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勇者の贖罪  作者:
1章 『魔王城脱出』
26/32

25.『仲間』

ニカルド・スコッパーの魔法は、『贈魔』だ。


自身の中にある魔力を他人に分け与える力。

これは、単純に考えれば味方の魔力を増やす為のヒーラー役だと思われる。

確かに、ニカルドはルイのパーティにおいて、ヒーラーの役割を担っていたが、彼は決して回復屋さんという訳でもない。そもそも、ルイのパーティに、本格的なヒーラーは1人も居ない。


これは、異常な事だ。1人も回復担当の魔法使いが存在しないパーティはもしかしたらルイのパーティのみかもしれない。

回復とは重宝される貴重な分野の魔法でありながら、1パーティ1ヒーラーと言われる程、必須な役職であった。


「俺ァヒーラーじゃねえよ。」


これは、彼がルイの仲間になって、数日経った時の会話。


洞窟の中で火を起こし暖を取る、ルイとデリーナに向けて意気揚々とニカルドが発した発言である。

金髪にギラリと光る彼の八重歯。普段の顔がいかつく怒ってる様に見える彼は、当初ルイに若干ビビられていた。


「俺ァヒーラーなんて後ろで援護する様な地味な役職ごめんだぜぇ?」


「あ、おっけーです。俺がヒーラーやるんで。」


「よぉしっ!」


「よしっ!じゃないわよ!!!」


ヒーラー断固拒否宣言をする彼にビビり散らかすルイは静かに右手でOKマーク。小さなか弱い声で回復魔法の使えない自分がヒーラーをすると宣言。

そして何故か勝手に解決ムードを出した2人の会話に割って入るデリーナ。


「ルイ!アンタ回復魔法なんて使えないでしょ!?」


「そ、そうだっ!お前の魔法は回復にも使えるだろ!ヒーラーだけって言ってんじゃない、ヒーラー兼戦闘員っつてんだよ!従え!ニカルド!」


「断る!俺ァ最高戦力戦闘員だっ!」


「我儘言うな!俺がリーダーだぞ!」


「アァ!?俺がリーダーだっ!」


「そっすね。」


「ビビんなぁ!!!!」


直ぐにスンと勢いが無くなってしまうルイの頭をどつくデリーナ。


「ニカルド!アンタ、ルイに従えないならこのパーティから抜けさせるわよ!」


「アァ?」


「ルイがアンタをパーティに入れてるのは、アンタに協力してあげてるからでしょ!?アンタは協力してもらってる立場なのっ!どうするの?抜けるの?従うの?」


「...ッチ」


「...そ、そーだ!ちゃんと従えー!....あと俺がリーダーだから」


「アァ!?テメェは黙ってろっ!!!」


「そっすね。」


「ビビんなぁ!!!!」


この頃から暫くしたが、随分とニカルドは丸くなったモノだ。

少なくとも、ルイとの関係は全く違うモノになっであろう。かつての彼はルイを何一つ慕っていなかった。ただ、自身の目的の為に、彼等とパーティを組んだに過ぎない。


しかし、今の彼は本気でルイに、命を捧げる覚悟を持つ。


そして、今、彼は自身の役割をこう言う。


「俺はヒーラーじゃねえよ。」


意見は、変わらない。

彼はヒーラーになりたくない。

彼は戦っていたい。

彼は仲間と共に命を懸けたい。


そして、彼はその言葉にこう付け加える。


「俺は、戦闘型ヒーラーだ。かっけぇだろ?」


と、八重歯を光らせ言うだろう。


------


誰もが、突如として現れた化け物に動揺した。

変わり果てた世界に驚愕した。


だが、2人だけこの変化に最速で適応した者達が居た。

甘い香りが充満し、全員の鼻の奥へととろける花々の匂いが届く。


2人の騎士は、突然の花畑に目を見開かせ明らかな動揺を示す。

青髪の女もまた、花畑と化け物に対して警戒心をマックスに見せつつ、辺りを見回し動揺する。

赤髪の女は、突然過ぎる世界の豹変に驚きを隠せず、口を開けたまま呆然とする。


そして、金髪の男が叫ぶ。


「デリーナ!!!」


今こそ、逃げる隙である。そう考えたニカルド。


同時に、黄緑の髪をした騎士が叫ぶ。


「逃がすな!」


今こそ、逃げられる隙である。そう考えたフェイ。


「--っ!」


デリーナは、ニカルドの声によって正気を戻す。

例え唖然とする様な現象が目の前で起ころうとも、彼女達はそれを見てボーッとしている暇は無い。

一刻も早く、彼女達のリーダーを連れ戻さなければならない。


「はああぁ--」


「させるかぁっ!」


「--っ!」


「デリーナっ!!!」


鎖を砕かんとする程の勢いで力を放出するデリーナを見て、黒髪の女騎士は剣をデリーナの首元に突き立て地面に押し当てた。

彼女の鋭い剣の先が、デリーナの白い肌に突き立てられている。

先端から真っ赤な血が一滴溢れ、首から花畑へと流れ落ちる。


「動いたら、このまま喉を突き刺す。」


「...やって、みろよ。」


「よせっ!デリーナ!!」


この期に及んで、強気の姿勢を崩さないデリーナに肝を冷やすのはニカルドであった。

この状況で、デリーナが逆転する見立ては薄い。

逃げる隙は完全に封鎖された。相手にフェイが居ることを考慮すべきであった。


もしくは、完全に戦闘が始まった時にこっそりと抜け出すことも考えたが、それこそフェイによって厳重な捕縛をされるだろう。

もしかすると一時的に気絶でもさせられるかもしれなかった。だからこそ、逃げる隙は先程が最後であった。

そして、ニカルド達はその隙を逃したのだ。


「...ど、うした?殺さないのか!?」


「っ!フェイ殿...許可を!」


デリーナの煽りに対して若干の苛立ちを見せる女騎士はフェイにデリーナの殺しの許可を求める。

しかし、フェイは首を横に振り言う。


「ダメです。彼女を殺せばルイ・レルゼンがどう出るか分かりません。」


「ですが!」


「彼が...全てを破壊する気になれば、セリシア騎士団は間違いなく、全滅されます。エルダーさんが封印されたのなら、尚更。」


「何を仰いますか!ロイ殿がいらっしゃる!」


「...」


ルイに対抗する戦力として、女騎士はロイの名を挙げる。その返答に、フェイは口を尖らせてしまう。

フェイは、ロイが敵になったことをまだ誰にも伝えていない。理由は、2つある。

1つは、これ以上の混乱を招きたくないこと。

そして、もう1つはシンプルに信用して貰えないこと。


「...英雄、ですもんね。」


「当然です!ロイ殿が何とかしてくれます!」


真面目な性格の女騎士は、真剣な眼差しでフェイを見やる。そんな彼女の視線にフェイは何も言えない。

ロイが敵だなんて、言ったとしても信じてもらえるわけが無い。

その目で彼の所業をマジマジと見たフェイですら、最初は信じられなかったくらいだ。


フェイはセリシア騎士団に入ってから日も浅い。

『英雄』の悪名を広めて自分の出世に近づけようとしている、なんて思われておしまいの可能性だってある。


「...いや、言い訳か。」


否、撤回しよう。

フェイがロイは敵であると公言していない理由、それは、


「僕自身、まだ信じられていないのかもな。」


そう本音を零した時だった。


「フェイ!上!」


「え」


メリーの叫び声が後ろから聞こえたのだ。

フェイは、上を見上げると、迫っていた。


「--ぁ」


化け物の大きな爪が、真っ赤な血で染まった爪が、フェイの目の前に迫って来ていた。

それは、凶器とも言える尖りを見せており、突き刺されば間違いなくお陀仏になる代物であった。

そんな凶器が、目の前に迫って来ていることに気づけなかったのだ。


「フェイ殿!」


女騎士が剣を構えてフェイを助けようとするが、あまりにも遅かった。


既に爪の先端がフェイの眼球に突き刺さ--


「--っんあ!!!!!!!」


「--っ!デリーナ...さんっ!?」


フェイは、目の前で血飛沫を上げる彼女に声をかける。


「...っんぶ!」


「デ...デ...デリーナッ!!!!!!!!」


きっと、爪の先端はフェイの眼球に突き刺さっていただろう。

デリーナがフェイに向かって突進し、身代わりにならなければ。

彼女の無惨な姿に、ニカルドが声を荒らげる。


デリーナの胸に鋭い凶器と化した爪が突き刺さり、背中まで貫通する。

デリーナは鎖を付けたまま化け物の爪によって串刺し状態となった。


「ナァアアアアアア!!!!!!!!」


化け物は、空へ向かって咆哮をする。

女の様な高音を叫び続けて、何かを訴え続けているように見えた。


「....これは、屍者(ししゃ)?」


「おいっ!フェイ!!!」


「っ!」


目の前で、自分を庇い血を流す元仲間よりも、"情報"の吸収に脳を使ってしまう自分は、非道い人間なのかもしれない。

こんな時でも、冷静に分析してしまう自分に嫌気がさす反面、それが自分の役割であると肯定してしまう。

だが、そんな彼を一喝するような叫びが耳元に届く。


「解けっ!!!」


たったその一言に含まれる意味を、フェイは理解してしまう。


「...」


「フェイ!!!」


ニカルドは逃げようとしてない。

デリーナを助けようとしている。自身の魔法の力で。


フェイの中の彼は、既に丸くなっていたものの、進んでヒーラーをする様な奴ではなかった。

渋々怪我人の手当をさせられ何とも立派な魔法の使い方をしていたが、本人的にはかっこよく戦って自分が回復される側になりたいと思っている。


そんな彼が、今地眼でデリーナを回復させろと、フェイに訴えているのだ。


--ここで、ニカルドの鎖を解くのは、危険過ぎないか?


思考が交差する。

正解を導く為の機関がショート寸前になる。

そんな中、一筋の声が聞こえる。



「--フェイ...逃げ....て...」


「---」



串刺しとなっているデリーナは、戸惑うフェイに向かってそう言った。

パーティから抜け、リーダーを殺そうとし、彼女を捕縛した彼を庇って、彼女は彼に「逃げて」と、そう言ったのだ。



「--分からない...分からないっ!僕は、デリーナ!君が分からない...!」


「...」


「なんで、なんで助けたんだ!?僕なんか見殺しにした方が都合が良いだろ!なのに、なんで助けた!」


「...」


「元仲間だから、とか、そんな理由か!?...ふざけるなっ!僕は...僕は...あなた達とそんな甘い考えで別れたんじゃない!」


「...」


何も喋らない、喋らないデリーナに猛烈に抗議し続けるフェイはもう止まらなかった。自分を助けたデリーナに対して、疑問と激しい怒りをぶつける。


「僕は、言ったはずだ!「次会う時は殺し合いだ」と!助けるなんて!狂ってる!」


「フェイ殿!お逃げください!化け物が!」


「--ナアアアアアア!!!!!」


荒れ狂う化け物の巨大な爪が花畑の地面を切り裂いて、十字架の様な跡が大地に刻まれる。

同時に散る花びらの数々が宙を舞う。串刺し状態であったデリーナも爪ごと上へ引っ張り上げられ、地面に叩きつけられる。


「--っ!」


「デリーナっ!!!!!!!!!」


顔面から勢い良く叩きつけられ、彼女の美しい顔は血と土でぐちゃぐちゃだった。

背中から胸に貫通している穴からは真っ赤な血が次々と溢れ出て来る。彼女は鎖によって拘束されている為、為す術が無く地面に寝っ転がるだけだった。


「...なんで、なんで...」


「フェイ!!!解けっ!!!」


「デリーナっ!!!君は、何を考えてるんだっ!?」


荒れる化け物

戦う2人の騎士と1人の魔法使い

怒鳴る捕縛者

倒れる捕縛者


頭がぐちゃぐちゃな騎士


花畑のいる一面は、様々な表情を浮かべ、それぞれの対処に赴く。



倒れる捕縛者は、騎士に向かって小さな声で呟く。



「...だって...フェイは......真面目だもん...。」



と、そう呟いたのだ。


「...?」


フェイは意味がわからなかった。真面目と言われる程真面目とは思ってないし、そもそも助ける理由にはなるまい。

どうして、この状況で、真面目なフェイを助ける理由があったのか。


「...なるほど。」


「...お...願いね。」


デリーナ・エイリという女は、決して侮れない存在であると、フェイは仲間時代から思っていた。

普段は考えることが苦手でとにかく戦うスタイルで敵を倒しまくる彼女であったが、時たまに口を挟んでは状況の打破に大貢献する。


彼女がこの状況でフェイを助けたのは、

「元仲間だから」なんて甘い考えの理由ではなく

「身体が勝手に助けた」なんてヒーローみたい理由ではなく

「死にたかった」なんて馬鹿げた理由でもない。


彼女がフェイを助けたのは、

「真面目だから。」

それは一見意味不明だが、よく考えればとってもシンプルだ。

シンプルな脅しである。


「真面目なお前なら、助けてやった借りは絶対返すよな?」


という、シンプルな脅しで、デリーナはフェイに助けた"対価"を求めた。


「...っは、随分...小癪になりましたね。」


「アンタには...まだまだ届かないけどね。」


フェイは、そんな彼女に少し笑みを見せて、ニカルド・スコッパー、デリーナ・エイリの鎖の捕縛を解除した。


これが、ここでの対価であると、フェイは理解している。


そして、こんな事で簡単に逃がしてしまっては絶対に行けない、と、フェイは思っている。


「...馬鹿だな。」


2人の騎士と1人の魔法使いが戦っている後ろで、フェイは後ろを見る。

2人の元捕縛者が、花畑を駆けていくのを見つめてそう呟いた。


「デリーナ、大丈夫か!?」


「...えぇ、大丈夫。ありがと、ニカルド。」


「俺は、構わんが...よく、逃がしてくれたな。アイツ。」


「うん...正直、意外。咄嗟に思いついた作戦にしては衝撃。」


「ん?あぁ、逃がすのを条件に、フェイを助けるやつな。良いアイデアだぜ。アイツは真面目だから、勝算しかない。」


「いや、それは後から思いついたの、フェイを助けたのは....」


「....っはは、お前は優しすぎんだよ、デリーナ。」


フェイ・ハイルは、決して馬鹿では無い。

彼女達をここで逃がして良い訳が絶対に無いと分かりきっていた。例えどんなものを積まれても、それだけは許されなかった。


でも、フェイは真面目である以前に、


優しい青年であった。


「自分の馬鹿さが憎いですよ...でも、仕方ないでしょ。助けたくなるでしょ、だって--」


青空に向かって、青年は呟く。


「仕方ないのよ、だって...どこまで行っても、アイツは--」


青空に向かって、女は呟く。


「「--仲間なんだもの。」」


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