7.『--どうして2』
「...なんなんだ、これ。」
ルイは、目の前で繰り広げられる攻防に対して、そんな漠然とした感想しか出てこなかった。あまりにも衝撃で、予想外の救世主に、言葉が出てこなかった。
「ウォォォンンン!!!」
今も尚、白く輝き続けるその狼は影を次々と食い殺して行く。真っ黒な血飛沫を上げながら倒れ行く影達を踏み台にして次へ次と、その牙を差し込んで行く。
ルイは微かに開けている視線の先で見ているその光景で、狼に対して感謝と疑問が入り交じっていた。
ありがたいが、何故、助けてくれるのか。
あの青い瞳の中に潜む感情の正体は、守る意思だったのか、それとも...
「...いや、俺らも食い殺されるか?」
楽観的思考は良くない事を、ルイは魔王城の経験で良く知っている。
現れる全てを敵として考えるべきだ。
きっと、狼は次にルイ達を殺してくるに違いない。
きっと、そうだ。絶対そうだ。今は変な影共の相手をしているだけで、次はルイ達だ。
だったら、もう--
「--先に、殺す...!」
そう、殺される前に、殺せば良いのだ。ルイは怒りに身を任せ、自身の剣に手を伸ば--
「ッ!クソ...鎖が..」
完全に、自身を取り巻く鉄の鎖の存在を忘れていた。
全くと言って良いほど力が入らないこの鎖は、自力での脱出は不可能と言える。
このままでは、狼に殺されてしまう。
そんな時だった。
「ほら!これで、戦えますか!?」
「っ!おい...どういう風の吹き回しだ!?」
それは、考えられない行動であった。
フェイが、ルイを鎖から解放したのだ。
彼はどうやら眩しすぎて目を開けられない様だが、ルイ同様この状況で狼を倒すべきという思考に至ったらしい。
そこで、致し方なく戦力としてルイを解放したと考えるべきだろう。
「...」
だが、あまりにも不自然過ぎる。何か企んでるに違いない。
「...ふーん。」
「な、なんですか!?」
「いや、別に。ありがとな。」
「...?」
とぼけた顔したってもう遅い。フェイ・ハイルは、狼の次に殺してやる。
「---」
今、この状況でも眠るセレナの顔を見つめる。
「...はぁ?」
ルイは、怒った。どうして、こんな状況で寝ていられるのか。理解不能だ。
子供だからで許されるのか?いや、そんなことは無い。子供でも役立つ様頭を捻らせるはずだ。というか、セレナは『転移』が使えるんだから、起きてなきゃダメだろ。何でのうのうと寝ていられるのか。
こんな奴を守って来たと思うとバカバカしくなる。
決めた。狼殺して、フェイ殺して、次に、セレナを殺して---
「.............おかしい。」
「ウォオオォオオオンンン!!!!」
ルイが言葉を零した瞬間、パリンッと、狼の咆哮と共に、白い世界が砕け散るのを感じた。
黒い影を根こそぎ食い殺した狼の咆哮が、白世界から現実世界へ放たれて、未だに暗い夜空に響いた。
影は塵のように消滅して行き、声を発する事もなく無惨に消えて行く。
白狼は空に向かって今も尚、咆哮を続ける。
ルイは解放されたその身体で、剣に手を伸ばしていた。
フェイは、ルイの後ろでセレナを抱え、じっと戦況を見ていた。
赤く、発光するその瞳で。
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フェイ・ハイルの魔法は、『シンクロ』だ。
生物に自身の五感をシンクロさせることが出来る力。
この説明は、不十分であると言えるかもしれない。
確かに、フェイがこの魔法を使う主な使用目的は敵の内部の視察や、戦場を客観的に見る為など、基本『視覚』を中心に使う事が多い。
だが、この魔法にはとある副産物が存在する。
それは、フェイだからこそ生じる副産物で、時にそれは相手にとって最大の武器になりうる。
フェイは、超がつくほどの疑心暗鬼だ。
この世の全てを100では信じていない。悲しい事に、彼は家族ですら絶対の信頼を置いていないのだ。
それ程までに、彼は慎重だ。故に、弱くてもここまで生き延びてきた。
彼は生まれて22年間、本当に、本当に全てを疑い続けて生きてきた。彼にとっては当然のその生き方は、他の人にとって、何とも窮屈な生き方であった。
さて、この魔法に生じる副産物、それは『シンクロ』によって、フェイの人格が移る可能性があるということ。
全てを疑い、全てに対して敏感に反応する。
そして、全てに対して憎悪を向け続ける青年の人格が、乗り移るかもしれないのだ。
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フェイ・ハイルにとって、これは賭けであった。
ここで『シンクロ』をルイ・レルゼンに施し、全てに対して憎悪を向けさせる様にする作戦は成功した。
しかし、問題はこれからだ。
憎悪を向けられる順番はフェイには分からない。
完全なるランダムと考えて良い。
その矛先が先に狼に向いてくれる事をただただ祈っていた。
一番の最善策、それはルイと狼が戦ってる間に『ロード村』から退散する事だ。
「...さて、どうなる」
フェイは、祈った。ルイの怒りが、狼に向くことを。
しかし、ルイの反応は意外なものだった。
「...いやいや、いくらなんでも...おかしいだろ!」
ルイはセレナを見つめて声を荒らげた。
「...セレナ様か...!」
どうやら、次の標的はセレナ・リーベであるようだ。これは賭けに負けたと言って良い。
さて、やる事が決まった。『シンクロ』を解いて、元のルイに戻ってもらう。
フェイとルイで狼と戦うことになるだろう。
そして、その間にもう一度『シンクロ』をして、ルイの矛先が今度こそ狼に向くことを祈って--
「お前だろ?犯人。」
瞬間、フェイ・ハイルの胸ぐらを掴み、睨み付けてくる、炎の目の色をしたルイ・レルゼンの顔が目の前にあった。
「...」
何を言われているのか一瞬戸惑った。しかし、気付いてしまった。
ルイ・レルゼンが、気づいた事に気付いてしまった。
「魔王城の、32階...さっきの部屋の中...そんで、ここ...俺が明らかにおかしくなっている場所に...必ずお前が居るんだ。」
「...別に、隠す気もありませんでしたし、言いますよ。はい、そうです。僕の仕業ですよ。」
「今すぐ...これを解け!何のつもりか知らねぇけど!頭おかしくなりそうなんだよっ!全てに対して怒りが収まらねぇ!お前は俺に人を殺して欲しいのか!?」
真っ赤に燃える炎の目を揺らしながら、ルイは全ての感情をぶちまける。これはフェイの魔法によるものではなく、ルイの意思がそうさせてるものだ。
どうしてこんなことをするのか。危うく人が死んでいたのだ。間接的に誰かを殺そうとしているのではないか、ルイはそんな疑惑がフェイにあり--
「そんな!訳無いだろうがっ!!!!」
「っ!?」
フェイが、突然大声を上げてルイの胸ぐらを掴み返した。
身体が地面に倒れ激しい怒鳴り声が目の前から放たれる。
「人なんか!殺して欲しい訳無いだろうが!何やってんだよ馬鹿野郎!僕の魔法で簡単に人を殺せる訳ないんだ!」
「...ぅ」
「僕の『シンクロ』は確かに僕の性格が乗り移る可能性がある!全てを疑ってしまう疑心暗鬼の僕の性格が!でも!それで人を殺す程になる訳無いんだ!それで誰かを殺せるなら、僕はこんな魔法使おうなんて思わない!」
「でも...」
「魔王城では、デリーナとの間に亀裂が起これば良いと思って、魔法を使った!レルゼン家では、自分に対する憎しみを増幅させて狂わせようとした!今回も!アンタを囮にして逃げようとした!でも、誰かを殺そうとするその意思は!間違いなくアンタの汚い魂に染まってしまってるモノだ!!!!」
「...」
「なんで...なんで...なんでなんですか...?ルイさん...なんで、堕ちて行った...なんで相談してくれなかった...僕は、僕は!!!分からないですよ!!!アンタが分からないっ!ルイ・レルゼン!!!!」
暗い草原の中、ルイの胸ぐらを掴みながら涙を零す、フェイ。歯をギリギリと鳴らして、頑張って感情に蓋をするようにしている。
「....」
フェイ・ハイルの魔法は、人格が移る可能性があるが、それはあくまで疑心暗鬼になる程度らしい。
つまり、ルイが人を殺そうとする程の威力は本来持たないハズなのだ。
ルイは全てに対して疑問を抱き、そして、憎悪を抱き、そして、殺意に変わって行った。
これを全部、ルイは"何か"による作用だと考えていた。この推測は、半分正解ではあったようだが--
「...そんな、ハズあるか...」
このままだと、ルイ自身が人を殺したいと思う最終決断をしているという結論になる。
そんなハズがない。人を殺したい訳ない。
そんな勇気無い。そんな事したくない。
「...まさか!」
そうだ、"ルイ・レルゼン"の魂が身体を乗っ取っているのではないか。
そうだ、絶対そうだ。
"ルイ・レルゼン"は人殺しなのだから、"ルイ・レルゼン"が人を殺したいと思うのは当然の思考。
ルイ・レルゼンは普通の人間だから、人なんか殺したいと思う訳ない。
「そうだ、絶対そうだ。"ルイ"だ!悪いのは"ルイ"だ!フェイの他に、まだいたんだ!俺の中にいる!"ルイ・レルゼン"が真犯人だっ!」
信じられない。なんてやつなのだろう。
"ルイ・レルゼン"はフェイの魔法によって全てに対して疑心暗鬼になっているルイ・レルゼンの身体を使って、マイナスになっいるルイの精神に"殺意"という毒を植えたのだ。
そうして、ルイによる殺人衝動が起こったという訳だ。
それなら、全て辻褄が合う。
許せない。なんてやつだろうか、"ルイ・レルゼン"。
「...何言ってんすか。」
「...ぁ?」
フェイの腕を振り払い、新たな真犯人を見つけたルイは声高らかに空に向かって語っていた。
そんなルイに、フェイは草原に腰を着きながら冷たい声で言葉を交わす。
「殺意も、誰かのせい?...それが本当なら、貴方には何の罪もないですよ。」
「...だから!そうだって!」
「じゃあ、何でそんなに動揺しているんですか?」
「...え?」
と、そこには汗を大量に流しながら、目をピクピク動かし、自身の罪を隠そうとしている犯人の様な、ルイがいた。
「何が言いたい!俺は別に人を殺したいなんて!」
「僕もう、魔法解いてますよ?」
「あぁ!?......あ。」
そして、正常な目の色をしたルイ・レルゼンだけが、そこにいた。
既に、フェイの『シンクロ』は機能していない。
疑念も憎悪も殺意も、もう無い。ハズだ。ルイの憶測が正しければ。
「...」
「それなのに、貴方は...」
フェイが何かを言おうとする。
違う、これは違うのだ。これはそういうのじゃない。
「どうして--」
違う、やめろ。それ以上言うな。
ヤバい、今すぐ収めないと。バレる。バレる。
俺が、バレる。俺が、俺だって、俺がバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレるバレる
「--どうして、そんなに僕を殺したがってるんですか。」
ピキっと、魂に亀裂が入った気がした。
「....だぁまぁれよぉおおおおぉぉおおお!!!!」
血が頭に込み上げてくることを感じて、脳味噌から激しいエキスが溢れ出す感覚がある。
リミッターが外れて怒りで手が震えていた。
そして、ルイの汚れた手は、フェイの首元に収まった。
「死ね...死ね!!!死ね死ね死ね!!!全部!死ね!」
分かっていたのだ。
分かっていたことだ。
ルイは、ルイのことを、いや、
黒澤 零は、黒澤 零のことを分かっていた。
黒澤 零という人間は、最低な人間なのだ。
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まだ、太陽は真上にのぼっており、本来の下校時間にしては随分と早い時間帯であった。
しかし、テスト期間を終え、これからやって来る学生の天国タイム 夏休み が目前に迫るその日は、終業式の日であった。
「一旦カラオケじゃない!?」
「待ってよ!今日スタバ新作の日なの!スタバ寄らせてよ!」
「分かったから!お前らあんま広がるなって!自転車来てるぞ!」
「ねぇ〜、どこでも良いから早く中入ろ〜!暑すぎる〜!」
若い男女4人のそんな声が前から聞こえてくる。
男2人で女2人。何ともバランスの良い比率だ。
彼等は同じクラスのイケイケ集団。テスト期間もよく4人で集まって勉強していた。
「旅行計画早く立てようぜ〜」
「はい!俺大阪!」
「いや、沖縄だろ!?」
「逆に北海道は!?」
「逆に茨城は!?」
「「「「何の逆だよ。」」」」
後ろには、5人の男集団がそんな馬鹿な会話をしていた。彼等は全員サッカー部だ。今日は部活がオフらしく、皆で仲良く帰っているご様子。多分この後マックとか行ってダベるのだろう。
「じゃあ...江ノ島とか、どうかな?」
「...うん!行きたいっ!」
横を見ると、手を繋ぎながら頬を赤らめるクソカップルが歩いていた。大方夏休みに2人でどこ行くみたいな会話だろう。くだらない。
「....」
その真ん中で、1人イヤホンをしながら歩く黒髪の男子高校生が居た。
虚ろな目をしながら絶対に誰にも聞こえない声で、ブツブツと何かを喋っていた。
「....死ねよ、リア充共。」
18歳 高校3年生 黒澤 零は、ぼっちだった。




