第5話:団地のラーメン、なめんなよ
ラーメン屋って、夢見がちな奴が言いがちなやつだけど、
作るのも出すのも、片付けるのも、だいたい地味でしんどい。
今日、オレはその地味にちょっとやられた。
でも、湯気の向こうにちょっとだけ「人の顔」が見えた気がした。
——吉本レン
「なあレン。オレ、本気でラーメン屋やるわ」
いっちーがいつものベンチで、唐突にそう言い放った。
「……またかよ」
レンはジュースのフタを開けながら、呆れ顔。
でも、これはいつもの“いっちー予告編”。だいたい何か始まる前兆。
「でも今回はちゃんと考えてんだよ。屋台!しかも団地内限定!」
「許可おりないだろそれ」
「じゃあ、未来屋で体験してこいって話!」
そう来ると思った。
未来屋商店。
今日もアロハシャツのミラジイが、店の前で盆栽をいじってた。
「ラーメン屋体験? ああ、あるぞ。中層手前だな。食いもん扱う分、ちょっと濃い」
「うわ、なんか嫌な予感しかしない…」
井戸の中に映ったのは、ラーメン屋台で汗だくになってる未来の自分。
客が並んでる。忙しそう。…でも、ちょっとカッコよく見えた。
体験スタート。
最初は悪くなかった。
ラーメンのスープは業務用。麺もそれなり。
いっちーが看板を描いて、ももちゃんがメニュー表を手作りしてくれた。
団地の子どもたちが面白がって並んでくれる。
「レン、これ、普通にイケてるって!」
いっちーの声が、ちょっと弾んでた。
でも、地獄はすぐ来た。
「スープぬるい」
「麺かたすぎ」
「塩分ヤバいわよこれ!」
——団地の住人は、忖度ゼロ。
しかも、レンの手はスープまみれ、汗まみれ、チャーシュー焦がして怒られて、レンゲ落として怒られて、注文ミスして怒られて——
「……オレ、なんで怒られてばっかなん?」
心が折れかけてたその時。
カウンターの端で、ひとりだけ全部食べてくれたおばちゃんが、こう言った。
「まぁまぁ。でもね、こういう味、なんか懐かしいわよ」
(懐かしい……?)
不思議な言葉だったけど、少しだけ嬉しかった。
未来体験終了。
団地のベンチに戻ったレン。
額の汗はまだ乾いてない気がした。
「で?どーだった?」
いっちーが得意げに聞いてくる。
「地獄だった」
「え、まじ?」
「でもさ。なんか、団地の人って、文句も全部“会話”なんだなって思った」
いっちーはちょっとだけ黙ったあと、こう言った。
「つまり……味じゃなくて、人間味ってこと?」
「どっかで聞いたことあるなそれ」
ふたりで笑った。
その夜、未来屋商店の裏庭に、
ボロボロになった木の看板が立てかけられていた。
《Ginji Coffee & Noodle》
ミラジイがちょっとだけ照れくさそうに、ホコリを拭いた。
「最初はな、スープも心も薄かったんだよ」
「美味い」とか「まずい」より、
「また来るわ」って言われる方が、なんか救われる。
それって、料理だけじゃなくて、生き方もそうかもな。
——吉本レン(おためし屋台、完)