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勇者の贖罪  作者:
1章 『魔王城脱出』
2/29

1.『ルイ・レルゼン』

そこは、真っ白な世界だった。


「...なにこれ?」


ボサボサの黒髪にオシャレとは無縁の服装をする黒澤 零は、ポツンと水平線の広がる真っ白な世界でただ1人立っていた。


「...俺、死んだよなぁ?」


そう、何もかも理解不能なこの状況において唯一理解出来ることと言えば、自分が死んだという感覚だけ。

それだけは断言出来るだろう。

服には一切の血は付着していなかったが。


「確か、大学から帰る途中で暴走トラックに引かれて...思い出したくねぇ...」


常日頃死んでもいいと思っていたし、むしろ死にたいと考えていたので、念願の夢が叶ったと思えばこの状況は喜ばしい事なのだが、それでも死ぬというのは何とも惨い事だ。

直ぐにぽっくり逝けばいいものを零は引かれてから数分間意識があった為激痛が身体に轟いていた。


「....えっとぉ、何処に行けばいいんだろう。」


ここがどこなのかは分からないが、死後の世界だというのが有力だと思った。

だが、どこもかしこも白い水平線が広がるこの世界で、一体何をすれば、何処に行けばいいのか何も分からない状況だった。

こういうのは大体、神が次の生命のご案内とか地獄か天国への導きをしてくれるものだと思ったが、どうもそういう訳では無いようだ。


「ん?何だ?」


ふと、奥の方から何かが迫ってくるのを感じる。

白い世界から更に白い光のような結晶が向こうの方からこちらに向かって飛んでくる。


「え、ちょ、えぇ!?うわ!来んなぁ!」


臆病者の零は突然飛んでくる無数の光の結晶にビビり散らかした。

思わず尻もちを着いて顔を守る。

ビクビク震えていて逃げることすら出来なかった。


やがて、白い光の結晶達は、零を襲った。


「っ!?」


咄嗟に、目を瞑る。

だが、その光は零を攻撃しようとせず、ただ彼の横を通り過ぎていくだけだった。


しかし、無害という訳では無い。無数の奇妙な声が突然、零の鼓膜に響き渡った。



『--よくぞ来てくれたな、貴様の"本"を私は望んでいたのだよ。』


『--ッチ!どうしてお前さんがここにいるのかねぇ!?ルイ・レルゼン!!!』


『--返してよ...全部...それが無理なら...!世界の為に死んでよ!』


「なんだ...これ...?」


記憶に無い"声"が、零の脳内を支配した。


『--何処で...違えた......俺達の道は...』


『--お前の顔は覚えた。この檻を出た時、初めにお前から殺してやる。首を洗って待っていろよ?ルイ・レルゼン。』


『--そんなに血が欲しいならくれてやるヨ!だがら...メイには手を出さないデ....』


「ぁ...あぁ?...なんだよ...なんだよこれ!!!ルイって誰だよ!!!」


意味不明な憎悪の声が零から離れてくれない。

ルイ・レルゼンという者にかけられた憎しみの声だけが、幾つも襲いかかって来る。


『--嫌いだ!お前も嫌い!世界も嫌い!皆嫌い!皆死んじゃえ!!!!』


『--わっかりましたぁ!じゃあ僕、アルルを殺してくるんで!その次に兄貴を殺しますね!』


『--あはは!最っ高だよ!嫌われ者同士!頑張って生きようなぁ!?』


「やめろ...やめろ...!やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ!!!!」


知らない声が、知らない記憶が、無数に飛んでくる。

それも全部憎しみを含む感情を乗せて。


俺は何もしてない。俺は何も知らない。俺は何も関係ない!


零の気持ちはぐちゃぐちゃだ。


死んで、生まれ変わるのかと思えば謎の空間に転移され、すると突然憎悪を乗せた言葉を浴びせられ続ける。

節々に出てくる"ルイ・レルゼン"という名前の者にその憎悪の矛先は向いているのかもしれないが、何故かそれが全て自分に向けて放たれる言葉のように感じてしまう。


「うるさい!うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!」


耳を塞いで、大声で叫び続ける。

訳の分からないこの世界へ、零も憎しみと憎悪をぶつける。


浴びせられる声を全てシャットアウトし、零は自分の世界へと逃げ込んだ。


何も聞かず、何も考えず、外界と自分を隔離する。


「....」


暫くしたら、声は消えた。それと同時に襲いかかって来た光の結晶も無くなっていた。一通り終わったのかと思い、零はほっと肩を撫で下ろす。


すると、最後に1つ、光り輝く結晶がゆっくりと近付いてきていた。


「...な、...なんなんだ!また...何か言ってくるのか?」


零は眉間に皺を寄せて近付いてくる結晶を睨んだ。

足はビクビク震えているが、どうしていきなりこんな目に合わないといけないのかと思って段々腹立たしくなってきた。


次はこちらが罵倒してやろうとそう思った時だった。


『--生まれてきてくれてありがとう...ルイ...!』


「....へ?」


最後に、その言葉だけが聞こえた。


何だか、とても優しくて、愛おしくて、安心するような声が。


「.........お母.......さん...?」


--は?何言ってんだ、俺。


違う。今のは母の声では無い。

本当の母は、もう少し低い声。こんなに高くない。こんな声色じゃない。

母ではないことは明確だ。それでも、魂がこの声の主を母だと判断した。


母だけど、母じゃない。


そんな理解不能な感覚だった。


「っ!?なぁ...なん....だ....これ....」


訳の分からない状況がまた訳の分からない状況へと変化する。


今度は白い世界の奥へと身が引き寄せられる感覚だ。

ブラックホールがあるのかと思えるくらいの驚異的な吸引力。ブラックホールの吸引力を体感したことはないので、かなり誇張した言い方だが。


「...ック!クソ!なんなんだよ!説明ぐらいしろよ!!!」


足が、引き剥がされる。

世界の奥へと身体が引き寄せられる。


どんどん加速していくスピードに零は恐れて目を瞑ってしまう。何処かに当たれば即死するような勢いで何かに引き寄せられていく。


説明も無しにこんな仕打ちは、いくら社会不適合者の自分でもあんまりだと思いたい。


これから自分は何処へ行くのだろうか。

地獄だろうか、別世界だろうか、はたまた無限にこの引き寄せられる感覚が続いていくのだろうか、そういう地獄なのだろうか。


そんな思考が永遠と零の脳内で審議され続けるが、世界はその審議を一切待ってくれはしない。

生身の彼の身体を吸引し続けていく。


「っ!な、なんだ!?」


すると、奥の方に、出口が見えてきた。

白い世界の奥に、更に真っ白な光が見える。

恐らく出口に違いない。その出口向けて零の身体は一直線に向かっていった。


光が迫る。いや、迫っているのは自分だ。光の先へと進んでいるのは自分だ。だが、勝手に身体がその光の先へと導かれて行くので、無意識に受動的に考えてしまう。


分からない。分からない。何一つ分からないが、また、何かが変わる。

死んで白い世界に飛ばされたように、光の結晶が飛んできたように、身体が突然とんでもないスピードで引き寄せられるように、光の先へと進んで行けば、またきっと何かが起こる。


そんな予感がした。


「っ!」


零は無意識に身体を引き締めた。

襲いかかって来るかもしれない未知への恐怖が、彼の心を脅かす。


--来る、来る!!!


遂に、零は光の奥へと侵入し、新たな世界の扉をこじ開けるのだった。





「待ってるぞ、黒澤 零」


誰かがそう言った気がしたが、零にその声の方向を振り向く余裕は無く、光の奥へと引き寄せらて行った。


------


---





「......ん...ん?」


目を開けると、黒い天井が広がっていた。

パチパチと瞬きをして、目に異常が無いことを確認する。

頭にひんやりとした固い床の感触がある為、自分が横に倒れているのだと理解した。


上体を上げてひとまず辺りを確認する。


「....今度は、黒い部屋かよ。」


どこもかしこも黒い奇妙な部屋だった。

所々に血痕が残っているのが何とも不気味だ。


「こんなに不気味な所は....地獄以外に考えられねぇなぁ。」


ダークと不気味、そして死後の三点セットを考えて導き出した結論は、ここが地獄だということ。

先程の真っ白とは対照的にこちらは黒と来たものだ。

先程の白い世界が天国か地獄への審判の場所で、零は正式に地獄送りと判定されてここへ来たのだと考えた。


「でも地獄にしては地味すぎると言うか...なんかもっとこう、炎とか溶岩とかあるものだと思ったが、案外こんなもんなのか。」


零の想像する地獄というのは、子供から大人まで誰でも想像出来うるあの地獄。

溶岩や炎があちこちにあって速攻で地獄だと分かるようなあの地獄。だが、ここはただ黒い部屋で、恐ろしい物があるとは思えない構造だ。


「でも逆にそれがリアルっぽいなぁ...実際は案外地味めって、人間が勝手に解釈してた地獄とは全然違いすぎて逆に本当っぽい!」


想像とのギャップに何故か若干テンションの上がってる零はこの時、自分の身に起きている違和感に気付いていなかった。


「....あれ?」


初手で気付くべきだった疑問。

どうしてこうもあっさり受け入れていたのか理解不能。死んでから短時間で色々なことが起こりすぎて頭の整理が出来ていなかったのだろう。


「...」


20年間当たり前のように自分と共に生きてきた"ソレ"は、本来の零の"ソレ"とは違う音色を奏でていた。


「...あ〜...あ〜.........うん」


目が覚めて黒い謎の部屋に違和感を持っていて、全く気付かなかった。疑問の余地も無かった。いくら摩訶不思議な出来事と遭遇しまくったと言えど、本日最大の"訳が分からない"が、零を襲う。


何がおかしいのか、単純だ。"ソレ"が変わっていたのだ。


「...何だ?この声。」


零の本来の声とは全く違う声色が自身の口から発せられていた。

本来ならもっと低く、根暗な感じがあるのだが、今自分が発しているのは、少し高めで覇気のある声色だった。


「待て、つか、何だこの服。」


違和感はそれだけでは無い。服が違う。

先程まで来ていたフード付きのパーカーと黒いチノパンはどこへやら。

黒いマントに白い長袖シャツのような服。ズボンはそこまで変化は無いが、見たことも無いブーツを履いてる自分が居た。そして、最大の違和感は隣にあった。


「...剣?」


零の隣には、神々しい立派な剣が置いてあった。

おもちゃのような偽物感は全く無く、どう見ても本物の剣だ。鋭く尖った先端は触ったたげで血が出そうな程だ。


「........おい、どういうことだ....これは....」


想像していたモノと全く違う死後。

最初は白い世界でここが死後の世界かなと思っていたら、次は黒い部屋の中。

地獄に辿り着いたかと思えば違和感だらけの自分の身体。


零の頭はごちゃごちゃだった。

だが、もう一つ確認したいことがあった。


「...まさか....まさかとは思うが....」


黒い部屋の中で、右側の壁にある窓ガラスを見た。

零はゆっくりと立ち上がって恐れながらその窓ガラスへと近づく。

心臓の鼓動が身体中を轟く中、一歩一歩着実に、零の考えうる一つの仮説を立証させる為、窓ガラスへ向かう。


確認しなければならない。その仮説が正しいのならば、きっと窓ガラスを見れば分かる。


零は窓ガラスの前で立ち止まり、ゆっくりと顔を上げて確認した。


「...っ!!!!」


窓ガラスの奥には、広がる闇の荒野の中、大量の人と大量の謎の生物が剣を持ち、戦っていた。

しかし、零が驚いたのはそこでは無い。


この時、零の仮説は確信へと変わった。


「...誰だ、コイツ。」


その窓ガラスに、うっすらと映っていたのは自分のはずだ。反射して自分が映し出されているはずなのだ。

ボサボサの黒髪に半分しか空いてない根暗な目つきの男がそこに映るハズなのだ。

だが、そこに映るのは、白髪にキリッとした目つきの知らない男が立っていた。


零の立てた仮説というのは、安直なものだ。


死んだ後、魂がどうなるのか想像すれば色々な選択肢があるが、この目の当たりにした光景を見れば導き出されるのは一つだ。


声が変わり、服が変わり、姿が変わった自分。


間違いない。


「...転生したのか?」


異世界転生。これは、例のそれだ。


そうとなれば色々辻褄は合う。

現代の日本には似つかないこの服装も、あの剣も、そして、外で起こっている謎の生物と人間の戦いも、異世界転生と言うのであれば納得はいく。


恐らく、あの生物達は魔族というやつだろう。

見渡す限り、どの個体にも角が生えており人間とは思えない風貌をしていてる。

人間サイドも中性ヨーロッパの戦士の様な風貌で戦っている。


断言出来る。ここは異世界だ。

だが、不思議な点は所々ある。


まず、異世界転生にしてはスタート地点が謎すぎる。

普通は赤ん坊からスタートとか、どこか分かりやすい地点からスタートするものだ。


姿が全く違う別の誰かになって、いきなり謎の部屋からスタートはあまりにもハードすぎやしないか。説明が無さすぎる。先ずは自分が誰なのか、自分に与えられた能力とかそういう説明とか一切無いのか。


「鬼畜すぎるって...誰だよコイツ...」


壁に手をかけ、窓ガラスに映る知らない男へ向けてため息をこぼす。


次に、あの白い世界は何なのか。

あそこの地点では、声も服も特に違和感は無かった。

トラックに引かれた血とか怪我は無かったが、紛れもなく自分の身体ではあった。

異世界転生のスタート地点はあそこではないのか、あそこでないのなら、あそこは結局何なのか。


「...無理だ、分からん。とりあえず、何すりゃいいのかな。」


零は一旦思考放棄へとシフトチェンジした。

分からない事は分からないという結論に持って行く。

難しい事からは逃げてきた人生なので、今回も逃げさせてもらう。だが、ここからどう動けばいいのかも全く説明は無し。


「....とりあえず、何か能力とかあんのかな?」


異世界転生と言えば魔法。手から炎や水を出すのは人類の夢と言っても過言では無い。

ここが異世界だと言うのならば、自分にもその力が宿っていると思いたくもなる。


「なんか、こう、炎とか出ないのか?こう...ボワってて!ぶわーってなるやつ!」


致命的な語彙力はさておき、一先ず右手を前に差し出す零。

手に意識を集めて炎が出るイメージを湧かせてみるが、勿論何も起こらない。

魔法のノウハウなんて学校で教わらなかったし、無縁だと思っていたのでいざこの状況になると少しは魔法に関する本を読むべきだったと後悔する。そんな本は現実にある訳ないが。


「...ん?」


そんな風にあれこれ考えていたら、部屋の扉の奥から足音が聞こえてくる。


--タッタッタッ


ブーツで固い床を歩いてる音だ。間違いなくこちらの方向に進んで来ている。


「...」


零はその足音に絶望と希望の両方の感情があった。

訳の分からないこの異世界で初めて誰かと接触する。

相手が誰かはかなり重要だ。


零の想像する異世界は、魔法と剣のファンタジー世界。戦いの絶えない壮絶な世界だと睨んでる。

即ち、これから接触するであろう人間、人間かどうかも分からないが、とにかくその者が野蛮な性格であれば、零の異世界ライフは即END確定だ。


魔法も剣も未経験の彼が戦いを強要されれば死を意味する。


--どうか、どうか、優しい人が来てくれ!出来れば可愛い女の子で!


零は扉の方に向かって念じる。


敵か、味方か、人か、魔族か、


生か、死か、


黒澤 零の異世界ライフは、扉の奥の者によって今決まる。


--ガチャ


「っ!」


扉がゆっくりと開いた。


「っ!....美女...!」


扉の向こうから姿を現したのは、サラサラの青髪ロングヘアーの美女だった。

まさに魔法使いの様な服装をしており、黒いマントと大きな帽子、小柄な彼女の身長と同じくらいの大きさの杖を持つ若い女の子が目の前に現れた。


零は一気に肩の力が抜けてほっと安堵した。

ひとまず、現れたのは人間。そして、美女ときたものだ。これだけで安心する材料は揃っている。


あとは、味方かどうかの確認だ。


「...あ、あのぉ...」


ここでの味方というのは、いきなり襲いかかって来る野蛮な者以外の全部を示す。

正直冷たい対応をされたり、無視されたら傷つきはするが、殺されないだけで十分だと思える程、零は今緊張感MAXなのだ。


「....へ?」


零の腑抜けた呼びかけに気が付き、こちらを向く彼女。


「えっと、ちょっと聞きたいことがあってですね...」


とりあえず、ここがどこで、どういう世界で、欲を言えば助けを乞いたいところ。

女の子に話しかけるのは緊張するが、この際四の五の言ってられない。


「ここって一体どこ---」


--ドカン!


鈍い衝撃音が走った。それは世界で、と言うよりは、零の身体全体にで、という意味で。


紫の波動が突然目の前に迫って来ており、零の身体に突撃してきた。

腹に想像を絶する威力の衝撃波が走り、身体が壁に埋め込まれた。


「ゲホッ...んぼ....ん.......えぇ?」


大量の血を床に吐き捨てる。

ビリビリと腹を中心に痙攣の様なモノが起こっており、身体が言うことを聞かない。

ゆっくりと波動が放たれた矛先を見ると、先程の美女が血相を変えた表情で零に向けて杖を向けていた。


煙がもくもくと杖から漂ってるのを見ると、いや、そんな事考えなくても一目瞭然だ。


「...な....んで...」


掠れた声で、零は彼女に疑問を投げ捨てる。


なんで、魔法を放ったのか。

すると、彼女は震えた口で言い放つ。


「...お前が......どうして...お前が...ここに!!!」


"怒り"しか、その言葉と表情には乗っていなかった。


白い世界で似た体験をした。

この憎悪には覚えがある。


「...どうして!お前がここにいる!?ルイ・レルゼン!!!!」


彼女の叫びが部屋に響く。


「...また、ルイ・レルゼン...かよ...」


分かった事がある。


黒澤 零は、多分、ルイ・レルゼンという男に転生したのだ。そして、


零の異世界ライフは早くも終わったのだ。


「死ね!ルイ・レルゼン!!!」


再び、彼女の杖から波動が解き放たれる。


「...ははっ、憎まれすぎたろ...ルイ・レルゼン...」

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