第2.33話
はぁ……全然寝付けない……
——そんなこんなで一時間ほど過ごした後、不意に物音がした。
この部屋、やたらと豪華だけど、施錠できないんだよな。
おまけに、やたらと、扉は静かに開くし。
誰かが部屋に入ってきたみたいだった。
ベッドの端の方で、身を潜める。
こういう時っていないふりをしてた方がいいのかな。
とか思いつつも、まあ、大丈夫でしょ、と、たかを括っていた。
何故なら、ここは王宮内。不審者が入れる訳がない。
多分、誰かが、連絡に来たとかでしょ。
そうだよな。
流石に、王宮内だし、警備は万全でしょ。
大丈夫、大丈夫。
………………
…………
……
そうこうしているうちにも、足音は近づいてきていた。
こうなると恐怖しかない。心臓がバクバクしている。
何? 誰?
誰かが、すぐ向こうにいる。
僕は窓の方を向いていて、誰が来たのかは分からない。
そもそも、今は、遮光カーテンを完全に閉めていて、相手からも僕のことは見えないはず。
どうか気付かれませんように。
部屋の中は真っ暗だし、気付かれないはず。
大、丈夫、だよね。
心臓のバクバクが止まらない。
その誰かが、こっちに近づいてきている。
その誰かは……僕のすぐ隣に寝転んだ。
その誰かの手と足の先が、僕の背中や足にあたる。
えっ
思わず、寝返りを打ってしまった。
寝返りを打った先で、二上さんと超至近距離で目が合う。
「「えっ?」」
何で二上さんが……?
「えっ、二上さん?」
「ん? 一条く……って何でここにいるのよ!!」
バッって言う音が鳴るぐらいの速度で、お互いベッドから飛び起きた。
「って、それはこっちのセリフですから。何で二上さんが僕の部屋に来るんですか」
「へっ、一条くんの部屋? 何で……? ここが私の部屋じゃないの……?」
今、二上さんはベッドの上で女の子座りをしていて、僕と向かい合っている。
というか、さっきとは別の理由で心臓のドキドキが止まらない。
「あの、多分、部屋を間違えてると思うんですけど……」
「えっ、いや、え、嘘、でも私、左側の部屋……」
いつも落ち着いてる二上さんが、混乱している。
部屋を間違えてるとして、この時間に部屋を出たんだったら、多分お手洗いかな。だとしたら、トイレは通路の奥の方だし、逆から見たら、左右は反対だし、それで間違えちゃったのかな。一直線の通路だし、部屋番号なんて書いてないしね。
「あの、それは方向が変わると左右も反対になりますし、多分間違えちゃったんだと思いますけど」
二上さんの顔が真っ赤に染まった。
さっき飛び起きた勢いでカーテンが半開きになっているので、僅かに月明かりが入ってきている。
その僅かな明かりでもはっきりと分かるぐらいに顔が赤くなっていた。
「二上さん、顔、真っ赤ですよ」
「……ふん、余計なお世話よ」
そっぽを向く二上さんもめちゃくちゃ可愛らしかった。
ただ、いつまでも二人きりってのはちょっとな……
僕から話題を振るのは無理だし、ずっと気まずい沈黙が流れるのもな……
よし、早めに、自分の部屋に戻ってもらおう。
とか思ってたら、二上さんの方から話題を振られた。
「ねぇ、一条くん。一条くんは異世界に来てどう思った?」
どう思った? って言われてもなぁ。
「特に何とも思いませんでしたけど」
「……はぁ」
またため息をつかれた。
「ねぇ、一条くんってさ、いっつも冷静だよね。そもそも、今だって、女子と二人きりの状態なんだよ。何とも思わないの?」
そう言って、上目遣いで覗き込んでくる。
めちゃくちゃあざとい。
「まぁ、多少はドギマギしますけど、そのくらいですかね」
「はぁ、素直じゃないなぁ……ねぇ、異世界に来てどう思った?」
一度、近づけられていた顔を少し引いて、また訊かれた。
「どうと言われても……」
ただし、コミュ力が低い僕に、自分の気持ちを表現するだけの語彙力はない。
「不安になったりしなかった? もう戻れないのかもしれないんだよ。ほんとに何とも思わなかったの?」
え〜っと、どう答えればいいんだろ。確かに一人だったら不安になったり、寂しくなったりしたかもだけど、別に二上さんとか、クラスメイトも一応いるし、そこまで不安になったりしなかったかな。
「そうですね、僕はそこまで不安にはなりませんでしたよ」
「何で?」
「だって二上さんたちもいますし、不安になったりしないですよ」
「……そう、なんだ」
それだけ言うと、二上さんは俯いてしまった。
会話が続かない。これ以上話し続けれる自信がない。そろそろ、気まずくなる前に、自分の部屋に帰ってもらわないと。とか思っていると、また二上さんの方から訊かれた。
「……ねぇ、もう一度訊くけど、異世界に来てどう思った?」
二上さんは俯いた状態のまま訊いてきた。
異世界に来てどう思った、か。
異世界に転移されて、一瞬驚いて、ふと空を見上げて、それで……
「そういえば、月は綺麗ですね」
素直に思ったことを口にした。
二上さんが顔を上げたけど、なぜかまた顔が耳まで真っ赤に染まっている。
二上さんは何か言おうとしているけど、声が出ていない。
口をパクパクさせている。
えっと〜
あれ? 僕って、なんか変なこと言いましたっけ。
「えっと、どうかしましたか?」
その言葉に二上さんは一瞬キョトンとすると……
「一条くんのバカ」
「……えっ?」
何でバカって言われるのか分からないんだけど。
もしかして二上さんは、異世界に来て気持ち的にどうだったか訊きたかったのに、僕はただの感想を言っちゃったからだろうか。
よく分からない。
「どうかしましたか?」
「どうかしましたか、じゃないから! 君さ、ほんとに、君って人は…………あぁもう! あのさ、月が綺麗ですね、ってどうゆう意味か知ってる?」
知らないですね。あっ、でも聞いたことがある気もするけど、ん〜まぁ……思い出せない。
「どうゆう意味でしたっけ?」
「その、月が綺麗ですねっていうのは……その……遠回しな告白っていうか、何て言うか……」
あ〜ぁ、そういえば、そんなでしたね。確か……
「夏目漱石さんでしたっけ」
「そうだよ! もしかして分かってなくて言ったの?」
えっと……僕は数学しか興味ないので……
「もしかしなくても、分かってなかったですね」
「はぁ、もう……告白されたのかと思って焦ったじゃん」
二上さんはプイっとそっぽを向いている。少しいつもと違う雰囲気で可愛らしい。
「なに、ニヤついてんのよ。そんなに私が勘違いしたのがおかしいの?」
「ふふっ、いえ、普段と違う感じの二上さんも可愛らしいなと思って」
「ふぇっ」
あ、しまった。
コミュ力のない僕では、うっかり変なことを口走ってしまうことが多いんだよな。
「あぁ、もう! 君さ、何でそんなに平然としてんのよ! ちょっとは照れたらどうなの!」
そう言うなり、二上さんが僕を押し倒して、頬を引っ張ってきた。
「さ、さすひゃに、うみゃのりになるのは、酷くにゃいですか」
「うるさいよ。ちょっとは照れなさいよ」
「ん?」
「何? どうかした?」
「いや、なんか物音がしたかなって思って」
誰かが、部屋に入ってきた。
「「「えっ」」」
その誰かと、二上さんと僕の声が重なった。
一拍置いた後、
「し、失礼しましたぁ。へ、部屋を間違えたんですぅ〜」
その誰かは、一瞬で回れ右をして出て行ってしまった。
「ん? どうしたのかな? なんか見ちゃいけないものを見ちゃった人みたいな反応じゃなかった?」
今度は僕がため息をつく番だった。
「はぁ……二上さんって時々周りが見えなくなりますよね」
「ん? どうゆうこと?」
「あの……今の状態を、客観的に見たらどうなると思います?」
「どうって言われても……」
「……じゃあ、僕から説明しますね。今の感じだと、真夜中に、ベッドの上で、女子が、男子に馬乗りになってるんですよ。どんな勘違いをされるかぐらい分かるでしょ」
僕が苦笑いしながらそう言うと、二上さんはアワアワした感じの表情になり……
「も、もっと早く言ってよ!」
枕を投げつけられた。
っていうか、二上さんってこんな性格だったっけ?
もうちょっと、おとなしい感じだと思ってたけど。
まぁ、二上さんが、周りが見えなくなるってのは、たまにあるか。
あるいは、今は周りに人がいないから、ってこともあるかな。
この後、深夜テンションにより、枕投げが十分以上続いた。
まったく、小学生かよ。
枕投げに熱中するような年頃でもあるまいし。
「はぁ、はぁ、もうやめません? 疲れましたし…………あの、二上さん?」
「…………」
「まさかとは思うけど、寝落ちしてます?」
「…………」
返事はない。
二上さんは、さっきまで自分が投げていた枕を抱き枕のようにして、ベッドに突っ伏している。
あ〜あ、本当に寝ちゃった。
どうしよ。ここ、僕の部屋なんですけど。
直接触って起こす勇気はないし、ましてや、隣で寝るなんて無理だし。
どうしよう。
まぁ、とりあえず、二上さんに布団を掛けてあげて……
……こうなったら、床で寝ますか。
そういえば、さっき間違えて来た人は誰だったんだろ。声からして女子だと思うけど……まぁ、顔を見ても名前が分からないのに、声だけで誰かわかるはずもないか。まぁ、二上さんならわかるかもだけど。
その二上さんはすぐそこのベッドで熟睡中だし。
この状況でどうするのが正解なんだろう。
はぁ……全然寝付けない……
——そんなこんなで、異世界初日はまったく眠れなかった。
次回は明日午後7時に投稿させていただきます。