2.『転生先ガチャ大ハズレ』
20年間生きてきて、黒澤 零の人生は良いモノとは言えなかった。
子供の頃から根暗な性格は形成されつつあった為、マトモに友達が出来た試しなど無い。
小中は出来るだけ目立たぬようそれなりに生活した。
多分、成人式で小中の人達と会ったら、皆一旦フリーズするだろう。「お前誰?」的な空気が流れるに違いない。それくらいの影の薄さ。
成人式の前に死んでしまったので、どうなるかは迷宮入りしてしまったが。
高校生は酷かった。高校デビューなんて言葉に惑わされて入学早々テンション感を間違えて友達が出来なかった所か嘲笑われる様な目で見られ、登校するのがキツかった。当然っちゃ当然だ。今まで友達が出来なかったやつがどうしていきなり成功すると思ったのか。
高三の頃には殆ど出席していなかった。半分不登校になりつつあった。
大学も酷い。既に高校で〇〇デビュー等幻想だと思い込み、何もしなかった。嘲笑われることは無かったが、当然友達は出来なかった。
そして、トラックに引かれて死んだ。
人生のどこを切り取っても良い思い出が一つもない。
そんな人間が異世界転生したら何を願うのか。
そんなもの決まってる。
"もっと楽しい人生を送りたい"
そう、人生に"楽しい"が欲しい。
だから、このパターンも妄想していた。
既に詰んでるこの現実の人生とはおさらばして、異世界転生して、ちゃんと、ちゃんと生きて、立派な人間になって、友達も作って、それで、出来ることなら強く英雄的存在となる勇者に----
--違う。
「んぼぉ...っうえはぁ!!!!!!」
「死ね...死ね!死ね死ね!!!ルイ・レルゼン!!!」
紫の魔法の波動が次々と腹目掛けて飛んでくる。その度に激痛が走り、血反吐が飛び出す。
もう血が残っていないんじゃないかと思えるくらいの量が、床に滴り落ちている。
「んぼっ!んぼっ!!!んっばぁ!!!!」
--違う違う違う。
村を守って、国を守って、世界を救う、そんな英雄に、異世界に転生したら、俺もなれるのかな--
「んはっ!!んぶっ!!んぐぁ!!んぉえっ!ぁ!!!!!!!!!」
--違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う
「くたばれ!ルイ・レルゼン!」
少女の憎悪にまみれた怒号が零の心に響く。
--こんなはずじゃない。
「はぁ...はぁ...っんぶぁ...」
彼女からの攻撃が一時的に停止した。恐らく魔力か何かの使いすぎで休憩しているのだろう。
零は呼吸を落ち着かせながら喉につっかえてる血の塊を吐き出す。
同時に、埋もれた壁から身体が床に落とされる。
瓦礫の破片と埃が顔面にかかってくるが、それよりも今は体内の応急処置しか考えられなかった。
--やばい、既に瀕死だ。転生直後にこの仕打ちは酷すぎる。まず、この状況を脱却しなければ。
「おしまいです」
「--あ」
顔を上げると、既に目の前に杖の先が向けられている状況だった。この状況からの脱却があるのであれば今すぐに聞きたい所。
彼女は休憩していた訳ではない、確実に殺す為近づいてきていたのだ。それにすら気づけないほど、零のテンパリは異常だったのだ。
心臓の鼓動がうるさ過ぎる。
--また、死ぬのか?こんなにも早いスパンで...
トラックに引かれた時、人生で一度しか体験出来ない経験をした。身体が燃えて塵になってしまいそうな熱さを込めた激痛。その熱が一気に消えてなくなっていく焦燥感。
魂が肉体から離れていくのが認識できたあの感覚。
貴重な体験、しかし、もう一度あの経験をしたいとは口が裂けても言えない。
というか、普通は一度しか経験出来ないモノだ。
「....ぁ...あぁ...」
それがもう一度意図せず体験出来てしまうかもしれない。怖い、怖すぎる。
一度死んだからと言って、死に慣れる訳ない。
怖いものは怖い。あんなにも死んでもいいと思っていたのに、いざ目の前に生命の終わりが近づくとどうしても本能的に生に執着してしまう。
--嫌だ、怖い怖い怖い。こんなはずじゃ...こんなんじゃ!!!!
想像していた異世界ライフはどこへやら。
「死ね」
--あ、死ぬ。
早すぎる二度目の死が零に襲いかかろうとしていた。紫の輝く光の束が顔面にお見舞いされようとしたその時だった。
「--そこまでよ」
「っ!あなたは!?」
青髪の女が現れた扉から新たな参入者が現れる。
その迫力のある声に零と女は一斉に振り向く。
青髪の女は、杖を零に向けながら驚いた表情で声の主の顔を見る。
「...今度は誰だ?」
既に限界の零は力を振り絞り扉の方から聞こえる声の主の顔を覗く。
そこに立っていたのは、赤髪のショートヘアに、黒いマント羽織った女。腰には剣を携えてこちらの状況を見て眉間に皺を寄せていた。
「...っく」
赤髪の女は、ボロボロの零の姿を見て暗い表情をする。額には少し汗が出てきており、何やら焦っていた事が明白だ。
「よくも、ルイにここまでしてくれたわね?」
赤髪の女は、腰の剣に手を添えながら、青髪の女を睨みながらそう言った。
「...デリーナ・エイリ...そうですよね、そりゃ貴方も来てますよね。」
青髪の女も負けじと睨みをきかせて、場の空気がピリついていた。
何も分かっていない零にですら、その空気感だけははっきりとわかった。
「...ルイ、貴方がどうしてこんな...いや、そんなことより、さっさとルイから離れろ、クソ女。」
「ふざけないで、コイツは世界の邪悪。今すぐ息の根を止めないとダメな存在。」
2人の女の掛け合いを、何が何だか分からぬ様子で零はただ眺めていた。
痛めつけられた腹部を擦りながらじっと逃げられる好機を伺いながら。
青髪の女の発言から、黒澤 零はルイ・レルゼンという男に転生した事は確定した。そして、ルイ・レルゼンという男は見かけた瞬間に殺されるべき存在なのだという残念すぎる特権付き。
正直この世界でルイが何をやってきたのか知らない零からしたら、突然殺される等理不尽極まりない。
しかし、 不幸中の幸いと言うべきか、新たな参入者の赤髪女はどうやらルイに対して好意的な印象を持っている。ボロボロにされた状態を見て怒りを顕にしてくれている事からそれは明らかだ。
「だからと言って、最悪の状況は変わらねえか...」
未だ、青髪の女の杖は零に、いや、ルイ・レルゼンに向けられている。もうこの世界では黒澤 零ではなく、ルイ・レルゼンとして生きるしかないのだ。
この時、零は自身を完全に"ルイ"として認識を変えた。これより、"零"という名前は心の奥に潜め、一旦"ルイ"として置き換える事にする。
「デリーナ・エイリ、貴方がそれ以上近づくのであれば、ルイ・レルゼンを殺します。そこから一歩たりとも近付かないで。」
「ふざけんな、私の行動でお前の意思は変わらねぇだろ。それに、お前如きがルイに勝てるとでも?」
赤髪の女は汗を見せながらも、キラリと光る八重歯を見せて強がりの笑顔で対抗する。
しかし、その笑顔はルイから見ても、強がりであることは明確だ。
青髪の彼女もその事はお見通しで、未だ腹を抱えながら床に這いつくばるルイを見下しながら口を開く。
「どうやら、彼は今大幅に弱体化している様子ですね。どういう訳かは知らないですけど、こちらとして絶好のチャンスです。」
「...ッチ」
「そうですね、えぇ貴方の言う通り。貴方が土下座で頼んでも私はこの人を殺します。貴方の処罰に関しては後程考えるとしましょう。」
ルイに告げられた死刑宣告。
身の毛が弥立つ程恐ろしい声色で黒髪の女はそのおぞましい発言をした。
「...どうして...だよ...」
「ん?」
掠れた吐息の様な声で喋るルイに、女は冷徹な目で見下しながら発言の意図を探る。
「...どうして、俺を殺すんだ?」
「...は?」
は?という言葉に対してルイは何がおかしい質問なのだと猛抗議したかった。ルイ改め零は、20年間褒められた事は決して成し遂げてこなかった凡人ではあるが、犯罪等に手を染めた覚えは無いし、人から嘲笑われることはあっても、怒りの矛先になるような事はした覚えがない。
だが、そんな理屈は無意味なのだと一瞬で理解した。
だって、この世界にいるのはただの平凡な大学生である黒澤 零ではなく、全く素性の知れない男、ルイ・レルゼンなのだから。
この憎悪は零ではなくルイに向けられたもの。
きっと、ルイという男はとんでもない犯罪をしてきたのだろう。
「...お前....正気か!?人を大量に殺しておいて!!!幾つもの街を滅ぼし、挙句大国同士の戦争すらも起こしておいて、よくもそんな質問が出来ましたね!?クソ野郎!!!!!」
「...」
青髪の女は鬼の様な形相で、怒り狂ったように怒鳴り始めた。一見穏やかで落ち着いた様子を持ち合わせているように見える彼女はルイに会った途端から怒りを顕にしていたが、このルイの発言でまた更に火をつけた。
ルイは、何も言い返せなかった。
--そうか、ルイ・レルゼンは、そんなことをやったのか...クソ野郎だな。
女から放たれたルイによる所業は"死"に値しても足りないくらいの行動だ。
--転生先...大ハズレだなぁ...
「さっさとくたばれ!」
今度こそ、魔法が放たれる。と、その時。
「--でぇやあああぁぁあ!!!!」
「--っな!?」
勢いよく走り出していた赤髪の女に気づき、青髪の女は振り向く。だが、既に赤髪の女の剣が目の前まで迫ってきており、ルイに向けていた杖を咄嗟に剣から自身を守る為の盾として利用するしかなかった。
「っ!しまった...!」
「ルイ!逃げるよ!!!」
「...ぇ?」
赤髪の女の剣によって、壁まで吹き飛ばされた青髪の女を横目に、ルイは無理矢理連れられ扉の奥へと進んで行く。
「...ま、まてぇ..!!!まてぇ!!!!!!!」
部屋を抜けて、扉の奥から女の怒号が響いて来る。
ルイの鼓動が鳴り止まぬ中、その声だけは身体中をひりつかせるほど感情を乗せていた。
赤髪の女に連れられ、黒い廊下を右に左に右にと、とんでもないスピードで動いて行く。
「クソっ...どうして....ルイ!大丈夫!?」
「ぇ...あ、あぁ....」
大丈夫と言い切れる訳でもなかった。既に受けた魔法で体力ゲージは1になっている。少しの攻撃でぽっくり逝ってしまう程弱っていた。だが、あの最悪の状況を打破したのは信じられない程の豪運だ。
「...はぁ、とりあえず、これ飲んで。」
しばらく走って何処かも分からない廊下の隅で2人は一旦止まった。身体が言うことを聞かず立っている事もままならなかったルイは床に座り込んでしまったが、赤髪の女は直ぐに懐から緑の液体が入った瓶を取り出してルイに差し出した。
「...ん...んんぁ...んっ..んっ....」
この世界の知識皆無のルイだが、この状況で差し出された訳だからひとまず回復系のアイテムだということは理解して直ぐに口に運んだ。
口の中で広がる草の匂いは少々身体が受け付けたがらなかったが、四の五の言ってられないので無理矢理押し込んだ。すると、失われた体力が湧き上がってくるのを感じ、段々体温が上がってくるのを実感した。回復しているのととっていいだろう。
「...あ、ありがとうございます。えっと...その....」
一先ず危機的状況から救ってくれた彼女に対してお礼を言いたいが、名前を知らないのでしどろもどろになってしまった。元々コミュ力があまりないというのもあるが。
「ルイ、聞きたいことが山程あるわ。まず、貴方何でこんな所にいるの?それと、どうして弱体化しているの?そして--」
「ま、ままま、待って下さい!...まず俺も聞きたいこと山ほどなんですけど!」
急に降り掛かってくる無数の質問に対して両手を上げてキャパオーバーであることを知らせる。
どこか不安そうな顔をしつつも、彼女は口を閉ざし、とりあえずルイの言葉を待つことにした様子だ。
それを見て一旦呼吸を整える。そして、ルイはまず一番聞きたいことを聞く。
「...助けてくれてありがとうございます。その、貴方の、お名前を聞いてもよろしいですか?」
「.........へ?」
彼女は絶望した様子で、ルイを見つめた。
その顔は全ての望みが消えて、一切の光を失った様子。
ルイは、その彼女の顔に煮えきれない感情だった。
そんな、絶望と失望を兼ね備えた表情で見ないで欲しい。
「....嘘でしょ?」
やめてくれ、そんな顔で見ないでくれ。
「...つまり、ルイ...アンタ--」
彼女の次の発言は、ルイにも予測出来た。
「--記憶喪失って....こと?」
そりゃそうだ。
傍から見れば、中身がルイ・レルゼンから黒澤 零になったことなど分かるはずもない。
この状況、どう見ても記憶喪失のソレだ。
黒澤 零 改め、ルイ・レルゼンの異世界ライフは、スタート早々絶望的状況だっだ。




