29.『ルイ・レルゼンの贖罪』
時は少し前に遡る。
『始源の間』で、急激な魔力の増加を感じ取っていたルイとセレナ。
その原因は、明確であった。
「なんなんだ、コレ。」
「分かんないけど、すっごい力がみなぎる。」
頭蓋骨から放たれる異様な気配が、2人の力を増強させ続けていた。何か理由があるという訳でもないが、直感が、ソレが原因であると言っていたのだ。
「セレナ!これなら、出来るんじゃないか!?」
「出来る、って言いたいけど...魔力効率も悪い私じゃあ、てっぺんまでの転移なんてしたら、1回だけが限度だと思う。」
「でも、これ結構魔力量すごいから、行けると思っちゃうんですけど...。」
「私まだ子供でしょ!?子供に入り切る魔力量なんてMAXでも、大人と比べたらそこまでなんだよ!そんなことも知らないの!?」
「うるせーな...こっちは記憶喪失だぞ。ひめさ--」
セレナにとってのタブー言葉を平然と語ろうとすると、容赦の無い正拳突きがやってきた。
"姫様"は、ロイが常にセレナを呼ぶ時に発していた単語だ。かなりのトラウマになってるのだろう。
ふざけるのもそろそろ勘弁してあげたい。
「つ、つまり、セレナの魔法はどんなに魔力があっても最大出力だと一発それっきりってことか。」
「うん、仮に魔王城から飛び出せたとしても、その後落下して死んじゃうよ。」
「う〜ん、こりゃまずいなぁ。どうしたもんか。」
正直、ルイの考える現状の最善策はセレナの魔法で外に出て、そこからは何とかする、という脳筋過ぎる考えしかなかった。
上空への『転移』からの地上への『転移』が封じられた今、彼等に出来ることは、何があるか。
「お兄ちゃんの力使えば良いでしょ。」
「え?」
「お兄ちゃんの魔法だよ。白い光。」
セレナは、ごく普通の事を言ったような表情で、ルイを見つめながらそう言った。
「...やっぱり、アレは俺の魔法か?」
実感していた部分は多少あったと言えばあった。
閃光の輝きが、今も尚脳裏にチラつく。自分でも何が起こったのか分かなかった。ただ、気が付くとロイを斬っていた。そんな感覚だった。
恐らく、ルイの魔法は、『閃光』だ。(多分)
「光の様な速さと輝きを持って放つ斬撃、って感じか?なんか俺に似つかない気がするけど...。」
白い光なんて、ルイとは真反対な印象だ。
悪人として生きてるルイ・レルゼンが、光なんて表現されて良いものだろうか。
「何言ってんの、私の中では十分、光だよ。私がどれだけ救われたか分かってないでしょ!?」
「でも、お前を一瞬とは言え壊しちまったのは俺な訳で...」
「過去は過去!今は今!次そんなネガティブな事言ったら髪の毛むしり取るからねっ!」
「怖いわ!もっと優しめな表現しろよ、でも...ありがとな。ひめ--」
正拳突きが飛んできた。
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「うし、セレナ、準備は?」
「大丈夫!いつでも!」
ルイの背中にギュッと掴んで離そうとしないセレナ。
光の速さに置いて行かれれば、きっと誰も追いつけない。
ルイの腰に巻いてあった帯をセレナごと巻き付け、振り落とされないようにする。
「作戦は、まず俺がてっぺんまで光の速度で突っ走る。」
ルイは、セレナの期待に応えたいと思ったのだ。
ルイは今でも自分の事が好きでは無い。異世界に来ても、現実世界でも、それは同じことだ。
しかも、悪人とされて生きている"ルイ"も、嫌いだった。でも、セレナだけは、そんなルイを認めてくれている。
「いや、セレナだけじゃないな。」
きっと、デリーナも、恐らくニカルドという男も。ペルー、と言った仲間も、きっとみんなルイが好きなのだ。
デリーナは、決して悪人では無い。では、何故悪人であるルイを好くのか。
セレナは、何故ルイを信じるのか。
結局、"ルイ・レルゼン"という男が、分からない。
良い奴なのか?悪人なのか?
分からない事だらけのこの異世界で、黒澤 零改め、ルイ・レルゼンとして生きていく彼は、
「せめて、誰かの英雄にぐらいならねぇとな。」
「ん?何?」
「何でもねぇよ、姫様。」
「ん!くっ!届かないっ!!!!」
顔を膨らませジタバタと騒ぐ背中のセレナを見て、決心する。
セレナを守る。
皆を守る。
悪人としての汚名を、少しでも返上させる。
セレナを壊したルイの贖罪。
世界を壊した"ルイ"の贖罪。
「規模は全然違うけど、同じく罪を持った人間だ。罪は消えない。過去は変わらない。」
やらかしは一生モノだ。決して消えることは無い。
だが、それで終わりな訳じゃない。
人間とはどこかでやらかす種族。
そして、そのやらかしを償う事が出来る種族。
だから、ルイはルイのやらかしを償う。
「セレナ、お前だけは守る。」
「ん、じゃあおまけに皆も守ってあげて。」
「分かってるよ、お前は本当に良い奴だよ。騎士団もまとめて転移させようとしてんだから。」
正直、ルイは断固反対であった。
セレナの『転移魔法』が、一度使用で済むため、ルイとセレナは地上への転移ではなく、思い切って魔王城から遥か遠までの転移にする事にした。
デリーナの事だけが心配だった為、ルイはデリーナを助けようとセレナに話そうとしたら、彼女は言ったのだ。
「皆助けたい。」
と。彼女は、全員を巻き込んだ転移を試みていたのだ。
騎士団共を含めた魔王城にいる全ての勇者達の一斉転送。そんな事可能なのか、そもそも騎士達はそれを望んでいるのかも分からなかったが、セレナ曰く
「フェイが、撤退の仕方に凄く困ってたんだよ。」
「...わ、分かった分かった。じゃあ騎士達まとめて転移させるか。」
ということなので、仕方無しに助けてやることにした。自分を殺そうとした人達がいるのであまりルイは乗り気では無い。
それこそ、ロイ・レルゼンも騎士だったのだ。
あんなの助けるなんて馬鹿げてる。
でも、この決定権は全てセレナにある為、否定する事は出来なかった。
故に、この作戦が出来た。
「『ぜーんぶ、リセット』大作戦、やるか。」
「うん!」
可愛らしくも、頼もしい姫の掛け声と共に、ルイは地面を蹴り上げて、白より白く輝く光となり、天井を突き破っていった。
あまりにも多い岩や土を閃光の一線が駆け上がって行き、懐かしの広間が一瞬だけ見える。
直ぐに視界が移り変っていき、漆黒の壁や天井や床が速すぎるスピードで変化して行った。
ルイは駆け上がる。
白い光となって。全てをぶち壊して駆け上がって行く。
「---」
空気抵抗だけが苦痛であった。意外にも砕かれた岩や床はそこまで痛くなかった。
一番は異常なまでの速さによる空気抵抗。
声にもならない声が自然と出てきてしまい、肺が圧迫されていくのを感じた。
後ろのセレナにはそれほど影響は無いと思いたいが、セレナを背中にしたのは大正解であったと言える。
「--っ!」
「ん!」
抜けた、先には紅く輝く月があった。
そこに人影が見えるが、ルイは下にしか目がいかなかった。
下を見ると、多すぎる大群の騎士と魔王軍、そして何故か半壊されている魔王城、更に一番の驚きは巨大な龍であった。
つまるところ、魔王城は今、大混乱なのであると、直ぐに理解出来た。
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「フェーーーーイ!!!!みんなを集めてーーー!!!!!」
1人の少女の叫び声が、魔王城全土に響いた。
白髪の青年の背中に居るのは、アイリス王国の姫様であった。
「っ!セレナ様!無事でしたか!?」
「ん!フェイ!いいから!みんなを集めてえぇぇえええええちょ、ちょっと!お兄ちゃん!落ちてる!落ちてる!」
「落ちるに決まってんだろ!もう俺だって魔力無いんだよ!さっきので全部なんだよ!後はお前がなんとかしろぉぉぉぉ!!!」
「守るって言ったじゃん!!!!どうすんの!落ちるよ落ちるよ!!!!もっかい上まで行って!」
「無理を言うなぁ!上まで行けってどうやって行くんだよ!蹴りあげる地面がどこにあるよ!」
「空気を蹴って行けばいいじゃん!」
「俺は超人かぁ!?!?」
先程までの威勢の良さはどこえやら。
2人は何やらくだらぬ言い合いをしながら着実に地面に近付いていた。
どうやら上空へ飛び出たは良いもののそこからはほぼノープランであったと見える。
「っ!一旦!コッチに降りてきてください!騎士を集めるのに時間がいります!!!デリーナさん!2人を!」
フェイは落ちてくる2人に向かって大声で叫ぶ。
セレナの魔法を使えば脱出の兆しが見える。
魔王軍とセリシア騎士団は今バラバラに配分されている為、セリシア騎士団のみを集めるには少し時間がかかる。その為、一旦セレナの落下を阻止しなければならない。
デリーナに、2人を抱き抱える準備をしてもらおうとするフェイ。
「はぁ!?私!?っつか!アンタに指図されなくても、ルイは私が何とかするわよ!」
命令された事に納得いかず地団駄を踏むデリーナだが、助けたいという意思は同じ為、フェイも特に何か言い返したりはしなかった。
「ルイ!!!コッチよ!コッチに来....っあ」
デリーナが大きく腕を振るってルイに居場所を明確に伝えようとするが、デリーナはとあるものを見て、一気に背筋が凍った。
「....あ」
そして、それはフェイも同じであった。
ルイとセレナ、その後ろにいるのは、未だ上空に浮遊し続けるアルルの姿。
紅く輝く月に照らされ、アルルは手を複雑に結んでいた。
そして、信じられない大きさの魔法陣が、魔王城全土を覆う様に展開されていたのだ。
「--言ったハズだろう?ルイ・レルゼン。」
背後に聞こえる男の声に、ルイは身体を硬直させた。
落下の中で、とんでもない声が聞こえてきた。
「首を、洗って待っていろと。」
「あ」
そこなは、知らない男が居た。
長い黒髪に、上裸姿の男。何か文様が身体に刻まれてる、見た事も無い男。
会ったことなんてあるわけない、男。だが、
ルイは、その"声"を、知っている。
「ぁあ」
『--お前の顔は覚えた。この檻を出た時、初めにお前から殺してやる。首を洗って待っていろよ?ルイ・レルゼン。』
白い世界で、聞いた"憎悪の声"だった。
そして、男は続けて言う。
「"コア魔法"」
その発言に、魔王城全ての人間、魔族が目を見開き、焦った。ルイを覗いて。
「こあ、まほう?」
「コア...魔法って!!!お兄ちゃん!!!!ヤバい!!!」
セレナが、泣き叫びそうな声で叫んだ。
「っ!!!全員!!!今すぐ防御魔法を張れぇ!!!!!!!!!」
フェイが、魔王城荒野に向けて、大声で叫んだ。
「クッソがああああああああ!!!!!」
ニカルドが、震えた声で叫びながらアルルに向かって飛んで行く。
「ルイ!!!!!逃げてぇぇぇえええ!!!!」
デリーナが、血相を変えてルイに叫ぶ。
「ア、ア...アイス!!!エイジッ!!!!!」
メリーが、震える声で、魔法を唱える。
「な、なんで!!!まだそんな余力があるんよぉお!!!!!」
『新魔会』ミクロスが、泣き叫ぶ。
「------!!!!!!」
龍が、アルル目掛けて再び光を解き放つ。
「はは、ダメだこりゃ。」
ルーナルドが、上を見上げながら、タバコを口から落として笑う。
「ケハハ!!!こいつぁ無理だ!良き人生であったぞ!」
ゼニーが、酒を飲みながら笑い飛ばした。
騎士団も、魔王軍も、多種多様であった。
叫ぶ者。
泣く者。
無気力になる者。
笑う者。
拝む者。
多種多様、正に十人十色。
アルルの魔法陣を見て、全員が"絶望"を味わう。
1人を除いて。
「お前だなっ!あの声の野郎は!」
「....あ?」
ルイは、アルルに向かって怒りを乗せて怒鳴りつけた。
多くの反応が、魔王城全土にあったが、アルルに向けて正面から怒りをぶつけたのは、彼だけであろう。
「悪ぃが、お前の知ってる俺は、まだ眠ってる最中なんだ、だから俺はお前が分からない。でも、俺から聞きたい事がある!」
「...お前は、何を言っている。」
「俺はお前も知らないし俺のやった事も知らない。だから、今の俺とお前には何の関わりもねぇわけだからさ...お前の、名前を聞きたいんだ!」
知らない事だらけの、この世界で、ルイは、
"ルイ"が分からなかった。だから、"ルイ"を、知る為の努力をすることにしたのだ。
「教えてくれ、お前は誰で、俺はお前に何をしちまったんだ?」
"ルイ"という男を知る者達から、"ルイ"を知っていこうと、そう思った。
だが、何やら男の反応は予想外であった。
「は、ははは!つまり、お前は俺を忘れた訳か!?ははははは!!!凄いぞっ!ここまで!ここまでコケにされた気分は初めてだ!!!!お前...お前だけは...なぶり殺し程度では済まないぞ!お前の全てをぶち壊し、何もかもを破壊してやるっ!お前だけは!!!絶対に忘れない!!!ルイ・レルゼン!」
「っ!」
怒り程度の言葉では収まらない表情で、男は荒れ狂い、血管を破裂させるら勢いで叫んだ。
「消えろっ!!!"破滅"!!!!」
そして、魔法陣から無数の黒い槍が降り注ごうとしていた。魔王城全てを飲み尽くす勢いで、終焉の魔法が解き放たれた。
「っ!!!セレナっ!!!!!!!」
「でえやああああああ!!!!!!」
セレナが、泣き叫びながら、魔法を解き放つ。
セレナの体内から放たれる光が魔王城を飲み込む。黒い槍より先に、セレナの転移魔法が、魔王城全てに解き放たれた。
光が、そこにある生物を全て異空間へ飛ばし、最大出力の転移魔法によって、世界へ飛ばされた。
ルイも、セレナを抱えながら白い光の中へ飲み込まれていく。
その間、彼だけは、黒い世界で取り残されていた。
あらゆるカオスをら飲み込んで、全てをリセットさせるセレナの最強の魔法を前に、アルルの魔法は不発となった。
セリシア騎士団、魔王軍、魔王城組、ルイとセレナは、魔王城のある魔界より、遥か遠くへ飛ばされて行く。
「---」
男の声が、白い光に飲まれなかった、黒い世界から聞こえてくる。
ルイを睨み付けながら、怒りを顕にする男の声が。
「--絶対に、お前だけは殺してやる。」
憎悪の声が、黒い世界から聞こえて来た。
でも、今のルイは、その憎悪の理由が分からないから、"ルイ"にしか分からないから、
だから、彼の憎悪に応えられる、"ルイ"の存在を、取り戻す。
だから、
「--いつか、償いに行くから、待っててくれ。」
"ルイ"を取り戻して、全ての罪を償いに行かせる。
それが、ルイの出来る事だった。
それが、ルイ・レルゼンの贖罪の仕方であった。
光の海の中で、ルイの贖罪の決心が、アルルに向けて放たれた。
さて、セレナの魔法によって、
魔王城全土の人間と魔族が、世界に転移された。
後に、"転移事件"と言われる大事件はこうして起こった。




