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(20) 新世界より(1)





 夢。

 自覚する。



 

「それでは、あなたがたは本当に外宇宙から飛来したとでもいうのですか?」

「そのとおり」

「それは嘘でしょう。だって外宇宙にいる生命というのは、人間の次まで進んでいて、私たちには形容しがたい姿をしているのです。私たちの脳ではそれを想像できません。だからなにかおそろしいものに見えている」

「それは古代の熱砂からきたものであり、密林に隠れ住んでいる。深海であり、進化であり……しかし、不思議だな」


 コーヒーがゆれている。ゲンコはその水面を見つめた。


「なにがですか」

「うむ。君はなぜそれを知っている? どこから聞いた? 君の母親だろうか。知っているとおり、タエコ・イソーテは、悪魔ロウロクからの隔世遺伝が発芽している。彼女は人間ではない。処女懐胎。我々の同胞の血。いや、私たちに同胞ははじめいないのだが……人間と外宇宙の神々がまじわってできたおぞましき奇跡」


 楽しげに言う。ゲンコは言葉を探した。だが、無難なものしか浮かばない。

 ここは夢だ。これは夢だった。いつも見るとわかっている。夢であるためにめざめとともに、頭から忘れさる。

 そして、見ている内容を、誰かが覚えている。誰が覚えているのか、ゲンコにもわからない。自分はなぜそれを知っているのか。誰から聞いたのか。

 母。


「彼女は私の母親ではありません。私は機器の中で培養されて育ったものですから」

「クラーダ・オブライエンによる無謀な、輝かしいこころみ。酷なことをするものだと思うよ」

「そんなことを言って、あなたたちのだれも止めなかったんじゃない」


 男は、からからとグラスの氷をまわした。中身には蜂蜜をどうかしたような、あざやかな黄金色の酒が入っている。


「それを恨み節に思っているのかい?」

「かわいそうな子はどこにもいなかった」

「うん? よくわからない。すまないね。そうそう、私たちが人間の姿であることと、それが外宇宙からなんか来ていない証拠だというかんぐりだけどね」


 グラスに口をつけ、はなす動作が見える。ふるうような美形。でありながら醜悪な唇。


「私たちが地球へきたころ、君たちにいま見えているほんの一部……あるいはそれはどの名前のあるものではなく、どれよりも微細であり……まあ、とにかく愚かしい選択をしたものがいて、興味から人間の脳を少量摂取したとしよう。あるいはそれは興味というものより、切実で不誠実な高次で低俗なものだったかもしれない。その結果としていまも怪物が排泄されている。老廃しつづけている。彼らは人間の理解に失敗した。その屈辱と懊悩から君たちには理解できるかたちが意思ある暗闇めいた雲となって、身体の一部が勝手にさまよっているのだ」

「オールトの雲……」

「趣味のわるい呼び名だ。彼ときみらが定義する個体は、きみたちにそう見えるだけで生体であり物質なのだ」

「彼……」

「彼はいまも生体活動をつづけている。そも、克服したわたしたちの肉体がそのくらいで朽ちたり停止したりはない。精神や魂にまでふみこんでから、そこからさらに一段階すすんだのがわれわれで、たとえば彼のように。欠地したよな生体サンプルとして同胞に解剖比較されながら、なお増殖する肉塊となったのは本意ではまったくない。わたしたちの本意とは、結局人間を理解すること。そのために、おなじかたちのものとなった。これはみずからの意思で」


 ゲンコは首をかしげた。口の中が、薬品づけにしたように苦い。

 苦いという味を昔は知っていた。なら、これは正常な人間としてもつべき記憶なのか。

 それは、やはりだれが思いだしているのか。


「だいじょうぶかい? こいつを飲みなさい」


 黄金色の液体が置かれる。趣味わるく、安っぽいビーカーに入れられている。

 ゲンコはしばらくながめていたが、やがてガラスの器をとって口をつけた。


「……でも、あなたたちは、あなたたちなんて言うのが正解かしらないけど。次のステージに行っていろいろ克服したのでしょう」 

「それはそのとおりだ。それが」

「それが人間みたいな間違いなんてやるかしら。いえ、そもそも間違いなんてやるかしら。自分たちがはるか昔に、遠いところにいったものをなつかしむなんて感情は内包したうえで克服しているんじゃないかしら。興味をもつなんて感情も、知りぬいたうえで克服しているんじゃないんですか? そんなに遠くに到達したヒトたちなら、私たちにはかれるところがひとつでもあったらおかしいことになりますよ」


 ゲンコは舌に熱さを感じながら、歌でも歌うように不平をもらした。


「私たちに理解できる間違いを犯した時点で、あなたたちはどこか別の場所から来たんです。そして、そのことに気づかない人は一人もいません」






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