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勇者の贖罪  作者:
1章 『魔王城脱出』
13/29

12.『感謝という呪い』

「う〜ん、お兄ちゃん弱っちいから上は行かない方が良いと思うよ?」


「っ、包み隠さずに言いやがる...そんなこたぁ分かってるよ。でも、デリーナを置いて行ける訳無い。」


それは、例え弱小人間であるルイであっても捨てられない感情に違いなかった。

アレだけルイを親身に思ってくれた彼女を見捨てられる筈がない。今、この瞬間にも、彼女は一人であの敵しか居ない場所で戦っているかもしれないのだ。

加勢をする、等とは口が裂けても言えない。ルイは弱い人間だから。


「だったら、囮になるくらいやんなきゃ...」


実際、アチラの大方の目的はルイ・レルゼンにあると見て、間違いなかった。振り向けられた憎悪の数々がその証拠。


戦えないにしても、囮になって逃げる時間さえ確保できれば大活躍。


自身が捕まったら、その時は潔くこの異世界ライフとはおさらば...


「なんで?お兄ちゃんじゃ、すぐ捕まっちゃうよ?それに、捕まったらきっと殺されちゃうんでしょ?」


「...それでも、良いんだよ。」


「...なんで?」


「ルイ・レルゼンは、死んだ方が...良い人間だからさ...」


------


ルイは、セレナの魔法でデリーナの元へ戻る作戦を提案したが、彼女の魔法である"転移"は、そもそも彼女自身が操れる程の技量を持っていなかったという。


例のループする廊下は、フェイの緻密な説明に準えて作られたモノで、あれを彼女一人で作るのは至難の業だったらしい。


彼女が魔法を扱えるのは、単純な事柄のみ。

内から外へ移動したい時の転移。目に届く範囲までの移動転移。

それ以外で転移を使えば調整が難しく、離れれば離れるほど魔力が乱れて扱えなくなってしまうとの事。


そのことから、ルイとセレナは一段一段着実に上の階へ上っていき元の32階まで戻ることを決めた。しかし、状況は良くないと言える。


「階段が、見当たらないのだが...」


恐らく、2人が居るのは魔王城最下層の1階。

32階までは途方もない程の距離であると言うのに、全く階段の始まりが見つからないのだ。


「ただでさえこの城の構造、複雑だってのに」


魔王城の階段は1階1階別の場所に階段が取り付けられている。つまり、1階上がる事に何処に階段があるのか探す作業を求められる為あまり時間を食ってはいけないのだ。だと言うのに、始まりの1階から2階への階段がどうしても見つからない。


「ねぇ、お兄ちゃん、私思うんだけど、そもそも階段なんて無いんじゃない?」


途方にくれていると、ルイの裾を引っ張り青い瞳でこちらを見てくるセレナはそう言った。

階段が存在しない、確かに、それをすれば魔王城の襲撃は容易ではなくなる。

しかし、それは無い。実際、ルイはデリーナと共に階段を上った覚えがある。階段存在しない説はルイの中では欠片もなかった。


「でも、そうなると記憶喪失前の俺はどうやって30階まで行ってたんだ?」


「もしかしてさ、"転移"が必須なんじゃない?1階は。」


「それだ。それしかねぇ!よし、セレナ!ひとまず2階まで転移頼む!それくらいの距離なら問題無しじゃないのか?ていうか、1階ずつ転移していけば着実に上に行けるし、何より階段探す手間が省ける!」


「いや、そんなことしたら魔力が尽きちゃうよ。私の魔法、距離もある程度魔力に影響あるけど、一番魔力の消費が大きいのは転移魔法を発動する時だから...」


魔法は立ち上げる時に一番魔力を消費する、原理は何となく理解出来た。

車やコンピュータの様に、エンジンを入れる時、デスクを立ち上げる時、多少時間を用いる。イメージ的にはそういう事なのだろう。


「わ、分かった、じゃあひとまず、2階までの転移を。」


「それだけど...何か、2階から変な感じがするんだよねぇ...」


「変な感じ?」


「うん、なんか...怖い。そ、れ、と、お兄ちゃんは上に上げるつもりないよ?」


セレナは、一切ふざけている様子はなく、真剣な眼差しで、ルイの上の階への介入を断固拒否する姿勢を取った。


--この目、ふざけてる訳では無いから、厄介なんだよなぁ...。


セレナは、俺を本気で上には行かせたくないんだな。


それは、きっと、助けてくれた恩人に死なないで欲しいというその一点のみの思考だろう。

上に行けば生存率は下がる。今のルイ・レルゼンが弱くなっていることも、セレナは記憶喪失の件を踏まえて勘づいている。


「だからって、デリーナを残す訳には行かない。」


ルイだって同じだ。助けてくれた恩人であるデリーナをあの危険な場所で野放しになんてしたくない。

今すぐにでも飛んで行きたいところだ。


「...お兄ちゃんは、行かせないよ?」


「セレナ、頼むよ...。大事な人が居るんだよ。」


「私だって、お兄ちゃんが大事だよ。」


それは無駄なやり取りだ。きっと、彼女は何が何でもルイを上へは行かせない。ましてや自分の魔法を使って彼を死の危険に会わせる事など絶対にしたくないハズだ。その気持ちは非常に嬉しい事だ。異世界に来て、デリーナの次に貰ったこの気持ち。


「...でも、俺はそんな奴じゃあない。」


「私を、助けてくれたよ?」


「それは、俺の知らないルイ・レルゼンだ。俺じゃない。」


「...私には、同じに見える。」


「見えるだけだ。ルイ・レルゼンという男を、お前はまるで分かってない。」


「だって!お兄ちゃんは私を助けてくれたの!それだけで、生きてて欲しいって思うには十分過ぎるでしょ!?」


淡々とくり広げられる会話のラリーで、遂にセレナは感情を爆発させるように叫ぶ。

その言葉に宿るのは誰から見ても"感謝"以外の何でも無い。セレナはルイに感謝してもしきれない程の恩を感じているのだ。


だが、その感情が何一つ理解出来ないルイにとっては、彼女のその気持ちが、嬉しくも、


気持ち悪かった。


------


気持ち悪い。


胸の奥で、闇がざわめく。得体の知れない感情が、身体を蝕む。


「何を言われても、私はお兄ちゃんを上には行かせないよ!?」


気持ち悪い。


だって、こんな人間生きてたって何の価値もないはずなのに、どうしてたった1回良い事をした程度で、生かしたいなんて思う。


「そんなに仲間の人が心配なら、大丈夫だよ...。フェイはあんまり手荒な事しないと、思う。」


セレナは、心配そうに上を見つめ、ルイの仲間については、フェイという男に絶対の信頼を寄せている感じがあり、無事が保証されているようだ。


気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。


「...そうか、セレナ...お前は、俺に...」


「ん?」


"生きてて欲しいんだな"と、言おうと思った。

それが、ルイの心の底の本音。自分は生きてても良いのか、安心出来る材料が欲しかった。



違う。


違う。そんなモン欲しくない。

生きたくない。こんな理不尽な世界、いや、こんな男の人生を背負いたくない。


ルイは、ルイが嫌だ。ルイ・レルゼンという男が憎い。死んでしまえばいい。嫌だ。

ルイ・レルゼンは嫌だ。転生したら、異世界だった。

でも、ルイ・レルゼンだった。嫌だ嫌だ嫌だ。


大悪党ルイ・レルゼンだけは、死んでもなりたくない。


だから、


俺が、求めているのは、


「...俺を、信じて、ないのか...。」


「...へ?いや、そういう事じゃ--」


セレナはこちらに振り返り、ルイの重々しい発言を訂正させようとした。

だが、彼女の身体は一瞬で硬直してしまう。

目の前の恐怖に、目を点にして驚く。


--目の前に居るルイ・レルゼンという男が、剣を振りかぶっていたのだから。


「信じてくれないなら...死んじまえ!!!」


「あ、ああ、...いやああああああああああああああああああああ」


当然、ルイは剣をセレナに振りかざす事はしなかった。この行動の目的は決してセレナを傷めつけることでは無いので。


彼女の悲鳴と再び見せた絶望の涙を目にして、ルイの心臓が張り裂けそうな程、苦しかった。


「---」


彼女は、恐怖が嫌いだ。

恐怖から逃げる為、再び彼女は目の前に手を出す。

それこそがルイの目的だ。


32階で、本気でセレナを殺そうとしていた時と同じ状況。今回はルイ側が本気ではなかったので、正確に同じ、という訳では無いのだが。


だが、結果はやはり同じ。

セレナの手から、白い光が溢れ出す。


直感で分かった。"転移"が、始まるのだと。


---


身体が引き寄せられる。

世界から存在が引き剥がされる。


ズルズルと、足が光に向かって吸い寄せられる。


「....セレナ」


魔法によって周囲は表現出来ない音で埋め尽くされる。

ルイの静かな声は、セレナに届くわけが無い。そんなことも重々承知している。

でも、言いたかった。心の底から。


本気で、ルイを心配し、感謝していた少女に、言いたかった。


「--ごめんなぁ」


「--へ...?」


微かに、か弱い声が、聞こえた気がした。




感謝の声が、頭から、離れてくれない。



少女の瞳が、消えてくれない。



憎悪よりも、感謝の方が、心を締め付ける。




「行ってくるよ、セレナ。」


光中で、誰にも聞こえない声で、ルイは呟いた。


「"ルイ・レルゼン"を、殺してくる。」


デリーナと約束した、"ルイ・レルゼン"を、取り戻す戦い、ソレはもう必要ない。


少女の声が、心境に変化をもたらした。


"ルイ"を取り戻せば、デリーナと上手くやっていくと、思っていた。

悪人でも、悪人也の生き方があるのだろうと。


黒澤 零には知ったこっちゃない生き方が。


だが、セレナの感謝が、ルイを変えた。


悪人であるルイを、彼女は慕った。

心の底から。


デリーナですら、ルイという男を、悪だと思いながらも、共に居た。


でも、彼女は違った。ルイは英雄だと、そう言った。



--分からない。分からない。


俺は、お前が分からないよ。"ルイ・レルゼン"。


分からないから、もう、分からないんだ。


何も分からない。


何なんだよお前。気持ち悪いよ、お前。




もう、死ねよ。お前。


彼女の感謝は、ルイの心を、ぐちゃぐちゃに壊した。

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