第10話:やってないけど、ちょっとだけ始めた夢
夢って「やるぞ!」って言って始めなくてもいいのかもしれない。
誰かのためじゃなく、自分が“ちょっと読みたいから”
そんな小さな理由で始まる未来も、悪くない。
——吉本レン
ももかが突然言い出した。
「この団地に、図書館があったらいいなって思ったの」
いっちーがすぐに乗っかる。
「いいじゃん!館長はオレ!
読み聞かせとかイベントもやろう!あとカフェも作って、映えるやつ!」
「それ、図書館じゃない」
レンはジュースを飲みながら、曖昧に笑った。
団地の空き部屋、もともと集会所だった場所に、
ももかがダンボールに入った本をぽつぽつと持ち込んでた。
「みんなが使えるように整理しておくつもり。あと、静かにできるように注意書きもね」
「……でも、そもそも誰が来んの?」
「わかんない。でも、オレが使いたい」
レンはちょっとだけ驚いた。
ももかが“自分のため”に何か言うのは、珍しい。
その日の夕方、レンは未来屋商店にいた。
「ミラジイ、“図書館の夢”ってあります?」
「ある。割と“浅層”だけど、しっかり疲れるぞ。
静かだから、かえって頭の中が忙しくなる」
「じゃあ、やってみます」
未来の自分は、団地の一角で“ちっちゃい図書スペース”を運営していた。
毎日来るのは、決まった子ども数人。
絵本やマンガを読むだけで、とくにイベントもない。
でも、誰かがページをめくる音がして、
外の風がカーテンを揺らしていて、
たまに「これ貸してください」って言われるだけの空間だった。
大声で笑うこともない。
拍手も、感動も、成し遂げた感じもない。
でもレンは、そこにいて、不思議と落ち着いていた。
(……これ、悪くないな)
体験から戻ると、団地の空き部屋には
ももかの段ボールがまだ積まれていた。
ただ、それ以上は進んでなかった。
「結局、図書館にするのはやめることにした」
「え?」
「部屋、使えないって言われたし。あと、なんかいろいろめんどくさくなった」
「そっか……」
「でもさ」
ももかは、ひとつの本棚だけ、ベンチの横に置いていた。
「このくらいなら、別に怒られないでしょ。
誰か読んでくれたら、それでいい」
レンは、本棚の一番上にあったマンガを手に取った。
「……このシリーズ、続き気になってたやつ」
「だから置いた。あんた読みそうだなって思って」
「……なんだよ、それ」
「図書館ってさ、みんなの夢っぽいけど、
オレが読みたいから始めた。それでよくない?」
その日の夜、未来屋の棚の隅に
「一日図書館カード」って名前のしおりが置かれていた。
《貸出数:1冊 返却期限:いつか読み終わったらでOK》
《夢ってのは、本と同じ。途中で閉じても、また開ければいい》
銀次のメモには、そう書かれていた。
大きなことをやるつもりだったのに、
気づいたら、ちょっとだけ何かが置かれてる。
それでも、ちゃんと“始まった”って思える日ってある。
——吉本レン(今日、1冊借りて帰ります)