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第7話:届けたいのは荷物じゃない

何かを運ぶって、ただの作業だと思ってた。

でもそれは、“届く”のと同じくらい、“届けたい”って願いの連続だった。


——吉本レン

団地の階段を降りたら、リュック背負った男がチャリの横で汗を拭いてた。


「……ヤスさん?」


「おー、レンか。まだ未来追いかけてんのか?」


「まぁ、ぼちぼち……。Uberやってるんすか?」


「夢はな、冷めるとぬるいスープになるんだわ。でもな、ぬるくても腹は満たせる」


(うわ…名言ぽいのに現実エグい……)


ヤスさんは元ラッパー志望。団地じゃちょい有名だった。

でもいまは、スマホに注文の通知を見つめながら、自転車にまたがっていく背中がやけに遠かった。




「レン、配達員って、人生のバトロワだと思うんだよね!」


ベンチでいっちーが始まった。


「いや、いきなり何の話だよ」


「スピード!判断力!コミュ力!あと、腹減っててもキレない精神力!」


「それ人生全部じゃね?」


「だから未来屋で体験してこいって!」


(はい、出たいつもの強制ジャンプ)




未来屋商店。

ミラジイがホットサンド焦がしながら言った。


「配達員体験……あるよ。走るのが好きなら楽しめる。逆に、立ち止まるのが好きなやつには地獄」


「オレ、ベンチ座るの好きなタイプです……」




未来の自分は、自転車で風を切ってた。

最初は、街を走るのが気持ちよかった。新しい景色、知らない道。


でも次第に、注文が連続して、遅延で星1、スマホに「お急ぎください」の通知。

心も体もどんどん削れていく。


ある配達先で、無表情な客に商品を渡したとき、

(オレって、何のためにこれやってんだろ)と思った。


そんなとき、インターホン越しに小さな声が聞こえた。


「ねえママ、ピザ届いた?今日お誕生日でしょ?」


(……あ)


中から笑い声が聞こえた。


届けたのは、ピザだけじゃなかった。




ベンチに戻ったレン。汗が冷えて、体がだるい。

でも、不思議と心は軽かった。


そこへ、またヤスさんが現れた。


「どうだった?」


「……正直、キツかったっす。

でも、“何か運んでる”って気持ち、ちょっと分かりました」


ヤスさんはレンの頭をくしゃっとなでた。


「配達ってさ、運ぶのはモノだけど、

実際届けてるのは“時間”とか“気持ち”なんだよ。

でもな——それに気づけるやつは、案外少ない」


「ヤスさん、昔、夢のこと歌ってたじゃないですか」


「今はもう、夢見るより、目の前の温度感じてる方が性に合ってんのよ。

でもさ——たまに、昔の曲、鼻歌で出てくる」


(……それって、まだ夢が身体に残ってるってことじゃん)


「また聴かせてくださいよ。いつか、ちゃんと」


ヤスさんは一瞬だけ目を細めた。


「その“いつか”があるうちに、やれよ。

俺はそれ、ちょっと逃した側だからさ」




その夜、未来屋商店の棚の奥。

「GINJI EXPRESS」と書かれた名札が、埃をかぶって光っていた。


「オレもな、昔は……」


ミラジイは名札を軽く指でなぞって、

一度だけ、ため息をついた。


「届けたいのは、夢そのものじゃなかったんだ。

きっと“誰かに届いた、って感触”なんだよな……」


風鈴が、チリン、と鳴った。

夢って、手に入れることだけがゴールじゃないのかも。

誰かの時間に、そっと自分の何かを置いてこれたら、それで十分。


今日オレ、ちょっとだけ誰かの“うれしい”を運べた気がする。


——吉本レン(評価は★3.8。でも、手応えは満点)

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