13.『甘い狂気』
「...花?」
セレナとの別れから数分だった。
ルイは恐らく転移に成功し、魔王城の何階かに移動することが出来た、と思われた。
しかし、ルイが目覚めて辺りを見回すと、そこは一面魔王城にはとても似つかない花畑だった。
赤や青やオレンジといった花々が綺麗に咲いており、黒しか広がらなかった魔王城とは真逆と言っても良い光景だ。
思い返せば、異世界転生してから、ルイは極端に白か黒しか見ていない。
真っ白な世界や真っ黒な装飾の魔王城。
これといった調度良い色合いの景色が恋しくなってはいた。
「にしても、変化しすぎだろ...黒からコレは、ちょっと目に悪そうだぞ。」
近くにあった赤の花を手に取り、眉間に皺を寄せながら見つめる。赤は、良い色だ。
「...デリーナ。」
赤を見ると、デリーナを思い出す。綺麗な赤髪のあの美少女は今、どこで何をしているか。
デリーナとの別れも、決して良いものではない。
あの時のルイはどうにかしていたと、自分で解釈している。何か意図せぬ力が働き、ルイの感情を激昂させた、ように感じた。
「とりあえず、ここはどこか調べねぇと。」
花畑が広がる地を進み、ルイは現在地の確認を急ぐ。
下は花、上は青空と白い雲が広がっており、ルイの見解ではほぼほぼここは魔王城では無いどこかへ飛ばされたのだと確信している。
「やっぱ、セレナの魔法は博打だったか...。これかなり遠くに飛ばされたんじゃねえか...?魔王城までどのくらいかかる...?」
「--ナ、ナ、ナ...。」
「...っ!?」
それは、突然現れた。いや、居たのかもしれない。ずっと、後ろに。
でも、今の今まで全く気づかなかった。背後に存在している異物に。
ソレは、あまりにも異形な姿をしていた。
体長は3メートル程にも及ぶ高さだが、かなりの細身だ。顔は、金色の長い、長い髪で殆ど隠れており、認識するのは困難だ。
まるで、身体をそのまま引っ張られた様な姿は見てて気分の良いものではない。
茶色、いや、元は白かったのかもしれないが、かなり汚れており茶色になっている布の様な服を着ており、見た感じワンピースに近かった。
長い脚の膝までワンピースは伸びており、腕の部分も、7割程までしか届いておらず、サイズはかなり小さめだ。
かなり不規則な歩き方をしており、見ただけでわかる。人間では無い。
「....」
「..ナ、...ナ、......ナナナナナナナナ」
「っ!?!?っなんなんだよ!!!」
突然、気が狂ったかのように、化け物は花のある地面に向かって頭を叩きつけた。何度も、何度も。
ガンガンと何度も何度も叩きつける度に、地面が揺れて立っていることすらままならない。
気が狂っているこの化け物に対して、ルイは恐怖以外何も感じていない。
「っクソ!何なんだよここ!俺はどうすりゃいいんだよ!」
何処に向ければ良いのか分からない怒りを、空に向かって投げつけルイはひたすら走った。化け物から距離を取るのと、魔王城までの道を探す為。
「クソクソ!どうすりゃっ!!!っぶぅ!!!」
走っていると、突然壁にぶち当たった。顔面が激しく衝突してジンジンと鼻が痛めつけられる。
「...ててて、どういうことだ?こりゃ。」
赤く腫れ上がる鼻を押さえつけながら、頭を上げる。
壁など、存在していない、そこには相変わらず広がる花畑と青空のはずだった。しかし、そこには確かな壁が存在する。
「...触れる。」
空に手を当てている感じがしてとても不思議な体験だ。これはまるでバーチャルゲームの様な感覚だ。
道はあるのに、見えない壁によって行き止まりにされている状態。
「これもしかして、結界みたいなのに閉じ込められてね?」
花畑の中で、とある結界によって閉じ込められている状況と解釈する。だが、それはまるで、
「なんか、閉じ込められるのって、すげー既視感。」
32階でのループする廊下の様だ。
「あれは結局解けなかった...セレナに助けてもらった感じ。どうする...今回はマジでやばい。デリーナも、セレナもいない。」
今回と前回では、状況がまるで違う。
仲間が居ないこのら状況で、無力なルイは何が出来るのか。そもそも魔法の基礎すら何一つ知らないこの世界で、化け物と出くわしたら、普通はどうなるのか。
「--ナ」
「...そっか、そりゃそうか。」
振り向くと、化け物は既に目の前に立っていた。
「ここまで生き残れただけ、奇跡、か。」
ふっと、笑みがこぼれた。
自身の生存をただの奇跡と捉えている、俯瞰した自分に対する笑みか、それとも、ようやくこの地獄みたいな異世界から抜け出せるという安堵の笑みか、ルイ自身にも分からない。
だが、確実に言えるのは、黒澤 零は、この世界において、何一つとして目的を達成せずに、何の為に転生してきたのかも分からず、生涯の幕を引くのだ。
「--ナァアアアアアア!!!!!」
「--」
鼓膜を破る勢いで、化け物の鳴き声が轟いた。
口と思われる場所から上がる奇声は、常人であれば気絶するほどの恐怖がある。
「---」
この、白髪の青年は、既に生きる気が無い。
そういう人間には、恐怖というものはより着いてこないものだ。"死"という恐怖を既に受け入れてる姿勢の者に、恐怖は舞い降りない。
化け物の長い爪が、ルイに向かって飛んでくる。
その爪は、人間には考えられない程の長さの爪で、刃物のように尖っていた。
鋭く尖った先端は間違いなく、生命の息の根を止めるのに相応しい形をしている。
--ここで、ルイ・レルゼンはおしまいだ。
静かに、ルイは目を瞑って、身体を前に出した。抵抗することなく、全てを受け入れる。
爪が振りかざされる速度は轟速で、正直、避けられる気がしない。避けるつもりは無いが。
このままの軌道ていけば、ルイの顔面からつま先まで真っ二つに切り裂く勢いだろう。
それはそれは、異世界らしい死に方だ。
自身の死亡姿を想像なんてしたりして、ルイの思考は、もうおかしくな--
--ジリリッ!!!!!!
「--は?」
刃物がひしめく音がした。
顔を上げると、それは奇妙な出来事が起こっている証拠の音だった。
化け物によって振りかざされた爪先は、ルイの目元で見事に静止し、火花を散らしていた。
ルイという存在を何かが守るよう、大気が集約し、化け物の攻撃を防いでいる。それはまるで傍から見れば、ルイが防いでるように見えるかもしれない。
「ど、どうなって...」
--ガンッ!
「なっ!?」
瞬間、爪から守っていた大気のバリアは破られ、再び勢いを乗せた化け物の凶器が振りかざされる。
「--っ!!!!!!!!」
顔面を抉られる勢いで振りかざされた爪は、ルイの身体を一直線に斬りつけ、真っ赤な血飛沫を飛ばさせた。
「があぁっ!っぐあああああああ!!!!」
「--ナ...ナ...ナァ....」
飛び散る血が、化け物の顔面にまで至り、化け物はただでさえおぼつかない足を更にたじろがせてしまいオロオロとおぼつく。
しかし、そんなこと今のルイにはどうでもいい。
「がっ...があああああ...っぐ..あああああああ」
痛い、痛い、全身が引き剥がされる。
どうなっている?今、自分の体はどうなっている?しっかりくっついているのか?
花畑に広がる真っ赤なシャワーが、止まる気配は無い。痛みを身体全体が感じている。灼熱の炎に燃やされている様に神経が熱く燃えたぎる。
顔面から腹部まで一直線に斬られ、消えることの無い傷を負わされた。
痛みが、収まらない。死を求めている自分が、今、痛みから逃れたがっている。
それは、ある意味死を望んでいると言っていい。
さっさと死にたい。こんな痛みを味わいながらではなく、楽に、楽にして欲しい。
早く、逃して欲しい。この地獄から。
"ルイ・レルゼン"という、檻から早く、出して欲しい。
「...ナ...ナァ...」
「...さっきから--」
「ナァナァナァナァ」
「耳心地悪ぃんだよ、お前。」
ルイの突き刺す様な目は、先程から空気も読まず鳴り続ける奇声の発生源に向けられていた。
「なあなあなあなあ...何が言いてぇんだよ!」
「ナ!...ナ!...ナ!...」
「また、それかよ。」
化け物はルイの怒号に一瞬身を震わせたが、すぐさま体勢を立ち直し、再び長い爪先を輝かせ、ルイに向けて振りかざす。
「あぁ!クソ!いてぇんだよ!てめぇ!ここどこだよ!なんで俺生きてんだよ!さっきのなんなんだよ!」
止まらないルイの本音が膨れ上がり、自身に向けて既に振りかざされている爪に向かって怒りを投げつけた。
「--あぁ!?死ぬのか!?死なねぇのか!?」
爪は、もうルイの顔面に届きそうだった。風圧は肌を伝って感じる。ヒリヒリと未だに斬られた傷が死ぬ程痛い。それでも、ルイは、死ねない。
死なせてくれない、神は、どうやら黒澤 零をルイ・レルゼンから出してやる様子は無いらしい。
--ジジッ!
再び、ルイの目元で爪は止まった。何かに守られている事を確信したルイは小さく舌打ちをした後、腰にある剣に手を伸ばす。
「ここじゃ、ねぇんだな...。俺の死ぬ場所は!」
再び覚悟を決めた。
まだ、死んでやらない。異世界に来て、ルイは何一つ目標としてきたことをやり遂げてない。
ループする廊下を自力で解けなかった。
"ルイ・レルゼン"を取り戻してない。
デリーナを助けてない。
セレナをひとりぼっちにさせてしまった。
「せめて!"俺"のやった事くらいは"俺"が尻拭いしねぇと!」
そう言い放ち、ルイは化け物の腹部目掛けて剣を横に振った。
剣なんてまともに扱ったことは無いが、どうしか、扱える気がした。
「--ナァ!」
「--っ!なんだ!」
振った剣の勢いにルイは違和感を覚える。
ルイは、ただの一般人。まともに剣など振れない。
これはただの悪あがきだ。なんの意味もない、悪あがき。
--そのはずだった。だが、
「--っ」
剣は、白く発光し、花畑を白い水平線への塗り替えた。
その光景に、ルイも、化け物も目を疑う。
剣を振るう本人である、ルイにとって、これは異様な景色だ。
「...」
光がやがて消え、元の花畑の景気が蘇ると、そこに居た化け物は、腹部を抱えながらうずくまっていた。
「--ナァ...」
「...俺の力が、強化されてる?」
無力な男、ルイ・レルゼンは今、確かに、強くなっていた。
--"ソレ"が着実に集まっていたから。




