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インナースペース・ネクロノミコン 〜ポケベルと白い血肉と円卓の騎士  作者: ジ・エモン


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(54) プロジェクト・ヘイル(2)





 もろなお町市内。

 某所、日中。



 十月はいよいよ進んできて寒かった。

 ゲンコは、白い三階建てていどの、教会めいた建物をウェルフのあとについて入り、品のいい黒いソファに座った。

 真っ黒な革張りに、背だけ白くした妙なイスである。どこで売っているものかもわからないデザインで、建物の外観とあわさって、妙な異物感があった。宗教めいたもの……というより、宗教めいたものを、かぎりなく模倣しておいて、そこにアレンジや、指向性をあたえてしまったような一種の珍妙さ、あるいは息苦しさがあった。むりに肩肘をはったような。それは、通された部屋の小さな祭壇の造形、とにかく白で統一した無機質な意匠といったものにも、同じものがやや感じられた。が、おおむねは清潔感があり、清浄で、規律正しかった。

 つまり、好感はもてる。

 目の前にきて、いまひととおりの礼をやった人物についても、同様の好意的な印象がもてる。

 白いスーツがやや異様な、スリムな中年ほどの男性である。靴は黒く上質な革っぽく、シャツは紫、ネクタイはまた白。中年ほどとはいったが、顔のようす自体は若々しく、精力的で、それでいてなぜか、印象に残りにくい、という感想がうかぶ。


「フジワラハルミともうします」


 と、「秩序ちつじょくに」という団体の代表、という前置きとともに、名乗る。名刺には、「冨地原ふじわら 治見ハルミ」と名前が書いてあった。

 マイク・ミュラー、と、偽名で自己紹介をしてから、ウェルフが言った。


「失礼ですが……もしかすると、キュウシュウの方ですか?」


 と、ニコニコ人が良さそうな顔で言う。ウェルフの素がどんなものか、思えば知らないゲンコからすると、はじめて見る表情だった。これが素地なのかもしれないと、うろんなことを考える。 

 冨地原は、うん、と、うなずきつつ、答えた。


「父がそちらの出ですね。私自身の育ちは、そちらではないですが、なじみがあります。父の生家には行ったことがあるので」


 と、聞きやすい声で言ってくる。自分の知り合いにいたもので、と、ウェルフはあいかわらずの調子で言う。その流れで、ゲンコも自己紹介をした。こちらは、学校で使っている名前だった。 

 急造で芝居をするのだから、慣れたものを使ったほうがいい、とウェルフのアドバイスだった。あと、嘘はなるべくつかないこと、とあわせて言われる。


「親戚の姪っ子」


 というのが、ゲンコの役どころで、「こういう話に興味があるかもと思って誘ったのです」というのが、身分を偽ったウェルフの言いざまだった。

 たしかに海外の方とはお付き合いがある、と、しかし、冨地原はちょっとけげんそうに言った。


「私どものところの教義にご興味あるというと……インドあたりにご縁戚の方でもいらっしゃる?」

「ええ、パキスタンに叔父がいます」

「なるほど……」

「叔父の友人が、こちらのほうの教義に関しては熱心で、まあ、叔父はあまり興味がないらしくて、へきえきしていたのですがね」

「はは」


 冨地原はうなずいた。

 たしかに、と、十分にわかるという反応をして続ける。


「ゾロアスター教という宗教は、特殊なこともありますが、土地柄発展し、ようは土地柄、衰退してしまったところがあります。なにせ、崇拝する対象が複雑で、わかりにくい……または、とっつきにくいのですね。宗教というものにおいては、けっこう微妙な違いにすぎないのですが、のちのちの影響というのは大きくなるものでして。たとえば一神教のほうが、多神教より今日広がったというのは、このわかりやすさがあります」

「ほう、なるほど……」


 冨地原はそのような入りで、自分の代表をつとめる団体の宗旨について、もととなったゾロアスター教の概説や小話をふくめながら、話しはじめた。その内容は、面白く、ひかえめに言っても素人であるゲンコをひきこんで聞きいらせるだけの魅力があった。その魅力というのも、聞いてて飽きさせない、という、商売上のあざとさは若干感じるのが辛いのだが、それをのぞいて語ればたんに「面白い話」であるようだった。

 三十分ほども、質問などはさみながら、冨地原の話は続き、あっさりと終わった。その後に外の聖火台のことを聞く際に、ウェルフがちょっとカマかけ……それらしいというのは、ゲンコも話を終えて冨地原と別れてから、分かったことだが、のようなものを、おこなった。が、冨地原の反応は手応えがあるようなないような、どっちともとれるものだった。


「今日はお時間ありがとうございました」

「いえ。いつでも」


 どうぞ、と、にこやかに冨地原はウェルフと握手した。ゲンコも握手はした。

 迎えの車に乗りこむときも、ウェルフはまだにこにこしていたが、やがて口を開くときには、いつもどおりのいかにも寡黙な男の顔になっていた。


「質問はあるかね」

「私が同行したのって……」

「ああ。思わぬ人選をすれば、相手のちがった反応がひきだせるかと思った。ありがとう」

「いいえ」


 ゲンコはちょっと首をかしげた。ウェルフは、後ろの席に乗っている。運転席には、管理スタッフのひとりであるルイージ・ネスタがいた。彼の眼鏡のふちをかすめつつ、ゲンコはウェルフに聞いた。


「その、彼はいったいなにを? 犯罪者ですか?」

「いや。犯罪者なら警察が会いにいく」

「ですよね」

「この街で調査の結果、疑わしい人物であるとそう特定された。と、グリニザからは出ている」

「疑わしい人物ですか」

「そう、外宇宙の神々に与する疑いが」


 疑いが、と、ゲンコはなんとなくくりかえした。


「そういう話ははじめて聞きました」

「私も、はじめて見るケースだ。が、実例によるとあるらしいんだ」

「勉強不足でした」

「いや」


 ウェルフはすでにべつの案件の書類を手にとって、目を走らせている。なんとなく、前に向き直りつつゲンコはこの話をグリニザから、というのが、マリィ・ルレーンを擬人化して想像した。悪評というのではないが、突拍子もない話をウェルフに持ちかけて納得させる人物、というと、彼が浮かんできただけなのだ。


「ま、たしかにこの案件にはルレーン氏がけっこうかかわっているようだ」


 書類を見ながら、ウェルフが心を読んだ。ゲンコがだまっていると、車は止まった。

 場所はどこともいえない道ばただった。公園がある。人は一人もいない。ウェルフはおりて、ゲンコもあとに続いた。二人がおりると、そのまま、車は走りさった。


「少し歩く」


 と、おりる直前にウェルフは言っていた。突発的に思いついたかのような行動だが、彼がやるとそうは見えなかった。緑道が整備されていて、石積のトンネルの上に手すりがついて立体交差をしている。そのトンネルの上にのぼって、ウェルフは手すりに手を置いた。


「彼の印象だが、どう感じた」

「えーと。好感の持てる人物であるように見えました。外観は」

「私もそのように思ったな」

「実際、ああして話すことでなにかわかるんですか? そもそも、外宇宙の神々……ウウン、に、与するというのが、よくわかりません。あ、ぴんとこないという意味です」


 ウェルフはうなったあとに答えた。彼はごく普通のダブルのスーツで、ゲンコは、菅原大附属の制服である。一見して、転入の挨拶でもしに学校に行ってきた帰りのようだった。


「クラシーカが、こんな話をしていた。いいですか、私がその昔、CIAにいたときの話です」

「CIA?」

「CIAだ。そこでは、捜査のさいに相手から情報をひきだす手段として、言葉の外の、相手のしぐさ、目の動き、手の動きなどで嘘をついている。なにかを隠そうとした、そういう部分を読み取ることが大切だった」

「ええ」

「CIAでは仕事をするうえで、意図的に沈黙を守る訓練をうけた人間というのにとくに注意をはらうんだそうだ。そういう人は、人の仕草や視線の機微などで、情報をとりいれつつ、自分はなにも与えない。沈黙を守りつつ、自分の持っている情報というものをそうして何倍にしてしまう。そして、CIAの仕事には、その情報がもっとも重要な武器であり通貨にもなった。意図的に自分を沈黙にして、相手をしゃべらせる人間は危険だということだな」

「つまり、さっきの人からもそうして得られる情報が?」

「いや。話には続きがあって、それを聞かされた私はクラシーカにこう言った。つまり、君はCIAなんてたいそうなところで働いてはいなかったか、情報のやりとりにかかわるポジションではなかったんだな、と。なぜそう? と、彼はちょっと怒った様子で返した。私は得意げに言った。商売の秘訣を外にしゃべる商人はいないだろと」

「ああ……?」

「本当にそうした稼業についていたと言ったって、わざわざ重要なやり方を辞めたからというだけで外にしゃべる人間に、重要なポジションが任せられているはずもない。彼は怒るのをやめて、なるほど、そのとおりですと言ったよ」

「はい」

「あんまりあっさり認めたんで、私が逆に怒ると、情報をやりとりするときは、相手を怒らせると話を漏らしやすくなりますからね、と言うんだ。私は腹いせにあとで彼とポーカーをやったとき、イカサマをやった。彼は寛大な人間だった」

「クラシーカさんがですか?」

「ああ。まあ、イギリスでは、イカサマと戦争にチップを賭けるようなまねは殴られても文句は言えないんだが、彼は手を出さなかったからな。ビール一杯で手打ちにしてくれたし」

「なるほど……? ……ウェルフさんて、イギリスの方なんですか」

「ああ。ウェルフというのは、これは符牒だから」

「どういう意味が?」


 ウェルフは、ふむ、と口さみしそうにして、それから「嘘つきの狼少年的な意味合いだな」と、言った。


「そうなん……ですか?」

「ああ。つまり、ズブの素人がすこしさしむかいで話をしたくらいでは、得られる情報なんか思うようになるはずもなく、プロの探偵を雇って、一ヶ月かそこら素行調査を依頼したほうが、はるかに大量で無駄のない情報が得られることだろう……ただし、話くらいはしてみる価値もある。ちょっとした印象の話くらいはできるようになる。まずは、相手の実像を人間として結ぶことだな」

「それはそうですね?」


 ゲンコは要領をえない顔をした。実際のところ、ウェルフの言ったことは与太話にすぎなかった。

 ほとんどではあるが。無理にこじつけるなら、外宇宙の神々に関わることだから、対処は確立されてない、くらいのことだろうか。

「ズブの素人」にできることは、相手を人間と認識をもって、そのうえで事態に構えるスタンスをくずさないていどだろう。


「とにかく、何が起こるかはわからない。君に関しても身の回りに注意してくれ。彼自身がそうではないが……彼の周りで起こることの中核のひとつに、彼がなるだろうという啓示かもしれない。魔女の予言さ」

「はい」


 魔女の予言、とは要するに努力しだいで避けようのある不幸と、避けようのない不幸がある。そのうちの避けようがなくて、来るとわかっていて、考えると憂鬱になるものを言う。別な言葉ではこれを、嫌がらせという。マリィ・ルレーンがあまり周囲に歓迎されていない人物であること、また信用がいまいちとぼしいこと、あるいは、いや、当然、仕事の役割を任されているのだから、信用は置いていること、適していることは認めざるを得ないこと、あとは、どうしても飲みこめない、のどに刺さった小骨のようなものを持った人間であることなどが、魔女の予言という言葉で表されている。


(外宇宙の神々のなかの怪物は、言葉をもちいないけれど、言葉をもちいる人々もいる)


 ゲンコはオート・モーフィスや、ほかに覚えがある人、なぜか雨のなか階段の下に座りこんでいる幽霊の顔など思い浮かべた。が、それらの人があの冨地原という男とどういう会話をするのか、という場面はうまく思い浮かべることができなかった。


(魔女の予言か)


 ゲンコはポケベルをとって、ウェルフに失礼します、とことわった。反応があるとすぐに手元に寄せるくせがつきかねないが、つかないように自分を制する。ポケベルというのは、ゲンコにとり、そういうものだった。

 とまれ、今夜、現場とはべつの予定が入った。ウェルフと別れてから、待機しなければならない。今日には復調することはあらかじめ、伝えてあったことだった。


「外宇宙の彼らに与する人間がいるとして、そのやることってなんでしょう。彼らにコンタクトをとって、活動の便宜をはかる?」

「それとか、あるいは悪魔崇拝の儀式かもしれない。一般的にそういうものは、悪魔と一体化したり、悪魔を召喚して使役し、呪いや願望の達成を目論む。より正確に言うと、目的を達するのに悪魔の力を借りる……」

「召喚かぁ……」


 怪物は悪魔ではない。願望や呪いを達する悪魔の力は有していないだろう。

 上位存在は、というと、彼らは人間との意思疎通には適していない。何を言っているのか分からないという意味で。

 一体化、というのはありえそうな気がした。

 しかし、チープすぎるような気もして、どうにも嘘くさいのもたしかだった。





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