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勇者の贖罪  作者:
1章 『魔王城脱出』
16/29

15.『交差』

その日は、何だか外が騒がしかった。

ふわふわのベッド上で、心地の良い夢を見ていたセレナを、現実世界の騒音が、目覚めの悪いアラームの様にセレナを目覚めさせた。


寝起きでボヤけた視界に映るのは、セレナの大好きなピンクを基調とした花柄の部屋、では無く、炎で燃えるカーペットとソファだったものの残骸だった。

焦げ臭い匂いが鼻の奥を刺激し、セレナを涙目にした。


「...な、に...これ...」


起床して第一声が、そんなか細い声だった。


辺りは既に炎の海となっており、扉へ行こうにもそこも炎。窓から出ようともそこも炎。

燃えたぎる地獄の炎が、セレナを部屋から出してくれなかった。


「...いや、...いやぁ....ままぁ!!!!」


助けを乞うたのは、母親だった。

いつも、彼女を甘やかすが、時に厳しくしつける母。

そんな全てを受け入れてくれる母を、この局面で求めていた。


少女の叫び声が、リーベ家の屋敷に響くが、その声を聞けた者は、たったの2人だけだった。


------------------------


乱れた金髪から見える化け物顔は、人間と同じで目と鼻と口が付いている普通の顔だった。

ただ、眼光が真っ赤に光り、白の部分が真っ黒になっている異常な姿ではあった。


「ナァアアアッ!!!」


額からは真っ赤な血が止まらない。頭蓋骨は既にヒビが入っているだろう。それでも、化け物は地面に向かって頭を叩き付けるのをやめない。


「...なんで、泣いてんだよ...。」


赤黒い湖には、ポタポタと確かな水滴がこぼれ落ちているのが確認出来た。化け物は鳴いていたのではなく、泣いていたのだ。まるで人間のように、感情をむき出しにし泣いていた。


「....」


そんな悲しきモンスターの自傷行為を、ルイは止めるのを躊躇している。このまま化け物が自ら頭を打ち砕けば、この結界が破壊するかもしれないと踏んでいる。

そもそもここが何処で、何がルイを閉じ込めているのか何も分からないが、この化け物を倒す事で何かしらの進展がある可能性もあるので、ルイは黙って見ていた。


「ナァアアアッ!」


「...」


「ナァアアアッ!」


「...」


「ナァア--」


「その辺にしとけよ。」


顔面が抉れ、顔の皮が剥がれ落ちてきた所で、ルイは化け物の動きを止めてしまった。


「死にたいなら...楽にしてやるから...」


その行動について、自分でもよく分からない感情が動いてしまったのを自覚する。

この化け物はルイを殺そうと試みた怪物であり、ルイが情をかける筋合いは無い。

だが、どうしても動いてしまった。


その顔を見てしまったら。


「なぁ、何がお前をそんなに苦しめる?」


真っ赤な血でも、分かるように、目の部分から透明な液体がポタポタと流れ落ちているのだ。



「...ナァ...ナァ...ナァ...」


------


「俺を、憎んでるか?」


男の冷たい声に対して、セレナは何も答えなかった。

首に当たる冷たい鉄の感覚は、男の持つ剣で間違いない。


既に、セレナの恐怖は限界を超えており、叫ぶことすら最早しなかった。

思考を放棄し、ただただ運命に身を委ねるのみだった。


「...俺ァそういうのが大嫌いなんだよ。直ぐに諦め、全部捨てちまう考えの奴ァ。」


と、そういう思考に陥らせた張本人が刺々しい言葉遣いで言い放ってきた。だが、セレナは何も感じない。何も考えない。だって、もう全部無駄だから。


この男は、確実にセレナを殺そうとしていた。


もう、死ぬのだ。


結局、セレナは真っ黒な世界で終わりを迎えるのだ。

勇者様なんて居ない。安心出来る存在は居ない。

白い光など、存在しなかった。



『--ごめんなぁ』


「---」


どうして、あの時ルイ・レルゼンは、謝ったのだろう。あんなに、悲しそうな目で。声で。


「---」


そもそも、ルイ・レルゼンは何故、あの時セレナに対して剣を向けたのか。

記憶喪失で取り乱した?でも、32階の時と、あの時の目は全く違った。

あの時は、確かに正気のある目をしていた。

それより何より、


「---」


あの時、ルイ・レルゼンからは、全く殺意が感じなかった。


「--じゃあ、どうして...」


知りたい。


あの人はどうして、あんなことをしたのか。

どうして、あんな悲しそうな目をしていたのか。


どうして、生きることを拒んでいたのか。


「あぁ?憎む気になった?」


男が、痺れを切らしたように聞いてきたので、快く答えてあげる事にする。


「安心してください、私、ちゃんとあなたの事大っ嫌いですからっ!」


「...はっ、そりゃ結構。」


「だからっ!あなたも私を恨んでくれて良いですよ!」


「ん?別に俺ァお前に恨みなんぞ--」


--瞬間、世界が白に輝いた。セレナの手によって。


------


「--ッ!!!」


「うぉっ!...どした?」


化け物が、突然顔を上げ、花畑の向こう側を見た。

抉られた顔面が徐々に再生している最中に、何かを感じたのだ。


ルイは、化け物の足と顔が煙を出しながらゆっくり再生しているのを初めて見た時、「やっぱ化け物じゃん」という安直な感想しか出てこなかった。

ある程度予想は出来ていた事なので、あまり驚くことはなかったのもたる。魔法の世界において、再生という技術は整っている事は容易に想像出来る。


「...向こうに何かあんのか?」


化け物が見つめる方向を見て、ルイも目を凝らす。


「...ッナ?」


------


「っは、っは、っは...」


少女は走る。生き抜く為に。

どこかも分からない花畑を、走り続ける。


真っ黒な広間から逃げることに成功したが、死地から逃げられたとは言えない状況ではあった。


「めんどくさいな」


背後に迫る黒男も、同時にセレナの魔法の餌食となった。あの時、セレナと男が密着していたことで、魔法は2人にかかってしまった。


「どうしよ...ここ、どこっ!?」


あの時、特にこれといった座標は決めずとにかく逃げることを考え魔法を使った。

だからこそ、広がる花畑を見た時は唖然としたが、背後に男が居ることを感じた瞬間、即座に走った。


「逃げられねぇよ、もうお前魔法使えねぇだろ。」


既に、セレナの魔力は尽きていた。さっきので、完全に終了だ。もう今日は1回も繰り出せないだろう。


だから、少女は走る。

魔法に頼らず、自力で。


あの時のように。


------


「ッナァ!!!」


化け物が再生しかけている足を花畑に置き、見つめていた方向に走り出した。


「...なんだって言うんだよ。」


それに釣られる様、ルイも同じ方向へと足を進める。

どこか、悲しそうな化け物の後ろ姿は、まるで、ずっと何かを探し続けていた様だ。


------


「はぁ、はぁ、っ!....ぇ?」


セレナは、無我夢中で走っていると、向こう側から近づく大きな影に気づいた。


「...なぁに?」


------


「ッナ...ッナ...ッナ...ッナ...」


化け物は、走る。


探し人を求めて。


どこまでも、走る。


「ッナ...ッナ.......ッ!!!!!!」


そして--


------


「...嘘」


セレナの前から走ってくるのは、3メートル程にも及ぶ、大きな化け物だった。

顔面から大量の血を流しており、全力で走ってきていた。


「なんだありゃ」


背後の男も、もうすぐそこまで来ていた。


セレナは、挟み撃ちにされた。


「...ぁ...あぁ...いや...いや---」


------


「--いやああああああああああああああああああ」


「--っ!?」


聞き慣れた、少女の叫び声が、化け物の前から聞こえてきた。姿は化け物によって視界を遮られている為見えないが、その声だけは耳に焼き付いていた。


「...セレナ?」


少女の泣き声が、再びルイの耳元に届いた。


「っ!この化け物!セレナを殺そうとっ!?させるか!」


ルイは、一度躊躇った化け物の討伐を、再び成し遂げる為、剣を持つ。


------


恐怖が、恐怖が、全てを埋め尽くす。

もう、何もかもが怖くて、世界を見てられない。


少女はその場で蹲り、世界を遮断した。


「死にてぇらしいなぁ!?」


「ッナアアアアアア!!!!」


恐怖の声が、右耳と左耳で聞こえてきた。


セレナ・リーベは、この時、「死にたい」と、思ってしまった。


あの時の様に。


そして、あの時の様に、セレナは求めてしまった。


もう、ここにいるはずのない者の助けを。


「...ままぁ.......」


悲しみにまみれた呟き。

少女の目からこぼれ落ちる水滴は、白い花に滴り落ちる。


------


彼女は、探し求めていた。

彼女は、愛し続けていた。


「---」


セレナを包み込むのは、大きな手と大きな身体。

そして、大きな大きな愛だった。


長い金色の髪をした少女は、長い金色の髪をした化け物に包まれ、目を見開いていた。

体温は冷たいが、何故か安心する温もりを感じた。


「....ママァ?」


「...ナ...ナ..........セ、レ............ナ」


化け物は、セレナを抱きしめながら、そう呟いた。


------------------------


その日は、リリアナ・リーベにとって、最悪の日と言えた。


炎上する館の中で、彼女は、目の前に立つ男を睨む。

髪は整えられた赤髪で、真っ白なコートを着飾る男。

右目は黒で、左目は白のオッドアイの男は、不気味なニヤケヅラで彼女を見下していた。


男は、廊下でヒザをつく彼女の顎に手を回し、目を見つめながら語りかけた。


「君は、運命を、信じるかい?」


男のそのニヤケヅラが腹の底から煮えたぎる苛立ちを爆発させ、彼女、リリアナ・リーべの心底の本音を吐き出させた。


「くたばれ、クソ野郎」


「...っはは、怒った顔すら愛おしいね。」


男は、乾いた笑みで、リリアナを嘲笑った。

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