どうか、すべてを背負いし者が報われますように
『十年以上、十五年未満を条件にレモーネ家はローデント公爵家の傘下に入ること』。これらを条件にレイモンド・レモーネとカティアの婚約破棄騒動は終結した。
この条件を付けた理由は三つ。本当に降爵しなくても良いのか見定めるため、今後同じようなことを繰り返さないように両家の関係改善、そして信頼が地に落ちたレモーネ家を立て直すため。新当主となったレオン・レモーネが主体となって動き出した計画は二年が経過した現在、順調に進んでいた。
「────改めましてレオン殿、新事業立ち上げおめでとうございます」
我がローデント家の傘下となったレモーネ公爵家の当主、レオン殿は先日レモーネ領の特産品を改良して新しい事業を始めました。それは大きく括れば『衣服』に分類されるもの。
レモーネ公爵領ではシルクの生産が盛んで、今まではそれを規模が大きい服飾店に売ることで稼いでいました。ですが今回、レオン殿が行ったのが『レモーネ家直轄の服飾店』のオープンです。普通の店と違うのは、『ドレスや燕尾服など貴族向け商品がメインの販売ではない』という点。この店では今までになかった『私服』を取り扱っています。貴族だけでなく、頑張れば平民でも購入可能な価格設定。代わりに少し品質を下げることで、貴族がお忍びで着るのにも適した衣服を販売できるようになりました。
シルクを使用しているので多少品質が落ちても十分に高級感のある見た目。ありそうでなかった、このような衣服を欲している人は多かったのでしょう。オープン前からその店は話題に、そしてオープンから数ヶ月経過した現在ではすっかり人気服飾店に仲間入りしています。
普通ならその衣服を作るための布を独占しようと考えるでしょうが、レオン殿が行ったのは真逆のことでした。『今までは規模が大きい服飾店に売っていた』と言いましたが、この店をオープンして話題になってからはどんな店でも注文できるようにしたのです。つまり技術は譲らないが素材は提供する、ということ。そのおかげでさらに知名度が上がったように思います。
「ありがとうございます。リオン殿が協力してくださったおかげです」
「ずっと気になっていたことがあるのですが、レオン殿はなぜシルクの独占を選ばなかったのですか? 独占すればもっと売り上げが上がっていたでしょうに」
「いえ、そうでもないと思いますよ。これはすべてが俺のアイディアというわけではなく、留学中にメイスフィールドで学んだことを生かしただけのものですからね。独占したところでいつかは他国から輸入できるようになっていたと思います。それなら知名度を上げるのも兼ねて、最初から独占という選択肢をなくすのが最適だと考えました」
なるほど……たしかにそれなら、大国であるメイスフィールドが先に大量生産して輸出を始めてもおかしくないですね。長期的に安定した収入を得たいのであれば、正しい判断だったのかもしれない。
レオン殿は以前までの質の高いシルクの販売をやめたわけではありませんから、収入源としては十分で新しいことを始めるのにも余裕があったのでしょう。
「これで兄上の婚約破棄騒動で支払うこととなった慰謝料で痛んだ懐も潤い、良い印象を与える事業でレモーネ家の信頼も少しは戻ったのではないでしょうか?」
「ええ、そうでしょうね。ところでレオン殿、新事業を始めるくらいですから資金には余裕があるものだと思っていたのですが……」
「お恥ずかしながら、全くそのようなことはありませんよ。ですがほぼすべてのものを失った状況で家を建て直すにはそれ相応の行動が必要ですし、留学中に学んだことを生かして賭けに出てみたんです。どうせ失敗してもうちの評価は地に落ちていたのですから、あれ以上下がることはありませんでしたし」
「それは……すごいですね。ですが運も実力のうちと言うでしょう。その決断力は尊敬に値しますね」
ワインの入ったグラスを傾けながら賞賛の言葉を口にすると、彼は首を横に振った。
「実は、俺一人で決断したわけではないんです。最後の後押しは兄上でした。あの時、『この事業は必ず成功する。俺の立場で言えたことではないが、信じてほしい』と言った兄上の目は今でも覚えています。あんなに真剣な目で訴える兄上は初めて見ました。だから信じてみたんです」
「ほぅ……ですがそれでも、一世一代の賭けに出るにはまだ不安材料が残りませんか?」
「いいえ、『あれほど真剣な目で訴える兄上は初めて見たから』と言いましたが、一番の理由は別にあります。兄上は、ものすごく勘と運がいいんですよ。元々留学の話は兄上に来ていたくらい俺の兄が優秀であることはご存知ですか?」
「聞いたことはありますね」
カティアへの所業を知っていた身としては、全然そのようには感じませんでしたが。でも一度だけ、鳥肌が立つような出来事はありました。私とあの男で二人きりになったことがあるのですが、それが生死に関わるほど危険な場面だったんですよ。誰にも話したことはありませんが、そこを切り抜けられたのは皮肉にも彼のおかげでした。思えばその時に彼が選んだ行動はとんでもないものだったのにも関わらず、直前に考え込むような素振りがありませんでしたね。
「あれ、全部兄上の勘と運の成果なんですよ。兄上は元々平均程度の学力ですが、なんせ勘と運がとんでもないので選択問題ばかりの試験だと出来レースなのです」
「そうだったのですか……だからその言葉を信じたと?」
「はい。まあ俺らは双子なので、今回は具体例を出しましたが、お互いへの理解は理屈じゃないんです」
話が逸れましたね、と苦笑するレオン殿は懐から一枚の書類を取り出した。内容を確認すると予想外のことが書かれており、思わずその文面とレオン殿を二度見する。
「もし良かったらですが……カティア様は一年ほど前にご結婚されましたでしょう? 参列はさせていただいたものの、忙しくてずっとお祝いできていませんでしたので、これは俺からの『友人としての』お祝いです。お時間ある時に、ぜひアルバート皇太子殿下と一緒に遊びに来てください。いつでも歓迎しますし、無料で商品の注文を承ります、とお伝えいただけますか?」
「良いのですか? 予約がいっぱいだと聞きましたが……」
「もちろんですよ。今言った通り、これはささやかですが俺からのお祝いなので」
心から祝福してくださっているのが分かる笑顔で『ついでにお茶でもできたら嬉しいですね』と言うレオン殿に、少しだけ胸が痛む。あなた、まだカティアのことが好きでしょう……どうにもならないのが分かり切っているのでそんな言葉は飲み込み、私も同じように笑顔を返す。
「ありがとうございます。きっとお二人も喜ぶことでしょう」
「そうだと嬉しいですね」
若くして家族の罪を償うべく、奮闘しているレオン殿。彼はそれどころじゃないと、いまだに婚約者すらいない。レモーネ家の再建に全力を注いでいる。貴族社会において身内の責任は一族全員で取るべきだとされている。だとしても……何の罪もなく、それどころか今は皇太子妃となった愛する妹の唯一の味方でいてくれたこの人が報われ、幸せになることを私は祈らずにはいられない。
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