徒労の錬金
pixivで「その世界の代償に」というタイトルで二次創作かつ校正前の話を一話先行型で投稿中です。良ければ見ていってください。
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ズグリと嫌な感触がナイフ越しにアイアスの手に伝わる。
アイアスの目の前に居た男は突然の夜襲に対応できるはずもなく、口からあふれた血で憎たらしい顔を濡らした。
苦痛に叫び何とか生にしがみつこうと暴れていたが、やがて男はビクンと一度跳ねるとそのまま動かなくなった。
ナイフを抜く。骨を砕く際に欠けた刃が、男の肉に引っ掛かりアイアスの手を血に染めた。
「は、、はは、、、やった」
アイアスは先手を打ったのだ。リリィが殺される日の前に男の命を奪っておく。これでこいつが情報を漏らすことはなく、さらにはこいつの手によってリリィが命を落とすこともない。少なくとも可能性は下がった。
異変に気が付いた守衛が近づいてくる音が聞こえた。だがアイアスが逃げる気は全く無かった。
「やっと、これでやっと終わりだ」
状況を確認した守衛は「アイアス様!?」と驚きの声を上げた。
「この状況は一体!?」
「私が殺しました」
「は、、、?」
「私がこの男を殺しました。早く牢に連れて行ってください」
守衛は目の前で起こっていることが理解できない様子だったが、迅速にアイアスに手縄をかけると、城の地下牢までアイアスを連行した。
「なんであんなことをしたの!?アイアス!!」
一週間後、リリィが面談に来てくれた。Xデーは過ぎ去っていたが、リリィには外傷一つない。
その姿を見てアイアスは安堵した。
「良かった、、、良かった」
「なんにも良くないよ!!」
リリィはアイアスを非難する。失望と悲壮にあふれた声ではあるが、まぎれもない彼女の声だ。
「アイアス、答えて!!どうしてあんなことしたの!!」
「ごめんリリィ。それは答えられない。でも、良かった。良かったんだよ。これで」
「なんにもわかんない!!何が良かったのかも!!なんで良かったのかもわからないよ!!」
悲痛な叫びが閉鎖的な牢にこだまする。リリィの言葉にアイアスは目をそらすしかなかった。
「リリィ様、そろそろ」
お付きの者が面会の終了時間を告げる。
「アイアス。私はアイアスが理由もなく人を殺すとは思わない。だからアイアスのことも、殺された従者のことも徹底的に調べ上げて減刑できるように努力する。でも、期待はしないで」
アイアスは一人ぼっちになった。
リリィの足音が聞こえなくなったころ、グチャリとアイアスの右腕が落ちた。
まだ少しビクビク動いている右腕を見て、アイアスは男を殺した夜を思い出す。
肉を絶つ感触。骨を割る感触。心臓を破壊する感触。人の人生を奪った感触。生暖かい血を浴びる感触。人と、その人に関わる人の人生を狂わせた感覚。
既にないアイアスの手が震えた。恐怖と後悔で涙があふれる。
「あいつを殺したおかげで、私はリリィを救えたんだ」
だが、リリィを救うためにお前はあいつを殺したのだ。理性がそう主張してくる。
地を這っていた右腕はやがて黒く変色すると、赤く輝きその姿を消した。
肩から血が滝のように流れ出る。早く止血をしないと死ぬ可能性があるが、「まだ罪なき王宮勤め」を殺した自分はどうせ死罪に違いない。そしてその許可を下す者の中にリリィも入っているはずだ。そんなことでリリィを苦しませるのなら、いっそここで死んでしまうのもアリかもしれない。
そんなことを考えながら意識を手放そうとした。
「敵襲――!!!!」
兵の声と共にあの爆音が轟いた。
「な!?うそだろ!?あの日はとうに過ぎ去っているはず!!」
鉄格子から外を見る。城壁に阻まれ細かいことはわからないが、あの忌々(いまいま)しい爆炎が立ち上っているのは確認できた。
アイアスは牢を破壊しようと術式構築を試みる。しかし術の対策が施された牢の中ということもあり、まともな錬金を行うことは出来なかった。
「やめろ、頼む、、、やめてくれ、、、」
何もできないアイアスは、ただ牢の中で事の成り行きを見守る事しかできなかった。
何度か、日が過ぎたのだろう。戦乱の最中まともな食糧を与えられなかったアイアスは衰弱しきっていた。
「ああ、静かになったな、、、、」
漏れ出た声は自分のものとは思えぬほどしゃがれていた。せめて、この戦乱をリリィが乗り越えてくれていればいいな。そんなことを考えていた。
最早目の焦点すらまともに合わなかったが、誰かが牢を開くのが見えた。
「おそらくこいつがアイアス・カインホルストです」
「右手を失っているが錬金は出来るのか?」
「さあ?しかしあの研究所にあった術式を説明するくらいのことは出来るでしょう」
「まあもしも役に立たなかったら殺せばいいだけの話か。一人吊るすも二人吊るすも大して労力は変わらんからな」
太った男と痩せた男は無理やりアイアスを立たせると、牢の外へと引っ張って行った。
久しぶりに外に出た。だが太陽は厚い雲に阻まれ、風には煙や焼ける肉の匂いが混じっていた。街道にはテルテル坊主のようにさらし者にされている国民達が大勢いた。ヘイエルダールは負けていた。
その一つに焦点が合う。
風に力なく揺れる少女の遺体。綺麗な白い髪はところどころ引きちぎられ、透き通るような肌は暴行の痕で黒く変色している。舌がだらりと垂れさがり、わずかに残った体液がパタリ、パタリと地面に落ちる。命の無い虚ろな目だけがこちらをぎょろりと覗いていた。
「あ、、、リリィ?」
三度、アイアスはリリィを失った。
アイアスは叫んだ。アイアスを連れていた兵士が槍を向ける。だがアイアスはそんなことお構いなしにリリィに駆け寄る。アイアスの背丈ではリリィを下ろしてあげることはできず、ただ足に縋る事しかできなかった。
「なんで。どうしてっ!!!なんでリリィが死ななきゃいけないんだ!!二回も、二回も作りなおしたのに!!!なんで!!!」
背後に兵士が迫る。だがしかし、牢から出られれば錬金術の行使は可能だ
空に術を書く。原子を別の原子に置き換える術式。錬金術師にとっては初歩の初歩。そんな術でさえアイアスにかかれば立派な攻撃術式だった。
「変われ」
視界に入った全ての敵兵に術をかける。兵たちは体の中に存在するほとんどの酸素を別の物質に置き換えられバタバタと倒れていった。
邪魔者はいなくなった。アイアスは壊れた石畳から鋭利な矢じりを錬成するとリリィを吊るしていた縄を切った。支えるものがなくなった皇女の体は、まるで糸が切られた人形のようにドシャリと落ちる。何とか研究室に連れて帰ろうと思ったが、今のアイアスにはリリィを持ち上げる体力すらも残っていない。
開いていた目を手で閉じ、袖で顔を拭く。それでもリリィの苦悶の表情が消えることはなかった。
「ごめんな、、、ごめんなぁ」
左手でリリィの頭を撫でる。三度救えなかった愛する人を、それでも救う決意をする。
アイアスは研究所へと歩き始めた。錬金術の式は破棄した。原因となりうる男の殺害も成した。次に私が出来ることはなんだ。
研究室の戸を開ける。幸いここは敵の魔の手は及ばなかったようだ。地下室の術式も無事ですぐにでも世界を錬成することが出来た。
アイアスは右肩に手をかけ、失った手のカサブタを引きはがす。血がボタボタと落ち、研究室の床を汚す。
出来た傷を直に術式に付ける。術式は怪しく光始め、アイアスを更なる別の世界へと導いた。
ドシャリ。
アイアスは嫌な音を立てて倒れた。
「憔悴しきった体ではさすがに世界錬成はこたえるか」
何とか立とうとするがうまく立てない。右足に力が入らなかった。
不思議に思って自分の足を見ると右足は立っていた。しかしその先にアイアスの体は付いていない。ただ右足だけが立っていた。やがて右足は真っ黒に染まり崩れる。赤い光が状態保存装置の光と混ざり、怪しく輝いた。
「ああ、今回の代償か」
右腕と右足を失ったアイアスは床を這いながら手前の広間まで出る。そこにはやはり左手を失ったホムンクルスが寝転んでいた。アイアスはそのホムンクルスの右腕と右足をナイフでちぎると、自身の体に移植した。ホムンクルスは苦痛に叫んだが、前回ほどは耳障りに感じなかった。
やはり最初は腕と足に痺れと似たような感覚麻痺がおこったが、十秒もすればもとに戻った。アイアスは裸足の足をヒタリ、ヒタリと鳴らしながら階段を上っていく。
「今日はいつだ。前のリリィが死んだときから、前の前のリリィが死んだときからいつだ」
カレンダーに目を見やる。日付はXデーの二日前。つまり前回アイアスが飛んだ時よりも一日後だ。
今更あの従者を殺しても無理だ。どうせ戦争は起こりリリィは死ぬ。かといって放っておいたらあの従者に殺されて死ぬ。世界錬成の事実を公表し、ヘイエルダールに防御態勢を敷かせればあるいは今回の戦争は勝てるかもしれないが、未来永劫その技術をめぐって戦火にさらされることになる。
「どうすればいい?どうすればリリィが殺されず、戦争も起きない世界になる?」
なぜ戦争が起こるのかをアイアスは再び考えた。
最初は「人体錬成」の情報が漏れたことが原因に違いない。しかし二回目は人体錬成は不可能だったと伝えたはずだ。あるいはアイアスの演技がばれていたとしても、三回目も戦争が起きた理由が分からない。そこでは内通者は殺したのだから。
そこまで考えて、一つの考えがアイアスに浮かんだ。
「二回目の世界で人体錬成の事実を知っているものは、もう一人いる」
アイアスは事実を確認する必要があった。
そんなアイアスを窓の陰から見ている人物がいた。
その夜。
爆音がヘイエルダールに響いた。就寝の準備をしていたリリィは何事かと窓に駆け寄る。暗い夜闇に明るい炎がごうごうと光っていた。
「あそこは、、、」
燃え盛っているのはアイアスの研究室だった。
リリィはお付きのメイドに外行きの服を急いで準備させると、兵を集めてアイアスの研究室へと急いだ。その中にはコルトスの重鎮の護衛も含まれていたがフィオの姿は無かった。ちょうど出払っているところだという。
大雨が降り始めた。大粒の水玉が馬車の窓を大きな音で叩く。車輪から伝わる振動は石畳のものから砂利道へと変わり、空気には木が焼ける匂いが混じり始める。
馬車が止まった。リリィは御者が扉を開けるのも待たずに外に飛び出す。幸い雨で火は消し止められていたが、アイアスの研究室は跡形もなく消え去っており煙がくすぶっていた。
「アイアスを、アイアスを探してっ!!」
リリィの命令に兵たちが動き出す。燃えた柱や壊れた屋根を取り除くたびに、机やベッドの破片が顔を出した。
「お願いアイアス、無事でいて、、、」
ガシャリと家の残骸の一区画が崩れた。中から腕のようなものが見えた。
リリィは走り出す。周りの兵が驚くがリリィはお構いなしに駆け寄る。
柱をどけるとささくれが指に刺さる。窓をどけるとガラスが手のひらを切る。
痛みに顔をゆがめながら、それでもリリィは「腕」を掘った。
やがて腕の先が現れる。黒い服にヘイエルダールから送られた勲章をつけていた。
「アイアス!!」
急いで掘り出す。その様子に気付いた兵たちもリリィに駆け寄りアイアスにかぶさっていた瓦礫をどかした。
アイアスの顔にかぶさっていた最後の柱が取り除かれる。
「アイアス!!大丈夫!?」
喜びかけたリリィの表情がアイアスの顔を見てこわばる。顔の左半分が抉られて既に虫の息だった。
「今助けるから!!」
リリィたちはアイアスを瓦礫から掘り起こす。アイアスは顔の右半分。そして両腕と右足を失っていた。リリィはアイアスを抱きしめた。
「だめ!!死んじゃだめだよアイアス!!」
しかしその願いも空しく、呼吸も鼓動もどんどん小さくなっていく。何とか馬車の中で延命治療を続けていたが、病院に着くころには呼吸も鼓動も既に消え去っていた。
「アイアス!!アイアスっ!!」
馬車の中には涙声の皇女の声だけが響いていた。