一筋の希望を見入る。
もしかしたら、この狼は敵ではないのかもしれない。
考えると、攻撃された記憶は無い。むしろ、助けてくれた。
「...固定概念ですね。狼は敵だって、思ってる自分がいます。」
「――ガルルル...」
「ぇ」
狼は、静かに吐息をこぼした後、ルイ・レルゼンを見つめて、草の大地に腰をかけた。
親のように見つめるその視線は、ただ一直線にルイだけを見ていて、それ以上の事はして来なかった。
「...この人と、何か関係が?」
ルイと狼に、何か特別な関係性があるのではないかと、フェイは考察した。
まるで我が子のように見つめる狼の目からは、そんな気がしただけだが。
「...分かんない、というか...ちょっと、疲れたな...」
そう、疲れた。疲れたのだ。
「よく考えれば、魔王城から働きっぱなしだ...睡眠もろくに取れてないし...ちょっと、眠い。」
フェイは狼に敵対意識が無いことを確認した後、ゆっくりとセレナの近くに座り、目を細めて行く。
魔王城からずっと無休で働いていた自身の身体を労るため、静かに意識を閉ざしていく。
深い、深い眠りへと、意識を、遠ざける――――
だから、だからこそ、生まれる。
一瞬の隙
「――死ね。」
フェイの顔面目掛けて、大きな斧を振りかざそうとする、1人の男の姿が、夜の草原にはあった。
「――ほんっと、アンタなんなんすか。」
「――っ!?」
男の腕を、無数の虫達が邪魔をして、上体を後ろへ持って行く。
男は斧ごと後ろに倒れて、その倒れた体にすかさずフェイが乗り込む。
「家にいた時から、僕のこと見てましたよね?」
「...バレてたのかい。」
「はい、人の殺意には敏感でして。」
フェイの冷徹な視線の先には、フェイによって身柄を拘束され、身動きが取れなくなっている謎の男、イニー・トラレスが居た。
――この男、ずっと僕達を...いや、僕を見ていたな。狼と黒い化け物が戦ってから、ずっと視線を感じてたけど...一体いつから。
「離せよ、もっとスマートな話し合いをおじさん望むぜ。」
「...スマートとはとても言えないようなやり方で襲ってきたのはそちらでしょう。僕と貴方に何か関係があるとは思えないんですけど、何で殺しに来たんですか?」
純粋な疑問。フェイとイニーはこれといった因縁等ないハズなのだ。フェイの記憶の中では。
そして、それはイニーの記憶の中でも。彼とフェイは特にこれといった因縁は無い。ただ、一つ言えることがある。
「神が、言ってんだよ。お前は消すべき駒だってな。」
フェイ・ハイルは、目をつけられてしまっただけなのだ。
――この人に力は無い。力ずくでなら勝てるけど、説明不足過ぎて、結局襲って来た理由が意味不明だ。ルイさん関連か?
「端的に答えて下さい。貴方、ルイさんの仲間ですよね?」
――レルゼン家を監視していた時から、この人僕の事を気付いていた。やっぱり、ルイさんを奪還しようとしてるのかもしれない。だとすると、敵か。
「まぁ、仲間というよりダチだな。ダチを助けようとすんのは当たり前だろ?」
「友達、ですか。この人が『大悪党』であっても、友達だからという理由だけで、騎士である僕からこの人を奪い取るおつもりですか?」
「ダチを助けんのに、んな難しいこと考えんなよ。お前、さては友達いないな?」
「難しい事言ってるつもりないですよ。今、退くと言うなら、僕は貴方を見逃します。ちょっと今忙しいので、出来ればどっか行って欲しいんですけど。」
「...あ、魔獣だ。」
イニーは森の方面を指さして、フェイの視線を逸らさせようとする。しかし、そんな馬鹿な作戦に乗る訳がないフェイはため息を零しながら、彼の首筋に手を当てる。
「おいっ!何だ!くすぐっ――」
「眠れ。」
イニーは、眠った。
「...全く、なんなんすか、この人。」
結局、為す術無くフェイの魔力によって眠りについたイニーは、大きく口を開けてアホ面を晒しながら眠りについていた。
彼を断罪するのは勿論だが、今はとにかく眠い。
イニーを固く拘束しながら、フェイはとうとう、意識が遠ざかっていくのを自分でも理解した。
「...だいぶ、疲れてんだな。やばい...そろそろ、本気で...」
星空が輝く夜空を尻目に、フェイの意識は遂に途絶え、深い眠りの中へと誘われて行く。
完全拘束されたイニーとルイ。そして草むらの中ですやすや眠る姫、セレナを横に、フェイも眠りについた。
そんな4人の姿を、青い眼光で見つめる白狼は、一晩中、彼らから離れようとしなかった。
――――――
「どういう...事だ。」
まだ空が白い早朝の出来事であった。
昨夜までそこに拘束されていたはずの、謎の男が、姿を消していた。
その事にフェイが気づいたのは、目覚めた直後であった。
「どうやって、逃げた。簡単に解けるはずが...」
「事件の予感!?名探偵セレナの出番!?」
「っわ!お、起きてたんですか...セレナ様」
困惑しているところに、顔をひょこっと現したのは、セレナであった。およそ十数時間眠っていた彼女は元気満タンの様子で、"魔口"も回復しつつあった。
「セレナ様、お怪我は?」
「大丈夫だよー。それより、お兄ちゃんが苦しそうだからアレ取ってあげなよ。」
「...う、うぅ...俺達の、贖罪...くろさわ...れいのぉ
...」
「アレはアレでいいです。」
「たしかに、何か一人でブツブツ言ってるし、お兄ちゃんは平気か。」
青白い顔色でブツブツと贖罪だなんだと語っているルイの事はガン無視して、フェイは消えた謎の男の行方を追うことを最優先にしよう、と、思ったが。
「いや、別にアレは異物だし、どうでも良いか。今は、ルイさん達を王都に。」
本来の目的はルイの連行と、セレナの安全確保であった。あの男は特に重要視するべきではない。
「よし、セレナ様。夜も明けたことですし、王都を目指しましょう。僕はこれから村へ行って馬車を借りてきます。その間、ルイさんの監視を。」
「...かんし?とりあえず、見てれば良いんでしょ?それより、お兄ちゃんと仲良くできたの?」
「...はい、出来ましたよ。ルイさんはあの地点に固定して置いてるので、逃げる事は無いと思いますが、危険な事が起こったら直ぐに村まで『転移』を使って下さい。」
「はーい」
ここでセレナをルイと一緒にしておくのは、若干のリスクを感じるが、フェイとしても早めにここから抜け出したいのもあって、急いで村まで駆けていく。
最高効率で王都アバドンまで行くには、馬車は必須であった。昨日、村の中に馬車があるのは確認済みの為、フェイは一目散にその場所まで走って行く。
「まさか、朝になっても、援軍が来ないなんて...連絡も中々つかないし、皆も混乱してるんだろうなぁ。急がないと。」
そう、世界は今大混乱の真っ最中なのだ。
自分がここでノロノロ動いてる暇などない。一刻も早く、ルイを連行、セレナの安全確保をして、世界の混乱の収集をつけなければ――
「...は?」
村へ行くと、人だかりが出来ていた。
そこは、村の広場的な場所で、大きな噴水が中央にあった。
その近くで、大量の人々が、何かを囲んで立っていた。
その中央で、少女が倒れていた。
少女は、背中に剣を貫かれたまま、倒れていた。
「...なんで」
少女は、フェイの見覚えのある人であった。
倒れている少女は、ジュエリーだった。




