第2話:団地カフェ開店!
団地って、どこにでもあるようで、
どこにもない場所だと思う。
今日もいっちーは、団地でアホなことを言い出す。
今回は……「カフェ作る!」だって。
さぁどうなることやら。
団地のベンチでジュース飲んでる時に、いっちーの言い出すことは大体ヤバい。
今日もそうだった。
「オレ、団地にカフェ作ろうと思う!」
レンはジュースを吹きかけてむせた。
「……は? なにそれ。急にどうした」
いっちーはニヤニヤしてるわけでも、フザけてるわけでもない。
本気の顔だった。
この顔になると、たいてい面倒なことになるのは、もうレンは知ってる。
「団地にさ。子どもも、お年寄りも、誰でも来れる感じのさ。カフェ。いいだろ?」
「どこに?」
「このベンチ」
「狭っ!」
横で静かに話を聞いてたももちゃんが、ぽつんと呟いた。
「流行るわけないでしょ」
いっちーがちょっとムッとする。
「でも、来る人はいるかも知んねーだろ?」
「誰が?」
「……わかんねぇ。でも、団地ってさ、どこ行っても同じ顔ぶれじゃん。
だったら、ここでなんか違うことやってみたら、面白くね?」
——ああ、こいつ、また言い出しやがった。
未来屋、行く流れだ。
「団地カフェ、あるぞ」
未来屋商店。ボロい小屋の中で、ミラジイはあっさりと答えた。
おいおい、何でもあるなこの店は。
「中層コースだ。客商売ってのは、なかなかしんどいぞ。特に団地はクセが強ぇからな」
ミラジイは笑った。悪い顔をしている。
レンはこの時、ちょっと嫌な予感がしてた。
それは見事に当たった。
未来体験の団地カフェは、わりと地獄だった。
最初は、おばあちゃん達が来てくれて、いい感じに繁盛していた。
「こんなとこでお茶飲めるなんて珍しいねぇ」なんて言われたりして。
レンといっちーも、ちょっといい気になってた。
でも、そのうち——
「コーヒー薄いわよ」
「Wi-Fiないの?」
「貸しスペースとか無いの?」
注文が、無茶苦茶。
しかも子どもたちが集まってきたら、今度はうるさいって怒られる。
いっちーは、汗だくでオーダー取りまくって、
レンは、氷の無いジュースを出して怒られ、
最後には二人ともベンチに突っ伏して動かなくなってた。
「………無理」
いっちーが小声でつぶやいた。
その隣で、未来のミラジイが現れて言った。
「客ってのは、好き勝手言うぞ。
でもな、一人でも“また来るわ”って言わせたら、そいつはお前の勝ちだ」
体験が終わり、現実の団地に戻ってきたベンチで、レンはしみじみ言った。
「団地カフェとか、バカじゃね?」
「な。」
いっちーが笑った。
「でも、今日の昼、おばあちゃん言ってたぞ」
「え?」
「『また来るわ』って」
……マジかよ。
なんだかそれだけで、ちょっと報われた気がした。
数日後。
団地の片隅のベンチに、小さな手書きの紙が貼ってあった。
《レン&いっちーの休憩スペース 飲み物持参OK》
おばあちゃんが座ってたり、子どもがジュース飲んでたり。
ゆるい。めちゃくちゃゆるい。でも、ちょっと楽しそうだった。
未来屋商店の小屋の奥で、ミラジイはその様子を見ながらつぶやいた。
「これが、団地カフェの一歩かねぇ」
その足元。
古びた木の看板が埃をかぶって転がっている。
《Ginji Coffee Stand》と、かすれた文字。
——誰も知らない、昔のミラジイの夢。
団地カフェなんて、無理に決まってる。
でもまぁ。
ベンチに座ってジュース飲むくらいなら、誰でもできる。
未来って、たぶんそういうとこから始まるんだろうな。
——吉本レン