(4) トータル・リコール
実家からはなれて、尚吉はどこかの病院にいた。運良くも、かるいすり傷やうちみで怪我はすんだため、あとは歩いてでも帰れるようなものだった。
なんとなくふんいきで察していたが、それですむものでもなかった。
とはいえ、あの少女は出てこなかった。一日病院で留めおかれただけである。そうして帰りぎわに、出ていった家の周辺で自分を拉致するように病院まで連れてきた人間らと、どことなく似た連中がでてきて、尚吉をふたたび車でどこかへ連れていった。
尚吉は十分精神的にまいっていくのを感じていたが、そこは考慮している場合はないような雰囲気を、その連中はかもしだしていた。態度だけは丁寧で、目隠しをするときも礼儀正しくはあった。
目的地につき、ソファーに座らされ、目隠しはてばやく外された。
音一つしないなかで待っていると、どこかの待合室とおぼしき綺麗な内装のドアを開けて、今度はゲンコが入ってきた。
が、その態度は最初のときとはまた違って事務的であった。また、ぴりぴりしているようだった。
格好はまたブレザーである。
そういえば、なぜ制服なのか。
「はじめに謝罪をしておきます。このたびは、こちらの事情に巻きこんだかたちであり、私が謝罪にうかがうというのも、どうかと思いますが」
と、事務的なままゲンコが言った。脇にはもうひとり、知らない人間がいる。やりとりをみるかぎり同僚だろうか。
同僚、と思ったのは、なんとなくだが、一連の動きに仕事の気配を感じたからである。
どう見ても学生に見えるゲンコにおいては、この推論に説得力をそこなってはいたが、言葉をえらばず言えば学生のように見えるのは服装だけというふうに尚吉は感じた。
なんにせよ、それを見すかしてか、ゲンコはつぎにはこう言った。
「たぶん、困惑しているでしょうが、今の段階で尚吉さんの質問に答えることはこちらにはできません。私たちがどのような立場で、どのような職業であるかということです。謝罪というのは、それもふくめてと言うことです。ひとつ言えるのは、あなたは今監視下にあるのと、同時に突発的な事象に対する身の安全が確保されているということです。その理由もお答えできませんが、これからあなたには、それにもかかわらず不平等な協力を強制することになります。了承をいただけるかはわかりませんが、お断りだけは述べておきます」
「……まあ、わかる」
尚吉はそれだけ言ったが、言ってからややしまったとは思った。が、勝手に口を開いたことについては、とくになにも言わず、ゲンコはふむと言うようにうなずいた。
そのとき、事務的すぎる雰囲気はやわらいだ。といって、それは必要なことは言い終えただけのようだった。
「大丈夫ですよ。事情については明日にでも答えられる範囲でお答えします」
あまり親しげではない調子で、ややフランクになってゲンコが言った。
尚吉は、反射的にゲンコのとなりの人物をちらりと見た。が、無反応である。
日本人ではない、と察せられる見た目をした人物である。銀髪ではあるが、顔がそれほど老けていない。めずらしい髪色というだけか。
「明日?」
「ええ。機器をお渡しするので、のちほど連絡をいたします」
ゲンコはそう言って、あとは二、三の注意事項を話してきた。それらは特筆することのない内容だったが、話はそれで終わり、尚吉は家に帰されることになった。
ただ、言ったつもりもないのにすでに住んでいるアパートが特定されており、それについてはなにも言われず開放された。
(いいのかな)
と、のんきな心配をしたが、そもそも監視下に置かれているという話はされていた。
本当かどうか、たしかめたかったが、わかったのは自分がちょっとあたりを注意したくらいではわからないていどには、その監視というのは隠されているらしいということだった。