僕の中 ココロノナカ 一
瞼を開く。
見えるのは白い天井にカーテン、隣には幼なじみが昨日持ってきた花が飾られている。
ここが今の僕の場所だ。
家族はいる。たった一人の肉親となってしまった妹の雪。
昨日、僕は高校生になって、雪は中学二年へとあがった。
雪は事故の後遺症からか目覚めるのはいつになるか分からない状態。
僕が目覚めているのは奇跡に近いと医者は言っていたが、ならば雪は奇跡に恵まれなかったのだろうかと悪く考えてしまう。
両親は即死だったのこと。聞いたときは悲しみしかなかった。でも妹が生きている、それが僕の支えになって、今がある。
病室のドアが開かれた。今日も美味しくない食事。味もそうなのだが、家で食べていたことを思い出すと箸が思うように進まなかった。
朝食が片づけられて、車椅子に乗り込む。リハビリのために向かう場所には、雪よりも小さな子がいて、泣くといつも僕の方に来る。
「ようすけおにーちゃん、きょうわたしなかなかったよ」
「おう、がんばったな」
頭を優しくなでると、彼女はえへへと笑う。
そこが雪とものすごく似ていて、僕にもう一人妹が出来たような気持ちになった。
「相模さん、それじゃあリハビリを始めましょうか」
担当の先生が来て、彼女と別れる。
「ゆき、がんばるからね」
彼女の名前も妹と同じなのが、ひどく悲しい。
リハビリが終わった後は足がとても痛い。 いちおう足の指を自由に動かすことは出来て、車椅子を使えば一人でトイレへ行くことまでは出来るようになった。
でも歩くことが出来ない。すでに足は完治していて、身体上問題はないという。
「お兄ちゃんだいじょうぶ」
下ろしていた顔をすぐにあげるとそこにはゆきちゃんがいた。
雪はまだ目が覚めてないだろ。
「大丈夫だよ、ただ疲れちゃっただけ」
彼女は僕の膝に座ったので、車椅子をこぐ。
「陽介君、大事な話があるんだ」
面会時間がもうすぐ終わる時に、叔父は僕に言う。
「車椅子で学校にも行っていいという許可がおりたよ」
驚きだった。
この身体では無理だと思っていたからだ。
「でも、陽介君が受かった高校ではないんだ」
「えっ?」
叔父は悩んでいる。話すべきかどうかという顔だ。
「その高校には、今の陽介君をしっかりと勉学に励ませられるほどの設備はない。だから、叔父さんの知り合いがやっている宝星館高校にいってもらうことになった」
宝星館高校、僕は受けなかったけど名前だけは知っている。国立並に頭がいいとされる私立高校だ。
「で、でもテストとかあるでしょ?」
叔父は僕の反応から別に行っても良いことを悟ったのだろう。
「大丈夫だよ、陽介君は宝星館には受かってるから」
いや、それはないから。
「はい、これ」
渡されたのは僕宛の封筒。ご丁寧に宝星館の理事長からだった。
開けてみると合格という大きな文字といくつかの入学書類が入っていた。
「陽介君は学校に行きたい?」
その答えは行きたいに決まっている。でも、雪はどうする? たった一人でこんな遠いところにいさせるつもりなのか。
返事が出来なかった。
「うん、やっぱり陽介君はいい子だね」
「……え」
「もしね、雪ちゃんの事を考えもしないような兄だったら白紙に戻してしまおう、と考えていたんだ。でも、無駄な心配だったね」
それは当たり前だ、雪のためなら何だってするってくらいの覚悟はある。
「退院まであと一週間頑張るんだよ」
見回りのナースの人に連れられて、叔父は病室を出ていった。
夜は静かだ。清掃員や病院関係者以外の足音を聞くことは出来ず、他の人と話すことも出来ない。
瞼を閉じれば暗闇、窓から射し込む月光を感じることもかなわない。
僕はあの日から夢を頻繁に見始めるようになった。
家族と一緒に花見に行ったずっと昔を。
一週間が過ぎ、僕は退院することになった。
今は車椅子ではなく、松葉杖が僕の足の代わりだ。
雪はいまだに僕の前で目を覚まさない。もしかしたら、家族と一緒にいる夢の中にいるのかもしれない。
「陽介君、そろそろ行く時間だ。みなさんが入り口で待ってくれてる」
「うん。それじゃあまたすぐ会いに来るからな」
雪の手を握って、病室を出た。
「ようすけおにーちゃん、たいいんおめでとー」
拍手と共に渡されたのは大きな花束。
「ありがとう、ゆきちゃん」
僕は小さな彼女の頭をなでる。後ろにいる女性は多分母親なのだろう。
「みなさん、ありがとうございました」
僕は叔父に花束を渡して車に乗り込んだ。
振り返ってみると、ゆきちゃんは見えなくなるまでずっと手を振っていた。
久しぶりの家に戻ってきた。家族と今まで過ごしてきた家、ただいまといえばおかえりと返してくれる人のいない場所。
「陽介君は、明後日には僕の家に住むことになるから明日までに荷物をまとめておいてね。叔父さんは雪ちゃんの移転の手続きをしてくるから」
叔父はそう言って静かに消えた。
家に入ってから、何年も来ていないような感覚は消えない。