ようやく俺にも運がまわってきた?
俺、『運田 欠』ウンダカケルは運が悪い。
交通事故に遭うのは毎年。階段から転げ落ちること日常のルーティンと化している。遠足は必ず雨、もしくは台風や雷雨が当たり前。くじ引きでポケットティッシュ以外もらったことがない。このように常々運が悪かった俺だが、今日この日の為に運を貯めていたのかもしれない。
そう、バーチャルゲーム「エグゼクト」の、先行体験が出来る権利の趣旨が書かれた紙とヘッドセットを握りしめていた。
「抽選で全国で100名。倍率は1000倍。こんなのが当たるなんて…」
ヘッドセットと、紙を握りしめている手が震える。
「こんなの当たるなんて、明日には死ぬのかもな。はは」
今日の20時から0時の間にしかログイン出来ないようだ。それが過ぎてしまえば、ゲームをすることは不可能と紙には赤字で記載されている。
「絶対に寝過ごしたりしたら大変だな。アラームかけておこう」
「…へ??、23時59分?」
机の上の時計はまざまざと俺に時間を突きつけた。
「1分まだある…。間に合うかもしれない…」
死ぬ気でパソコンにかじりつきログインパスワードを打ち込む。こういう時こそ冷静に。
目の前の景色が変わる。
目の前に大きなガチャとスーツ姿の男性が現れる。
「あの、まだ間に合いますか?!」
スーツ姿の男性はゆったりとした口調で答える。
「はい、大丈夫ですよ。間に合っていますよ。ふふ」
安堵の余り俺は床にへたり込んだ。
「はぁ…。良かった…」
男性にガチャの前まで進むよう促される。
「目の前のボタンを押して頂ければ、武器や装備品などが10個出てきますので」
俺は運が悪い。何度も同じことを繰り返していて申し訳ないのだか、俺は運が悪い。
10連ガチャで目当てのものをゲット出来た試しがないのだ。
悟りを開いたような顔で、そっとボタンを押す。
眩い光が目の前に広がる。もしかして…?
「アイアンソード10本ですね」
「はは…」
乾いた笑いしか出てこなかった。
うん、わかってた…。わかってはいたけど涙が出そうだ。
なんだよアイアンソードって絶対冒険の序盤にしか使わない武器じゃん。
「ほう、良いものを引きましたね」
「え?」
いきなりディスられたのか?さすがに泣いちゃうぞ。
「ああ、すみません。説明させて頂くとアイアンソード単体だとこのゲームで一番弱い武器なんですが、『玄の刀鍛冶』に10本捧げると剣聖の剱というこのゲームで一番強い武器になるんですよ」
「そ、そうなんですか」
「でも玄の刀鍛冶も出会える確率が0.1%とかなり低いので」
「あ、無理ですね」
思わず口から本音が漏れてしまった。会える確率1%もないの?それは無理だよ。うん、あきらめよう。
「それで、会える確率を上げるアイテムをお渡ししますね」
「えっ?良いんですか?!」
思わぬ幸運に声が裏返った。
「はい、一番最後にログインされた方にだけレアアイテムをお渡しすることになっていますので」
「ありがとうございます!…ちなみに会える確率は何%くらい上がりますか?」
男性はニッコリと微笑むだけで、教えてはくれなかった。
あ、1%くらいしか上がらないのかな。
その後はゲートをくぐり、ダンジョンへとついに足を進めることになった。
うっそうと草が生い茂り、一歩足を踏み出すだけでもかなり体力が必要になった。
「まだモンスターに襲われてないなんて、ついてるな」
何度もすまないが俺は運が悪い。日常生活の中で普通出くわさないような熊、ライオン、ワニなど様々な動物に魘われたことがある。そのためまだ何もモンスターに襲われていない今の状況は俺にとってはとてもラッキーなことなのだ。
「よっと…」
目の前の大きな石に避けようとした瞬間。
「シャアー!!」
ワニの様なモンスターに変化した。
「わあああ!!」
咄嗟に慌てで避けようとし、身体が大きく傾く。
「が、崖?」
そう、体が傾いた先は下が全く見えないような、深い崖になっていた。
死んだな、こりゃ。
「ぁああああぁぁ」
頭から真っ逆さまに深淵の闇に落ちていった。
「…う」
目を恐る恐る開ける。高速で落ちていって、身体がバラバラになっている筈なのだが、身体はゆっくりと落ちていっていた。
「ど、どういうことなんだろう?」
誰かが魔法か何かで助けてくれたのだろうか?しかし周りを見渡しても人はおろか、モンスターなど生物の姿も見受けられなかった。
「あ、地面だ」
そっと足をつくことが出来た。上を見上げると光がまともに差し込まないほど深い崖だった。
「崖から落ちて死ななかったなんて…。なんて俺はついているんだ。神様ありがとうございます!」
ここまでの強運は今までの俺ではありえない。本当に神の加護があるのかとさえ思ってしまう。
「さて、でもどの道に進めば良いんだろう?」
5本の道が目の前に広がっていた。
どの道を選んでも死ぬ予感しかしない。
ふと、「ぽんっ」と足に何かが触れる。
「っ!?またモンスター!?」
体を素早く振り向かせるとそこには30センチほどの小熊が立っていた。
襲ってくる様子は全くない。きょとんとこっちの方を見続けている。とても可愛いらしい。何かモノ欲しそうにじっとこちらを見つめ続けてきている。
「うーん…。何かあげられるようなものは持っていない筈だけど…。あ!」
アイテムボックスの中から布袋を取り出す。
「玄の刀鍛冶に会える確率を増やしてくれるアイテムらしいけど…」
そのアイテムの正体は『クッキー』だった。
「俺が持っていても、会えることはないと思うから、食べるかい?」
小熊は目をキラキラとさせ、こちらの言葉が解るのかコクコクと頷いた。
「ふふ、ちょっと待ってね」
袋から取り出して、小熊に差し出す。
小熊は受けると、もぐもぐとクッキーを平らげた。
「美味しかった?」
小熊はコクコクと頷く。
可愛いなあ、まるでティディベアが動いているみたいだ。
すると小熊がズボンを引っ張る。
「こっちに来いってこと?」
小熊はコクリと頷く。
その道は自分が進もうとしていた道とは正反対の方向だった。
「どちらにせよ、分かんないし着いて行けば何処かしらには着くかな」
俺は小熊の後ろをゆっくりと付いて歩いて行った。
「はあ、はあ」
結構歩いた。体感5時間くらい歩いている気がする。
小熊は歩くスピードが全く変わらない。早すぎず、遅すぎず俺の歩くスピードに合わせてくれているように歩いているように見える。
先に薄っすらと、光が見えた。
「も、もしかして出口!?」
するとそこにはありえない状況が広がっていた。
「へ、剣?」
そこにはズラリと壁一面に立派な剣が整然と並んでいた。
窯などあり、まるで刀鍛冶の工房の様であった。
小熊に腰に指していた剣を引っ張られる。
「もしかしてこの剣が気になるの?」
小熊はコクコクと頷く。
そっと、小熊に剣を渡してあげた。するともっと寄越せと言わんばかりにアピールしてきた。
「もう一本欲しいの?ちょっとまってね」
アイテムボックス画面を開き、1本と入力したその時、横から小熊の手が伸び9本に変えてしまった。
「あっ!」
目の前に9本のアイアンソードが現れてしまった。
「10本もこのゲーム最弱のアイテムなんか出しても、なんの意味もないは…」
『10本のアイアンソードを玄の刀鍛冶に渡すと、このゲーム最強の剣を作ってくれますよ』
まさか、と小熊の方を振り返ると小さな体から出るとは思えない力で刀を打っていた。
「まさか、『玄の刀鍛冶』?」
小熊はこちらを振り向くとコクコクと頷いた。