第2.66話
異世界一日目は、全く眠れなかった。
はぁあ
深いため息ではなく、大きなあくびが出る。
まったく、よく他人の部屋でぐっすり寝付けますね。
まだ、二上さんはぐっすり寝てるし……
今は、午前五時ごろ、少し早いとはいえ、そろそろ起きてもらいたい。
カーテンの隙間から、朝日が差し込んでいる。
こうなったら、カーテンを全開にしますか。
朝日が眩しい。
月は月で神秘的と言うか何と言うか、すごく綺麗だったけど、朝日は朝日で、またなんとも言えない美しさがあった。
大きく背伸びをして、その後、身支度をする。
とりあえずは、二上さんは放っておこう。
そのうち起きてくるだろうし。
洗面所で顔を洗って、制服に着替える。
寝癖を整えようかと思ったが、ほとんど寝てすらいなかったので、髪もそこまで跳ねてなかった。
一旦、部屋の外も見てみたが、すでに何人ものクラスメイトが起きているようで、通路で談笑してた。
そして、問題の二上さんだが、全く起きそうな素振りはなかった。
この眩しいなかで、よく眠れるな。
直接触れて起こすのは、後で何か言われそうなので、枕を引き抜いてみる。
起きない。
引き抜いた枕を、布団の上から落としてみる。
それでも、起きない。
「二上さん、もう朝なんですけど、起きてもらえないでしょうか?」
耳元で話しかけてみるが、やっぱり起きない。
「二上さん」
「…………」
「お〜い」
「…………」
「あの〜」
「…………」
「もう朝なんですけど」
「…………」
「聞いてますか? 起きてください」
「…………ん、お母さん、まだ寝させてよぉ」
「……寝ぼけてます?」
「…………」
「お〜い」
「…………」
ダメだった。なかなか起きそうにない。
こうなったら……水でもかけてみますか。
そんなことを考えていると、寝返りを打った二上さんと目があった。
普段の学校での様子からしたら、考えられないような、ぼんやりした表情。
それが急に目が見開いていき、なぜか顔が真っ赤になった。
「い、一条くん、ち、違うの、あれは、その……と、とにかく、違うから……」
何をしているんだろう。
「あの、何を寝ぼけてるんですか? ていうか、さっさと、起きてもらえません?」
「へ? 寝ぼけてる? あ、さっきのは夢?」
「はいはい、そうですから。いい加減、どいてもらえます?」
「えっ? どくって、何で?」
「何でって、ここ僕の部屋なんですけど。昨日、他人の部屋で寝落ちしたのはどこの誰でしたっけ」
「あっ」
ようやく、思い出したようだった。
はぁ、まったく、手間のかかる人である。
すると、急に二上さんが僕から距離を取るようにした。
そして、なんだか、ものすごく疑いの目で僕を見ている。
「どうかしましたか?」
「……君さ、私に何か変な事してないよね」
「してませんけど」
「……ならいいけど」
まだ、僕の方を疑いの目で見ている。
「ほんとに、何にもしてないよね?」
「してませんから」
まだジトっとした目で見られてる。
「……あっそ」
はぁ……そんなに疑うのなら、最初から他人の部屋に来ないでほしいですね。
「まぁ、いい加減、自分の部屋に戻ってくださいね」
「……はぁい。そういや、今って何時ぐらいなの。まだ眠いんだけど」
そうですか。あんなにぐっすり寝ててよく言いますね。
「……今は五時ぐらいじゃないですか」
「五時? 早くない? もうちょっと寝させてくれてもよかったじゃん」
「そんなことないですよ。もう、クラスメイトも何人か起きてるみたいですし、さっき廊下で談笑してましたよ。二上さんも、早く自分の部屋に戻って、制服に着替えたらどうですか?」
「あっ」
二上さんが何かに気付いたような表情になった。
「どうかしましたか?」
「私、制服、自分の部屋に置いてるんだけど」
「それがどうかしました?」
「自分の部屋に取りに行かないといけないじゃん」
「そりゃそうでしょ」
「廊下にでたら、クラスの男子たちに、寝巻き姿を見られちゃうじゃん」
「別にそれぐらいは良くないですか」
「良くないから!」
思いの外、強く言われた。ていうか、男子に寝巻き姿を見られたくないとか言ってるけど、僕も一応、クラスの男子なんですけど。
「じゃあ、どうするんですか?」
「あ、じゃあ、君が取りに行ってよ」
「お断りします」
「まさかの即答!? なんで? 女子の部屋に合法的に入れるんだよ。いいじゃん」
「良くないですから」
マジで無理ですから。無理難題を押し付けないでもらえます?
「じゃあ、こうしよう。もし、君が私の制服を取りに行ってくれないなら……」
二上さんがニヤリとする。嫌な予感しかしない。
「……君が私を襲ったって言いふらすよ」
「マジでやめてください」
本当に洒落にならないので。
クラスの中で、陰キャの僕が、人気者の二上さんを襲ったなんていう噂が広まれば、身の破滅以外何もないので。
「じゃあ、取ってきてくれない? お願い」
「…………承知しました」
はぁ、朝から疲れる。
正確には、深夜からか。
仕方がないので、部屋から出ると、廊下の男子から声をかけられた。
「お、一条じゃん。ヤッホー」
「あ、はい」
「つれねぇなあ。もっと愛想良くしようぜ」
訂正する。声をかけられたというより、絡まれた。
ふと思ったんだけど、このまま、二上さんの部屋に入るのは無理じゃないか?
二上さんは、制服を取ってこないと、襲われたって言いふらすぞ、って脅してきたけど、女子の部屋に入るだけでも、十分やばくない?
っていうか、制服ってスカートもでしょ。女子の部屋からスカートを持ち出すとか、他の男子に見られれば、即アウトでしょ。
詰んでる。
二上さんに言いくるめられたものの、詰んでる。
僕にどうしろと。
まず、女子の部屋に入るには、口実がいるな。
で、理由として、一番いいのは、まぁ、先生から伝言がある、とかかな。
二上さんは一応、元学級委員長だし、伝言があるって言ったら、信じてもらえるか。
誰もいないのは分かっているが、一応、ノックしてから、二上さんの部屋に入る。
「一条、お前、二上になんか用事あんのか?」
「今日の早朝に先生とばったりあって、委員長さんに伝言を頼まれたので」
「あぁ、そうか。ならいいや」
案の定、怪しまれた。まぁ、適当に言っとけば、勝手に信じ込むタイプの人間だったけど。
これが、クラスの女子だったら、絶対もっと根掘り葉掘り訊かれるだろうけど。
はぁ、疲れる。
何がかというと、女子の制服、スカート含む、を他の男子にバレないよう隠し持って行かないといけない、ということがだ。
ほんとに、なんの罰ゲームだろ、これは。
めちゃくちゃに神経をすり減らした。自分の部屋に戻った時の安心感、バレたらどうなるかと思った。
「これでいいですよね。ちゃんと持ってきましたよ」
「ありがとー」
二上さんは、ベッドの上で、足をバタバタさせている。
キャラ崩壊してません?
「じゃ、着替えるからあっち行ってて」
「はい、はい」
素直にリビング? 寝室? から出る。
ん? よく考えたらおかしくないか?
ここって、僕の部屋なんですけど。普通逆じゃない?
着替えるから見ないで、は分かるけど、普通、自分が洗面所に行くなりするよね。
よく我が物顔で言えましたね。
そんなことを考えてると、二上さんが出てきた。
やっぱり、見慣れた制服姿がよく似合ってる。
「じゃあ、とりあえず、一条くんも、他のクラスのみんなも、一旦集合しよっか」
そう言って、二上さんは部屋から出ようとしているが、慌てて引き止める。
「ちょっと待ってください。廊下に男子たちが居るんですよ。二上さんが、この部屋からでたらどう思われると思います?」
「じゃあ、どうしろって言うのよ」
「とりあえず、廊下の男子たちがいなくなるまで待ちましょうよ」
この後、結局は、廊下の男子がトイレに行くまで、三、四十分もの間、待つことになった。
そもそも、廊下の男子がいなくなるタイミングで、二上さんが制服を取りに行けばよかったのでは?
僕に取りに行かせる意味ってありました?
とにかく疲れた……
〜〜〜〜〜
そろそろ、午前六時ごろ。
かなり疲れているが、ひとまず問題は無くなった。
多分、七時ごろには大体の人が起きてくると思うから、それまでは仮眠でも……とか思ったけど…………さっきまで二上さんがベッドで寝てたんだよな……
無理だな。
……いや、でも、流石に少しは横になりたいし……
結論:一切合切気にせず、倒れ込みました。
枕から二上さんの匂いがする。まあ、正確にはシャワールームに置いてあったシャンプーの香りなのだが。
今の感じを見られたらやばいな。特に二上さん本人に見られたら終わる。
とか思ってたらね……うん。フラグだったね。
もはやノックすらせずに、唐突に来たよ、二上さんが。
そして、枕投げ二回戦が開幕した。
詳しい会話は忘れたけど。まぁ、顔を真っ赤にした二上さんが枕を抜き取って、投げて、それを投げ返して、がまた始まった。
結局、疲れて終わった。休む暇も無かった。
異世界初日の朝、こんなのでいいのか……?
次回は明日午後7時に投稿させていただきます。