2.『--おかえりなさい。』
「....っはぁ...」
そこは、暗い部屋だった。だが、決してこれは魔王城の様な真っ黒な部屋の様と言う意味ではなく、ただ単純に電気の着いていていない部屋であるという事だ。
真っ黒である事に、変わりは無いが。
右を見ると、知らない新聞の記事が乱雑に張られている。そこには、堂々とルイの顔が映し出され、こう書かれていた。
『アバドン魔術学院 学生殺害事件 容疑者として、勇者ルイ・レルゼンが浮上』
「...ぁは...はぁっ.......」
『都市 シャネイル陥落。ルイ・レルゼンによる犯行と確定。』
「はぁ....はぁ...はぁ....」
『三カ国戦争 ルイ・レルゼンによる暗躍か!?』
「っぐぅ...っはぁ...はぁ...はぁはぁはぁはぁ」
ルイは、床に額を擦り付けて、荒れ狂う自身の脈を必死に安定させようとする。
荒れる呼吸と、床に叩き付けられる額の音は、小さな家の中に響き渡る。
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「あにき、だと?」
「クソ兄貴!お前なんか居なければ!お母さんは、今でも...元気にっ!!!」
少女の感情の溢れ出す怒鳴り声が、ルイの心を揺るがす。だって、彼女はさっきこう言ったのだ。
"実の母を殺した"と。
--"ルイ・レルゼン"は、一体...どこまでっ!?
恐ろしいにも限度がある。戦争は起こすは、街を崩壊させるは、挙句の果てに、肉親まで手にかけるとは、外道中の外道だ。
「...」
存在しても良い理由が欠片も見つからない。
償いきれる罪では無い。どうすることも出来ない。
過去は、変えられないのだから。時は進んで行くものだから、"ルイ・レルゼン"は、取り返しのつかない事をやり過ぎてしまっている。
母親の殺害、それはルイも言葉を失う愚行であった。
正直な事を言うと、戦争を始めた事よりも、ルイにとっては母親の殺害が信じられなかった。
「...俺は、記憶を失ってる。」
「何?」
ここで、余計な事を言うぐらいであれば、ルイは堂々と正直に身に起きている事を話す事にした。
きっと、また首の締め付けをされても今度は上手く抵抗出来ない。
自分の生存理由が曖昧になってる今、死の機会を与えられたら、もしかしたら、もしかするかもしれない。
--ダメだ、そうなりゃ、セレナはどうなるっ!?ここで死ぬわけにはいかない!
首を横に振り、馬鹿げた考えを無に返す。
命を軽く見るのはやめたのだ。
ルイは、転生当初は、身に覚えの無い罪に思い詰め、自分の命を軽視していた部分がある。
こんな人生なら、死んだ方がマシだと思うように。だが、ルイは何もやっていない。そして、今のルイには後ろに守らなければならない存在がある。
「悪いけど、俺は死ねない。"ルイ・レルゼン"に、この命を繋ぐまで。」
そう、"ルイ"へ償いの道を歩ませる為にも、ルイは"ルイ"の身体を死なせる訳にはいかなかった。
「...何なの、本当に...どうして、」
少女は堪えていた涙を溢れ出させ、膝から崩れ落ちてしまう。
草原に滴り落ちる彼女の涙を見て、セレナは複雑な表情を浮かべていた。
「あの...お兄ちゃんは、アナタが思ってるほど、悪い人じゃないです!」
「セレナ...」
「...誰よ、アンタ。」
ルイと彼女の間に立つ小さな、小さな勇者は、ルイを守るように手を大きく広げて震える足で、立っていた。
「...」
「私は、お兄ちゃんに助けられたから!ここまで生きてこれたの!お兄ちゃんは、絶対に人を殺したりなんかしない!お兄ちゃんは英雄なんだもん!」
「...」
「お兄ちゃんは!悪い人じゃなーーーい!」
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、って、さっきから言ってるけど、兄妹じゃないでしょ。アンタ達。」
「へ?」
セレナは、腑抜けた声を出して女の鋭い目つきに怯える。
「そこの、クソ野郎の...妹は................アタシよ。」
「えぇ!そうなのっ!?」
「クソ兄貴って....言ってたしな。だろうなとは、思ったよ。」
「...何、その反応。」
「...」
空気が、怒りから困惑に変わっていく。
不可解なルイの反応に対して、違和感を持ち始めた少女は眉間に皺を寄せながら、ルイの元へゆっくりと歩いて行き、見つめ合う。
「...ねぇ、アナタは本当に、アタシの兄貴の、ルイ・レルゼン?」
少女のその質問に、ルイは首を振りながら答える。
「俺は、君を知らない。記憶を失って、自分が何なのかも何をしたのかも、忘れてしまった愚かな馬鹿野郎。何者でも無い、ルイ・レルゼンだ。」
草原に靡く温い風は、三者を平等に包み込む。
広い青々とした平原のそこに、ポツリと存在する村を一望出来るその高台で、草木が揺れては宙を舞う。
森の中で青く輝く眼光は、三者をじっと、捉えてた。
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「じゃ、じゃあじゃあ!その...ジュエリーさんは、お兄ちゃんの妹なの!?」
と、目をぱちくりさせながら問いかけるセレナに対して、彼女は若干引き気味になってしまう。
元々子供があまり好きではない彼女にとって、子供のハツラツさは眩しいものだった。
「義理のね、血は繋がってないわ。」
「ふーん?」
軽々しく中々の衝撃発言をされた。
ルイからしたら突然現れた妹、しかし血は繋がってないというややこしい関係性。
しかし、義理の意味をあまり理解していのか、子供ながらに気を使っているのか、あまり深掘りしないセレナ。十中八九前者だと思うが。
「...」
「...ねぇ、ジュエリーさん。お兄ちゃん本当にあぁしてなきゃダメなの?」
「当たり前。あの人が帰ってきたなんて事バレたら、村人全員斧持って襲ってくるよ。」
「...」
無言で、2人の少女の後ろを歩く黒ずくめの男。
黒いマントで顔を隠しており、周りの人間からは誰かは決して分からぬ格好をしている。
声を発する事も禁じられている為、誰かを特定するのはほぼ不可能であろう。
そんな格好を、ルイに強制してきたのは、ルイの義理の妹と名乗る少女、ジュエリーであった。
「アンタが記憶喪失って事は、信じてない。どうせ何かの悪巧みをしているんでしょ。」
ジュエリーは、今も尚、ルイを警戒し続けている。
少しでも不審な行動をしたら、彼女の殺意が猛威を振るう事だろう。
「でも、流石に故郷で暴れるなんてこと、しない...って、思ってるから。」
と、ジュエリーは複雑な表情を浮かべて語る。
ルイからしたら、肉親を殺してる時点で、何をしでかすか分からないのだから、こうして生かしておくなんて甘い考えやめた方が良いと思っているのだが、そんな事言及したら自分で自分の首を絞める事になるのでひとまず黙ってジュエリーの言うことを聞く。
第一、義理とは言え、ルイとジュエリーは兄妹関係。
と言うことは、"ルイ・レルゼン"は、ジュエリーの母親を殺した事になる。
先程のジュエリーの話が本当であれば。もし、そうならば、こんな風に平然と生かしておくものか?
「...」
ルイは、ジュエリーが分からない。
決してルイの事を良く思っていない。殺したいと思っているのは明白なのだが、それでも、今こうして村を歩かせているのは、何か意図があるとしか思えない。
--罠...か?
考えたくは無いが、考えなければならない。
"ルイ・レルゼン"の義妹と、戦うことになるかもしれない。
「着いた。」
「...?」
「おー、ここは!?」
3人の目の前にそびえ立つ、ごく普通の一軒家。
見た所、他の家と特別異質という事もなく、ごくごく普通の庶民の家そのもの。
だが、ここが--
「アンタの、家よ。」
ジュエリーが、ルイ(おまけにセレナ)を連れて来たのは、"ルイ・レルゼン"の実家であった。
どういう訳か、ジュエリーは複雑な表情で「会わせたい人がいる」と言って、ルイの顔を隠しながら村の中へと連行した。
黒ずくめのルイを見つめるジュエリーの目は、明らかに殺意を込めている。
「...何、考えてんだ?」
「...喋るなって言ったはずよ。」
「いや、親を殺した奴を、どうして...」
「アタシはアンタを殺したい程憎んでる。でも...お母さんが、それを望まないもの。」
母親、"ルイ・レルゼン"が、殺した母親。
母親が望まないから、なんて理由で親の仇をどうして活かしておけるか。ジュエリーは絶対に何かを企んでいる。
野放しにしていいハズがない、こんな人間を。
殺しておかなければ、ならない。こんな、"ルイ"という人間は。それが、一般的な考え方だ。実際、ジュエリーは初対面でいきなり殺しに来た。
だが、記憶喪失について話した辺りから、どことなく当たりが緩和したと感じる。
彼女は信じてないと言うが、実際の所どう思っているのだろうか。それは、彼女しか分からない。
「...上がって、いいのか?」
「自分の家でしょ。勝手に入れば。」
「お邪魔しまーす!!!」
ルイがブーツを脱ぐかモジモジし、そんなルイに辛辣な言葉を浴びせるジュエリー。
お構い無しにズカズカ上がり込むセレナと言った面々は、レルゼン家の中へ入って行く。
「あ、意外と広い。」
「え?広いの?これ。」
「お前ん家と一緒にすんなよ!?庶民と王女の価値観の差舐めんな!」
セレナの天然貴族マウントに大声を上げる中、前を歩くジュエリーの背中から冷たい目線を感じる。
背中から目線を感じるとは意味不明な言い回しだが、ピクリとも動かない彼女の背中からはやはりルイに対してのある程度の感情が伺える。
きっと、本当に家になんて上げたくないし、帰ってきて欲しくなかっただろう。殺したいだろう。
でも、会わせなければならない人がいるのだとか。
「ここの、扉の向こうに、居るから。」
「...お、おう。」
「じゃあ、アタシとこの子は向こうの部屋居るから、終わったら来て。」
「...ん。」
と言いながら、ジュエリーがセレナを連れて反対側の部屋に入って行く。
セレナが心配そうな顔で見てくるので、親指を立てて「大丈夫」と無言で伝える。
「...?」
しかし、この世界において、
親指立てる=グッド=大丈夫
という方程式が無かったため、セレナは首を傾げていた。
「さて、何が待ってるのかね。」
ドアノブに手を当てて深呼吸をする。
明らかなジュエリーのルイに対する憎悪、アレは本人も隠すつもりは無いのだろう。丸分かりだ。
「会わせたい人がいる」と言われて来たは良いものの、やはり罠としか思えなかった。
部屋を開けた瞬間にトラップが発動して頭をかち割る斧とか飛んでくるのでは無かろうか。
そんな不安が過ぎる中、ルイはドアノブを再び強く握り締める。
「...」
だが、何より嫌なのは、家族であるジュエリーと、戦うかもしれないということ。それだけが、
「嫌だな。」
家族を手にかける"ルイ"をルイは軽蔑する。
だから、自分がそうはなりたくない。
最悪の、最悪、ルイは、ジュエリーと戦うことになり、最悪...殺すしか、ないかもしれない。
そうなるくらいなら、セレナを連れて逃げ出す。
だから、確認しなければならない。
「...っ!」
ジュエリーと戦わなければならないか、戦う必要は無いのか。
確認する為に、ルイは扉を激しく開けた。
「...ん?」
部屋を開けると、そこは誰かの寝室の部屋の様だった。
外の明るさカーテン越しにしか伝わらず、部屋の構造や家具の場所はある程度分かる程度の暗さよ部屋だった。
視界の右にベッドがある事から、寝室であると考えた。
「...誰か、居るの?」
「うわっ!!!!」
ベッドから聞こえて来た声に思わず身体がよろめく。
暗くて見えなかったが、どうやら人が寝ていた様だった。
「いや、会わせたい人いるって言ってたんだし、誰かいるのかは予想できたろ。」
何ともマヌケだ。分かりきっていた事にいちいち驚いてしまった。
「...えっと、ジュエリー、じゃないわよね?」
「...あぁ、えっと、初めまして」
「...?」
「俺、ルイ・レルゼンと申します。」
「え...」
「ん!?」
パッと、電気が着いた。
部屋を照らす眩しい電球は、ルイの視界をチカチカさせた。
「...ルイ、なの?」
ベッドの上で、上体を起こしてコチラを見ている女性が、そう聞いてきた。
ルイは、若干戸惑いながら答える。
「...は、はい。ルイ・レル--っ!?!?!?」
瞬間、脳裏に電撃が走る。
それは、魔王城の終盤と、同じ出来事であった。
『--生まれてきてくれてありがとう...ルイ...!』
聞き覚えのある、声が聞こえて来たのだ。
同じだった。女性の声と、白い世界で聞いたあの声が。
そして、ルイはとある結論に行き着く。
「.....お母...さん?」
「...あぁ、ルイ、ルイ.......帰って、来たのね。」
震えた声で、涙が出そうな声で、女性は言った。
白い長髪にやせ細った顔と身体。
病人のような服装をしている、女性。
彼女は、続けて言ったのだ。
「...おかえりなさい。ルイ。」
涙を流しながら、言ったのだ。
全てを包み込む優しい微笑みで。
母親の様な安心感があった。
「...た、ただいま。お母さん。」
ルイも、目に涙を浮かべながら、そう言った。
"ルイ・レルゼン"が殺したはずの母親の微笑みは、ルイの心を締め付けた。




