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勇者の贖罪  作者:
1章 『魔王城脱出』
19/29

18.『リーベ家の崩壊 中』

ジーニーは、リーベ家の館でメイドをやっている者だ。日頃からリリアナやセレナの世話をやっており、数多くいるリーベ家のメイドの中でも一番のメイドと言っても良いだろう。


そんな彼女は、夜分遅くにも関わらず玄関の扉を叩く音がしたため、何事かと思い玄関へ向かう。

しかし、玄関の前まで来てある違和感を持った。


「...この館は、門番がいるはずよね。」


そう、リーベ家の館には壁と門番が厳戒態勢で居るのだ。

リーベ家は、城で暮らす王族では無い。

理由は幾つかある。政治や軍について話し合う場所と家族で暮らす場所が一緒だと、セレナの無邪気さが何をしでかすか分からない。

そして、シンプルに危険から遠ざけるため。


王都の人間達には知られているが、リーベ家は城で暮らしていると、思わせること。これが重要であった。


アイリス王国は、他国からかなり危険視されている国で、平和と言ってもいつどこから攻撃されてもおかしくはなかった。

その事から、リーベ家は城ではなく、隣の館で暮らす。

勿論、城と遜色の無いくらいの厳戒態勢の警備で。


しかし、


「...玄関まで、何故たどり着くの?」


そう、来訪者は門を超えてからでしかこの玄関にはたどり着けず、門の前で確認作業を終えてから、来訪者の情報が即座にこの館にくる手筈なのだ。


だが、目の前で叩かれる扉。


即ち--


「--襲撃!?」


ジーニーがそれにきづいたのは、あまりにも遅かった。


「--っ!?」


扉は、玄関から離れ、ジーニーの頭の上で舞っていた。何者かの蹴りによって。


そして、扉があった場所に、男は立っていた。


「こんばんは、お嬢さん。お邪魔させて頂きますよ。」


男は、何事も無かったかのように、すました顔で立っていた。


「...うん、リリアナじゃないね。」


男は、しばらく無言でジーニーの顔と身体を舐め回すように見つめて、目を細めた。

そして、彼女がリリアナ・リーベ出ない事を確認した後、


「死ね」


「っひ」


ジーニーの顔面目掛けて風圧を繰り出した。

恐らく、魔法だ。殺傷能力の高い何かしらの魔法を解き放ったのだ。何も見えない、だが、男は確かに何かを解き放った。


ジーニーは何も分からないまま殺され--


「っさせるかぁ!!!」


「っえ!?」


「ん?誰?」


ジーニーの前に飛び出した女、色黒の身体に黒い長髪で男顔負けの筋肉量の女が、突然現れ、謎の風圧を受け止める。

両手で大気に秘められた謎の魔法を押し潰し、完全に打ち砕いた。


「...貴様、何者だっ!」


突然現れた女にジーニーは驚きながらも、その横顔を見て、


「カリーさん!?」


「あぁ、遅れて申し訳ない。襲撃の報告を受け、最速で来たのだが、既に門番は...」


「え、報告来てたんですか?」


「む?お前じゃないのか?だとしたら...成程、務めを果たしてから、逝ったようだな。ここの門番はやはり優秀だ。」


「はー、お前らさ、さっきから何ぺちゃくちゃ喋ってんの?誰が許可したよ、ゴミの分際で俺の前で勝手に喋んな。」


カリーという女と、ジーニーが喋っている様子に苛立ちを覚えたのか、男は髪をかきあげながら怒りの表情を浮かべる。


「つーか、こっちはリリアナ貰えりゃそれで良いの。お前らが生きようが死のうがどうでも良い。分かる?」


「...随分と、口調が変わるのですね。」


初手の「こんばんは」が何とも紳士的であったが為に、この口調はかなり違和感を覚える。


「あ?興味無いやつにどう思われようが知ったこっちゃないよ。もういい?殺しても。」


「それをさせない為に、私は来たのだよ。もうすぐ援軍も来よう、大人しく投降をお勧めする。」


「...喋んのもめんどくせえわ。」


そして、男が前に出る。

カリーも、前に出る。


そして、隣に居るジーニーの耳元で囁いた。


「私が足止めをする。リリアナ様とセレナ様を連れて逃げるのだ。」


「は、はい...あの、カリーさん...?」


足止めという言葉に対して引っかかる。

何故なら、カリーの表情は芳しくなく、何かを決意した様子。それは、まるで、


「...まさか」


「あぁ、ありゃ化け物だ。私では勝てない。」


カリーは、男を化け物と評し、自身の死を察した様子だった。


そんなカリーの言葉を、ジーニーは尊重し駆ける。

リリアナとセレナの眠る部屋まで。


------


リーベ家の館ではループする廊下が採用されている。

廊下はかなり複雑に設計されており、単純な一方通行では無い。更に、転移石を用いたループ魔法を駆使し、リーベ家の家族が居る部屋までたどり着けるのはリーベ家、側近であるジーニー等、限られた面々しかその廊下のループに引っかからない正確な道筋は知らない。


「...はぁ、はぁ、セレナ様、リリアナ様」


ジーニーはセレナ部屋の扉前まで辿り着き、呼吸を整える。

幸い、まだ男は来ていない。


玄関が1階で、ここは2階である為、まだカリーと戦闘中だろう。


ジーニーは勢いよく扉を開けてベッド上で眠る2人の元へ駆け寄る。


「リ--」


しかし、突然背後から鋭い何かが刺さった様な気がした。


「おつかれ、案内ご苦労」


背後には、顔に着いた返り血をハンカチで拭き取る、あの男が立っていたのだ。


そして、ジーニーの身体に再ひま何かが刺さり、激痛が走る。

それは、鋭い針が刺さっているような、それでいて、体内で針の先端が肉を、内蔵を抉りながら動き回るような感覚が--


ジーニーは死んだ。



------


「君は、選ばれたのだよ。」


男の冷たい手が、リリアナの手を固く握りしめた。

両目で違う色が輝き、男の笑みは優しさとどこか無邪気さを持ち合わせていた。


「---」


ジーニーが死んでいる。


「僕はさ、運命が好きだよ。こうして君という宝石に出会えたことが、何とも嬉しい。」


ジーニーは、血を吐き出しながら、死んでいる。


「さぁ、行こう。僕達の運命を歩に行こう!フェリスは何時でも見ている!」


「気持ち悪い」


「え?」


「...あなた、が、やったの?ジーニー...を、殺し...」


そう言い、リリアナは男の手をなぎ払い、倒れるジーニーを指した。

男もその先で倒れているジーニーを見る。

そして、「あー」と呟いた後、再びリリアナの顔を見つめ、


「アレは運命の反逆者だ。気にする必要は無い。さ、僕の手を取ろうか。」


なぜ、どうして、一体、何が起こっているのか。


「...っ!」


だが、最優先にすべきは、セレナ。

リリアナはすぐさまセレナをだき抱えベッドから離れた。窓の方向に走り、カーテンを開ける。


「っえ!」


すると、そこには炎に呑まれる王都があった。

レンガやコンクリートで造られた建造物は崩落しており、地獄絵図と言えっても過言では無い。

辺り一面は全て炎で、逃げ道が見つからない。


「もう時期、ここも火の海になる。君も、ただの人間だ。火に囲まれては死んでしまう。それはあまりにも悲劇的な運命だと思わないかい?僕はそんな悲劇を無くしたいよ。」


「...な、に...これ」


「酷いよね...こんなことするなんて...」


リリアナが絶望の中、男はリリアナの横に立ちそっと、彼女の肩に手を伸ばした。

それが、あまりにも、気持ち悪かった。


「いやっ!触らないで!」


「おっと...困ったなぁ...はは」


「あなた...何なの!?ジーニーを殺して...この火も、あなたの仕業!?」


「ん?まさかまさか、僕はこんな下品な壊し方しないね。破壊というのはもっと上品に、美しくだ。中途半端な破壊は相手方にも失礼さ。アルルみたいな壊し方なら、まだ幾分マシだが。」


「一体何が...」


「ガリアーヌの進軍じゃない?詳しい事は僕も分からない。僕はただ、君を救いに来ただけさ。」


赤髪の男はそう言いながら、リリアナの前に手をさし伸ばす。

薄気味悪い微笑みこそしているが、どこなく嫌悪感が立ち込め、素直にその手を受け取れない。何より--


「あなたは、ジーニーを殺したのでしょ?そんな人、信用出来ません。」


「あらら、嫌われちゃってるね。でも、僕は君を守るよ。」


「...」


『新魔会』--それは、かつて人類を支配していた凶悪な魔女達の意思を継ぎ、人類を新たなステージへ導こうと勝手な理念を掲げる集団。


傍から見て、彼等は異常集団と言えるが、実力は本物であり、『魔王軍』と『ルイ・レルゼン』という巨悪に匹敵する集団だ。


「...」


彼は既にジーニーを殺害し、恐らく護衛や館に居るメイドも殺している。

リリアナは下唇をかみ締めながら、怒りを抑え殺す。

ここで反抗した所で、彼には勝てないし、セレナを危険な目に合わせてしまう。


セレナの死、それだけは避けなければならない。

故に--



「セグルドさん、でしたか?私達を助けてくださるの?」


「お、良い反応。勿論、君の命は僕が保証しよう。」



煮えたぎる怒りを殺しながら、リリアナは邪悪なこの男、セグルドについて行く事にする。

勿論、どこかで逃げ出そうとは思っている。


そして、彼が隙を見せた時に不意打ちで--


「それじゃ、その子殺すから床置いて。」


「.......は?」


そう言い、セグルドはリリアナが胸に抱えている、今も尚眠っている愛しの娘、セレナを指さした。


「....何を言うの?」


「ん?いや、その子邪魔だから。」


「いや、私達を守ってくれるんでしょ?」


「えぇ?そんな事僕言ってないよ、僕が守るのは君だけだって。他の奴らは知らないよ。」


セグルドはあっけらかんとした顔で目をパチパチさせながら、そう言うのだった。


「...この子は、私の娘よ?」


「そうなんだ、可愛いね。.......じゃあ、床置いて?」


「...」


--あぁ、そうか、コイツらに助けを求めるなんて、私は一瞬でも、なんて馬鹿げた事を思ったんだろうか。


『新魔会』とは、そういう奴らなのだ。


この状況で、まだ、親子で生き延びようとしている思考が、間違っていたのだ。


------


「また、来るからね。」


そう言い、ベッドの上でスヤスヤ眠るセレナの額にキスをして、シーツをかけ直す。

小さな頭を撫で、リリアナは涙を浮かべた。


「それじゃあ、行こうか。」


「...えぇ。」


セグルドの要件は一貫して、リリアナをとある場所へ向かわせることであった。

それが叶えば他の人間が生きようが死のうがどうでも良いだけの立場。

つまり、セレナと共に無理に逃げようとするよりも、このまま従ってセレナを館に置いておくのが最善だと、リリアナは考えたのだ。


館の者はおそらく、セグルドによって殺されている。今館にいるのはこの男とリリアナ、セレナの3人だけかもしれない。

しかし、ここは王族の住まう館。

誰かしらが異常事態に気が付き、護衛が駆けつける。

セレナはきっと保護される。それの方が、生存率は高い。勿論、納得なんて出来ないことだが。


王都が燃え、戦争が始まろうとしている中で、セレナと離れ離れ、考えられない。

それでも、これが、この方法が、今取れる最善なのだと、リリアナはそう思うしかなかった。


「ご覧、今日の月は満月だ。美しいよ、僕達が出会った日に、こんなに美しい満月を見せてくれるなんて、やはり、運命は僕達の味方だよ。」


長い廊下を、歩き続ける。

ループに引っかからないよう、セグルドは先程通った道を思い出しながら階段を目指す。

その後ろを、リリアナが無心でついて行く。


「僕はさ、嫌われても良いんだ。だって人間は皆、平等だからさ。僕が嫌われた分、その先に嫌われた分だけの幸せが待っているんだ。そうでなきゃ、平等じゃないもん。」


「...」


「幸せは平等だ。そんなに暗い顔をしないでおくれ。君の気持ちは分かる。母国が攻め込まれて落ち込んでいるんだろ。でもね、今がどんなに辛くても、きっとこの先にはそれ相応の幸せが待っているから。諦めてはいけないよ。」


「...なんで、私を連れて行くの?」


「お、やっと喋ってくれたね。いいとも、答えてあげる。それはね--」


男は、リリアナの方を向き、話す。

リリアナ・リーベを連れ出す、理由、それは--


「--運命の導きさ。」


理解不能な理念を持つ者の言葉に、耳を傾けるのは、極めて無謀な事だ。


彼の目はキラキラと輝き、少年の様な清らかさがあった。その眼差しが、リリアナには理解できず、怖かった。


リリアナの心は今、セレナのことでいっぱいだった。


その目に、セグルドは気づく。


「...僕を、見ていないね。」


「え?」


セグルドは突然表情を変え、冷たい顔色に変貌した。


そして



「君は、僕だけを見るんだ。」


「っ!?何を--」


セグルドが床に向かって何かを放つ。

その瞬間、床が崩れ、一気に世界が変貌した。

下も上も方向感覚を失い、身体が宙を舞う。館が崩壊し、2階と1階が繋がる。


「大丈夫、君は死なない。」


セグルドは、舞うリリアナの身体を受け止め、そのまま1階の廊下に着地した。


リリアナは突然の出来事に目を瞑ってしまい、世界を遮断する。

恐ろしい現実が耐えられなくなり、逃げる。


だから、


「僕にも、炎は出せるよ。」


「--あ」


目を開けた時、セグルドが2階に向けて手を伸ばし、炎を繰り出すのを寸前まで気付かず、止めることが出来なかった。


「君以外は、どうでも良い。」


男の乾いた声が、耳元で聞こえてきた。


------


その日は、リリアナ・リーベにとって、最悪な日と言えよう。


「...」


真っ赤に燃える館の中で、赤髪の男に抱えられながら、リリアナはそう思った。


「っ!」


「わお」


気持ち悪い。憎い。死んで欲しい。


これまで、そんな感情になったことは無い。初めてだ。


王の妃として、これまで礼儀作法に口調まであらゆることを気品のある仕草にするようにしてきた。


セグルドの腕から離れ、リリアナは床にダイブ。

辺りは全て炎の海で、廊下に膝を着いたリリアナと、それを見下ろすセグルド。


「...君が、どうあろうと、僕は君を愛する。それが運命だからね。さて、君は--」


セグルドは、廊下でヒザをつく彼女の顎に手を回し、目を見つめながら語りかけた。


「君は、運命を、信じるかい?」


男のそのニヤケヅラが腹の底から煮えたぎる苛立ちを爆発させ、彼女、リリアナ・リーべの心底の本音を吐き出させた。


「くたばれ、クソ野郎」


「...っはは、怒った顔すら愛おしいね。」


男は、乾いた笑みで、リリアナを嘲笑った。


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