20.『贖罪の道』
アイリス王国王都が燃えた翌日、あらゆる場所で謎の生命体の目撃情報が相次いだ。
アイリス王国 北の村 『ゴッソー』の村人は言った。
「ありゃあ、人間じゃねえな。角もなかったし魔獣でもねぇ。魔族だ。魔族がこの国に現れたんだ。俺ァ60年生きてきて、魔族は初めて見たぜ。」
ブリーノ共和国 『ルルゴード港町』の漁師は言った。
「海からなんかデケェモンが来てる思ったらよぉ、たまげたぜ!デッケェ女だったんだぜ!方向的にアイリスらあの野郎泳いできやがったんだ!化け物だぜ。だが、気になる点があってな...全く他の人間に興味を示さず、どこかへ走っちまうんだ。不気味だよ。」
ブリーノ共和国 北の村『深獣村』の少女は言った。
「凄っかたんだヨ!なんかネ、ぶわーっテ北の方に走っていっちゃってサ!アタシびっくらこいたヨ!アタシ、あの女の人、ちょっと悲しんでるように見えたナ...。」
魔界 南街 『シセード』の魔族は言った。
「オレらとは違う匂いだったし、人間の匂いだったぜ、でも、アレが人間とはとても思えねぇ。」
魔王城 周辺荒野 セリシア騎士団副団長ルーナルドは言った。
「化け物?...あぁ、そういや、魔王軍でも無さそうな魔族みたいな奴が魔王城に入ってくの見たぜ。なんか、「ナナナ...」とか言ってたなぁ。」
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小さな少女を抱きながら、化け物は泣く。
大粒の涙を流し続ける。瓦礫によって潰され伸びてしまった長い腕で、セレナを包み込む。
「ママ...ママ...ママ...」
「...ナ...セレ...ナ.....」
化け物の涙と共に、花畑が崩落していった。
美しい彩りの世界は、白く発光してから、たちまち漆黒の部屋へと変わっていくのだった。
見慣れた漆黒に、ルイは度肝を抜かす。
「あれ、世界が...変わって....っ!おい、ここって!」
「魔王城だ、あんな花畑、最初から魔法って分かんだろ。何驚いてんだよ。」
すました顔で、黒髪の男は、ルイを見ながらそう言った。
「そんなスカしてるけど、お前だいぶ血まみれだけど痛いんじゃねえの?強がんなよ、痩せ我慢。」
「お前の剣は痒くもねぇよ、アホ面が。」
「アホ面関係ねぇだろっ!」
「...お前、あの化け物をどうしたいんだ?」
男は、髪をかきながら、若干の苛立ちを込めた質問をする。化け物である目の前の生物を守ろうとしているルイに対して怒りがあるのかもしれない。
その事に関しては、ただのルイのわがままだ。
この2人を、今は邪魔したくなかった。だが、男の邪魔をする理由はもうひとつある。
「化け物をどうこうっていうか、セレナを殺そうとしてるお前に近づけたくないだけ。」
「...あ〜、お前記憶喪失になって、随分と変わったみたいだな。」
「何度も言わせんよ、俺は前のルイじゃねぇの。新しいルイ・レルゼンとして、認めてくれや。」
右手でお願いポーズを取るも、男の顔は芳しくない。まぁ、この男に何を思われようとどうで良いことなのだが。セレナの敵である事は明確。
それ即ち、ルイの敵である。
「それに、見ろよ。」
そして、ルイは背後の化け物の様子を男に見せる。
「--ナァ....」
「...身体が...」
「もう、斬る必要ねぇだろ...」
既に、化け物の身体からは白い煙が立ち込めており、徐々に身体が崩壊していく。
ボロボロと白い肌が剥がれ落ちて行き、セレナを抱える腕も、もうすぐに崩れ落ちる。
「...あ、あれは...」
ルイは2人の親子の奥にそびえ立つ柱に刻まている番号を目にする。
「...2階...魔王城2階か。」
「2」と、黒い柱に深々と彫刻されている。
ルイは、黒い広間の中でセレナの魔法によってどこかへ飛ばされたが、それは2階だったということ。
黒い広間は魔王城1階だった。
つまり、あの化け物は、
「...下にいるセレナを...探し続けてたのか?」
化け物は、永遠に花畑の地面に頭をぶつけ続けていたのだ。謎すぎる行動にルイは困惑気味だったが、アレに意味があったいうのであれば、化け物は紛れも無く、セレナの事を愛していた、母親なのかもしれない。
「ママ...もう、いかないでよ....」
「...ナァ...」
「...いやだよ...もう.......わたしぃ...もう....またママと...はなれたら...もう.......」
「...やばい、セレナっ!」
化け物の腕の中で、か細い声になっていく少女。
セレナから、してはいけないオーラを感じる。
これ以上、セレナの魂にヒビが入ると、セレナはセレナでなくなってしまうかもしれない。
ルイは、その事に勘づいた訳では無いが、無自覚に、彼女の声を聞いて「まずい」と思った。
そして、その行動は間違っていない。
セレナ・リーベの心は既にぶっ壊れている。
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『--他は、全部どうでも良い。』
『--お願いだから、生きてね。』
『--お前は駒だぜ、姫様。』
『--異物が、混じっているな。』
『--ぶっっ殺してやるぅううう!!!!!』
『--信じてくれないなら...死んじまえ!!!』
『--俺ぁ、英雄を捨てるぜ。』
心が崩壊していった。
その度に、彼を思い出す。
『--セレナ様、コレが終わったら、国に帰りましょう。アイリス王国に。』
『...でも、全部燃えちゃったよ...?』
『大丈夫です、アイリス王国は終わりません、だって、セレナ様がいるじゃないですか。』
黄緑の髪をした騎士は、泣きたくなるような、優しい笑顔でセレナを包み込む。
母親のような、優しさを持ち、父親のような、冷静さを持つ、この騎士が、セレナはなんだか、とっても安心して、大好きだった。
また、甘えさせて欲しい。
ママには、甘えない。
甘えられない。
甘えるつもりは無い。
でも、それでは途切れてしまう。
心が、途切れてしまうから。
どこかで、思いっきり休憩の出来る、安心のできる、甘えられる、心の安らぎが、欲しい。
ねぇ、神様、セレナを国に、アイリス王国に返して下さい。
ママのお墓を立てたいの。
パパと会いたいの。
アイリス王国が大好きなの。
神様、何でもします。好き嫌いはしません。地理の勉強もします。言うことは聞きます。危ない所には行きません。
お願いです。
もう、お家に、
暖かくて、楽しくて、安心できて、、、、
あぁ
でも、お家燃えちゃったなぁ...
ママ...ママの心臓、動いてないの。
ママだけど、もう、ママじゃないの。
ママ、死んじゃったんだよね...。
パパ、生きてるかな...心配してるだろうな...
フェイにも、ごめんなさいしなきゃ。
私が勝手に走って、ルイの所まで行っちゃったから...こんな事に...
あぁ、
もう、
私
疲れたな。
神様、どうか、最後のお願いを聞いてください。
わたしを、セレナを--
「--もう、死なせてください...。」
パキンっと、セレナのヒビ割れの心がついに崩壊し、何かが垂れ流しになる。
もう、再会はかなわぬと思っていた母との再会に、ボロボロの心が、甘えてしまった。
ずっっっっと、我慢し続けていた、心の涙を、母との再会で、遂に崩落してしまった。
ソレが、崩れ落ちるのは、果てしない絶望、想像を絶する恐怖、どうしようも出来ぬ挫折、様々な崩れ方はあっただろう。
だが、必ずしも負の感情がトドメを刺すという訳ではなかった。
怒られた子供が、後に親が頭を撫でると、一気に涙が出てしまうように、緊張が、不安が、恐怖が一気に崩れていく。
だが、それだけでもない。
セレナは分かっている。
母が、崩壊を始めていることに。
脳が、理解を拒んでいる。
再会したのに、また、離れ離れだ。
心のジェットコースターが激しい動きを見せる。
きっと、この後セレナはまた大いに泣くだろう。
そして、それはこのボロボロの魂にトドメを刺す。
ならば、今、もう、ここで終わらせて欲しい。
今、母と共に逝かせて欲しい。
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「それは、お前のお母さんの、望む事か?」
「...?」
暗い、瞼を空けると、小さな自分の身体は、ボロボロ崩壊していく母の腕の中にあり、目の前には白髪の青年が、背中越しでそう言いながら、剣を持ち、立っていた。
「...セレ.....ナァ...」
「そいつは、お前の母さんなんだろ?」
「...うん」
「そいつの、目見ろ。」
「...あ」
腕の中から見上げるその、母の目には、大粒の涙がポタポタと、崩れる皮膚と骨と共に落ちていった。
母は、泣いていた。セレナの言葉を聞いてからなのかは、分からないが、泣いていた。
「...」
「お前は、死にたいのか...?」
「...私は、生きるのが...辛いよ...」
「...生きるってのは、辛いことも楽しいこともある。」
「辛すぎるよ!なんで、私がこんな目に合わなきゃいけないのっ!私が何したの!?私、そんなに悪い子だった!?お家燃やされる様なことしてない!ママと会えなくなっちゃうくらい悪いことしてないっ!殺される様なことしてないっ!なんにもしてないっ!もうっ!!!いやだ!!こんな世界!!!!!!!」
セレナは叫ぶ。世界に向けて、感情を爆発させる。
それを聞いて、黒髪の男、ロイ・レルゼンは、ニヤリと笑い、
「と、本人は申しているようだ。そこどけ、ルイ。」
剣を構え、ルイを睨む。
対して、ルイ・レルゼンは、
「セレナ...お前の気持ち、死ぬ程分かるよ...。」
「...分かるわけ...ないよ...」
「なんで自分がこんな酷い目にって、思うよな。辛いよな。死にたいよな。俺もだよ。」
「っ!一緒にしないでよ...お兄ちゃんは、お兄ちゃん自身が悪い事やったからでしょ...私は、何も...」
「あぁ、そうだよなぁ。俺も正直答えがわかんねぇ。この、死にたいって気持ち...どうすりゃいいのか。」
憎悪の声が、消えない。
『--死ね!ルイ・レルゼン!!』
失望の声が、消えない。
『--どうして、生きたがってるの?』
信頼の声が、消えない。
『--お兄ちゃんは、強くて優しい勇者様。私は、お兄ちゃんを信じるよ。』
そんなに、怒らないで欲しい。
黒澤 零は、何もしてないんだから。
そんなに、失望しないで欲しい。
黒澤 零は、何もしてないんだから。
そんなに、信頼しないで欲しい。
黒澤 零は、何もしてないんだから。
面倒くさい。
気持ち悪い。
お前らの求める"ルイ・レルゼン"なんか、とっとと返してやりたい。こんな世界から早く消えてなくなりたい。
そうすれば、全て一件落着なんだから。
--生まれ変わるのなら、次は--
「...」
『--凄い人間になってやる。』
響くサイレンと雨音の中、零は想像した。
異世界転生で、チート級な魔法が無くてもいい、可愛い美女の仲間がいなくてもいい、とにかく、
何かを成し遂げる、凄い奴になってみたい。
自分の力で、
「...おい、セレナの母さん。」
「...ナァ」
化け物を見る。
最初よりもかなり細くなってしまっている化け物、いや、セレナの母を見る。
「俺に、守らせてくれ。」
「ナァ...?」
「俺に、新しいルイ・レルゼンを!信じてくれ!」
ルイはそう言い、後ろのセレナ母に向けて剣を持たないもう片方の手をさし伸ばす。
「俺に!セレナを守らせてくれっ!」
憎悪の声、失望の声、信頼の声、
それは、全部昔のルイがやったことだ。
俺は、未だにお前が何なのか全く分からないよ、"ルイ・レルゼン"。
『--もう、死なせてください...。』
それでも、お前はこの子を、守ろうとしたんだよな。
『--お兄ちゃんは、強くて優しい勇者様。私は、お兄ちゃんを信じるよ。』
だから、信頼され、期待されたんだよな。
じゃあ、俺も、お前を信じていいんだな?
「その子の心をぶっ壊したのは、俺でもある!それは、前の"ルイ"じゃなく、しっかり俺だ!新たなルイ・レルゼン、俺のしでかした事だ!だから--」
お前が守ろうとしていたものは、俺が代わりに守っておく。
俺のしでかしたことは、きっちり俺がケツを拭くのが筋だ。
だから、さっさと戻って、お前はお前のしでかしたケツはお前が拭け。
悪行を、償え。
贖罪しろ。"ルイ・レルゼン"。
「--俺の!新たなルイ・レルゼンの馬鹿な行動を償わせてくれっ!贖罪させてくれ!」
「...っ、お兄ちゃん...?」
「償えると、思ってんのか?お前の行動、全てが。」
ロイは、ギロリとルイを睨んだ。
それでも、ルイの雄叫びは止まらない。
大悪党のやった事は、決して許されない。
償っても償いきれない大罪だらけ。
それでも、お前がまだ生きているのであれば、償えるだけ償いやがれ。
同じ、ルイ・レルゼンとして、手助けをしてやる。
大悪党"ルイ・レルゼン"の道を、逆走して、逆方向を突っ走るくらい、走り続けて、なってやる。
「償うさ、全部、全部償って、なってやるよ。"大悪党"から、"大英雄"にっ!!!!」
「っ!なれる訳ねぇだろ!大悪党のてめぇがよぉ!!!」
ブチ切れた様子で、ロイは剣を持ち、ルイの元へ走る。
「--っ!セレナァっ!!!!!!」
「っえ」
後ろを振り向き、手を更に奥へ突き出す。
さぁ、この手を取れと、言わんばかりに。
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『--人生とは、選択の連続よ。』
ドックンと、心臓がうるさい。
諦めた魂に、土足で入り込む青年の声。
血で濡れた手を差し伸べ続ける青年。
『--人生とは、選択の連続よ。』
殺されかけた青年。
助けられた青年。
分からない、青年。
この手を、取ればどうなる。
終わるのか、終われるのか?
いや、始まるのか?
『--人生とは、選択の連続よ。』
「...ママ、私、どうすれば--」
母の顔が、抱き抱えられた腕から母の顔へと距離が縮む。
そして、母の声が、耳元で聞こえてきた。
「いってらっしゃい」
「...ママ」
そして、セレナの身体は、母の腕から青年の腕へと放たれた。
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小さな、小さなか弱い、小柄な身体が飛んできた。
腕でキャッチし、胸の中へと抱き抱える。
金色の髪がなびき、一瞬だけ目の前が全面金に染った。
チラリと後ろを見ると、もう、そこには何も無かった。
セレナの母の姿は、無くなっていた。
「...信じて...いいの?」
腕の中から、少女の声が聞こえてきた。
「...あぁ。」
「助けて...くれるの?」
「あぁ。」
「私っ!お兄ちゃんを選んでいいのっ!?」
「あぁ!」
「死ねっ!2人まとめてっ!!!!」
ロイの剣が届きそうになる。
ルイは、その剣を受け、2人の剣が交わった。
ギリギリと、剣が火花を散らす。
先程の殺し合いは、両者互角。
勝敗はつかなかった。
故に、今回も力の差はそれほどなかった。
それほど無い、が故に、ルイに勝機は傾いた。
「っ!クソ!」
「っどぅありゃあ!」
ルイの剣は、ロイの剣を跳ね返し、彼の身体を壁まで突き飛ばした。
ルイ・レルゼンは、"ソレ"が先程よりも大きくなっていたことで、ロイよりも力に差がついた。
「...クソ野郎が...」
「あぁ、全くそうだ。俺は、ルイ・レルゼンは、クソ野郎だ。こんな小さな少女の心を壊したんだからな。」
「...ほんとに、酷い人っ!」
「だからっ!全部、償う!全部取り戻す!ルイ・レルゼンが壊したモノを!全部直す!」
「信じるよっ!?お兄ちゃん!」
「あぁ、信じてくれ、今度こそ、本当に。」
この世界で、魔王討伐を掲げる勇者パーティは数多くいる。
それぞれのパーティの最後の目標は"魔王討伐"で共通しているが、それぞれ行く道は異なる。
全てを助けて英雄となる勇者。
とにかく最短で魔王討伐を目指す勇者。
どんな手を使ってでも魔王討伐を目指す勇者。
そんな中で、全てを壊して、血塗られた茨の道を進み続けた"最悪の勇者"ルイ・レルゼンは、その道を、逆走し始めた。
全ての罪を償い、取り戻さんとする道を選んだ。
この時、ルイの行動は、
勇者ルイ・レルゼンの贖罪の道の一歩目となった。




