(49) 月は無慈悲な(5)c
謎の建造物内。
ゲンコは気づいていないが、彼女が外しておいている時計が、ふたたび動きだしていた。それまでは、ほかの携帯電話などとともに、時計が停止していたのだ。
ゲンコが放つと、弓が爆ぜてすさまじい衝突をした。後ろにのけぞったままの鎧でない中型が、体積を三割もうしなってふきとばされた。
放たれるにつれ、ゲンコの弓の威力は徐々に上がっていた。微妙なちがいではあるが。
そして、それは強化されているのではなく、まるで、抑えが徐々に効かなくなっているようだった。
「ゲンコ・オブライアン!」
小型の、爆発にまきこめなかった個体を排除しながら、フロムナインが言う。その声は感情をふくまないながら、なにか伝えたいことをこめている。
そんなかんじでゲンコの耳にとどいた。が、最初ゲンコは聞こえていない反応をした。
「……、!?」
フロムナインをおくれて見やり、あらためて、あっけにとられたような顔を見せている。
「……! いま、なにか……言った?」
「しっかりしてください。音がセンサーに。それに、通信にもなにか……」
「!」
ゲンコはさらに、弓を引いた。さっき、中型をふきとばしたのより苛烈な爆発。
小型がばらばらになって五体か、もう少しも散らばっている。
フロムナインが、ゲンコの腕をさっとつかんできた。強くはない。
「……、?」
「連射しすぎです。自分がどういう血色でいるのか」
「言ってても仕方がないですよ、そんな……」
「オーバーフローです。意識せずに昏倒します。そうなったら、だれがあなたをどうかするんです?」
「なにか……話があるの?」
ゲンコが言うと、フロムナインは手をはなした。口をひらく。
「外側から人がはいりました。なんでも、向こうで入り口が開いていると」
「合流しましょう。いや、出口を……」
「音を走査しましょう。ここから一旦離れて」
ゲンコはうなずいて、立ち上がった。走れる状態ではなかったが、言ってる場合でもない。フロムナインはゲンコに速度をあわせるそぶりをしている。あたりまえだが、フロムナインのほうが、疲労などはないし、なんなら足どりが乱れることもないだろう。確認したが、一度二度、怪物にたたきつけられたていどでは機能に支障はない……まあ、本人の弁だが。実際は、摩耗するはずだ。
そんな便利な話はないのだ。
「はあ……はっ、はっ、はっ」
移動しながらポケベルなどをフロムナインが、試している。ゲンコもあらためてレシーバーを試すと、かすかに通信のような音のみだれが入った。あいかわらず、こちらからは通じない。
むしろ、無音による干渉は過度に感じられる。音がはいる望みがでたためだ、と、ゲンコはいらだちをふった。
階段、廊下と渡るあいだ、フロムナインが音の方向をなんとか探ろうとしている。ゲンコには、呼吸の音しかしていない。いや、耳は血のような詰まりが生じてきている。ごわごわと雑音が入る。
「……!」
音もなく、ゲンコは弓にかかる手をびくつかせた。
鎖のこすれる音がする。早く、先に。
フロムナインが足をとめるのと、前後して、ゲンコは足をとめ、鼓動と息をつめていた。
行き先から、鎖の音が近づいている。
先に視界に入れて射撃する。ゲンコは音を推しはかった。後ろからもいつのまにか、鎖の鳴る音がしている。
(発生、しているのかな……)
ゲンコは、横顔だけでつぶやいた。どちらに出て、何を確保するか。
重要なのは、それに思われた。
ゲンコは後ろに弓をむけた。が、その鼻先ほども近くないところを、ひゅっと、なにかがよこぎった。
斧を飛ばしてきた鎧の中型。脳裏に思いえがいて、ゲンコは足をギリギリでとどめた。
「――」
そのために当たらずにすんだ。放たれたものが、外壁につきささりくだけさせる。外の光が露出し、がれきが、月光と陰影とを一身にあびた。
ゲンコは目と頭とをとにかくかばっている。衝撃……あるいは、砲撃、は、一瞬で、ざっと冷や汗を心臓まであびせたようだった。攻撃の正体は斧ではない。ゲンコは、勘をたよりに、判断をくだし、そして射撃態勢をとった。ほんのすこし、隠れていた角から半身が、露出する。相手が射撃するだろうタイミングをおしはかって、矢をはなつ。わざと威力を制御せずに。
乱反射するように、射撃が命中し、爆発し放電をあちこちに飛ばした。距離ははかっている。爆発や瓦礫が軌跡になって飛んでこない距離を。
それと、なにかを飛ばしていた影の思ったより遠くにあるのを。鎧の中型、だろう。鎖の音から判断したが、角を曲がった通路の先の、その影とゲンコらの位置とにまたがった着弾点が、視界をさえぎるように射撃した。
ゲンコは、角から全身をそそけだたせながら飛びだした。さえぎった影がいるのとは、反対方向に。同時にさらになにかが射撃された。鎖の動く音が、直前に、ゲンコに予感を伝えた。
(走って!)
ぱし、と、ごく軽くフロムナインにふれて、ぱっと放すように合図した。フロムナインは従っていた。ゲンコの目が、ゲンコ本人よりも精確であることを認めているのだろう。その判断の早さは、フロムナインのそれよりときに早く導きだされる。
ゲンコは、もう一体の鎧の中型を視界に入れた。それは、一瞬の小さい影だった。視界に入ったとたん、ゆれるのが見えていて、それが隙でもあった。
(蛇!!)
集中をして、一瞬で、宙に集中を散らす。
手を離すように。弓から放たれた。威力も、破壊性も小さい矢は蛇がくねる軌跡で、二発も鎧の中型の頭部につきささった。
揺れる。
鎧の中型は、あきらかにふりかぶっていた。が、頭部がゆれたことでわずかに身体と、放たれたものの軌道が変化した。
斧。
ごうっと飛ぶ。
ゲンコは走った。斧はずれて着弾した。破片が凶器になって散乱し、飛散する。
ゲンコは駆けぬけ、フロムナインがその場にとどまった。分断された。そのときには、ゲンコが射撃姿勢をすませ、鎧の中型を射抜いている。今度はまっすぐ飛んだ矢が、中型の持った斧を。
矢が命中した斧は、中型の腕から離れた。丸腰になった中型を、接近したゲンコの矢が至近から吹き飛ばした。
鎧の中型は、頭部と左腕に至る部分を消し飛ばした。射撃の衝撃そのままに巨体をぐらつかせ、沈黙する。
ゲンコはその巨体を手で叩き、同時に目をめぐらせた。嫌な予感が。
がしゃん!!
「くそっ!」
と、言ったはずだった。ゲンコは実際には、舌を噛まないよう、口を噛みしめていた。
その音は、フロムナインが飛ばされた音だったらしい。
視界を遮った鎧の中型が、いるほうだ。
廊下が破壊され、フロムナインが白銀色の機体を投げだしている。が、ダメージは深刻ではなかったらしく、すぐに起き上がった。
そこへぬっと、鎧の中型がやってきた。ゲンコは、影の動きでそれを察知した。鎖の音。
フロムナインは、あと一撃受けようが平気だろう。ゲンコは弓をかまえた。
『……ザ、ザザ、オブ……応……』
耳に音が走る。それは、音であって言葉ではなかった。そう認識して、ゲンコは渾身の弓を放った。その矢は、ここまでのどれよりも強力でまがまがしかった。
蛇。
ばき、と、接触した瞬間、それは確かに奇妙な軌道をえがいた。誘爆するように、大きな爆発を起こした。
が、その鎧の中型は、なにかがちがっていた。
ゲンコは確認し、視界がゆがむのを感じた。直感は、ここでひざまずいたり、ましてや、いまのように一歩も立てないように這いつくばるなど。
やってはいけないよ、と、ゲンコに言っていた。甘い声だった。気遣わしく、いたわりに満ちていて。
ここで膝を折っていいと言っていた。
(煽っているのか)
ゲンコは肘をたてて、ゆっくりと自分を地面からひきはがした。
「はっ……はぁっ、はあっ、ひっ……ヒィッ……」
Believe in、と、悪態のように口走る。
「……Believe in、Believe in、Believe in、Believe……trust、trust、trust……」
(おい……嘘だろ)
神経をかき集めて、前を見、動く影を見る。
べつに、当たっていなかったわけではないだろう。鎧の中型……その頭部に、腕が生えておらず、かわりにひしゃげた兜状の、威容をほこる鎧がはりつけられていた。それとやはり、鎖が。
両腕が手にしていたものをゆっくりと構えるところだった。それは弓だった。そして、ゆっくりと見えたのはたんにゲンコの視界がまたくらくらと揺れだしたからだった。船にゆられている。
そのなかで、事態がスローモーションに感じられ、認識される。
ゲンコは悪態をついて弓をかまえていた手に力をこめた。
「Faith in……!」
(お願い……くだけろ!!)
「Count on me……!!」
『オブライアン、応答してください、聞こえますか?』
放つ。かなり威力をしぼった矢。
十分には抑えられなかったが。
ただ、速度は速く、紫電を散らした。さく裂し、弓を構えた鎧の中型の、弦にかかった手を爆発させる。鎧の切れ間に入りこんだのか、中型の指が二本もちぎれ飛んだ。
中型の引いていた弓が暴発した。あらぬ方向に矢が射出される。
それでも矢の軌道は、ゲンコのいたところを射抜いた。紙一重ではずれたところを通った。
ゲンコは前に出ている。
連射が限界にあったことはある。これ以上放てば意識せずに、昏倒する。オーバーフロー。フロムナインの見立ては正確だ。
ゲンコが前に出たのは、そのうえで狙いと公算がはまっていたからだ。
弓が武器で引けなくなったとなれば、近寄ってきた相手に、弓でも振り下ろす。鎧の中型の振り下ろしは、まっすぐだった。人間ひとりひしゃげさせて吹き飛ばすには、十分な鈍器の一撃だった。
が、それは、かわせる。
ゲンコの目は、正確で知覚が速く、フロムナインも超えている。そのためゲンコ自身でも反応が追いつかない、対処がまにあわない、ということは、そのままであればあるが、暗闇とはいえ鎧の中型の振る速度、というのは測ってきた。
あとは軌道を計算し、隙間に肉体をすべりこませ、低くかがんだ姿勢から伸び上がるように、左足を上げる。
「!」
上がった足は、伸び上がるままに段階で加速した。足が、勝手にみちびかれるように、黒い鎧の頭部へすいこまれた。ぎりっとふみしめられる軸足が、足もとへ亀裂をはしらせる。
一瞬だった。回し蹴りのフォームではなたれた足底が、とてつもない威力と重量でさく裂する。衝撃を逃がしきれず、鎧の巨体は、その大きな手足をふりまわして床をふきとんだ。
轟音が耳をつんざく。起き上がろうと、鎧が動くが、わずかにおそかった。
矢が突き刺さる。並の速度ではない。
さらに矢が放たれる。連射にあたるかあたらないか、ぎりぎりの間で。
鎧の巨体は腕を撃たれ、足を撃たれて崩れおちた。ゲンコは接近して、接触し、巨体の頭部に至近から狙いを定め、上から下へ打ち下ろすような一撃を射撃した。
矢の暴発。床の崩壊。吹き飛ぶゲンコの肢体。
鎧の巨体が、沈黙した。
『ゲンコ・オブライアン、聞こえたらなにか……』
途切れて、通信が復活する。さらに言う。
『そちらの位置は? 今の音か? こちらで確認した』
「……、……」
ゲンコが、床でもがいていると、ザッ、と通信をさえぎる音がした。といって、レシーバーを使用する音だった。
「フロムナインです。さきほどの音はこちらでしたものです。音の場所に、二名ともいます」
『了解。その場で待機。可能か』
「了解、待機しま――」
最後まで言わず、フロムナインの言葉が、とだえる。轟音――少なくとも間近ではそう聞こえる音を立てて、巨大ななにかが外壁をつきやぶっていた。
なにか、も、なにもない。月光に、黒黒と落とされた巨大な影。
外にいた大型だった。大型、のなかでも、ひときわ大きなといえるもの。それが、半壊していた外壁をつきやぶって身体の一部を伸ばしていた。
ゲンコは床に這いずったままだった。フロムナインが、そのわきに立っていた。おそらく、外から何かが来るのを目の端でとらえたのだろうと思われた。
「立って!」と、叱咤するかのように、ゲンコをうながしてくる。実際には大型がいるため、声も立てられないが。
「っ!」
ゲンコは立った。立ちながら、轟音、と、考えた。そう、ここでもやはり音は聞こえている。この大型……特大型と言ってもいいが、は、鎧の中型と同じで、特別製なのか!?
建物を入りこめば、追ってはこれないはずだった。レシーバーのインカムを、押すのではなく手でにぎって、走りだす。微細な音さえももれないように。
ここを移動すること、来てはいけないこと、報告しなければ。ゲンコは口のはしから血を垂らした。口の中を切ったわけではない。吐血だった。
内臓が奇声をあげている。焼けていた。特に左足を中心に、身体に氷でも入れて芯にしたようだ。冷たく、熱く、めまいがして、あたりの状況が目まぐるしい。ついていかれない……。
常備したあまった布に、血を吐きだす。口から布きれをはなして、ゲンコはレシーバーで通信した。必要なことを、伝える。
指を糸にかけている。あまりに酷使したせいか、糸は実在性を失い見えなくなっている。
目の前に、小型の群れが成した。ゲンコは糸をはじいた。ぶちゃぶちゃと、体液が飛び散る中を、走っていく。走っていく先に、さらに大きな身体があらわれた。中型の体躯だ。弓は引けない。
「っのぉ!」
左足を蹴りいれ、のびてきていた蛸の足をちぎれ飛ばす。中型のふところをかすめる。粘液の腐った香り。
ゲンコは直近して、指をさらにはじく。中型の肉が、派手に裂け散り、肉片と、体躯の一部が千切れ飛ぶ。が、中型は退かなかった。
ちぎれたほうとは反対の腕らしき器官を伸ばしてくる。速かった。ゲンコはのけぞってかわしたが、床に両手がついた。手の中にはエイブリーがある。構えなおした。中型の圧倒的な肉塊状の身体が、視界いっぱいを、おおった。
それは天井が落ちてくるようなものだった。ゲンコは手をつくときに、反射的にエイブリーをかばうようにしていた。たとえ、腕が千切れようが、腕から先の胴がなくなろうが、この道具だけは握っている。
そう横顔が言っていたが、完全にかわしきれず、身体のいくらかの部分は中型の胴体にあたり、すわ、骨が砕けるか、狭い通路では射撃もなしにいなすのは、無理があるか。
ゲンコの肢体が投げだされた。ゲンコは、とっさに自分を吹き飛ばしてかばった、フロムナインの身体が中型と床とのあいだに挟まれるのを見た。波に飲まれた小舟のごとくに。
「……!」
とっさに。
ゲンコは手にしたエイブリーを、槍のように突きだしていた。中型の肚をついた、横棒の一撃。
そのまま長棒のように、両手に構えたエイブリーを、横にはらい、縦に払い、二撃を加える。
叩かれたところは、刃物で切られたように傷になった。鋭利で、かつ、おおざっぱな。
中型が身体を震わせたが、下から起き上がったフロムナインに手ひどい一撃を食らって、噴水のようにふきあがった。
肉片と真っ白な血。
ゲンコは、顔をかばい、目を保護しながら、ようやく自分の手元を見た。
「これ……!?」
手元だ。
(形態変化……? いや、それより、なんで動ける!?)
動揺で、大きく瞠目している。一瞬だが。
両手で抱えられるほどの、両端にくびれかくぼみか、のある金属質の表面――が、細く、長く変形し、棍や、棒。あるいは、杖ともよべるものになっている。
なにより、ゲンコがとまどった、また、動揺したのには、その使いかたがわかり身体が動くことが自然である、不気味な感覚にあった。こんなものの使い方を、振り方を自分が知っているわけもないが、知っている奇妙さ。
おそろしさ。
が、それどころではない。小型に囲まれ、音で幾体も怪物が寄ってきている。怖かろうが気持ち悪かろうが、振るうしかない。
身体が導くのに従って。




