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番外編③ 団地の隅っこ(ミドリさんと夏の終わり

ガキの変化ってのは、うるさくなったり静かになったり、目に出る。


ミドリはそれをずっと見てる女だ。


今日は、夏の終わりに何かを見送ってた。

ま、それも“団地の役割”ってやつだろ。


——古賀(見てるだけの大人代表)

夕方五時。


団地に響くチャイムが、今日も鳴る。

蝉の声は少し落ち着き、風に夕焼けの匂いが混じる。


ミドリは、缶コーヒーを片手にベランダから団地の広場を見下ろしていた。

いつもと同じような風景。だけど、今日はなぜか、胸の奥がすこしざわつく。




「おーい!いっちー、レン置いていくなって!」

「えー?もう1回動画撮ろーぜ!」

「バッテリーない〜!」


子どもたちの声が、ベンチのまわりで飛び交っている。

彼らが何をしているのか、ミドリはだいたい分かっていた。


未来屋のことも。


もちろん、直接何かを聞いたわけじゃない。

でも、あのボロ小屋に出入りしてから、子どもたちの顔がほんの少しだけ変わるのを、彼女は見逃していない。




(未来って、ほんとに体験できるのかねぇ)


ミドリはそう呟いて、コーヒーをひと口。


小学生の頃は、彼女にも“未来”があった。

歌が好きだった。曲を作ってた。いつかステージに立ちたいと思ってた。


でも、何かがズレて、進まなかった。

いつのまにか夢をしまいこんで、大人になった。


いまは“団地の情報通”として、子どもたちから「ミドリ姐」と呼ばれてる。

誰に頼まれたわけでもないけど、子どもたちのことをずっと見てきた。


だから、あの顔の変化も、ちゃんと気づいてる。




「……変わったよね、レン」


ミドリは小さくつぶやいた。


あの子、最初は“自分から踏み出す気ゼロ”みたいな顔してたのに、

最近はちょっとだけ目の奥に火が灯ってる。


他人の夢にツッコむだけだったのに、

今は、自分の中に何かを探そうとしてる。


それがうれしかった。




子どもたちが帰ったあと、団地は少しだけ静かになった。

夏が終わる気配と、夕焼けの空気がにじむ。


ミドリはエントランス横の掲示板を見上げる。


そこには、誰かが描いたポスターが貼ってあった。


『未来屋商店 おためし体験受付中(たぶん本物)』

『なにかに迷ってるなら、一度のぞいてみて』


「センスないけど……いいじゃん、こういうの」


ミドリはニヤリと笑って、掲示板の端をそっと整えた。




その晩、団地の階段をひとりで歩く少年の姿があった。

ランドセルを背負ったまま、顔を上げて、未来屋の方向を見つめていた。


ミドリはその背中に声をかけようとして——やめた。


「……行ってらっしゃい」


小さく、風に混ぜてつぶやくだけにした。




未来は誰のものでもない。

でも、誰かが“行ってみようかな”と思える場所があるなら。


ミドリはそれで、充分だった。

あたしは何もしてない。

でも、見てるだけでも、誰かの背中を押せるときがあるんだと思う。


子どもたちが夢を見て、ちょっとだけでも進むなら、

それを見ていられるだけで、充分よ。


……なーんて、ちょっと照れくさいわね。


——ミドリ(情報屋・元迷子)

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