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勇者の贖罪  作者:
2章 『ロード村』
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4.『見えない悪意』

「し、知らないっ!!!!」


知っていはずだ。ルイは知っていたはずなのだ。

自分の置かれている立場を。"ルイ・レルゼン"という男の正体を。


そして、自分では無い自分がやった事だと、ルイはしっかり理解している。だからこそ、情緒を保っている。臆病者のルイに、こんな事は不可能なのだ。


それなのに、どうしてか。


「俺は、知らないっ!!!!」


突きつけられる度に、胸が痛くなるのは、何故だろうか。

冤罪だ。紛れもなく、冤罪なのだ。それなのに、自分が大悪党だと言われる度に、思い出す。


憎悪の声達が、頭から離れてくれない。


「っぐ、っんぐ...」


ルイは、正常だ。正常なハズだ。

あの母親の姿を見た時、ルイは思った。

「可哀想」と。


まるで第三者の様な感想を抱いた。罪悪感はなかった。だって、自分ではないから。

母親を殺したのは、"ルイ"なのだから。


罪悪感はない、ハズだ。


「クッソがぁ....はぁ...はぁ、なんだよ...ふっざけんなぁ...!!!!」


ビリビリと、ビリビリビリビリ破きまくる。

乱雑に貼られている紙はルイの乱暴な手さばきでみるみる内に細切れとなっていく。


「ふっざけんなよ!俺は何もしてねぇよ...!んだよ、これっ!誰も殺してねぇんだよ!!!」


わけがわからぬイライラが脳を支配していた。

無性に何かに当たりたい気持ちだった。


「はぁ...はぁ...はぁ...、死ね。」


もう、感情が抑制出来ない。何故ここまで怒ってるのか、説明出来ない。

理不尽な現実など、ずっと分かっていた。受け入れたはずだ。なのに、何故今になって。


「死ね!死ね!死ね!死ねよ、全員、死ねよ!ぶっ殺して--」


--あ?


物騒な言葉を言い放とうとした途端、脳にストッパーがかかる。


この感覚を、ルイは知っている。


「...」


何故か分からぬ怪奇現象が、ルイの神経を逆撫でし続け、必要以上に殺意と憎悪を振りかざさせられ続ける。

終いには、全てに怒りを覚えて破壊衝動に身を包まれるこの感覚を、ルイはつい最近味わったばかりだ。


それは、黒い廊下の中で、それは、ルイが異世界に来て初めて頼れる人のそばで、


ループし続けるあの廊下の中で、ルイはそれを知っていた。


「...これは、何だ?」


あの時、魔王城32階で、ルイは全ての人間を殺そうとした。全てが憎かった。

でも、その気持ちは決して嘘ではなく、ルイが多少感じていることだった。


「クソ、クソ、クソクソクソ...この、部屋から出ねぇと...」


部屋の中にいたら、頭がおかしくなりそうだった。

理由が分からない謎の嫌悪感が、身体を蝕む。


『--どうして、そんなに生きたがってるの?』


それは、デリーナに言われた言葉。

何故、今思い出しのかは分からないが、ルイは、激怒した。


「...ふざっけんなぁああああああ!!!!!!!」


青年の雄叫びは、家の中で轟いた。


「ダメだ!落ち着け、落ち着け...これは...絶対に、何か....他の何かによる作用だ...!」


ルイは理解しているのだ。この怒りが何かによって引き起こされていると。


「ふぅ...ふぅ...んだよ、これ....」


『ルイ・レルゼンを全国指名手配』


「ふざっけんなっよぉ!!!!!!」


ついには、腰にさしている剣を取り出したルイは、壁全面を思いっきり切り刻んでいく。

焦点が合わなくなっている目の先にあるのは、ルイを罵倒する記事か、薄いカーテンの隙間から差し込む光か、もう何を見ているのかルイにも分からない。


「うあああああああぁぁぁっ!!!!!」


とにかく、全てが憎くて仕方が無かった。

冤罪のルイをここまで酷く言う記事に、ジュエリーにも腹立たしさが出てくる。


「...殺して、やる....」


それは、決して言ってはいけない本音。

零す事すら許されない発言であった。


「ぁ」


「...あ?」


背後から聞こえる少女の腑抜けた声。

振り返ると、赤髪の彼女であった。


「ジュエリー...!」


怯えた表情を見えてガクガク震えている女が立っていた。

ジュエリーは、明らかに動揺しており、ルイに対して恐怖しか抱かぬ目であった。

今は、そんな彼女の目が無性にイラついた。


「...んだよ、その目!お前も!俺を!そんな目で見やがるっ!!!」


「やっぱり....記憶喪失なんて!嘘よっ!!!」


「クソがァ!ぶっ殺してやるっ!!!」


怒り狂ったルイと、そのルイに涙目で怒鳴り返すジュエリー。2人の怒号が2階の部屋で響き渡るのを、1階で眠る母親には聞こえていた。


母親である、彼女の名はアリス・レルゼン。

2人の息子と1人の拾い子、旦那と共に暮らした平穏な生活を今も思い出しては、涙を流す。


殺伐とした異常な空気が2階からヒシヒシと伝わってきて、彼女の頬を涙がつたる。


だが、2人は母親の事もつゆ知らず、感情に身を任せ、睨み合っていた。

それはもはや兄妹とは言えない、殺すべき相手を見極めている者同士の目線であった。


「最初は、本当に...記憶喪失だと思った。雰囲気もまるで違ってるアンタを見て、少しだけ...期待してた。...ルイは、生まれ変わったんじゃないかって。」


「...あぁ?」


「でも、違った。やっぱり、ルイは、ルイだっ!クソ兄貴に違いない!さっさと死んで償え!ママを返せっ!」


ジュエリーが腰から小さな杖を取り出した。

彼女の杖先から感じる異常な空気は魔法の発射準備の証で間違いない。

彼女も当然のように魔法を使う。


上等だ。そっちがその気なら、こっちも死ぬ気で行く。


「知らねぇ知らねぇ知らねぇ!全部っ!俺の知ったことかっ!俺の人生を阻むんなら、容赦なくっ!ぶっ殺して--」


『--全部、償う!全部取り戻す!ルイ・レルゼンが壊したモノを!全部直す!』


それは、ルイがルイに打ち込んだ誓いであり、決意であり、呪いである。


「...」


ルイは、"ルイ"じゃない。

償う事も償う理由も無い。冤罪の彼に謝る義務は無いのだ。


それでも、ルイは決めてしまったのだ。

全部を取り戻さなければいけないのだ。

"ルイ・レルゼン"の過ちを、全て払拭する程の事をしなくてはいけないのだ。


何者にもなれなかった黒澤 零が、異世界に来て決めた事。


--凄い人間になってやる。


"大悪党"なんて汚名すら払拭出来なくて、凄い人間になれるものか。


ルイと"ルイ"は別だ。

やった事は全部"ルイ"がやった事。


では、"ルイ"が居ない今、ルイの出来ることは何なのか?


彼に過ちを償わせる機会を、彼の破壊した全てを取り戻す機会を、"ルイ"に与えてやりたい。


だって、ルイが取り戻したいモノの中に、既に彼は居るのだから。


笑顔の素敵な少年を、堕ちて行くしかなかった"ルイ・レルゼン"を、取り戻したい。


だから、今、ルイに出来ることは、



「死ねぇええええ!!!!」


「お!し!え!て!くれ!!!!」



赤く燃え上がる灼熱の炎がルイへ放たれようとするが、凄まじい勢いで迫って行き、彼女の杖先を天井に向けさせる。


「---」


ジュエリーの見開いた眼光に映るルイの姿は、あまりにも惨めだったかもしれない。

汗ダラダラで慌てた様子の彼は、まるで命乞いをしている弱者の様に映るだろう。しかし、ルイの行動は決して自身の命を守る為に死に物狂いで行ったものではない。


「教えて欲しい、お前の知ってる"ルイ"を。」


湧き出る感情に無理矢理蓋をして、ルイは自分のすべき事をする。

ルイは、"ルイ"を知らなすぎていた。


「...なんの、つもり?」


「やっぱり...これ、おかしい。負の感情を増幅させられてる気がする。俺は、既に理不尽な現実を受け入れたはずなんだ。」


「...はぁ?」


ルイは、自分が悪党と言われる理不尽な状況を、完全に受け入れた訳では無いが、向き合う事にはした。

それは、魔王城で済ませた感情のハズだ。


では、何故今になって再び激昂しているのか。

記事を見てこうなった?それもあるかもしれないが、


「ジュエリー、教えて欲しい。お前のクソ兄貴について話がしたい。」


「信じられる訳ないでしょ、今だって...私を殺そうとしてる。」


ジュエリーを押さえつけるルイの手は今も尚震えており、それは怯えや恐怖から来るものではなく、怒りと狂気に満ちた震えだ。


彼女の言う通り、ルイは今、ジュエリーを憎む気持ちを必死で抑えている状態。今すぐにでも爆発しそうな感情にストッパーをかけている。


「...話を、聞いてくれ。」


「...声、震えてる。」


「これが限界。マジ頼む、落ち着いた話し合いをさせてくれ。」


「無理よっ!無理無理!もう!どうにも出来ない!この部屋を見て!どうしてこんな部屋があるか知ってる!?ママがっ!ママがおかしくなって、こんなにっ!」


「--ぁ」


ジュエリーが、再び荒れ狂おうとする。

そして、ルイは見た。彼女の瞳が、赤く燃え上がっていることに。


通常の人間には有り得ない現象が、今彼女に起こっている。そして、ルイの憶測が正しければ、それは、それはきっと--


「--っ!」


「っ!クソ兄貴っ!」


ルイはジュエリーの腕を振り払い、急いで階段を下っていく。自身の片目を抑えながら、ギリギリと歯ぎしりを立てる自分を必死で抑制する。


ルイに出来ることは、"ルイ"を知る事。

その為に、彼を知っている人達と会話をする機会が必要なのだ。

自分の置かれた理不尽な立場にいちいち怒りを覚えてる暇など無い。


あの部屋で、記事を見た時に感情が高ぶるのを感じた。だが、それをルイは知っていた。初めてでは無いのだ。


あの時、32階で、デリーナに言われた言葉が、頭から離れない。


『--どうして、そんなに生きたがってるの?』


でも、思い出すべきなのは、その言葉だけじゃない。

あの時、あの瞬間、デリーナの目も--


「--燃えてたっ!」


赤く燃え上がるデリーナの目、ジュエリーの目、そして、恐らくルイの目も燃えているはずだ。


そして、それらの人に共通する事は、

負の感情を何かによって増幅させられている。他ならぬ介入者が居る。


「ジュエリーに、聞かなきゃいけないことが山ほどある。"ルイ"を知る為に、会話を、する為に!」


ルイは玄関を飛び出して、家を飛び出す。

晴れ晴れとした晴天の空に向かって、大声で叫ぶ。


「誰か、知らねぇがっ!お前の魔法は看破したっ!2回も同じ手に乗ると思うなよっ!?この感情の矛先は...お前に向けてやるっ!さっさとそのツラ見せやがれっ!隠れてるだけの卑怯者っ!ぶっ殺してやる!!」


誰かも分からぬ謎の介入者、居るかすら分からない。

だが、絶対に何かが作用していなければ説明がつかない精神攻撃。

魔法かも分からない。打開策も正直見つかってない。

だが、ルイは賭けに出る。


"誰かによる魔法の精神汚染"だと、考察する。


32階の時も、ルイが殺人鬼に豹変したのは、ソレが原因で間違いない。実際、広間に転移した時、ルイの感情の変化はジェットコースターのように凄かった。

まるで先程までの自分が嘘かのように、セレナを見ても殺しの感情など、一切湧かなかった。


そして、今、全く同じ犯人によって、ルイは精神を汚染されてると考える。


そして、今、その犯人は、ルイの叫びを聞き、


「---」


赤い目を細めながら、家の天井から姿を消した。


ルイは賭けに勝ち、"彼"は、ルイを恐れた。



"彼"の話をしよう。

"彼"は、魔王城の転移事件の際、誰よりも金髪の少女を守ろうとした。

だが、虚しくも"彼"は弱く、力ではどうすることも出来ず、白い世界の中を彷徨った。


それでも、少女を守ろうと、少女と離れようとしない白髪の青年を危険視しながら、出来る限り白い世界でも、青年に近付こうとした。


"彼"は弱く、脆い。だが、誰よりも正義感を持つ、立派な騎士だ。


「--はい、僕は今、セリシア王国の南東の村...『ロード村』に居ます。はい、出来る限り増援をお願いしたいです。」


通信機を持ち、黄緑色の髪の毛を靡かせて、彼は赤い目で家の前で叫び続ける白髪の青年を睨んでいた。


「まさかフェイもここに飛ばされてたんなて驚いた〜!お兄ちゃんとフェイが居れば!最強だねっ!」


ルイの実家の裏にある森の茂みの中で、彼の背中にしがみつき、ニカニカと笑い続ける金髪の少女--セレナ・リーベは、彼の安心できるオーラに惹かれ、心を穏やかにしていた。

何せしばらくぶりの再会だ。顔がとろける程ニヤけるのは当然である。


「...お兄ちゃん、ですか。」


「そっ!私の勇者様!ルイお兄ちゃん!フェイもお話したらきっと仲良くなれるよ!」


「さぁ、それはどうですかね。目の前に現れたらぶっ殺されちゃうらしいんで。」


"彼"--フェイ・ハイルの、ルイ・レルゼン討伐計画が、ここ『ロード村』にて実行されようとしていた。

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