曲がる世界
錬金術師が愛する人を救うために奔走するお話です。多少の流血表現や死ネタ、性描写が入るシリーズとなっております。閲覧の際はご注意ください。
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pixivで「その世界の代償に」というタイトルで二次創作バージョンを一話先行型で投稿しております。良ければそちらもご覧ください。
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戦乱は二週間続いた。
ヘイエルダールの同盟国による裏切りの被害は甚大ではあったが、友好国のコルトスの増援によって何とか退けることに成功した。
敵の目的は「ヘイエルダールの錬金術師が完成させた人体錬成術式」。それを聞いたアイアスは慟哭した。ヘイエルダールが富むならば、リリィの笑顔が増えるならと作り上げた術式が、ヘイエルダールの災禍を誘った。
フィオに連れられてからのことは良く覚えていなかった。気付いた時には城内の避難所に寝かされていた。
夢であれば。そう願わずにはいられなかった。しかしアイアスの胸に未だ残る黒いシミがそれが夢でないことを雄弁に物語っていた。
先の戦いから一週間が経った頃、リリィの葬式が行われた。アイアスの状態保存を応用したリリィの遺体はどこも腐敗することなく綺麗な状態を保っていた。まるで今にも目覚めて、いつもの笑顔で「アイアス」と語りかけてくれそうな錯覚に駆られた。
色々なことが落ち着いた後、アイアスはフィオに連れられて自分の研究室への帰途についていた。じゃり、じゃりと無機質な音が耳に障る。木々のざわめきも小鳥のさえずりも、今のアイアスにとっては悲しみを冗長する雑音にしか聞こえなかった。
視界の端に赤黒い地面が映る。「アイアス、生きて、好き」とリリィの声が頭の中で駆け巡る。しかしそれは次第に恨み節へと変わり「アイアス、どうして助けてくれなかったの」、「どうして手を離したの、一緒に居てくれるって言ったのに」とアイアスの頭を蝕んだ。
思わず、吐く。消化したものが一切ない胃から吐き出された液体はアイアスの喉を焼く。ひりひりとした感覚がさらにあの日のことを頭に反芻させる。やめろ、、、やめてくれ。そう思うたびに頭の中でリリィがアイアスを非難する。
「リリィは、、、そんなこと言わない、、、」
女騎士に連れられた錬金術師は口からボタボタと胃液をこぼし、うつろな目で歩みを進めた。元々細かった体はさらに細くなり、美しかった赤髪には白髪が混じり始めていた。やっとの思いで研究所の玄関へと到達した時には既に立つ力も残っておらず、膝から崩れ落ち地面にぐしゃりと倒れ伏した。
「アイアスさん!!」
フィオがアイアスを抱えなおす。何とかベッドに寝かせることはできたが、廃人同然となってしまったアイアスにフィオはかける言葉が見つからなかった。
「フィオ、ありがとう、、、」
か細い声がアイアスの口から洩れる。アイアスをこのままおいて行くのは気が引けたがフィオにはフィオでやることが多く残っている。
「リリィ様の遺体は三日後、こちらに運ばれてきます。救援物資はここに。調理せずとも口にできる食料も入れておりますのでそれでは失礼いたします」
そう言い残すとフィオは研究室を後にした。
アイアスはフィオの言葉を思い返す。あれ?なんでリリィがここに運ばれてくるんだっけ?確か対談は終わったはず。というかリリィは死んだじゃないか。
そこまで考えて思い出した。そういえば皇女の状態保存を完璧にするべく処置を施すことを王に具申した気がする。そうしてリリィの蘇生のための術式を組み上げる。と。
「蘇生なんてできるはずがないのに」
そんなことを思いながら、アイアスはかろうじて保っていた意識を手放した。
三日後、確かにリリィの遺体は研究室に運ばれてきた。セバスの助けで何とか支度を整えたアイアスは友人を迎え入れ地下室へと案内する。怪しげな光が漏れる扉を開き中にあったアイアスそっくりのホムンクルスを大広間に投げ捨てる。意思のない人形はうつろな眼を開いたまま、ベシャリと倒れこんだ。
空いた生命固定装置に従者たちはリリィをそっとねかせる。紫の光がぼうっと立ち上り、美しい眠り姫を怪しく包んだ。
「それではリリィ様をお願いします」
従者たちはそう告げると元来た道を戻って行った。
久しぶりに対面したリリィの顔をアイアスは見つめる。透き通るような髪と肌。すらりと伸びた手足にくびれのあるスタイルの良い体。そして思い起こされる愛らしい笑顔と可愛らしい声。
「ああ、好きだなぁ」
声が震える。彼女を失って初めて、アイアスはリリィへの気持ちに気が付いた。身分の差が蓋をしていた心が、喪失によって破壊される。湧き出る彼女への気持ちによってとめどなく涙があふれた。
恋とは、力だ。抜け殻だったアイアスに熱が入る。うつろな目に光が灯る。
かつて私は思ったじゃないか。この子のためなら何だってできると。
ああ、なんだってしてやるさ。この子を救うためならば。この子を幸せにするためならば。
アイアスは自分のノートを引っ張り出し、あらゆる術式からリリィを救い出す方法を模索した。リリィを救うためならば禁忌にだって触れてやる。
フィオが運んでくれた糧食をかじる。味はしないが、体にエネルギーが戻るのが分かる。
術式を壁に組んでいく。かつてアイアスがホムンクルスを創造する際に組み上げたものの拡大発展版。代償と引き換えに、何でも錬成を可能にする術式。
アイアスは錬金術師として異常なほどに優秀だった。本来人間やホムンクルスを一体錬成するにはそれと同様の代償を必要とする。つまるところ錬金術師一人の命と引き換えに人一人を錬成するのがやっとだったのだ。高名な錬金術師でさえ最低でも臓器一つは持っていかれる。
そんな錬金術の式を見直し、また自身の素質と掛け合わせることで人体一人分に対し細胞一つの消費でいいところまで落とし込んだのがアイアスの錬金術だった。それは錬金術の学会に対して新たな旋風を起こしかねない最新の術式であり、また錬金術に関する力関係を完全に一変させうるチートじみたものでもある。
何故なら錬金における最大の禁忌にして最大の目標、「世界の錬成」もおこなうことが出来たから。
アイアスはリリィを蘇らせるために世界ごと錬成することを決定した。錬金術はあくまで世界の理に反しない形のものしか錬金できない。もしもリリィをよみがえらせようとするのであればその理ごと覆さなくてはならなかった。
三日三晩が経った。紫に輝く部屋の壁に世界を錬成する式は成った。
アイアスは自分の指をナイフで切り、術式に一滴たらす。壁に書かれた式が輝きだし、アイアスの知覚する世界が曲がる。
アイアスにまるで大木で殴られたかのような衝撃が加わる。刃物で切られた痛みから、体を押しつぶされる痛み。あるいは足の小指を角にぶつけたような痛みから針で指をさしたかのような痛み。この世界に存在するあらゆる痛みがアイアスを襲う。
意識がもうろうとする。視覚が歪み、聴覚は最早意味を成さず、嫌な匂いと酸い味が不快感を冗長した。
耐えろ、たえろ、タエロ。
正気を失いかけた直前に、急速に世界が戻る。
ふと傍らを見ると紫の光に包まれたリリィはそのままだ。もしや失敗か。そう考えたアイアスは部屋を出て階段を駆け上がる。玄関のノブに手をかけようとしたとき外から扉をノックする音が聞こえた。来客の子細を確認するためにアイアスは覗き穴から外を見る。
リリィのお付きの執事、セバスの姿だった。
扉を開け、セバスを迎え入れる。既に正装に着替えているアイアスを見てセバスは驚いた表情をした。
「今日はお早いお目覚めなのですね、アイアス様。しかし身支度などはまだのご様子。目覚めのコーヒーは私が用意しておきますのでアイアス様は身支度をお済ませください。もうすぐリリィ皇女殿下がいらっしゃいます」
その言葉にアイアスは安堵する。良かった。リリィが生きている世界を錬成することが出来た。
力が抜けそうになるのをグッとこらえてアイアスは洗面台へと向かう。歯を磨き、洗顔を終え、髪型をを整えようと整髪料に左手を伸ばす。
しかしボトッという音と共にその手は空を切った。不思議に思ったアイアスは整髪料を置いている棚を見た。いつも通り化粧品は置かれている。不思議に思いつつも再び手を伸ばしたアイアスの視界に衝撃の事実が飛び込んでくる。
左手が、ない。
視界を下に落とす。左の手のひらの形をした物体が徐々に黒く変色し、ドロリと溶けた。刹那、何かに反応するように赤く光るとアイアスの左手だったものは跡形もなく消え去っていた。手のひらの無い腕からはボタッボタッと大粒の血が垂れ、研究所の床をひどく汚していた。
この現象をアイアスは良く知っていた。代償だ。
アイアスはこの世界の代償に左手を失った。
湧き上がる吐き気をこらえながら、アイアスは地下室へと走る。紫の光だけがぼんやりと輝く大広間に、一体のホムンクルスがあった。
アイアスはそのホムンクルスから左手を引きちぎる。ホムンクルスはアイアスと同じ声で苦悶の悲鳴を上げるが、やがて虚ろな目をして地面に寝転んだ。目からは涙がこぼれ、口からは行き場を失った涎が重力に逆らうことなくだらだらと流れていた。
「ごめん、、、ごめん、、、」
そう呟きながらアイアスは引きちぎった左手を錬金術で繋げる。最初は全く動かなかったが、十秒も経つとまるで痺れが取れたかのように徐々に感覚が戻り始めた。
これで何とかなった。そう考えたアイアスは顔を上げる。そこには驚きの表情でアイアスを見つめるセバスの姿があった。
「アイアス様、これは」
「セバス、このことはどうか内密に。人体錬成に関する術式も今日をもって破棄します」
「それはどうして」
「人体錬成はヘイエルダールにこれ以上ない不利益をもたらします。どうかご理解を」
並々(なみなみ)ならぬアイアスの表情にセバスは黙りこむしかなかった。一階に戻ったアイアスは、なおも上がりくる胃酸を流し込むためにセバスが入れてくれたコーヒーを口にする。おぼろげになっていた視界の焦点が合い、何とか思考力を取り戻す。
そういえばリリィの訪問の際、錬成の術式を記した本を丹念に見つめていた従者がいた。恐らく敵国に術式の情報を流したのはあいつだろう。あるいはスパイの可能性だってある。
それをセバスに伝えようとしたがアイアスはぐっと堪えた。なぜそう思うのか、なぜそれを知っているのかの説明をするためには「世界錬成」の事実をセバスに告げる必要がある。セバスの口が非常に硬いことは知っていたが万が一にも情報が洩れれば、人体錬成とは比にならないレベルでヘイエルダールが狙われる。そうなればやっとの思いで生き返らせたリリィをまた危険にさらしてしまう。
この秘密はアイアスの中だけに仕舞い込んでおこう。左手は失ったが安寧を手にすることは出来たのだから。
遠くから人払いの声が聞こえる。車輪の音がガラガラと響き、やがて黒塗りの馬車が視界に入る。御者が扉を開け従者に連れられて青いドレスの少女が顔を出す。
「ご足労いただき感謝します。リリィ皇女殿下」
「良い。今日はそなたの研究の視察。そして対談が目的じゃ。対談はともかくそなたの研究を見るにはここまで来ねばならんからの」
あの声だった。二度と聞けないと思っていたリリィの声だった。
涙があふれる。皇女殿下の前だというのに嗚咽が止まらない。その様子に気が付いたリリィが心配して駆け寄ってくる。
「どうしたのアイアス!?」
尊大な態度も、この場で呼ぶべきラストネームも忘れアイアスに駆け寄ってくる。肩に触れたリリィの手の暖かさに、さらに大粒の涙が零れる。
良かった。本当に良かった。
「ヘイエルダール家に命じられた人体錬成の術式を見つけることが出来ず、不甲斐なさで胸がいっぱいになってしまって」
アイアスは必死に涙の意味をごまかす。リリィがハンカチを取り出しアイアスの涙をぬぐう。
「そんなのどうだっていいよ。お父様のわがままだもん。このことは私がお父様に話しておくからアイアスは気負わなくていいよ」
さらに涙があふれた。そんなアイアスの涙でドレスが汚れることもかまわずにリリィはアイアスを抱きしめる。大丈夫、大丈夫とリリィは優しい声でアイアスを励まし続けた。
視察は十分遅れで始まった。石扉の奥を覗かれるとアイアスが嘘をついていることがばれるところだったが、幸いにも視察団がその先を強引に見ることはなかった。例の従者が前の世界と同様に何とかその先を見ようと声を荒げたが、リリィが制止してくれることで事なきを得た。
対談と銘打った二人の談笑も円滑に進み、リリィが王室に帰る時刻となった。
帰り際、リリィはこちらを振り向いて言った。
「アイアス、ずっと私と一緒に居てね」
アイアスは立ち上がりリリィを抱き寄せた。「あ、アイアス!?」とリリィが驚きの声を上げるがお構いなしに抱きしめる。
「もちろんずっと一緒に居るよ。リリィ」
その言葉に何かを感じ取ったのか、初めは困惑していたリリィもアイアスを抱きしめ返した。
ゆっくりとした時間が流れる。胸の高鳴りをお互いに感じ取る。
ハッと我に返ったリリィがじゃあね!と外に飛び出す。アイアスはそれを笑顔で見送ると研究室へと戻って行った。
さすがに疲労が限界に近い。アイアスはベッドに横になるとまどろみの中に自身を放り込んだ。これでリリィに危険が及ぶことはない。
そうして眠りに落ちかけたアイアスの意識を、耳に届いた爆音が引き戻す。
まさか!?と思いアイアスはベッドから飛び起き外に出る。ヘイエルダールの城下町に大きな爆炎が一つ上がっていた。
「まさか!?そんな!?」
アイアスは駆けだす。リリィは、リリィはどうなった!?
駆ける。舗装が施されていない悪路はアイアスのスタミナを容赦なく奪っていく。
急激に消費された酸素により頭がボーっとし始める。それを何とか解消しようと活動する肺がズキズキと痛んだ。
揺らぐ視界の端に黒い馬車が見える。良かった!間に合った!
そう思ったのもつかの間、突然浮遊し始めた石のつぶてが馬車を護衛していた騎士達ごと馬車を滅多刺しにした。
扉が開き、血みどろの従者が落ちてくる。もう息が無いことは遠目にもはっきりと分かった。
続いて青いドレスの少女が駆けだしてくる。彼女は何とか致命傷を免れたのだろう。ケガこそ負ってはいたもののアイアスの研究室の方向に駆けだしていた。
アイアスは走りながら攻撃術式を組み立てる。恐らく敵は前回と同じ従者。奴さえ無力化すればリリィを救うことは適うはずだ。
駆けだしたリリィはアイアスを見つける。絶望と恐怖に満ちた顔が希望に塗り替わる。
「アイアス!!」
リリィ!!こっちに!!とアイアスは手を伸ばす。
瞬間、アイアスの視界が赤で染まる。伸ばした手はリリィを掴むことなく空を切った。
アイアスの眼前でリリィはドシャリと嫌な音を立てて倒れた。乾いた大地にとめどなく流れるリリィの血がしみ込んでいく。
「おや、アイアス・カインホルスト様。お早いお付きで」
憎々(にくにく)しい顔であの従者がアイアスの方を振り向く。力なく斃れたリリィを抱き寄せ、アイアスは敵と対峙する。
「貴様ッ!!」
「おお怖い怖い。ヘイエルダールの王室勤めに対して貴様呼ばわりとは。名誉棄損、および反逆の意思在りとして王にご報告せねばなりません。が、私の母国に移り住み類まれなる錬金の腕を振るっていただけるのならば聞かなかったことにいたしましょう」
従者は完全に自分の有利を確信している様子だった。しかし前回とは異なりアイアスは既に術式を組み終わっている。
アイアスはゆっくりと従者の方を指さす。「おや、反攻なさるおつもりで?私の周りのつぶてがめに入りませんか」、と従者は余裕ぶっている。
「爆ぜろ」
強烈な眼光と共にアイアスが一言告げた。その瞬間、従者の頭は砕け散り血が辺りに散乱する。初めて人を殺した感触にアイアスの手は震え、心は恐怖した。だがそれもつかの間だった。耳に入る絶え絶えとしたリリィの呼吸がアイアスの意識を急速に現実へと引き戻した。
「リリィ、、、リリィ!!!」
何とか救うことは出来ないかとアイアスはリリィの容態を確認する。しかしリリィは心臓を破壊されており長くないことは明白だった。心臓を錬成しようにも術式は燃やしたノートの中だ。それに今更心臓を組み上げたところで移植する前にリリィの命は尽きるだろう。
「ねえ、、、アイアス」
リリィがぼそりとつぶやく。急速に失われゆくぬくもりを何とか逃すまいとアイアスはリリィを抱きしめる。
「、、、すき、、、だよ」
しかしその抵抗も空しく、かつてアイアスの腕にかかった嫌な重みが再び訪れる。目から光は失われ、筋肉が弛緩しきったリリィは糸が切られた人形のようにアイアスの中で絶えていた。
「いやだ、、、なんで、、、救えたはずじゃ、、、」
アイアスは叫んだ。その声を聞きつけたのだろうか、フィオが駆けつけてきた。
フィオにリリィを預ける。避難しましょうと進めてくるフィオの言葉を無視してアイアスは研究室に戻る。世界錬成の術式自体はまだ地下の壁にあるはずだ。もう一度、もう一度世界を作り直せばいい。
扉を開けて地下へと駆けこむ。リリィの訪問する時間ではだめだ。もっと過去へ飛ばないと。
アイアスは術式を組み替えた。リリィが死ぬXデーより三日ほど前に戻れる式に。
左手の指を切る。しかし血は流れない。そういえばホムンクルスのものに取り換えていた。
アイアスは左手にナイフを持ち帰ると右手の指を切り裂いた。タラリと流れた血を壁の術式に擦りつける。
世界は、再び曲がった。




