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(22) アンドリュー






「よす、ウナハラ」


 ナタリアとなのるウナハラは、顔をしかめた。禁煙パイポなんかくわえた女が立っている。



 中肉中背、実のところウナハラよりも背が低い。

 それにむけて言う。


「名前」

「ウナ。またはウルシュラで呼んでいい?」

「勝手にすりゃいいでしょ。諒解とるな」

「つれないの」


 言ったわりに、女、ヨハンナ・ヴェロニカ、という。

 同僚であるアイスランド人は、はちみつ色の金髪をゆらして堪えたようすもない。ショートカットに飾りけのない頭髪。ライトブラウンのダウナーな瞳。

 シャワーをあびてきた気配が残っていて、インナーでうろついている。


「カードしようぜ。って。シルケが呼んでたよと。私も誘われてるからいくよ」

「今行くよ。あなたも服着なよ」

「これから着るんだよ」


 ウナハラはかるく息をぬいた。ヴェロニカはいまいちなにを考えているかわかりづらい顔をしている。


(そういうやつが多いんだから)

「本名で気軽に呼ぶなっていうの」

「ついね。仕事のときはきちんとしているし」

「そういうのは日常から……なんで私が説教してんだ。ばかばかしい」

「情動不安定じゃん」


 ヴェロニカは、うなって自分の髪をなでるようにした。色気のない動作だ。

 ウナハラはぼそっと言った。


「べつに、あなたみたいな喋りかたするやつはよくいるもんだなと思ってね」

「おお、……あー、例のオブライアンか」


 ヴェロニカは、察したことを言った。

 半眼になって、ウナハラはそれに告げた。

片手間に着替えを手にしている。


騎士サートリストラムって呼んでやりなよ」

「なんで。やだよ、真顔で。はずかしい」

「グリニザ本部の敬称だろうが」

「いや、オブライアンも内心でははずかしいと思うな?」


 やや考えるふりをしつつ、ヴェロニカは言った。肩の線をなでている。


「フランス南部での事件がきっかけだっけ。五日で三百体ちかくのヤオヨルズの駆除、その後も最終的に二千体弱にのぼった個体の出現のなかを実働しつづけて、生還した……」


 最終被害は、死者百十二名、重傷者四十二名。発生したのは一九九五年。ほかに五十六名の最終行方不明者をだした事件は、十日間におよぶ主要被害期間中に、一千体強の出現を確認したのち、現象がおさまるまでの三ヶ月間で、二千体弱の確認が記録された。

 被害のあったオーヴェルニュ、クレルモン=フェラン周辺はとくに被害のあった地域を廃都市としてむこう三十年間、再開発が禁止。行方不明者と、遺体の捜索が現在までおこなわれつづけている。

 現場の情況などからかんがみての継続だったが、対象者の位置情報の判明はしておらず、廃都市の詳細な位置情報などは破棄されている。

 べつにそれだけがオブライアン、もしくはゲンコ・オブライアンの実績ではないが、騎士とよばれだしたのはそこからである。


(だからって、騎士っていうね)


 ヴェロニカがふむとひとりごとめいて言っているのを聞きつつ、こぼす。

 べつに不満があるわけではない。自慢の義従妹というものだろう。

 自分に言いきかせるまでもなく、そう思っている。従妹といっても、ゲンコ・オブライアンは十六、ウナハラは十七、ひとつしかちがわない。

 彼女はよくやっている。


「でもナタリアはそれが不満なわけね」

「え?」

「オブライアンが他人に求められるのに、根本的にひっかかりを感じてしまうわけ。ま、人間的感情ってやつ」


 言われて、ウナハラはひっかかるふりをした。眉はひそめている。


「なによ、私がやっかんでるとかそう言いたいわけ?」

「いやいや、やっかんでるとかねたんでるとかなら、むしろ楽じゃない。人間、自分を制御できないときがいちばんこわいんだから」

「怖いってんなら、そうよ」


 ウナハラは、相手にならないそぶりをした。

 更衣室をでる。ヴェロニカも自然にそれについてくる。行き先が同じなのだから、あたりまえだが。


「まったく、最近ついてないからな〜。エラ……もといと、ツェツィリア。ツェツィリアがいないといいんだが」

「きびしいならカードくらいやめりゃいいのに」

「いや、これはやめられない」


 こりたそぶりもないヴェロニカを、適当にながす。飲酒にかんしては言えたことではないが、喫煙にボーイフレンドの関係も、ガールフレンドの関係も荒れている。


(根本的に、快楽に生きてるんだよな、この女は)


 これでウナハラより歳はひとつ下だ。

 ゲンコ・オブライアンに見せたらなにを言うものか。まあ、なにも言わないのだろうが、いつもどおり。


(あんな淡白で味のないビスケのようなのも、あんまりいない)

「ま、カードの前にらちもない話のつづきを終わらせておこう」

「それはあなたがはじめたんだよ」

「ゲンコ・オブライアンてのは、血の中で生きてきたわけ。クレルモン=フェランの話は近年まれにみる事件だった。当時の現地はそりゃ地獄だったし、私も処理に駆りだされた。あなたも行ったんだから、そんなことは言われなくてもわかっている」


 ウナハラはだまって聞いた。一度、自室にもどって不要なものを置いてくる。


「あ。カセットテープ貸してよ。あなた、アレなんだったかな。イギリスのロックバンド。こないだ、聞いてたでしょ」

「ああ。ヴェロニカが勝手に再生してたやつね。人のものにすぐ触りたがるよね」

「ひどい悪口を聞いたわ……」


 どうせ顔がいいとか言いだすのだろう。

 ヴェロニカは、思いついたようにつづきをしゃべった。


「オブライアンもわりと生い立ちにめぐまれないところがあるやつだ。私だったら、ああいうこみいった人生……ウゥン、まあ、生活のようなのはごめんだし、本人がどう思ってるかは、知らないけど。不幸よりとはよべるかもしれないし、あなたは立場的にそれを気にかけざるをえないわけだ」

「私はね、のぞまれていない同情っていうのはされた人間を傷つけるってことくらいは、なんとかわかる人間とは思ってるの」

「同情ならいいが、あなたの感情はそんなんじゃないと思うなあ、それどころじゃないというか。言葉にしたら私も自信がなくなってきた……」


 ヴェロニカも一度、自室にもどる。律儀に待っていると、すぐにやってきて言った。


「なんというか、あなたは重いよ」

(失礼なこと言いやがる)

「ゲンコ・オブライアンが半身にみえる妄想が止まないでしんどいわけ?」

「そりゃたしかに悪夢っぽいな」


 ウナハラは、吐息まじりに答えた。

 行こ、とうながしてヴェロニカは歩きだした。


「とにかく、おたがいが人間に見えていない関係は心によくないもんさ」

「私はそこまでじゃない」

「意見の可否は、そうだちょうどいいから、カードで決着つけようぜ」

「ふたりとも負けたらどうするのよ」


 しかし、すぐあとで急な招集と現場が入り、カードの勝負は流れた。

 よってまだ可否はついていない。





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