番外編①:団地の隅っこ(ミドリさん、情報は足で稼ぐ)
スーパーのチラシ、毎日見てる人って、実は最強説あるよね。
団地に住んでるなら、ミドリさんの名前は覚えといたほうがいい。
安い豆腐の場所、今日の夕飯のヒント、昨日誰が何を言ったかまで、全部知ってるから。
今日の主役は、団地の情報屋——ミドリさん。
「ねえ、今日はナスが安いよ。4本で99円」
レンが自販機でジュース買って戻る途中、いきなり声をかけられた。
「え、あ……ども」
ミドリさん。団地のどの階段にも顔が効く、最強のおばちゃん。
今日もキャリーをガラガラ引きながら、軽快に坂を上ってくる。
そのキャリーには、新聞、チラシ、買い物袋、団地の掲示板の張り紙がゴチャっと入ってる。
カオスなんだけど、妙に片付いてる。不思議な収納力。
「で?今日のお昼、カップ麺でしょ。あの子と一緒に食べたでしょ」
「……なんで分かるんすか」
「顔がむくんでるの。塩分取りすぎの顔よ、それ」
(えぐ……観察眼やば……)
ミドリさんは団地の“歩く検索エンジン”みたいな存在だ。
スーパーの割引情報はもちろん、ゴミ出しのマナー違反から、誰が最近引っ越してきたかまで、全部把握してる。
「明日から三日間、商店街の肉屋がセール。鶏むね肉が100g58円。あと、魚屋の前に猫が居座ってるから注意ね。階段2のゴミ捨て場、今朝もカラスに荒らされてたから、ネットちゃんとかけておくように」
……情報が細かすぎて、もはや団地の人工知能。
「なんでそんな詳しいんですか?」
レンが思わず聞いてみた。
ミドリさんは少しだけ歩みを緩め、横に並ぶようにしてこう言った。
「若い頃ね、この団地に越してきたとき、全然なじめなかったのよ。誰も話しかけてくれないし、どこで何買えばいいかも分かんなくてさ」
「……」
「だから、毎日歩いたの。チラシ持って、スーパーまわって、話せそうな人には話しかけて。気づいたら、“知ってる側”になってた」
風が少しだけ吹いた。団地のベランダの洗濯物が揺れる。
「オバチャンってさ、ただの役職じゃないのよ。“つなぎ役”なの。だから、教えたくなるの。ちゃんと知って、伝えたくなるのよ」
その時、階段の下から小学生が駆け寄ってきて、
「ミドリさーん!昨日のアイス、どこで買ったやつー?」
「郵便局の前!2個で100円!今日も残ってたら買っときなさい!」
即答。
未来屋行かなくても、この人の足元には、ちゃんと未来が転がってる気がした。
未来って、大きいことを考えることだけじゃなくて、
「今日の晩ごはん、何にしようかな」って考えることかもしれない。
ミドリさんは、団地の未来をちょっとだけ支えてる気がした。
——吉本レン(明日は魚屋、寄ってみようかな)