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勇者の贖罪  作者:
1章 『魔王城脱出』
24/29

23.『元英雄』

フェイ・ハイルの魔法は、『シンクロ』だ。

生物に自身の五感をシンクロさせることが出来る力。

小さな虫から大きな魔獣まで、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、まるで自分がその生物になったかのような感覚を味わう。


この魔法は戦場において大いに強い魔法である。

例えば、空を飛び回る虫に自分をシンクロさせれば、敵陣の情報を隅々まで確認することだって可能。

何より、シンクロ先の生物が殺されたとしても、フェイに危害は無い。生物が死んでも、情報だけは手に入れられるという、敵にいたら厄介すぎる魔法だ。


ただ、五感を同調させるというのは、無論リスクも生じる。

シンクロとは、何もかもがフェイとシンクロしているということ。

シンクロ先の生物が頭を潰されれば、フェイも頭を潰される、感覚が襲ってくる。


生物が死んでもフェイは死なない、だが、死ぬ程の痛みと恐怖は、襲ってくるという事だ。

並の人間であれば、その感覚を耐えられはしないだろう。


フェイ・ハイルは決して強い人間では無い。むしろ弱く、臆病だ。死ぬ痛み等味わいたくない。恐怖も出来る限り味わいたくない。

それでも、どうしてか、責任感と正義感だけはあるから自分でも面倒くさいと思っている。


今回の魔王城襲撃作戦は、成功すれば長らく続いた人類と魔族の戦いに終止符が打たれる。

その現場に居合わせたく、何より自分の魔法が有効であることを理解している。


だから、一秒でも早く帰りたいという感情を殺して、フェイは魔王城に赴いた。

そして、出来ることなら、犠牲が出ない最善を選び続けて。


フェイの魔法があれば、魔王城の罠にも気づける。

敵の配置も分かる。


全ては、一人でも多くの命を守るために。


--誤算


魔王城突撃と同時に、騎士団全員が各階に強制転送され、離れ離れに。多くの人が死んだ。


--誤算


今作戦の要、『大魔法使い』エルダー・カテイラの封印。


--誤算


ルイ・レルゼン。


--誤算


ロイ・レルゼン。


「頭が痛くなりますよ、ほんと...。」


相次ぐ誤算により、作戦は大失敗となり、撤退を余儀なくされた。

撤退の命令は既に団長によって告げられており、外の騎士達にもその命令が届く頃合だろう。


「...セレナ様。」


混乱の魔王城で、今はただただ、ルイと共に行方をくらましたセレナの事を思うばかりだ。


「掴めないな、ルイ・レルゼンの行方...」


眼光を赤く発光させるフェイ。魔王城に散りばめたハエ達とシンクロして、情報を集めるも、ルイとセレナの行方は分からずじまいであった。


フェイは常に魔王城全体を監視していた。

ルイとセレナの行方が分からない、というのは、32階ではぐれてからの話では無い。


「にしても、最近様子がおかしいとは思っていましたが...。」


セレナの生死は国を揺るがす程の緊急事態。一国の王女が何故、魔王城にいるのかも謎だが、そこを考るよりも、守ることを優先すべきであろう。

何より、その謎について、先程大方の予想がついた。


「あれは、もう完全に別人と捉えて良いでしょうねぇ。」


--誤算


ロイ・レルゼン。


これは、彼が焦っており、冷静ではなくなっている事から来る誤算では無い。

フェイにとって、これ程悲しい誤算は無かった。


だって、今のロイ・レルゼンは、


「随分と、僕を軽視していたようですね。『元英雄』ロイさん。」


『英雄』ではなくなってしまったから。


------


それは、つい先程のこと。



『--セレナ様が、ルイ・レルゼンに、誘拐された。』


「---」


その掠れたロイの声に、フェイは唖然とした。


それは、誘拐の件では無く、彼の第一声が求めていた言葉とあまりにもかけ離れたモノだからこそ来る感情だった。


フェイは、ロイの口からしっかり聞きたかった。

フェイが見た、"例の件"の理由を--


『完全に、俺のミスだ。化け物の邪魔が入って、取り逃しちまった。すまん、とりあえず一旦合流を--』


「...今回の、作戦は大失敗に終わってしまいましたね。」


『......おい、んな事言ってる場合じゃあねぇだろ。...早く、合流を...』


「...多くの人を失ってしまいましたね、騎士の皆様、エルダーさん...そして、貴方まで失ってしまうなんて、大失敗なんて言葉では生ぬくいほどの、大大大失敗ですよ。これは、僕の責任だ。」


『...何を言ってる?』


「そうか、じゃあきっと、セレナ様も、貴方の...仕業だったんですか。」


『.....あ?』


「魔王城の作戦、僕は大失敗だと捉えます。貴方の作戦の方は、大大大失敗の方が似合うのでは?」


『...』


「血、いっぱい出てますね。ロイさん。」


赤く発光する眼光に、映されるのは、ボロボロの姿で血まみれになっているロイであった。

彼は通信機を口元にあてつつ、辺りを見回した。


「...右上ですよ。」


『...』


「目、合いましたね。」


ようやく、コチラの状況を理解したロイは、静かに、黒い部屋の右上でロイを監視する虫を睨みつけた。


「貴方の第一声が、弁明でも、言い訳であっても、僕は貴方を王国に着いたら、牢に入れるつもりでした。どんな言い訳であっても、貴方は許されない事をしてしまったから。」


『...』


「でも、それでも、僕は牢越しから貴方をぶん殴って、罵って、そうして、セレナ様に向けて最大限の謝罪をして下さるのであれば、貴方を許せた。」


『...』


「でも、違った。貴方の第一声は、ただの保身だった。...貴方が、敵に回るなんて、痛いですよ。」


『...見てたのか。』


「えぇ、全部。この目で。」


フェイ・ハイルの目は、見てしまっていた。

『英雄』ロイ・レルゼンが、『英雄』でなくなる瞬間を。

広間の中で、セレナに向けて剣を立てる彼の姿を。


その光景を目にした時、フェイの頭はおかしくなりそうだった。

この瞬間、フェイの中でロイ・レルゼンは99%おかしくなっているという結論に至っており、既に彼を仲間と認識していない。


だが、それでも、フェイは彼のこれまでを見てきていた。

『英雄』としての彼を見てきていた為、その光景に対して、どうか夢であってくれと何度願っただろう。


一国の王女を殺そうとしている、大罪中の大罪。

決して許される事ない愚行。それでも、例え、それでも、彼が一言でもいい、


「おかしくなってた」


と、自分の行動を咎められていれば、フェイは彼の顔面に拳を入れ、地面に穴が空くほどの謝罪をセレナにさせることで、何とか、ギリギリの感情で彼を許せていた。

甘すぎるかもしれない、到底許されない行動をした彼を、そんな事で許してしまう自分は、甘すぎるかもしれない。それでも、『英雄』を信じたくて、縋りたくて、失いたくないて、フェイは祈ったのだ。

彼の弁明を。


だから、フェイは決めた。


「--ロイ・レルゼンさん。貴方を、大罪人として処刑します。騎士として、貴方を許さない。」


ロイ・レルゼンとの決別を。


フェイの言葉を通信機越しに聞き、ロイはゆっくりと立ち上がった。


『そうか、じゃあ最後にいいか?』


そして、彼は自分を監視し続ける虫に向かって掌を見せて、言う。


『--ちゃんと、憎めよ?』


そして、掌から黒い魔力の塊が放たれ、虫の身体を滅ぼした。


「--っ!」


「フェイさん!?どうしました!?」


「大丈夫です...。」


瞬間、『シンクロ』が遮断された。

目の破裂の感覚と、四肢がちぎれる感覚と、燃え散る感覚を味わいながら。

突然膝まづいてしまうフェイに駆け寄る騎士に心配をかけまいと、フェイは何事も無いように振る舞うが、内心は焦っていた。


これで確定してしまったから。


ロイが敵であるということが。


「...ちゃんと、死ぬ程憎んでますよ。」


真っ黒な天井を見つめて、そう呟く。

フェイは2人の騎士に、デリーナとニカルドの連行を頼んだ。


彼等は今、25階を目指し、階段を下りる。


------


「...つまらん。」


女は、一冊の本を目にしながら、ため息と共にそのような感想を抱いた。

最後のページまで目を通し、一言一句書かれている文字を見尽くして、その感想を抱いた。


面白い、面白くない、という感想は人それぞれ個人の価値観で決まる。その本の内容は他の人間にとってどう評価されるのかは、彼女の知ることでは無い。


だが、期待していればしているほど、ハードルは高くなるもの。彼女は期待し過ぎてしまったのだ。


「全く、期待外れも甚だしい。面白い本というのは、数百年に一度、出逢えるかどうか、というものだな。」


女は、腰まで伸びた白髪を靡かせ、ズラリと並ぶ書庫へと、手に持つ本を戻した。


「だがまぁ、貴様の場合は、ここからが面白くなりそうだ。今度こそ、私を楽しませてくれるな?」


女は、小悪魔の様な笑みをこぼして、自身の椅子へと腰を下ろす。

目の前の水晶に映し出される白髪の青年を見つめながら、微笑みつづける。


「ルイ・レルゼンよ。」


彼女の囁きには、好奇心と、ほんの僅かな期待が含まれていた。


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