5.『嫌い同士』
『ロード村』
セリシア王国の南東に位置する小さな村の名。
周辺は木々が生い茂る森であり、王都『アバドン』とはかなり距離が離れている。
老若男女幅広い世代がこの小さな村で生きている。
村を出る者、村にやってくる者、村で生涯を終える者、様々な人々がこの村で自身の人生を歩んでいる。
特に、これと言った何の特徴も無い小さな村。
『英雄』と『大悪党』を生んだ村でなければ、フェイも名前など知る機会すらなかったであろう村。
「それにしても、彼は運が悪い。僕という粘着質なストーカーと一緒に転移してしまったんだから。」
フェイは茂みの中から、赤い目を輝かせてルイの実家に忍ばせているあらゆる虫と共感覚を一致させる。
「ねぇ、なんでフェイはお家に入らないの?ていうか、なんで私がここに居るの知ってたの?」
フェイの白いマントを引っ張って目をパチクリさせるセレナは頭の上に「?」を浮かばせてフェイの行動理由を聞く。
実際不可解な点が多すぎた。
家を探索すると言ってセレナは勝手に1階を歩き回った。すると、裏扉からやって来たフェイ。
泣きそうな顔で彼は深呼吸をした後、
『セレナ様...よくぞ...無事で!』
そうして、彼の手で裏口から外へ連れ出されたセレナ。安心できる存在であったフェイだったから、身を任せたものの、どうして家を出る必要があったのか分からなかった。
だって、フェイもルイも良い人なのだから、仲良くなればいいだけなのに。
「もう時期、近くの騎士団が来てくれます。ですから...もうしばらく辛抱を!」
「だからっ!別に私は辛くないって!分かってるよ、フェイはお兄ちゃんと話すの恥ずかしいんでしょ?私がちゃんと仲良くさせてあげるから!」
「ち、違いますって!聞いて下さい!セレナ様、彼は...ルイ・レルゼンという男は...貴方の国を..!」
「...な、なに?」
直前で事実を打ち明ける事にビビる自分が嫌いで仕方なかった。セレナの表情を見ると更に口がこもってしまう。
フェイはセレナを見つめてしばらくしてから「なんでもないです」と言い、再び目を赤く発光させルイの家を監視し続けた。
そんなフェイに困惑しているセレナであった。
「なんなのよぉ...」
レルゼン家の小さな部屋の中、その男は辺りに散らばる虫を見つけては殺していた。
古びた小さな部屋ですら監視をしている慎重さには圧巻だ。
「---」
男の目は、森の茂みで目を赤く発光させている騎士を捉えていた。
小さな小窓から見えるその姿から、相手がセリシア騎士団であることは直ぐに分かった。
そして、異常な空気を作り上げた元凶であることも。
2階から不穏な空気は感じ取っていた。
だから、ルイを行かせて正解だった。未熟な自分が行けば、何をしでかすか分からない。
それにしても、彼は運が悪い。だって、この男を敵に回してしまったのだから。
「嗚呼、神よ。奴は...敵ですか?」
髭面のその男のつぶやきは、誰に対してものか、何を思って発したのか、当人にしか分からない。
「...奴は、消すべき駒でしょうか?」
その男、イニーは床から現れる黒い魔法陣から、手刀を手に取り、真っ直ぐ、フェイを見つめていた。
フェイは、この世界で絶対に敵に回してはいけない存在を敵に回してしまったのだ。
------
「---」
完全に、見当違いであった。
家を突然飛び出して叫び出す彼を見て、周囲の反応が冷ややかであることを感じる。
先程まで家の中にいても届くくらいの声で騒いでいた少年少女達は眉を引き攣らせてルイを見ていた。
ルイ自身、恥ずかしさで"恥ずか死"する寸前である。
ここまで声高らかに宣戦布告しておいて、勘違いなんて、笑えないくらいの恥。
だが、今ルイが最も懸念すべきなのはそこでは無かった。
「...え」
レルゼン家の門の外で緑髪のおかっぱ頭の少年が目を見開いてコチラを見てきている。
口を大きく開けながら身体を震わして、目の前に立つルイに対して驚きを隠せない表情だ。
「...やば」
ルイはそんな少年の表情を見て、ジュエリーの言葉を思い出す。
『--村人に見つかったら、アンタ殺されると思いなさい。コレで顔隠して。』
そんな会話がありながら、ルイはここまでやって来た訳だが、白髪も、顔面も、何もかもさらけ出して堂々と大声で叫んでしまった。
「ルイ・レルゼン!!!」
少年が驚愕と恐怖の入り交じった叫び声をして、ルイから逃げて行く。
「や、ばいっ!!!やばいやばいやばいやばいやばい!!!!」
急いで、家の中へ戻るも、とうに手遅れ。
少年が村の方向へ走っていく後ろ姿を見て、ルイ・レルゼン帰還のニュースが村中2広がるのは時間の問題であることを察する。
玄関の扉を閉めて、高鳴る鼓動を必死でおさえつける。
「...ど、どうする...もう俺を殺しに村人達がやってくるのは時間の問題だ...。セレナ連れてさっさと逃げるべきか!?」
村が生んでしまった『大悪党』を、村の人々が殺しに来るのは容易に想像出来る。
こうしている間にも、少年の口からルイの帰還が放たれるのが刻一刻と迫っている。
相変わらず、後先何も考えない自分の性格に頭が痛い。どうしてもっと冷静に状況の打開をしようとしなかったか。
「完全に、俺の見当違いだってのに...クソッ、自分で自分の首絞めて...やってる事馬鹿そのものだ。とにかく、逃げなきゃっ!」
「っ!クソ兄貴...ちょっと、アンタどういうつもりなの?突然部屋から出てって、さっき大声で叫んでたの何?」
階段から降りてくるジュエリーが眉間に皺を寄せてグイグイと迫って来る。
そこで、とある異変に気づく。
「あれ、目の色...」
「ん?目がどうしたのよ...ていうか、なんだったのさっきの。何を教えて欲しい訳?」
目の色が通常に戻ってる。不機嫌そうな顔は変わらないが、先程の殺意はどうやら消えた様子。
まるで、先程のルイの声に反応して消えた様子。
「...あれ?俺の考察合ってた?」
「ねぇ!ちゃんと説明しなさい!何を教えて欲しくて、さっき何を叫んでたの?」
「ま、待て!ちょっと今色々立て込んでて、とりあえずお前は通常に戻ったようだな!安心!」
「はぁ?別に、アタシはずっと普通だけど?アンタが異常なだけよ!」
「ごめんなさいごめんなさい、それは置いておいて!とにかく、時間が無い。村人達がもう時期、俺を殺しに来ると思う!セレナ連れて逃げたい!」
「...まさか、誰かにバレたの?アンタが帰ってきてること。」
「そのまさか!!!」
「クソ馬鹿兄貴っ!」
ジュエリーの怒鳴り声に耳を傾けつつ、急いで家の中へ駆け込む。
イニーがセレナを捜索しているハズだが、未だに見当たらないということは、苦戦しているのだかろうか。
「セレナ...どこ行きやがった...こんな時に...」
「うお!ルイじゃねえか。なんだその面、クソでも我慢してんのか?」
と、奥の廊下の扉から現れたのはイニーであった。
あっけらかんとしたその態度にルイは若干腹が立ったが、今そこついて言及する暇はない。
「話は後だ!セレナ居たか!?訳あってセレナとこの村から出たいんだ!」
「あぁ、その事なんだが、見つからねぇぞ。セレナ様。」
「...マジ?」
「マジ」
予想はしていたものの、いざそれが現実として突きつけられると、心地よくないものだ。
「だが、見当はついてるぜ!」
「マジか!?どこ!?」
予想外の朗報にルイは胸を高鳴らせる。
かなり深刻な状況ではあるが、今すぐに逃げ出せばまだ何とかなる。最悪、セレナと合流さえしてしまえば『転移』でどうとでもなる。
「裏口から見える大木がある。その裏に、セレナはいるだろうさ。」
「...そ、そうなのか。でも、じゃあなんでお前はそこに行かないんだ?」
「人選だよ。俺よりお前の方が適任らしい。」
「...?ん、まぁなんでいいや。ありがとう!」
よく分からないが、場所を教えてくれるだけありがたい。ひとまず、裏口から出ようとするが、ジュエリーの声に止められる。
「ちょっと待ってよ!何なの?アタシ何も聞いてないんだけど。さっきアンタ言ってたわよね?ルイ・レルゼンについて教えて欲しいって!」
「悪ぃ、それ聞けそうにない!機会がありゃ教えてくれ。そんじゃ、俺は行くぞ。母さんによろしく頼む!」
「待ちなさい!!!何なのよ!!!」
ジュエリーの怒鳴り声に背を向けて、ルイは裏口の扉を大きく開けた。
目の前にある森の中で一際目立つ大木。
その大木目掛けて一直線に走る。
「セレナ!いるかっ!?この村から出るぞ!」
草原を駆け込み、大木の裏を覗く。
すると、そこにはセレナが居た。
「---」
正確に言えば、セレナは眠っており、そのセレナを抱えている、騎士がいた。
「...な、なんで」
見知った顔だった。いや、そこまで関わりがあった訳でもないが、確実に見たことがある顔だった。
黄緑の髪に、爽やかな優男の雰囲気。
それでいて、狙った獲物は逃すまいという気概を感じさせる鋭い目。
「どうも。」
「なんで!お前がっ!!!っ---」
しゅんかん、全身の力が抜けていく。
鉄の鎖の様な物が身体に付き纏い、脱力させていく。
「こうして、2人で喋るのは久しぶりですね。ルイさん。」
「...思い出した、セレナが言ってた...騎士!お前...フェイ・ハイル...だな!?」
フェイ・ハイル、セリシア騎士団の男が、ルイを鉄の鎖で捕縛した。
大木の陰で、力を無くして膝を着くルイを、軽蔑の眼差しで見下すフェイの顔は、狂気すら感じた。
「記憶、まだ戻ってないんですね。」
「そうだよ...だから、俺無罪だから釈放してくんない?」
「記憶喪失って設定には、何か意図があるのですかね。」
「...あぁ?」
フェイは、当然の事を言うように、ルイが嘘をついている前提で話し始めた。
「記憶喪失...どんな意図があるのかしれませんが、"絶対監獄"でその意図は聞くとしましょう。ひとまず、ルイ・レルゼン、これよりお前を連行する。」
「...記憶喪失本当なんだけど。」
「そうですか。了解です。」
淡々と答えるその言葉には、何の重みも無かった。
「...俺、お前の事嫌いかも。」
「はい、僕も貴方が世界で1番嫌いですよ。」
決して直ることの無い2人の関係は、更に亀裂が入り、絶対的な決別となった。




