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勇者の贖罪  作者:
1章 『魔王城脱出』
23/29

22.『誘拐事件』

真っ暗な、世界だった。


暗闇が、また、全部を覆った。


恐怖が、あった。


絶望の闇が、また、視界を埋めた。


「大丈夫、信じてくれ。」


白い勇者が、目の前にいた。


------


ルイ・レルゼンに魔法はあるのか。


--知らない、知るわけが無い。あったとしても、使い方なんて分からない。詠唱とか必要なのか、使う前に儀式とかやんのか?つか、魔力ってどうやって扱うんだ?魔法って、どうやるんだ。


「お兄ちゃんっ!」


恐怖に押し潰されそうだった。

震えが止まらなかった。


この、小さな命を守れるか分からない。

こんな男の背中で、背負いきれるのか。


--うるせぇ、背負え。やれ。


ルイは、暗闇の中で、剣を固く握り締める。


怖い、命を失うのが怖い、守れないかもしれないのが怖い。


--うるさい。


どうする?セレナを死なせたら。既に血で染ってるその両手に、更に血を増やす気か。

お前は、"ルイ・レルゼン"と同じ、人を助けるのでは無く、人を殺すのか?

セレナを守るんだろ?守れなかったらお前が死なせたも同然だろ?殺人鬼。そうなれば、お前を正当化するやつはもう本当に居なくなるぞ?


--黙れ。


悪行を行ったのは過去の"ルイ・レルゼン"。今の俺は知らないなんて事も言えなくなる。今、その身体を動かしてるのはお前だ。黒澤 零だ。言い訳が出来ない。正真正銘お前自身の意思が動かしてる身体だ。それで、死なせたら?デリーナも、セレナも、、守れない腰抜け。


「黙れっ!!!」


剣を持て。


後ろの命を守れ。


約束したんだろっ!?


ルイ・レルゼンに、魔法はあるのか。


--魔法なんて、俺にあるのか?つか、コイツも魔法持ってんのかよ。どうやって対処する。魔法あったとしても、どうすりゃいいんだこれ。逃げるべきか?こんな大技どうやって...。


魔法には、魔法か?


出来んのか?あんのか?魔法、おい、"ルイ・レルゼン"、お前、あんのか!?あんだろ!?魔法!悪用しまくったんだろ!?大勢傷つけたんだろ!?だったら!


俺に、使わせろ!その、魔法で!俺を、俺達を助けろ!"ルイ・レルゼン"!



真っ暗な、衝撃が、目の前に迫り来る。

全てを飲み込む黒い斬撃が、大気を削りながら、ルイの命目掛けて飛んでくる。


圧倒的な魔法を前に、ルイは、剣を突き出す。


--イメージ...しろっ!!!魔法をっ!!!身体にあるもん全部っ!!!!全てをぶつけろっ!!!こいつに...勝つ為に!セレナを守る為に!!!あるもん全部っ!!!!!


「--捻りだせっ!!!!!」


ルイの身体は、白く輝き、ソレは剣へと伝っていき、やがて、白い閃光となって--


--



------


「...なんだぁ...おめぇ...魔法使えてんじゃねえか。」


噴水のように腹部から溢れる血を片手で止め、ボロボロの姿となったロイ。

壁に思いっきり頭を打ち付けたのか、漆黒の壁には赤黒い跡が生々しく残っている。


身体を持ち上げようとすると、背骨部分から骨の軋む音がして、ロイの身体を苦しめた。


「...セレナのお陰だよ。」

「え?...私?」


ルイの背中にしがみつきながら、キョトンとした顔で首を傾げるセレナ。

立ち込める煙の中から、2人は壁に打ち付けられているロイを見下す。


「セレナが居たから、俺は変われた。守るモノがあるのは、すげー怖いことだけど...俺を強くしてくれる理由でもある。」

「...なんか、分かんないけど...私のおかげって事ね。」

「そーだよ、姫様。」

「それやめて!!!」


自分の無意識な功績に頬を赤らめていた所に、ルイの余計な茶々が入り、違う意味で頬を赤らめるセレナは、ポカポカと白髪の頭をタコ殴りする。


「...ルイ、お前これからどうするんだ。」


「んな事より、お前こそどうすんだ。この局面...詰みだろ。」


「お前は、俺を殺せねえよ。」


「...そんな保証どこにも--」


「殺せねぇんだよ。お前みたいな、腰抜けはよォ...」


「...腰抜け?」


ロイの発言にルイは若干苛立ちを覚える。無意識に足が前へ進むが、


「お兄ちゃん」


セレナがそれを静止させる。

首元を引っ張られ、重心が後ろへ傾く。セレナの複雑そうな表情が横目で見て取れた。


「...殺さないまでも、四肢は斬るべきだな。お前は危険だ。」


「...それも、お前は出来ねぇよ。」


「あ!?出来るっての!」


ルイは、確かに人を殺すことは出来なかった。

先程の白い光の攻撃は、無意識という事と、反射の正当防衛みたいなモノで、この状況とは訳が違う。

今、ここでこの男を殺すのは、勇気が必要であった。


しかし、四肢の切断に関しては、決意さえしてしまえば、ルイは本気で出来ると思っている。

危険因子は、排除すべきという思考は曲げられない。どんなに自分が楽観的な平和主義であろうとも、目の前にある明確な障害は排除すべきだと思う。


「私、貴方のこと、英雄さんだと思ってました。」

「セレナ?」


少女の、声が聞こえた。

どこか怯えて、未だに震えが止まっていなさそうだが、勇気を絞り出して声を発している。


ルイの背中からぴょんっと降りて、ボロボロの血まみれになっている男の前に、少女は足を進めた。


「...ロイ・レルゼンさん...ですよね?」


「...」


「..は?レルゼン...って...」


セレナの質問に、ロイは何も答えず、ただ血で濡れる床を見ていた。

セレナの後ろで驚愕の事実を知って驚きの表情を浮かべる男を置いて、セレナの言葉は続く。


「私...魔王とか、"しんまかい"?とか、悪い人達は、怖くて...あんまり知りたくないから、知らないんだけど...勇者様は、いっぱい知ってるの。」


「...」


「勿論、貴方のことも知ってる。英雄 ロイ・レルゼン。アイリス王国で生まれた大勇者。ママもパパも、ロイ・レルゼンには、いっぱいお世話になったって...。」


「...」


「なんで...こんなことしたの?」


「...コレが、俺の...世界から与えられた役割なんだよ。」


「なにを--」


「シャドウ」


セレナの言葉を遮り、ロイが言葉を放つと同時に、そこに居る3人は闇の影の中へと飲み込まれて行った。

ロイの体内から溢れ出る黒霧によって。


------


ロイ・レルゼン

彼は、この世界で最も『英雄』という称号が似合う男であった。

多くの街と国を救い、多くの人々から尊敬と感謝を受けて来た。それに相応する程の実績が、彼にはあった。


悪人面ではあるが、紛れも無く、『英雄』なのだ。

腰に収めた剣は世界の人々の助けとなり、世界中で愛される人間であった。


だが、彼を知る身近な人々の中の一部は、こう言う。


「最近のロイは、様子がおかしい。」


特段、変という訳では無いが、魔王城への突撃作戦を練り始めてから、彼にどこか違和感を持つ者が少数居た。その者達は優秀で、何事も冷静に分析の出来る言わるゆ"知的組"と言っても過言では無い人々。


そして、その中にはこの騎士も居た。


「やっぱり、ロイさんも焦っている様に見えます。」


通信機を通して仲間と情報を共有しながら、捕縛されている2人を下へ運んでいる最中の、黄緑色の髪をしたセリシア騎士団に所属する騎士、フェイ・ハイル。


「色々とトラブルが起こりまくってますからね...今回の作戦。ロイさんの情緒もおかしくなっても不思議じゃないです。」


そんな、同じトラブルを受けた側だと言うのに何とも冷静に話す彼の声を、円状の白い形をした通信機を通して聞くのは魔王城の外にいる騎士 ゼニー・バーレスク。


『おいおい、そいつをどうにかフォローする為にお前さんが居んだろぉ?魔王城内部の指揮官なんざァ、オイラにはぁ、ちと荷がおめぇ。だからお前さんを推薦したってのによぉ...責任持って行動しろい。』


「わ、分かってますよっ!でも、魔王城に突入した瞬間、全員各々勝手に各階に転移されるなんてトラップ、誰が予見できるんですか!?...言い訳するんじゃないですけど、今回はアッチが上手としか言えません。」


『言い訳乙、ってやつだな。』


「...なんすか、"おつ"って...」


『知らね。んで?ロイは?』


「...予想外のトラブルの一つ、"ルイ・レルゼン"の捕獲に向かいました。」


『ほぉ、ルイの野郎が魔王城に来てるって報告、聞いたような聞かなかったような...まぁ、なんとかなるか。お前さんらもとっとと城から出てこいよぉ?作戦失敗してんだから撤退すんだろ?』


「はい、生き残った者達を回収後、外に出ます。では、後ほど。」


それを最後に、フェイは通信機をオフにして捕縛されている2人を運ぶ騎士達の後ろをついて行った。


ルイ・レルゼンとの共犯者、デリーナ・エイリ、ニカルド・スコッパーの2人は抵抗することなく、大人しく騎士達によって連行されるのだった。


「いや、抵抗出来ないのか。」


2人の腕は鉄の鎖によって身体に巻きついており、抵抗なんて出来るわけない状態にあることを再確認して、フェイはそんな軽い言葉を零したのだ。


そんな軽口に、赤髪の女は耳をピクリと動かした。


「...随分と、立場が変わったんじゃない?セリシア騎士団 五番隊隊長なんて肩書きも手に入れて、さぞ嬉しいことでしょ。」


「なんですか、その嫌味込めたみたいな言い方。貴方まで僕を裏切り者とでも言いたいんですか?」


「...」


「本当に、勘違いしないでください。僕は貴方達と共に肩を並べて戦っていた日々、一度たりとも貴方達を裏切ったつもりは無い。むしろ、裏切られたのは...」


「黙れ、もういい。デリーナ、落ち着け。」


「ニカルド...。」


デリーナの発言によってフェイの眉間に皺が寄る。ふつふつと溢れる感情を言葉に乗せて発するが、口を挟んだニカルドによって止められる。


「...おかしいのは...貴方達ですよ。」


黙り込む2人の背中を見つめ、フェイは苦い表情を浮かべる。


かつて、彼等と共に戦った日々を思い出しながら。


「ところで、ペルーの行方について教えてくれません?見つかってないの、彼だけなんですけど。」


「--死んだわよ...。死んだわよっ!」


「--そう、ですか...。」


複雑な感情になるフェイの顔を、横目で見やるニカルドとデリーナの表情も良くは無い。

今回の戦いで、ルイ・レルゼン側は、あまりにも大きい痛手を負うこととなった。取り返しのつかない犠牲を。


だが、それはセリシア騎士団も同じであった。


「ん?」


通信機が震えているのを感じて、ズボンのポケットからそれを取り出すフェイ。

すかさず口元に近付ける。


「はい、フェイです。どうしました?」


ノイズが走りながらも、通信機は役目を果たそうと、相手方の声をフェイに送り届けた。


『--フェイ...か。...俺だ。』


「ロイさん!どうです!?ルイは!?」


『フェイ、緊急事態だ...。』


「な、なんですか!?」


『...セレナ様が、ルイ・レルゼンに、誘拐された。』


掠れた声で、ロイ・レルゼンの口からはっきりと、ルイ・レルゼンによる、セレナ・リーベの誘拐という、虚偽の報告がされた。


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