26.『混沌の魔王城』
ルーナルド・ジャングは、荒い性格だ。
セリシア騎士団副団長であるにも関わらず、彼は感情に身を任せて行動することがよくあり、任務を放棄したこともしばしば。
しかし、彼の騎士団、民衆からの絶大な信頼は本物であった。意見が異なれば例え上の立場の人間であろうと猛抗議するのが彼のモットーだ。
そんな彼の性格で問題になったこともあるが、それはルーナルドだから仕方ないという言葉で片付けられる。
そんな彼が、今回の作戦で魔王城荒野に任命された時、意外にも彼が落ち着いていたのは皆を小さく驚かせた。
「えっと...ルーナルド副団長、よろしかったのですか?」
「ん?なんだ、新入りルーキーが俺になんか用か?」
「い、いえ、あの....采配した自分が言うのもなんですが、その...副団長は魔王城に突入する方を望んでいると思ってましたので。」
今作戦の采配を決めた若きルーキーフェイ・ハイル、彼が采配で最も懸念していたのはルーナルドだ。
普段の素行は荒く、自分の意見は全く曲げない副団長である彼に頭を悩ませられていた国のお偉いさん方は、ルーナルドを毛嫌いしているものが多かった。
そんな彼が、随分とあっさりこの采配に頷いたのがフェイには意外であった。
「いや、受け入れてくれるのは全然嬉しいんですけども...。」
「あ?魔王の討伐が今作戦の目的なんだろう?」
「は、はい。ですから、てっきり副団長が魔王の首を取りたいのかなと...。」
「俺だって、俺の実力くらい弁えてるっつーの。魔王は、俺より強いかもしれなくて...」
「...」
「エルダーは、魔王より絶対強い。そんだけだ。」
「...そう、ですか。」
現実と言うのは、残酷なものだ。
ルーナルドという男は、決して弱くない。むしろ自分に絶対の自信を常に持っている。だからこそ、性格も強気になり、自然と評価もその性格に引っ張られるように上がって行った。
それでも、圧倒的な実力を前にした時、彼の強気な性格も捻じ曲げられる。
「魔王討伐は未知だ。俺みたいな半端な野郎が行って、何か支障が起きちまう可能性があるくらいなら、エルダーがとっとと行くのが効率的だろう。」
「エルダーさんのこと、かなり信頼しているんですね。」
「信頼じゃねえよ。信頼とかじゃ、ねぇんだ。なんて言うかな...」
「...と言うと?」
「"どうせアイツが勝つ"って感じ。」
それは、信頼とは言わないのだろうか?なんて事言ったら殴られそうなので、フェイはお口にチャックをする。
フェイも、エルダーに対してはそんな感情だ。
決して信頼がある程の関係とかでは無いが、勝利の象徴とも言える信頼であろうか。
まぁ、一番耳心地の良い言葉で言うならば、"どうせアイツが勝つ"を採用しよう。
「なんか、呆気なく終わりそうですね。」
「そうだな。」
それが、魔王討伐作戦が決行される前の人類側の見解であった。
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月が輝きを見せていた。
紅く光る巨大な満月が、魔王城荒野を照らしていた。
「紅いな...。」
珍しい色の月に興味を示すルーナルド。
剣に付着する臓物を地面に振り落としてハンカチで綺麗に血を拭き取っていく。
「副団長さんよぉ、オイラァちと疲れちまったもんで、ちょいと休ませてくれんかね?」
ルーナルドにのらりくらりとぶらつく足取りで近づくのは、返り血で服が真っ赤に染まっている侍。
白い袖着が赤い血液によって汚れてしまっている。それを戦いの勲章と捉えるのが、彼の思考ではあるのだが。
「ゼニー、お前酒くせぇぞ。今日は我慢しろっったよな?」
「かてぇこと言うもんじゃねぇよ、副団長。オイラァただの雇われモンだぁ。お前さんらの騎士道を押し付けるもんじゃねぇよ。侍には侍なりのやり方があんのさぁ。」
「だからって侍が戦で酒飲むか。騎士みたいにしろって言ってんじゃねえ。真面目に働けっつってんだよ。」
「ケハハハ!よく言うぜ、オイラが居なきゃあのバケモン誰が止めんのよぉ?こんな事言いたかねぇが、お前さん如きじゃあちと、荷が重いと思うぜ?」
そう言い、ボサボサの長い黒髪の侍が指をさす先には、魔王軍、騎士団、誰彼構わず攻撃する化け物の姿があった。
白と黒が反転した目、上半身だけが異常に大きい身体を持つ男の様な化け物。
魔王軍の魔族の頭部をギザギザの歯で噛み砕きながら、騎士団の騎士をおにぎりの様に丸めている。
「クソっ!どけ!騎士共!テメェらに構ってる暇はねぇんだよ!」
「そっちこそさっさとくたばれ!あれレベルの化け物が既に向こうからうじゃうじゃと現れてんだ!」
騎士と魔族が剣を交えながら、そう怒鳴り合っている。
騎士団、魔王軍、両軍の戦況はトントンと言っていい。だが、その2つの軍勢を押し退ける勢いでとある軍勢が魔王城に攻めてきていた。
今、魔王城荒野は混沌を極めていたのだ。
「クソっ、作戦は失敗するわ、訳わかんねぇ化け物が攻めてくるわ、どうなってんだ!?魔王城は!」
「副団長、オイラァあのバケモンとちょいと剣を交えて来るぜ。お前さんは逃げの算段立てとけよォ?」
「おい!待て!ゼニー!!!!」
ルーナルドの言葉を聞きもせず、ゼニーは刀を鞘から取り出し、今も尚大虐殺を続けている化け物の元へ一直線に飛んで行く。
「お相手お願い申し上げやす。オイラの名はゼニー・バーレスク。失礼ながら、お手前は?」
「ウゥラアアアアアアアアアアアア!!!!」
「ウウラァさんかい?良い名だっ!いざ、尋常に--」
噛み砕かれた魔族の頭部の血飛沫が、化け物の口から散らかり出る。そんな無数の血を顔面から浴びて、彼の顔は、既に酒で真っ赤だと言うのに、更に赤く染まっていく。
「--勝負っ!!!」
ゼニーの刃が化け物の薄紫色に変色している肌を斬り刻む。
体長5メートル程の化け物の上半身を斬る為に、地面を蹴り上げ宙を舞っているゼニー。
しかし、化け物から血は溢れない。
「ウラァァァァァァァ!!!」
化け物の巨大な拳が、ゼニー目掛けて振りかざされる。空中に未だ舞い続けているゼニーは、拳を避ける算段が無かった。
「あらよっ!!!」
しかし、身体を捻り刀で化け物の拳を返り討ちにする。
化け物の拳はゼニーによって縦一直線に斬られる。
しかし、血は出ない。
「ありゃ」
その上、異常な再生速度で斬られた腕が元通りとなる。
「コイツァたまげた。並のバケモンじゃねえ、コイツァ大バケモンだぁ!」
ゼニーも、この状況が自分にとって芳しく無いことを察している。状況が不利になっているのを感じる。
ただの人間であるゼニーが、尋常ではない再生能力を持つ巨体な化け物と戦わなくてはならないのだ。
こんな、こんな状況--
「--ワクワクしねぇやつァいねぇぜ!!!」
ここで、明言しとかねばならない事がある。
セリシア騎士団に本所属をしておらず、今作戦の助っ人として、エド将国の侍である。
そして、彼は、ゼニー・バーレスクは、頭のネジが外れた戦闘狂である。
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先程述べたが、ルーナルド・ジャングは、性格が荒い。
直ぐ人に噛み付く性格は好き嫌いが分かれやすい。
だが、仲間からの信頼は絶大だった。
何故か。彼を知る者は言う。
「優しくて、強いから。」
きっと、優しいなんて褒められたら彼は顔を真っ赤にして激怒するかもしれない。
彼は、自分が凶暴でおっかない人間であると思われていると思っているのだから、そんな風に思われないようにいつも振舞っているから。
それでも、切羽詰まると、本心は出てしまうものだ。
「ふ、副団長...我々は...」
「狼狽えるなぁ!お前らは誇り高きセリシア騎士団だ!ここで挫けたら、歴代のセリシア騎士団に顔向け出来ねぇ!最期の時まで!騎士道貫け!セリシア騎士団!!!」
「...っ、副団長...!」
「それとっ!」
「...?」
「お前らは、俺が死なせねぇから、絶対に死なせねぇから...胸張って戦え!」
「っ!はっ!!!!!!!!
挫けそうな騎士達の背中に喝を入れ、奮起させるルーナルドの背中は頼もしすぎた。
作戦は失敗した。謎の化け物が襲って来ている。魔王軍も減らない。それでも、
「俺達は!セリシア騎士団だっ!!!!」
騎士は、最期まで騎士でなくてはならない。
他の国の騎士と比べれば、セリシア騎士団は騎士っぽくないだろう。
騎士と言うのは、高貴な振る舞いや、上品な言葉選びに、美しい剣技で人々を魅了するが、セリシア騎士団は違う。
歴代のセリシア騎士団はどうだったかは、知らないが、今のセリシア騎士団は、団長も副団長も、泥臭く戦うのが好きらしく、どうも"高貴"なんて言葉は全く似つかない。
だが、それで良かったのだ。
セリシア騎士団は、世界一泥臭い騎士団である。
「叫べっ!セリシア騎士団!!!」
「「「うぉおおおおぉぉおおお!!!」」」
ルーナルドの声に釣られる様に、騎士達の士気が爆発的に向上する。
腹のそこから溢れる彼等の怒号が、魔王軍の軍勢に圧力をかける。
「っ!おい、魔王様からの指示は!?」
「知らねぇよ!どうなってんだよ!!!魔王城は!」
「叫べ!セリシア騎士団!戦え!セリシア騎士団!」
「うおおおぉおおおお!!!!」
「ウラァアアアアアア!!!!」
「ケハハ!良き良き!良き動き!だが、それを超えるオイラのが、良きっ!!!」
混沌が広がる。
闘志が広がる。
狂気が広がる。
魔王城荒野の戦いは、苛烈を極めていた。
騎士団と、魔王軍、本来はこの2つの軍勢の総力戦であった。
きっと、今回の戦いで遂に決着が着くだろう、と言われていた。
だが、白と黒の戦いに全く別の色が、全てを飲み込まんとする勢いで、ソイツらは現れた。
「副団長!向こうに!!!」
「っ!来やがった...化け物の軍勢が!来やがった!!!!」
ルーナルドに報告をしに来た騎士の顔色は芳しくない。それもそのはずだ。ルーナルドも騎士の指さす方向を見て、彼の顔色の理由に頷ける。
魔王城荒野の果てから、無数の影が砂埃を立てて走って来ていた。
「---」
ソイツらは、個体差はあれど、全て目の色が反転しており、人間では有り得ない身体の構造と大きさをしていた。
ルーナルドは、ソイツらを知らない。大方の予想で魔族と決めつけている。
魔族でないなら、一体なんだと言うのか。
「ん、そういやぁ...」
ふと、とある生物を思い出す。
それは、数時間前の事だ。魔王城荒野に突如現れた女の化け物。騎士や魔王軍はその化け物の登場に全員驚いていたが、化け物は彼らに手を出すことはなく、ただ一直線に魔王城に入っていったのだ。
「似てる」
そう、似てるのだ。あの化け物と、この化け物達は。
目の反転も、恐ろしい気配も、雰囲気も、似ているのだ。
「副団長!!!あれは!!!!!」
騎士の1人が、走ってくる化け物の大群の一点を指差しで叫んだ。
ルーナルドも、その方角に目をやる。
「--嘘だろ。」
すると、そこにはここにいるのが信じられない、いや、信じたくない奴が居た。
先頭で走る10メートル程の巨大な生物の上に立つ、人影。
薄ピンクの可愛らしい色の髪をした、少女。
黒いマントを羽織ってはいるものの、その下は露出の多い奇抜な服装をしている。
少女は、満面の笑みを浮かべて、魔王城に向かっている。
風は冷たく、血の香りを乗せているが、それがとても、とても、彼女にとっては最高だった。
魔王城荒野の砂埃は汚い為、少女は手でそれを守る。
女の彫刻が刻まれている、金の紋章を。
「フェリスちゃんっ!!!見ててね!他の馬鹿共とは私は違うから!ちゃんと!!!私が、フェリスちゃんの望む世界を!造ってあげるからねぇ!!!」
天に手を高く上げ、声高らかに叫ぶ少女の声は、ルーナルドの耳にまで届く程のボリュームであった。
金の紋章が、示すのは、この世界で最も禁忌な存在である、魔女の跡目を示唆するモノ。
「『新魔会』!!!なんでっ!お前がここにっ!!!」
混沌を極める魔王城荒野に更に混沌が舞い降りる。
ルーナルドは頭を掻きむしりながら、迫り来る『新魔会』へと、剣を構えた。
魔王城は大混乱だ。
魔王城21階では、フェイとメリー達による化け物との戦い。
魔王城7階では、ボロボロの姿となった元英雄が、自分を治療している。
魔王城荒野 全土で魔王軍とセリシア騎士団の戦い。
魔王城荒野 西方面では、ゼニーと化け物の戦い。
魔王城荒野 南方面では、『新魔会』率いる化け物大群の襲撃。
事態は収集がつかなくなりつつあった。
そして、ここでも、1つの混乱が生じていた。
魔王城 最下層 『始源の間』
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「っは」
ルイ・レルゼンは、ここ『始源の間』で本日5度目の目覚めとなった。




