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インナースペース・ネクロノミコン 〜ポケベルと白い血肉と円卓の騎士  作者: 地ゐ聞


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(37) 記録(8)





 最近、周囲で騒動が多い。

 街が静かである。



 詩的に言っといて、甲斐かいはそれをほったらかしにした。

 市内はなんにも変わらず、休日には雑ねんとしている。待ちあわせの時刻五分前をさした広場の時計を見やりつつ、缶ジュースを空にふってもつ。

 はたして、佐々はやってきた。

 佐々典昌は、おなじ学校のクラスメイトで、甲斐とは友人という関係になる。

 彼女もちの彼に配慮して……典昌によれば、そんな気づかいとか感じないんだが、という薄情な答えだが、校内ではかわらず付き合いつつ、放課後も休日もあそびまわるのは避けている。

 甲斐は、にぎやかなのは苦手だが一人ではいられないたちで、けっこう落ち着きがないほうだった。

 だれか気の置けない友人と定期的にはしゃがないと、むしろストレスがたまる体質だ。

 甲斐は、内心小躍りするのをおさえつつ、やあ、と鷹揚に友人をむかえた。


「ひさしぶり」

「なにいってんだ? ま、いいや。どこ行く?」


 ウィンドーショッピングを申し出て、佐々にそれを了承される。佐々、とも典昌とも両方で甲斐は……甲斐君代かい・きみよという女子は、この男子をよぶ。

 ただし、今のような胸中、脳内では佐々と距離をおいて呼んでいるのだった。理由としては、佐々が異性としてなかなかに魅力的であること。それと、自分と佐々が恋愛関係にはないことを、区切ってあらわしている。


「こういうの、どんな人が買うんだろうな」

「さてね。立ち止まらない方がいいんじゃない?」

「まあねぇ」


 あやしい霊感商法の店っぽい、ショーウィンドウをとおりすぎる。世紀末だなんだ、と、近づいているせいか三年後の話だというのに世間は気が早く待ちきれない。

 三年後、きっと自分がどうなっているかわからないから、ではないだろう。

 あれで騒いで娯楽している人というのは、自分のようにお祭りが好きなのだ、と、甲斐にしてみれば思っている。

 それは性格のよくない、俗っぽい話だ。それだけに言う意味はさほどない。

 しかし、はしゃいでいるというのは自分にとって一番無意味であるときなのだ、と思うのだ。

 一見自暴自棄にもみえる行為に自分を投入しているのが楽しくてたまらない。これは、人に多大な過ぎた迷惑をかけないかぎり、とやかく言われるようなことではない。と、思う。しょせん個人的な考えだ。

 ボウリングに行くよう誘うといいよ、とかるくオーケーが返ってくる。

 駅から近場のショッピングモールで、レンタルで数プレイ。適当に勝ち負けを競って、精神と運動に刺激をうながしてから、糖分補給。

 ついでに、昼食も食べる。

 ぶらぶら散歩しがてら、博物館に誘う。いいけど、と、こころよくついてきた佐々と連れだって、思いきって電車で移動し化石めぐりの博物館に着く。


「へー、小学校のとき来たなぁ、ここ」


 と、めずらしげに佐々が言う。私も来た、と会話しつつ、あまりふだんは入らない場所へ。

 佐々と、甲斐は小学校はまったく学区がちがうが、ここいらへんの子供を連れていきそうなところはかなり限られているから、重複はしやすかった。小、中学でべつなところにずらしてあるくらいだろう。

 わざわざ電車で移動してまで行くとこか、と言わないのが佐々の面倒くさくないところだった。

 好奇心も旺盛で、恐竜の骨格だのウミユリの曲線だの見て楽しげにしている。これは、本当に楽しんでいるのであって、そういうふうにテンションを上げられる、というのが佐々という男子の人格のいい面だった。

 適当に見て回り休憩。

 

「恐竜とか化石っていうのも、わりとオカルトっぽいんだなー」

「そうか? 科学的じゃない? というか……その口ぶりだとあんまり興味ないの」

「興味はあるある」


 雑談で言うと、佐々はそう? と、ちょっと疑わしげにカクテルソーダを飲んだ。汗をかいたストローが、高めのドリンクを流すのが見える。

 せっかくだから、と入ったレストランは、人がまばらな時間帯だった。

 甲斐はあたりをはばかるように、さりげなく言った。


「そりゃチキュウカンキョウが〜、とか気候がって言われりゃそうだけど。正直、あんな大きいのが海はともかく、陸にいたってさ」

「それはショウジキあるかもな」

「佐々は男の子だからああいうの、好きだろ」

「好きだなぁ。でっかい動物が丘にいたって、夢があるもの」

「あ、カイジュウのなんだっけ。恐竜に似たのがいたじゃない。ちょうどティラノみたいな大きい口で……」


 ぺちゃくちゃ、と、声を抑えめにしゃべる。男女の組み合わせや、若者ふたりと言う先入観は、必要以上に目立つものだ。目立つ、ということは、極力めだつことはしないほうがよいということだ。

 あいつもそれがわかっていなかったな、と、会話の途中、心中でなじる。なじったのがわかると、ちょっと気がくじかれて、雑談の切れ間を見せかけて甲斐はパンケーキを切った。ポップな恐竜の絵柄が静かにふたつにひらく。

 佐々も目をふせてソーダをすすっている。

 なんとなく、甲斐はそのとき佐々が自分の事情を察したようにひらめいた。もちろん、錯覚だった。

 ばかめ、と錯覚をたしなめて、口をひらく。


「シラゼキっていとこがさ」

「うん? うん、あ、前から思ってたけどそのシラゼキっての、もしかして◯高?」

「うん? 前に言ったっけ。まあ、そうだけど。よく知ってんね」

「ちょっとな。で、そのいとこが?」


 甲斐は、ちょっとしたエピソードを話して見せながら、あれだろうか、とあたりをつけた。佐々の反応についてである。いとこの白堰シラゼキつとは、みため強面の不良男で、ナンパな面と不良じみた面がとにかく有名だ。

 実際のところはうわさほど悪さをしている男ではない。女性関係も硬派に、母方の又従姉妹にあたるノンヅキ、望月吟子、という親戚の女性を昔からひそかに慕っているのを甲斐は知っている。

 が、あくまで悪さに関してはうわさほどではないであって、そこは不良とだてに呼ばれていない。

 不良は不良であり、ごろつきである。

 そんなんでは堅気なノンヅキ姉さんはふりむかない、と過去に口先ついて出た言葉があの男の地雷をふんで大喧嘩したことがある、といったことが、甲斐にはある。

 小学生の時分だ。さすがに現在、他人にそこまで無神経にものはいえない。相手は不良で、不良とは女にも手を上げるほどろくでなしでへんな度胸があるから、不良、とよばれるものだ。


「昔ここ来たときは、だから恐竜とか怖かった」

「怪獣映画ってもともとホラー映画だって言うしな。ああいうサツジンキとかと同じなんじゃない」

「へえーそうかな。そうだったかもしれん」


 最近見たホラー映画の、学生と血まみれのナイフを話題に出しながら、神妙な顔つきでパンケーキをほうばる。いちじるしく食欲をそがれる話だ。

 佐々もそうは思ったのか、すぐに話を変えた。

 水族館や植物園……イルカの雑学、今年の海での話、いろいろころころ話題が変わる。雑談て、そんなものだ。

 佐々は今年日本に来たばかりであるから、夏は勉強漬けで海にはドライブにでたきりであるという。

 それも砂浜でなく、断崖沿いの道をちょっと流しで走ったくらいだったという。

 甲斐は付き合っていた女生徒……べつに甲斐にはめずらしい話ではない。と、海に行ったことを思い出しながら、話をあわせた。

 甲斐らの住んでいるこの自治体というのは、県南、県北、といいながら特徴的な海沿いの地形のせいで、県北を東側、県南を実際は西側においてわかれている特異なかたちだった。

 イタリアとかってそんな感じだよな、と一度話の流れで佐々に水を向けると、縮尺がちがう、とさりげに同意しつつ返されたことがあるが、そいうえばそうだろう。

 西欧のほうに住んでいた、とは佐々が転入してきたころに担任に言われていたが、イタリアがその転入まえの国だったことを知らず、あとで詫びたことがある。どうも彼の家族の仕事先にかかわる話でもあったらしいのだ。

 とまれ、海沿いをけっこう大きく臨んでいる県では、その実海岸線がちょっと変わっていて、断崖が名物となっている。ほかに、河口の入りであるということで、大きな市内の水路。


「あとどうする?」


 佐々が言うので、甲斐は目星をつけておいたことを言った。


「あと、さっき回った化石体験ていうの、やっていこうよ。ま、やらんでもいいけどさ。せっかく来たんだし」


 様子見て決めよ、とふわっとしたことを言う。佐々はいやな顔ひとつしない。


「それからラーメン食べて帰りたいなぁ、今日は」

「ああ〜いいな、ラーメンか」

「それかカツ丼」

「カツ丼はきのう食べたからなぁ」


 あれってカツ丼じゃないんだな、と、佐々が言う。たしかに、地元民以外はいわゆる地元のカツ丼をカツ丼とは呼ばず、おどろかれることがある。


「お、ちょっと悪い」


 佐々が、言ってポケベル、と、取り出した。

 うん、と待ちつつも、甲斐はちょっと意外に思った。佐々は一瞬で目を通してポケベルをしまった。甲斐は、つっこんで聞かなかった。

 転入したてのころから、ほぼいままでつるんでいるから、佐々がポケベルを使っている、というのは知っていた。ただ、人前でさえぎって取り出すようなことはまずない。


「いいの?」


 と、甲斐は聞いた。佐々はなんとなくとりつくろうのがつい出た、と言うふうにああ、と答えた。


「今日、おごるよ」


 と、佐々が言った。

 甲斐はん? と、聞きかえした。佐々は言った。


「フラれたって聞いたんだ。悪い」


 とのことらしかった。甲斐は、合点が言った顔をした。


「笹木か? 言ったの。おしゃべりなんだから」

「いや、いつものことじゃん?」

「それもそうか」

「フリーっていうのもつらいな。大丈夫?」

「うるせ」


 甲斐は返した。笑いつつも、若干、苦みがある。今日暇であったのは、二週間前に、付き合っていた彼氏と別れたからだ。

 甲斐は奔放だが、人恋しいところがあって、だれかと付き合って別れてをくりかえしている。ふったりフラれたり、は慣れていたが佐々の気づかいはありがたい。

 佐々のことだから、付き合っている彼女のことは優先しつつも今日の時間を作るのに腐心したのだろう。この男の人付き合いはそんな感じで、少々慣れすぎているところはあった。

 そういう面に対して、うんざりする心と、感心する心がふたつある。甲斐の場合は、素直に感心する面が多いので、佐々とはよくいい距離がとれるのだった。


「光る玩具かぁ」


 佐々が、ふと言った。吹き抜けの展示ホールのすみにめだつようなミュージアムショップというのがある。そこに、キャンペーンでもあったのだか、怪獣映画のグッズが飾ってあった。

 光る玩具、と佐々は言ったがようは怪獣のフィギュア、というやつで、アクションが凝らされている。仰々しい音を立てて、かしゃかしゃ、と動いていた。

 ひやかしだか、試供品のものを手にとって見ている。クラスメイトへのみやげにする、と言い出して入っていたときだった。

 佐々の手にしているやつは、飾っているのよりサイズがふたまわり小さい。しんとして、動かない。それは佐々がとくになにもなく、ぼんやり眺めたからだった。

 それをみやげにするのかと(佐々はこれでもセレブリティだ。突拍子もなく高い買い物におよべるやつではある)思ったが、一瞬で試供品を置いてキーホルダーの列に行った。

 そして、なんと数あるみやげ品には手を伸ばさず、竜が剣にまきついている……脈絡もなくおみやげコーナーに置いてあるのの亜種だろう。

 社会科見学や修学旅行の、校外学習むけの品のようだった。「ローエングリン」などと、英文字とカタカナでオリジナリティを出しているらしい商品名が明記してある。

 そのひとつを手にとって見ている。買うの? と、おもわず甲斐は聞いた。


「ああ。どうしよ」


 と、めずらしく佐々は歯切れのわるいことを言った。

 なにかべつの意図があったようだ。甲斐は、茶化したことをちょっと悪いという顔をした。

 ああ、と、佐々は言った。


「中学のときこういうの見たな」

「あー、見た、見た。修学旅行?」

「そうそう。旅館にな」

「日本いたんだ? そのころ」


 ふと甲斐は聞いた。佐々はうなずいた。


「よくおじさんところ泊まってたなぁ」

「叔父さん、ライターだっけ?」

「そうそう、今は新聞だったかな? 知ってる? 〇〇新聞」

「うち、✕✕」

「あ、そ? おじさん、世話んなったからな」


 キーホルダーを眺めながら言う。まるで、その叔父に買っていこうと考えているようでもあった。


「おじさん」


 と、佐々が言うのは、佐々の母の兄にあたる森名もりなという叔父のことだ。なんでも、品行明朗で生きている佐々はグレたこともなかったが、一時期、思うところあって家を出てその叔父のところで生活していた。

 だいたい三ヶ月かそこらのみじかい間だそうだが、その時期のことがあったから、進路関係でのあれこれが整理できた。という話で、その叔父には感謝しているのだそうだ。

 ただ、妙なことになにか刺激を受けたり、明快なアドバイスをもらったという話では全然ないらしい。

 佐々の父親は、企業の社長という立場にある。イタリアで某アパレル関係の事業を展開している。

 佐々自身がセレブリティというのはそれがある(自慢ではないが、甲斐の家も裕福なほうである)。その父親にくらべても、というのもなにか違うが、叔父自身は凡庸で社会的地位には欠けている。立派な大人ともいえないが、子供のころから懐いていたので、佐々は気を許せる大人として尊重していて好いてもいる、という話だった。

 佐々は結局、竜に剣のキーホルダーは買わず、近くにあったステゴサウルスのぬいぐるみめいたキーホルダーを買った。





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