第4話:おためしアイドル
目立つやつって、かっこいい時もあるけど、うざい時もある。
オレは別に、目立たなくてもいい派。
……だったはずなんだけどな。
今日もいっちーが、わけわかんないこと言い出した。
「団地ボーイズ、結成だ!」
……誰が入るか。
——吉本レン
「なあレン、オレたちでアイドルグループ作らね?」
昼メシ食ってる途中で言うことか、それ。
「……は?」
「いや、今どき男子アイドルもアリだろ!団地ボーイズとか!」
「名前、ダサすぎない?」
ももちゃんがクールに突っ込むが、いっちーはノリノリだった。
「オレがセンターで、レンがボーカル。衣装はジャージでいいとして、MVはこの階段で撮ろう」
「待って待って、ちょっと待て」
レンは思わずスプーン置いた。
「なんでオレが歌う前提なんだよ」
「いや、お前、なんか器用に歌えそうじゃん」
「“器用に”って……」
その言い方が一番ムカつく。
「じゃあ未来屋行こうぜ!アイドル体験してこい!」
——この流れ、もう4回目だ。
未来屋商店。今日も絶賛営業中。
ミラジイはいつものアロハでうちわをパタパタ。
「アイドル体験?あるぞ。浅瀬と中層の間くらいだな」
「……どんだけジャンル揃ってんだよ」
「夢ってのは雑食だからな」
井戸の中に映ったのは、眩しいステージと、ライトに照らされたレンだった。
(うわ、マジかよ……)
未来体験、スタート。
想像以上に、レンは“こなせた”
リズムも取れる。声も出る。振り付けも飲み込みが早い。
初めてのステージなのに、観客も悪くない反応。
「オレ、なんだかんだできるじゃん」
と思った瞬間、レンの中に冷たい感情が浮かんだ。
——これ、やりたいか?
拍手の中にいる自分が、誰かの“期待通り”に動いてる気がした。
思ったことを言うと「イメージが崩れる」と言われ、
仲間のテンションに無理して合わせて、
笑いたくもない時に笑って、
疲れても「元気です!」って言って——
(オレ、なんか……人形みたいだな)
ステージが終わったあと、楽屋でレンは、黙って鏡を見てた。
そこに、未来のミラジイが登場。
「うまくやるのと、楽しくやるのは、違ぇからな」
レンはちょっとだけ首を傾げた。
「オレ、別にイヤじゃなかったけど、なんか、空っぽだった」
「上手くなりすぎると、空になる時あるよ」
ミラジイは笑った。
体験終了。
団地のベンチでいっちーが待ってた。
「どうだった!アイドル気持ちよかっただろ!」
「いや、オレ、向いてるけど無理」
「どっち!?」
「できるけど、やりたくない」
ももちゃんがジュース飲みながら言う。
「オレ得意ですけど、心が動きませんってやつね」
「……うるせぇよ」
でも、ちょっとスッキリしてた。
その日の夕方。
団地の階段で、いっちーがなぜか踊ってる。
「動画撮ってー!」
ももちゃんが無言でスマホを構える。
その隣で、レンは缶ジュース片手に、鼻歌まじりに手拍子だけしていた。
「センターはやらないけど、拍手ぐらいはしてやるよ」
未来屋の棚の上。
ホコリをかぶったアイドル風のマイクスタンドが、月明かりに照らされていた。
「一番前じゃなくても、舞台には立てる」
ミラジイは、ぽつんとそう呟いた。
できるから、やる。
じゃなくて。
やりたいから、やる。
……それって、案外むずい。
オレは別に、センターじゃなくていい。
ベンチの隅っこで、手拍子してるくらいが、今はちょうどいい。
——吉本レン