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勇者の贖罪  作者:
1章 『魔王城脱出』
11/29

10.『真っ黒、真っ白』

恐怖はもう無くなっていた。

あんな優しい顔されたら、誰だって心を許してしまうでしょう。


真っ黒、真っ黒、全部真っ黒。


真っ黒、真っ黒、英雄も真っ黒。


真っ黒、真っ黒、白も真っ黒。


白は、真っ黒じゃなかったかも。


------



「お前は..."転移"の魔法を使っているな?」

「うん」


「早!」


神妙な顔つきでズバリと魔法について言い当てたと思いきや、案外あっさりと自身の魔法だと認められ、ルイはコケかける。


「え、だって別に隠すつもりも隠してたつもりも無いよ?」


「ま、まぁそうなのかもしれないけど...別に魔法を知られた所でどうってことないのか...」


「当たり前じゃない、転移系魔法なんてそんな役にたたないし!」


「はー」とため息をつき、自身の魔法に不満がありそうな顔つきをするセレナ。その様子を見て、十分使い勝手ありすぎる、と言おうと思ったが余計な議論になると思い、あえて口にチャックをする。


「で、だ。多分お前の魔法でここまで転送されたんだろ?出来ればもう一回さっきの場所に戻れたりしないか?」


「む、無理よ。私、アソコがどこだかなんて分からないし、無闇に転移魔法使ってたら危ない所に飛んじゃうかもしれないじゃない!ここは魔王城よ!?」


「そんな危ない場所でさっき一人で走り回ってたクソガキは誰だよ!?」


「それは!お兄ちゃんが私を殺そうとしてきたからじゃない!!!」


「ごめんなさい」


綺麗な論破を速攻でかまされルイの肩身は狭くなる。いたいけな少女にとってあの恐怖はそうそう消えるものではない。だと言うのに、


「にしては、随分と落ち着いたな?」


「...だって、今のお兄ちゃんは、助けてくれた時みたいな顔してるから。」


「助けた?」


「そうだよ、お兄ちゃん、私を助けてくれた白い勇者様でしょ?」


「...」


「私ね、怖っかたの。」


そして、少女から語られるルイの知らない"ルイ"による少女救出劇の全貌。

恐らく、黒澤 零の魂がルイ・レルゼンに乗り移る前の出来事。


------


真っ黒、真っ黒、世界が真っ黒。


「...」


--今、声を出したら、どうなるんだろう。


視界に映る自身の白い服の裾を握り締めて、耐えきれない感情を命懸けでこらえる。

流れ続ける涙の雫を床に落として音がしないよう、涙を全部手で溜める。


セレナ・リーべは可哀想な普通の女の子だ。

たまたま生まれた家が王国のトップに立つ家柄で、たまたま"転移"という魔法を授かった普通の女の子。


『--セレナ、貴方の母親であることが、私の誇り。だから、お願いだから、生きてね。』


「...ママ...ママァ....」


思い出す度に、心が締め付けられる。

あの、愛しの母と、もう二度と会えないかもしれない。


人生は選択の連続だと、母はよく言っていた。

どの道を行くか、どんなご飯を選ぶか、どんな服を着るか、

どんな人を、信じるか。


それは、戦乱の中を駆け巡り、必死に生き抜く為走っている最中の出来事だった。

『フェリスの大樹』に辿り着くと、男はその木の根元でドッシリと構えており、まるで彼女がここに来るのを分かっていたかのように小さな笑みをこぼしていた。


『--お前が、セレナ・リーべだな?』


『...は、はい。』


『来てもらうぞ。お前は必要な(ピース)だ。』


そして、男の右手が目の前で広がり、少女は意識を失った。


目が覚めると、


黒い、真っ黒な空間だった。

何も見えない、感じ。何も感じない、感じ。

とにかく、言い表せない無の局地にセレナは居た。


『目覚めたか?』


すると、目の前に突然黒髪の男が現れた。

紛れも無く、セレナを攫った張本人が堂々と立っていた。黒い空間の中でも、彼は黒だった。

その顔を見た時、恐怖が最高潮に達し、セレナは悲鳴を上げようとする。しかし、


『おっと、悪いがここで声出したら死ぬのはお前だぜ?姫様。俺は別にお前を殺したい訳じゃねぇ。ただ、手伝って欲しいだけだ、俺の戦いにな。』


男の手がセレナの口を塞ぎ、同時に腕と体を締め付ける。完全に暴れるのを阻止する為に、男の強力な力がセレナを押さえ付けた。


『もうじきお前の勇者様が来るさ、後はソイツがどうにかすんだろ。なぁに、心配ねぇよ、そんな大層な役割は与えてない。』


恐怖の具現化の様な、絶望を体現した様な、憎悪の象徴の様な男が、悪魔の笑みでセレナに語りかけ続ける。


『お前は、駒だぜ姫様。グリムスに見つからねぇ限りは死にはしねぇから安心しな。』


その言葉を最後に、男はどこかへ行ってしまった。この暗い空間に独りぼっち。その状況を考えるとおぞましくなり、咄嗟に「まって」と零しそうになるが、子供であるセレナでも分かる。

この男が頼れる存在ではないことぐらい。


だからこそ、今は待つしか無かった。

非力な少女は暗闇すら強敵なのだから。


「---」


「っ!」


男がどこかへ行ってしばらくした。すると、セレナの横を何かが通り過ぎる音がした。

「助けて」という言葉が出そうになった、だが、それを本能が邪魔した。


今は、声を出すな、と。

身体を動かすな、と。

息すらするな、と。


「....」


「---」


「............」


「---」


「.......................ぁ」



「--...異物が、混じっているな。」


"恐怖"が、そこに居た。


---


ソレは、強いて言うなら"侍"だった。


さやに収められている刀は歴史を感じる程使い古されていた。

真っ黒な着物の上に魔王軍の証である文様の刻まれた黒きマントを羽織っている。

髪は銀髪で腰あたりまで長く多めの毛量だが毛先まで手入れされているようで美しい髪質を維持している。


そして、顔は、目の白黒の色が逆転していて、本来白の部分が黒に、黒の部分が白となっており、ひとまず人間では無い事が分かる。

青白い栄養不足の様な肌は上唇から上にしか存在せず、それより下には骨しか無かった。


着物の隙間から見える鎖骨は紛れも無く骨で、しかし、所々に肉の様なモノが骨に付着し細かな筋肉繊維が細くはあるが見える。


つまるところ、その男は身体の肉が殆どない化け物だった。


--あ、



死んだ。


---


助けて


「あああ、あああ、、、、、ああああああ」


助けて


「貴様...そのら忌まわしき血...私が気付かぬとでも思うたか?」


助けて


「その血は、絶やさねばならない禁断の存在を意味する。潔く、成仏するがいい。」


男の鞘から抜かれる刀、そこに刃は無い。

刃が無いのだ。基本、刀と言うのは柄という持つ部分と刃の部分があるが、その刃が無く、柄しかない。


柄で、人を殺せるわけが無い。だが--


その男から感じる殺気は本物だった。化け物の姿をする男から放たれるおぞましい恐怖はセレナに言葉にできない絶望を与えた。


「いや...いや...いやあああああああああ」


「--ふざけんじゃねぇ!!!!」


白い閃光が、目の前を覆い尽くした。

横一直線に放たれた光は黒を浄化し、世界を明るく照らした。


「...!」


闇が浄化され、目の前に立っていたのは先程の化け物。しかし、セレナの目に映るのはそれだけではなかった。

真っ白な白髪に黒のマントを羽織る青年。

鋭い剣を振りかざした後の様子で、ギロリと化け物を睨んでいた。


「...何もかも...俺から奪いやがって...これ以上失わせてたまるかよ。」


青年は、闇を司る化け物に対して怯むことなく、勇敢な態度で立ち向かっていた。その姿は、誰から見ても、"勇者"そのものだ。


「...貴様は、何故、ここに?」


「お前と話してる時間は無い。さっさとお前のとこの頭に会わせろよ。」


「...あの方を、倒す気か?」


「それ以外でここにいる理由ねぇよ。」


青年は剣の向きを化け物に定め、深呼吸をする。

大気が歪み、魔力が乱れる様子が肌を伝ってセレナにも感じられた。


「...一つ、死に行く貴様に教えておこう。」


「あ?」


化け物は、骨部分である口から声を発し、白髪の青年に向かって何かを語る。


「エルダーは封印したぞ。」


「................あっそ。」


化け物の言葉に、青年は長い沈黙の後、そう答えた。

まるで感情が吹っ切れたような言い方で。


---


真っ黒、真っ黒、世界が真っ黒。


2人の戦いは見ていて不思議だった。


化け物は柄をただ振り続ける。刃が無いから人が斬れないゆじゃないのか?セレナはそう考えていたが、青年は必死に何かを避けている。


命懸けで見えない何かを避けている。


「やっぱ、ここが鬼門だよな!」


「稚魚がここより上に行く事は有り得ないのだよ。」


「っは、お前がそこまであの野郎を崇拝する意味が分からねぇ!」


青年は煽る。化け物の攻撃であろう何かを避けて、必死に注目を浴び続ける。

まるで、セレナに見向きもささぬように。

そして、それはまるでセレナに「早く逃げろ」と言いたがっているような動きだ。


セレナのいる場所は、化け物を挟んで白髪の青年と対称的な場所にいる。

青年が照らしたくれたおかげで位置関係と部屋の構造は既に分かっている。


恐らく部屋の出口となる扉は真横にあった。

走ればこの恐怖から逃げられる。


今すぐにでも逃げたいが、身体は正直だ。

未だに絶望の処理で手一杯のようで、全く動こうとしてくれない。


「...」


「そも、最早無意味だということが分からないのか?貴様らの勝利における絶対的条件が既に消えた。」


「口が無い割には、随分とお喋りなんだな?成仏しろよ、亡霊が。」


「..."最悪の勇者"が。」


化け物の口からその言葉の次に出てきたのは、新たな言葉ではなく、世界を覆い尽くす黒い霧だった。


---


真っ黒、真っ黒、みんな真っ黒。



「-----」


セレナの叫び声は、誰の耳にも届かない。

青年にも、化け物にも、セレナ自身にも。

口から発せられる音よりも、大気を揺るがす地響きがそれ以上にセレナの身体を響かせるからだ。


青年の振るう剣技は演舞のように舞っており、それは一つの儀式の様に完成された動きに見えたが、どうやら舞っている訳ではなく、化け物の攻撃を防ぎ続けているのだ。


激しい、衝突が、閃光が、視界を黒から白に、黒から白に、目を瞑っていても瞼の上からチカチカと輝く。


「---だ!!!----クソっ!!!----!!!---!!!!」


「---」


青年が、何かを叫んでいるが、セレナには殆ど聞こえない。

自分で耳と目を塞いでいる為、外の情報が全てシャットアウトされ、青年の声に応答することが出来ない。

耳を塞がなければ、鼓膜が破けてしまいそうな音圧が目の前で止まないから。


「きゃ」


すると、セレナの小さな身体が持ち上げられた。

片腕で持ち上げ、揺れまくる為、決して良い感覚では無いが、セレナは何も言わない。

だって、この状況で、少女を持ち上げるなど、化け物と戦いながら、誰かを気にかけるなど、


この白い青年は、一体、どれ程勇敢な--


「--大丈夫だ、俺が何とかするから...全部、俺が...助けるから...」


世界は黒に呑まれていて、青年の顔は全く見えない。

でも、その白い光の輝きだけは、マジマジと瞼に焼き付けることが出来た。


「...くろ、じゃない。」


黒とは真反対の白が、この時、少女の心をどれ程助けてくれたか。

いや、実際は命そのものを助けられているのだが、それ以上に、少女は心が救われた。


真っ黒だった世界を彼が、切り開いてくれたから。


「--逃げられると思うてか?その血は、いずれ、私でなくてとも、世界が絶やしに来る。」


扉から出る寸前、真っ黒な暗闇の奥から、化け物の低い声が、聞こえた。


同時に、セレナは絶望からの脱却を感じ、これまで溜めていた恐怖が一気にのしかかり、気を失った。



真っ黒、真っ黒、


真っ黒消えて、




真っ白


---


「--セレナ様!?何故ここに!?っ!時間が無い!コチラへ!」


「...ん?」


目覚めると、緊迫した表情の白い青年、ではなく、

何とも変な色をした髪色の男。白いマントを羽織り、騎士である事は間違いないが、セレナの第一声は、


「...緑かぁ」


「目覚めていきなり何その反応!?心外過ぎてびっくり!!!」


そこから、セレナは、黄緑色の髪をした騎士様、フェイ・ハイルと共に魔王城を生きる。


------


セレナの話を聞いて、ルイ・レルゼンは驚きを隠せない表情だった。

セレナによって語られる"ルイ・レルゼン"は、想像と違いすぎていた。

ルイにとって"ルイ・レルゼン"は、どうしようもない悪人で、誰かの事を守るだなんて、デリーナならまだしも、よく分からない少女を助けるなんてことがあるか。


「...」


まさか、その行動も何かの悪行の裏の行動ではないのかと、疑う。自分で自分を疑うとは何とも不思議な状況だが、疑わずにいられない。


そんな"ルイ・レルゼン"は、存在して欲しくなかった。ルイの本心は、"ルイ"という男は極悪人で、救いようがなく誰からも殺されてもいい存在であって欲しかった。

ましてや、誰かの希望になるなんて、勘弁して欲しい。


だって、今のルイ・レルゼンは、


「...俺は、そんな大層な人間じゃない。」


ただの黒澤 零なのだから。


「...覚えのない罪を着せられ憎まれるのは、辛い。でも...」


ルイは忘れられない。

襲いかかる憎悪を、殺意を。

憎まれるのは辛いに決まってる。だが、ルイにとってそれよりも辛いのは、


「そんな、英雄みたいな肩書きの方が、俺にはよっぽど辛い...。」


誰かの希望で、英雄、だなんて肩書きの方が今のルイには望まぬモノだった。


憎悪は向けられるだけだから、ルイが我慢すればどうとでもなる。

だが、向けられる希望には応えなければならなくなってしまう。


前の"ルイ・レルゼン"が、どれ程の実力者だったのかは計り知れないが、今のルイにはそんな力無い。


希望を抱かないで欲しい、頼らないで欲しい、


夢を、見ないで欲しい。


「私を、救ってくれた...英雄様なんだもん。さっきは、その、怖くて...逃げちゃってごめんなさい。」


「...いや、そんな...」


「でも、私は知ってる。お兄ちゃんは、強くて優しい勇者様。私は、お兄ちゃんを信じるよ。」


向けられたのは、憎悪ではなく、期待、希望、信頼。


キラキラ輝くその眼差しは、ルイの心を抉る。


「...な、なんなんだよ..."ルイ・レルゼン"...お前は...」


言葉にし難い感情が、ふつふつと湧く。


ルイは、"ルイ"を、知らない。

誰なのか知らない。どんな奴なのか。


ただ、クソ野郎ということしか。


それだと言うのに、どうしてお前は好かれている?


思い返せば、デリーナにも、お前は好かれていた。


どうして、お前は好かれる?何がお前の魅力になる?


分からない。


何も、分からない。


ルイ・レルゼンは、"ルイ・レルゼン"が分からない。




お前は、何なんだ?"ルイ・レルゼン"。

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