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勇者の贖罪  作者:
1章 『魔王城脱出』
29/32

28.『白より白く輝かん』

シャイル・スレイダーは、頑固な騎士だ。


今の泥臭いセリシア騎士団の在り方に疑問を抱いていている。セリシア騎士団というのは、最も高貴な証であると言うのに、団長も副団長も今の在り方を気に入っている。


そして、強くなければならない。だから、


「フェイ殿、失礼ながら私は貴方様を認めていません。」


「...お」


「...ちょ、何言ってんだい!?お前!?」


驚き過ぎて言葉が出ないフェイ。

横で、唖然としながらシャイルの大柄な背中を叩くのは同期のミルーラ・オーリリア。


彼女もまた、今の騎士団の在り方に疑問を持つ者ではあるが、上司となったフェイに対しては丁寧な言葉遣いを忘れない。故に、今のシャイルの発言には彼女も驚かされている。


「も、申し訳ありません、フェイ殿。私からもキツく言い聞かせて...」


「貴方様は何が出来る!?私は、弱者に着くような男では無い!」


「ちょっと!失礼過ぎでしょ!申し訳ありません!フェイ殿!」


「良いですよ、確かに僕は非力ですから。」


不満を醸し出すシャイルに対して、フェイは苦笑いで返す。彼の言っていることは概ね事実である為頭ごなしに否定出来ないし、否定するつもりは無い。ただ、一つ訂正して欲しい部分があった。


「でも、僕にしか出来ないことは、ありますよ?」


シャイルの言葉の一部を否定し、フェイは苦笑いから固い表情へとなった。

その場の空気は凍りつき、それ以上両者口を交わすことはなかった。


これは、魔王討伐作戦の前夜、セリシア騎士団伍番隊の会話であった。


------


「ナァアアアアアア!!!」


化け物の咆哮が、騎士達を威圧する。

色とりどりの花畑には似つかない、異形の生物が花々を散らして襲いかかる。


「シャイルさん、持ち堪えて!」


「っ!口を出すなっ!」


前線で戦っているのは騎士 シャイル。今も尚、フェイを認めていない彼は、フェイが上司にあたる事に到底納得していなかった。故に、今作戦もかなり渋々の参加であった。


「何が、自分にしか出来ない事がある、だ!結局、作戦は失敗しているではないか!」


「全責任が僕にあるとは思いません。これは皆の落ち度です。セリシア騎士団全体の責任です!それより、今は集中してください!」


「黙れ!」


怒りを顕にするシャイルであるが、化け物のマトモに近接戦をやり合えるのは彼だけであった。


「ミルーラさん...。」


「...っ!」


フェイの横で、花畑に倒れる女の騎士、ミルーラは肩から胸まで痛々しく刻まれた爪痕を抑えて、止血をしている。

メリーの補助もありつつ、応急処置をこなしているのだが、痛みはまだ収まらない。


「フェイ、後任せられますか?流石にあの化け物を一人で相手取るのはシャイルさんもキツイと思います。」


「はい、お願いします。ミルーラさん、今は休んでいてください。」


「...フェイ殿、申し訳ありません。こんな時に」


悔しい顔を浮かべる彼女に、フェイはかける言葉が見つからなかった。正直、ここでの彼女の離脱は痛かった。


「クソっ、何で見ていなかった。」


ほんの少し前だ。

デリーナ達が逃げていくのを横目で見ていた隙に、ミルーラに攻撃をしていた化け物。

フェイがもっと気を配れていれば、こんなことにはならなかった。


「へこたれる暇は無い。2人共、頑張って下さい!」


ここで、援護出来ない自分の不甲斐なさに歯ぎしりが止まらない。自分で自分の顔面をぶん殴ってやりたかった。でも、今は前を見続けなくてはならない。


「アイス・レイジ!」


「ナァ!!!」


大地から氷山の一角が現れ、化け物の顎を突き刺す。

下顎から口に氷の先端が溢れた化け物は大量の血を吐き出してもがき出した。


だが、


「これで終わってくれたら、どんなに楽か。」


「ナァアアアアアアアアアアア!!!!」


化け物の再生速度は異常であった。皮膚がみるみる内に回復していっては、氷の一角を噛み砕き、完全復活となった。


化け物は不死身と言っても過言では無い再生速度だった。為す術なし。それが、今の結論であった。


「あるはずだ!攻略法が...不死身なんて...そんな馬鹿げた魔法が、あってたまるかっ!」


「ナァアアアアアアアアアアア!!」


「でやあああああああ!!!!!」


突如、知った声が背後から聞こえ、見えぬ速度で横を通り過ぎる。声の主は、


「デリーナ!?」


デリーナ・エイリの炎を纏った正拳が、化け物の腹を打ち砕く。


「くたばりやがれぇぇえええ!!!!」


更に、上空から獣の様な叫びと共に尖った爪を立てて飛び出してくるのは、


「ニカルド!?」


ニカルドは、倒れている化け物の顔面に爪を突き刺す。


「ナァアアアアアア--」


「おめェ、人間だな?」


「ナァ--」


「じゃあ、殺れるぜ。」


「---」


ニカルドの掌から繰り出される魔力の転送。

その影響は、ただ単に回復だけではない。


体内の殆どが魔力でできている魔族を除き、殆どの生物は過剰な魔力、しかも他人の魔力を流し込まれれば、致死量となって、体内で爆発する。


「---」


「ばん」


化け物の頭部が膨れ上がり、血の花火を打ち上げた。

首から上が無くなり、大量の血飛沫が雨のように降り注ぐ花畑。

メリーとシャイルの顔は完全に驚愕だった。

フェイも驚きはあったが、2人に比べてそこまでだった。


「...最初から、来ると思ってたわけ?その反応。」


「違いますよ、ただ...可能性として、この花畑が結界となっていたら、必然的に倒しに来るかなぁ、とは思ってましたけど。」


花畑へと変貌した魔王城の部屋、フェイはこれを化け物による結界術であると考えていた。

背景や世界が変わる事で、術者にバフがかかるという利点もある事から、化け物に有利になる状況の結界であることも。


「結界術は外と中を遮断するモノ。でもこれは結界と言うより背景を変えてるだけって感じですね。あなた達の事ですから、見えない壁にぶつかったーとでも思って倒しに来たのでしょう?」


「ち、違うわよ!ただ、あまりにもアンタ達が不甲斐ないから、助けに来てやっただけよ!」


図星をつかれて慌てふためくデリーナを見て、何だか懐かしさを感じて頬を緩めるフェイ。

そんな中、この男は油断してない。


「...まだ、来るはずだ。」


シャイルのみ、この状況で一切油断せず、頭部の失った化け物の亡骸に剣を構え続けていた。


「--」


ピクリと、化け物の身体が動き出す。

そして、


「っ!世界が!」


花畑が、みるみるうちに崩壊して行き、元の黒い部屋へと変わっていく。

同時に化け物の身体が崩壊して行き、塵となっていく。


「お、終わりか?」


拍子抜けとまでは言わないが、構えていた分シャイルは肩をすくめてしまった。不死身と考えていた為、あまりにも呆気なく終わる化け物の最期に疑問を抱く。

それは、フェイも同じであった。


「...」


--これで、終わり?そんなこと、有り得るのか?


塵になっていく化け物を見やり、フェイは目を細めた。すると、塵が壁の隙間からどこかへ移動しているのがわかった。


「...?外に?」


崩壊したハズの塵が、壁の隙間から外へ吸い上げられていくのだ。まるで何かに引き付けられる様に。

違和感を持ちつつも、デリーナを見て、少々気まずさを感じる。


「...えっと」


「大丈夫よ。別に馴れ合う気は無い。」


「っ!」


「...フェイ、殺しておいた方が良いと思うわ。」


デリーナの発言によって、完全に和解は無いと見切ったメリーが、横から口を挟んでくる。

フェイも、覚悟はしていた結果であるが、いざ戦うとなると、やはり来るものがある。


「デリーナ、俺にやらせろ。やっぱりコイツはぶん殴んねぇと気がすまねぇ。」


「フェイ殿、私は貴方様を認めることは出来ない。やはり、嫌いだ。だが、騎士が悪党にやられる様を黙って見ている訳にも行かぬ。」


ニカルドがフェイに睨み付けて一歩踏み出すと、フェイの前に颯爽と現れたのはシャイルだった。

剣を取り出し、ニカルドに向けて警戒態勢。


未だにフェイの事は大嫌いな様子であるが、それでも騎士としての在り方を貫く彼の騎士道。


「私も、この女とは決着をつけたくてですね。」


「あら、アンタなんか知らないわよ。私、弱い奴覚えるの苦手なのよね。」


メリーがデリーナに向けて杖を構える。

そんなメリーにデリーナも負けじと挑発をする。


今にも戦闘が開始されようとしている空気の中で、フェイは額に汗をかく。


今、こんな状況で、フェイは甘い考えをしていた。

全員が平和に和解出来るチャンスを探し続けていた。

化け物といえ共通の敵を相手することで、関係が良くなると踏んでいたが、現実はそんなに甘くない。


「やる、しかないのか?」


結局、戦いは避けられない。

そう思った時だった。


「っ!?」



壁の隙間から紫に輝く謎の光か溢れ出て--


------


---





「....う、そ...だろ?」


落ちる瓦礫と砂埃。霞む視界の中で、フェイが見たものは信じられない光景であった。


「おい...んだよ、これ。」

「冗談...ですよね...」

「ど、どうなってんのよ、これ。」

「こんなことが...あって、いいのか!?」


「天井が...無い!?」


見上げた空は、薄暗い雲が立ち込めており、紅く輝く月の光が、魔王城へと差し込める。


まさに、摩訶不思議な異世界。先程までそこには漆黒の天井があったハズなのだ。しかし、たった数秒の出来事だ。

天井があったハズの上には、久しぶりの外の世界が広がっていた。


端的に言うと、


魔王城21階より、上が、


無いのだ。


魔王城大混乱の要因が、また一つ増えてしまった。


------


戦いにおいて、数で圧倒するというのは、実に効率的で最も有効的な戦略だ。


満身創痍の魔王軍と騎士団を一気に片付ける為に、無数の屍者を連れて来た。

全ては、ある1人の男を殺す為。


「今なら、やれるんだよ。倒せるんだよ。アルルを、殺せるんだよ!」


ピンクの髪を靡かせて、薄汚い荒野の中を、駆け巡る。


『新魔会』ミクロス・ミリアムの目的は、"アルルの殺害"だ。


ここで、エルダー・カテイラという男の話をしよう。

エルダーは、人類最強と言われている"大魔法使い"であり、彼が負ける事は人類の敗北を意味する。

そして、負けた。エルダーは負けたのだ。


アルル という男によって、魔王では無い予想外の介入者によって、エルダーは封印された。


「ん!?」


アルル殺害計画 実行する為、遥か彼方より魔王城までやってきたミクロス。彼女を魔王城で、お出迎えしてくれたのは騎士団、魔王軍、そして--



「まだ、生き残りがいたか。異常者の集まりが。」


「....アルル!!!!」



魔王城のてっぺんより、魔王城荒野全土を見回すように、立つ男の姿。

長く黒い髪は、後ろに逆立っており、上裸姿の男。

文様の刻まれているその身体は荒野の者達に恐怖を植え付けた。


「...アルルだ」


騎士、魔王軍、全てが彼を見て恐怖を感じただろう。


「どうなってんだよ...本当に」


ルーナルドも例外では無かった。


「来い、今は気分が良くてな。相手をしてやる。」


「アルルッ!!!!!!!!!!」


ミクロスは男に向かって咆哮し、顔の表情を強ばらせた。


そして、何かの魔法を唱え始める。


「--繋がれ、私の、子供達!!!」


ミクロスがそう唱えると、化け物達の身体が白く光り出す。まるで塵の様な粒子になっていき、一つになっていく。ミクロスは地面に飛び降りる。


「...あぁ?なんだいなんだい!?」


ゼニーと戦っていた化け物も塵となって、集まって行く。


みるみるうちに大きく膨れ上がる粒子の結晶。

恐ろしく大きな塊の発光体となっていくが、やがて、その全貌が明らかになる。


「なんだよ、ありゃあ....」


ルーナルドは、もう頭の中がおかしくなりそうだった。様々な予想外が起こり続け、疲弊していく脳内は、まだ、休息を与えてくれない。


「これが、私の本気。」


「さっさと来い。」


ミクロスの背後に居るのは、巨大な生物。

雲に届きそうな程の大きさで、漆黒の鱗を携えた巨大龍が、そこに誕生していた。


「---」


龍の吐息が周辺の魔王軍と騎士団を吹き飛ばす。

巨大な威圧感は、一気に辺りの空気を独占した。


「りゅ、りゅう?」

「嘘だろ?」


皆、大混乱であった。

龍など見たことが無い人々が殆どなのだから。

神聖な生物が、今、目の前で存在している事実に目が離せなかった。

そんなことを考えていると、ミクロスが動き出していた。


「やっちゃえ!!!私の子供達!!!」


「--------!!!!!!!!!!」


激しい重低音が、空気を、振動させる。

そして、同時に龍の口から紫に輝く光が放たれ--







「ぁあ?」


信じられない光景だった。

魔王城22階から40階までが、落っこちてきたのだ。


幸い、ルーナルドとは真反対の方向に落ちたのだが、恐らくあちら側で生き残った者は居ないだろう。

魔王城が半壊され、現実とは思えない姿となってしまっていた。


「アルル...どこだ!?」


ミクロスは鬼の形相でアルルを探し続けるが、どこかへ消えてしまっていた。


唖然としているルーナルドに、一つの声が。


「副団長!!!無事ですか!?」


「っ!フェイか!?」


半壊した城からひょこっと顔を出すのは見知った騎士、フェイであった。


「あの、何が何だかさっぱりなんですけど、とにかく!もう撤退します!城の中の生存者は恐らくここにいる者達だけだと、思います!」


「あぁ、分かった!だが、撤退っつってもよ、どうすりゃいいかねぇ!?」


ツラツラと報告してくるフェイの、撤退を急かす発言がルーナルドに若干怒りを覚えさせる。

だって、教えて欲しい。この状況で逃げ出す算段を。


撤退については前々から聞いていた。その指示役をフェイからお願いされていたことも。

勿論、ルーナルドは全力で撤退する為に策を練っていたが、それでも減らない魔王軍と増える化け物によって撤退の兆しが全く見えていない状況だったのだ。


「『新魔会』と、アルルが戦ってくれんならどさくさに紛れて逃げられると思ったんだが...」


「そんな戦い起こったら!確実に巻き添えくらいますよ!」


「あぁ!わーってるよ!言ってて俺もそう思ったよ!てか、何でそっから俺の独り言聞こえてんだよ!」


と、21階から顔を見せているだけのフェイが、何故か地上にいるルーナルドの小さな声を鮮明に聞いているのに若干気持ち悪さがあったが、彼の言い分は事実。


アルルとミクロスが戦っても、人類も魔王軍も巻き添えを食らう。であれば、もう、何が出来るのか。


「...セレナ様」


フェイは、とある事を思った。


セレナの『転移』魔法。

いや、これはただの理想論ではあるが、どう考えても無謀な策なのだが、もし、セレナが魔法で、この場にいる全員をセリシア王国まで転送出来たら、


「いや、あの子はあんまり魔法使えないし、そこまで魔力無いし、そもそも...今、生きてるかどうかも...」


最後に『シンクロ』を通じてセレナを見たのは2階で、ルイとロイと居る時だ。

ロイから溢れた黒い霧によって、ルイとセレナはどこかへ行ってしまった。


セレナが消えて、生きているのかの確認も取れずにいた。

どの階の虫と『シンクロ』しても、セレナが見つからないのだ。

深刻すぎる問題だ。一国の王女が居なくなったのだ。


フェイも、かなり疲弊していた。


疲れた。十分にやった。


「....もう、疲れたな........」



諦めの言葉が自然に出てきてしまう。




いや、皆言葉にしないだけで、心の中は一緒だ。



疲れた。



混乱。



恐怖。




もう、おしまいだ。






士気が、完全に消え失せていた。




「ルイ.....」


デリーナは、一人の青年のことを思い、紅く輝く月を見つめていた。


「クソっ」


ニカルドは、何も変えられない自分の弱さを憎んでいた。


「...結局、貴方様は何も出来ない。」


シャイルは、フェイを睨み付け悪態を打った。


「...」


メリーは、帽子を深く被り、現実から目を逸らした。


「疲れた...」


フェイは、身体の力を抜かし、ただぼーっと、月を見た。


「ふーっ、......」


ルーナルドは、久々で最期のタバコの味を深く楽しんだ。


「おいおい、みーんな元気ないですなぁ?」


ゼニーは、動かない皆を見て不思議そうにそう言った。


「アルルも、あんなの当たれば、無事なハズもない!」


ミクロスは、見当たらないアルルに向けて勝利宣言をした。


「そも、当たってなければ、どうと言うことは無い。違うか?」


アルルは、魔王城遥か上空で、浮きながらミクロスを嘲笑っていた。


「...」


セリシア騎士団はもう誰も声を出さなかった。


「...」


魔王軍はもう誰も声を出さなかった。

















「離れんなよォ!?セレナァっ!!!!!」

「速すぎるってぇ〜!!!!!!!!!!」


そして、唐突に異物の声は人々の耳に轟いた。


「---」


魔王城21階に居る面々、その人々の真下が激しく揺れ始め、そして、床が抜ける。


白い光が、床から空へ向かって飛び出した。


「っ!ルイ!?」

「おぅ!!ルイじゃねえか!」

「ルイ・レルゼンっ!!!!」

「...ルイ、さん?」


デリーナが、ニカルドが、メリーが、フェイが、

それぞれの声を上げた。


閃光が、魔王城全土の視線を掻っ攫い、紅い月に照らされていた。


「やるぞ!セレナ!!!!!」

「うんっ!!!!」


ルイの背中に抱きついている少女は、膨大な魔力を解き放ちながら、魔法を唱えようとしていた。


「見た感じ、大混乱!いくぞ!予定通り....『ぜーんぶ、リセット』大作戦だっ!!!!」


ルイの叫びが魔王城全土に響いた。


白い光の、白より白く輝く光が、全てを飲み込もうしてた。


これより、全世界に影響を与え、歴史に刻まれる事となる未曾有の"大事件"が、引き起こされる。


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