第二話
「神よ、教えて下さい。どうすれば彼女達を希望の方角へ歩ます事が出来たのですか? この考えは傲慢なのでしょうか。神よ、神よ、神よ……」
わたくしは、地面を膝を突き、天を仰ぎ、後悔を繰り返し、ただ問い続けた。
あれが最後のチャンスだったのでしょうか。あの時に止めれば良かったのでしょうか。
「言わない方が良かったんじゃ無いのか?」
「僕が彼女を殺したのは事実ですから。……これもまた、償いですかね」
「軍人さんだな」
「一人の人間としてですよ」
「そうかい……じゃあ、謝らんぞ」
「はい。その方が気が楽です」
その会話を終えた時、村に十八時を知らせる鐘がなりました。彼の娘は帰って来ていませんでしたが、彼に勧められ、先に二人で固いパンを食べました。今思えば、彼が素早く飯を食べ終え、家を後にする時、少し震えていた気がします。
やはり、あの時止めるべきだったのでしょうか。それとも、彼がサクアに伝える事を予測する努力をすべきだったのでしょうか。神よ、わたくしは慢心したのでしょうか。
「神よ、どうしろと言うのです‼︎」
わたくしは、初めて彼に会った時と同様、神に怒りを向けました。神の存在に疑問を抱きました。
もう何を信じ、行動すれば良いのでしょう。
私は酒場で聞いた信頼たり得ない情報を元に、しかし、それに縋り、延々と草葉を踏み、歩いていた。四日前に酒屋で、二人(父とあの動画見せた女)は都へ向かったよ、と聞いたのだ。
彼等によると、彼女は半年前から時折酒場に顔を出しており、羽振りは良かった為、異教徒とはいえ、彼等から好かれていたらしい。賭博で勝ち続け、金を巻き上げる父とは対極だ、と笑いながら言っていた。付け足す様に、お前の親父さんの事は話してないぜ、とも言っていた。
私は、初めて自分の意思で野生動物を食う為に狩った。悪感は一匹目の蛇の首を切り落とす瞬間だけだった。毎晩、焚き火の前で耽りながら、ナイフと銃の手入れをして、それを握って、眠る。
酒場を後にしてから五日目。その日の焚き火を眺める時間は地獄だった。兎にナイフを入れる時に、ある疑問を抱いたのだ。
自分が殺した相手の墓を建てられるだろうか、参れるだろうか。
答えは出なかった。昔、上を凌ぐ為に殺した愛犬に墓を建てた事を思い出していた。
私は首を振るって、焚き火を消した。
「そんな訳がない……」
酒場を後にして、六日目、私は鏡の様な少年と出会った。肌は褐色、瞳は蒼色、髪は癖っ毛の白色、だった。違う点は、性別的な身体構造の差を除けば、左足が無い事、小さい事ぐらいで、「兄弟」の二文字を思った。
「足……」
「戦争だよ」
「背中、いいよ。乗る?」
「ううん、いい」
私が言葉を溢したにも関わらず、彼は私の目を一瞥しただけだった。
少し歩いた。彼が言った言葉を二つ考えながら歩いていた。一つは、
「僕は生きていちゃいけないんだ。だからね、お姉さん──」
と彼が飲み込んだ言葉。もう一つは、
「ねぇ、お姉さん知ってる? 時間ってね、未来から過去に流れるってふうに考えるとね、幸せになれるんだよ」
というものだった。
私は彼に招待されるがまま、彼の家に向かってしまった。
「もうちょっと待ってね」
トタン屋根がパタパタと鳴っていた。真っ暗な部屋で、彼が電気を灯すのを待っていた。十数秒後、私は訳がわならないまま、声を荒げていた。ゴムの様な何かで目を隠され、抉られていたのだ。
「痛いっ‼︎」
私は、左目の痛みに悶絶しながらも、左ポケットのナイフを握る。しかし、直後、左手に激痛が走り、ナイフを落とした。
「ぎいいぃ⁉︎」頭が真っ白になり、歯を食い縛る事しか出来ない。
地面に伏せさせられていた。少年が背中の上に乗り、
「ごめんね」
と言い、右足に石の様な何かを叩き付けてきた。激痛が走った。
折れたのだろう。左足も同じ様に折れたのだろう。
私は泣き、やめて下さい、と懇願しながら、地面を這う様にして逃げようとしていた。少年に、背上で膝を突くように飛ばれ、呼吸が出来なって、動きを止めた。
「ごめんね、お姉さん」少年の謝罪を何度も聞いた。
私は服を引き裂かれ、壁に鎖で繋がれた。手首に触れる部分は固いゴムの様だったが、折れた腕は其れでも抜けなかった。抜く気力も無くなっていた。
私は真っ暗な部屋で、少年では無い誰かに、何度も何度も犯された。やめて、と言うと殴られるのだ。痛い、と言うと少年に優しく頭を撫でられ、ごめんね、と言われ、またその誰かに犯されるのだ。
二時間もすると、目を閉じていた。四時間もすると、暴れ出していた。
「もう嫌‼︎ いつまで続けたら、いつまで続くの。嫌だ、殺す、死ね、死ね死ね」
私は殴られ、意識が朦朧としている中、左腕に針の様な物を刺された。
「ねぇ、お姉さん、聞こえる? ねぇ」少年に頬を叩かれた気がした。
私は、ボンヤリと昔よく遊んだ名前すら分からない少女の泣き顔を思い出し、「病院」という言葉を思い浮かべていた。
涎を垂らす感覚を懐かしく思いながら、意識が失われていく感覚を受け入れていた。
目を覚ますと、叔父さんの家の白いベッドの上にいた。彼は一瞬驚いた様子で、一瞬喜んだ様子で、私に憐れむ様な眼を向け、少し低い声で言った。
「こんな時に言うべきか分からないのだけどね、君にまた出ていかれるわけにもいかないから、全部話すよ。……まず、昨日、君の父は事故死したそうだ」
「へ?」