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んー
大きく伸びをしてベッドから降りた。
今日からまた学校へ行かないといけない。
夏休み明けの9月1日。
大きく伸びをしたものの、まだ、体のだるさは残っている。
やっぱり、気が向かない。
また、新学期が始まると思うと、自然と気が重くなる。
僕の気持ちとは対照的に、空は雲一つない快晴だった。
身支度を済ませ、制服に身を包み、制カバンをもって、学校に向かう。
心なしか、重い足を動かしながら、通学路の並木道を一人で歩いていく。
木漏れ日が降り注ぎ、天気も良い。
こんなにいい天気なのに、憂鬱な気持ちは晴れない。
僕——一条レイに友達はいない。
理由は簡単
その一 好きな教科・・・数学
その二 趣味・・・強いて言うなら読書
その三 コミュ力ゼロ
まあ、そんなこんなで、クラスメイトたちと話は合わないし、コミュニケーションも取らないし、一学期の最初の友達作り、グループ作りの流れに乗り遅れてからは、ほとんど一人ぼっちだった。
学校に行っても、授業は数学以外楽しくない、休み時間には一人で読書、というのがほとんど。
まあ、中には学級委員長みたいに、話しかけてくれる人もいるにはいるが、絶望的なまでのコミュニケーション能力のなさ故に、会話が長続きすることはない。
今日も、家から学校、そして三階にある教室までの間で、何人かのクラスメイトとすれ違ったりしたが、誰一人、挨拶をすることはない。先生がかろうじて、業務的に挨拶してくるぐらいだった。
この孤独が僕の日常。
だから、学校は好きではない。
後ろのドアから教室に入る。
僕は普段から早めに学校に来ている。
なので、この時間帯に来ているのは、委員会などで用事がある人、その日が日直の人ぐらいだ。
そして、例外は……
「おはよっ、一条くん。今日も早いね。夏休み、楽しかった?」
学級委員長さん。
僕に話しかけてくれるほぼ唯一と言っていいクラスメイトだ。
委員長さんは毎朝、誰よりも早く学校に来て、クラスの全員に挨拶している。
そのコミュ力、少しは見習いたい。
「おはようございます、委員長さん」
「……ちょっと君さぁ、もう二学期だから委員長じゃないし、名前で呼んでよ」
そんなことを言われても、クラスメイトの名前を覚えられないのは、ほとんど会話しないから仕方ないでしょ。
まぁ、そんなことを言ったら、もっとクラスメイトと会話しなさい、とか言われるだろうから、反論はしない。
すごく面倒見が良くて、僕にも話しかけてくれる優しい人なのだが、コミュ力ゼロの自分には荷が重い。
そういえば、委員長さんって何ていう名前だったっけ……
…………
流石に自分でも少しやばいなと思った。
クラスメイトの中で唯一話しかけてくれる人の名前すら忘れるとは……
まぁ、長い長い夏休みが間にあったから忘れても仕方がない……というのは流石にダメだろう。
えっと……確か……
あっ、そういえば名札を見れば分かるか。
委員長さんの名札をチラ見する。
あぁそうだった。二上さんって言うんだった。やばい、完全に忘れてた。
二上さんの顔を見ると、すごくジトッとした目でこっちを見ている。
ぎくっ
もしかして、僕が二上さんの名前を忘れてたことがバレたか?
「どうかしましたか?」
「君さ、今さっき、私の胸見たよね」
「見てません」
そっちですか。
正確には左胸につけている名札を見ただけなのだが……
「嘘つき、さっき絶対、私の胸チラ見したでしょ」
「え、いや、そうじゃなくて、名札を見ただけです」
ここは正直に答えておく。
「ん?」
あっ、やばい。
「どういうことかな? 私の名前を忘れてたの?」
「はは、そんなわけないですよ」
「ふふ、だよね。ま、さ、か、そんなわけないよね」
笑顔が怖い。というか、胸見たでしょ、と言っていた時は怒っていた様子はなかったのに、名前を忘れてたと言った途端、笑顔になった。このやり取り、一学期にも五回ぐらいした気がする。
「とりあえずカバン置いてきますね」
とりあえず逃げようと思ったが、肩を掴まれる。
「私の名前、二上 夢結、いい加減覚えてよね。もうこれで十四回目だよ」
ふぅ……
それだけ言って、二上さんは次に登校して来た人に話しかけに行った。
相変わらずのコミュニケーション能力。
少し自分にも分けて欲しい。
というか十四回……そんなに繰り返してたかな。
言い訳をすると、名前がわからない時は名札を見る、というのが習慣化しているだけである。そもそも、名札というのは、そのためにあるのだから。
そうして自分の席に座り、読書を始める。
学校に早く来ても大していいことはないのだが、早めに家を出るのが習慣化している。
ちなみに僕の席は教室の一番後ろ、窓際のところだ。
一応、比較的成績も良く、数学だけは学年トップだ。先生からの信頼も厚い。
なので、席替えでは、後ろの方の席になることが多かった。
もう一つ言っておくと、隣の席は二上さんだ。学級委員長として、教室の後ろの方から全体をチェックしてください、と前に先生が言っていた。
というか、隣の席なのに、名前を忘れてたら、そりゃ怒るよな。後で謝っておかないと。
二十分ほど本を読んでいると始業を告げるチャイムが鳴り、担任の若い女性の教師が入ってきた。
「起立、気をつけ、礼、おはようございます」
「「「おはようございます」」」
そういえば、あの先生の名前って…………うん、忘れた。やばい誰だったっけ。
まあいっか。そもそも、先生は先生だし、話す時も先生って呼ぶし、名前で呼ぶ機会なんてそうそう無いしね。
「はい、今日の予定ですが、この後8時25分には廊下に整列して体育館で始業式で、その後は学年集会、で…………」
先生が今日の予定を説明していく。
始業式、集会……9月1日の予定だったらこんなものか。話を聞くばかりのつまらない一日だ。
「……それで、今日はお昼ご飯は食べずに、12時40分には下校ですね。今日の予定はこんなものかな」
一通り、予定の説明が終わる。
今の時間は8時20分ごろ、廊下に整列するまではあと5分ほどある。
「皆さんは夏休みどうでしたか?」
「めっちゃ短かった〜」
「今年、どこも行ってない、ひたすらゲームやってたんだけど」
「先生はどっか行きましたか?」
「ん〜先生はね…………」
…………
……
…
雑談タイムが始まる。
和気藹々とした雰囲気だが、当然のように僕は発言しない。
話は、夏休みにどこへ行ったか、から、夏休み中に何にハマったかに変わっている。
「先生は結構ライトノベルとかハマりましたね」
「へぇ……意外」
「どんなのを読んだんですか?」
「えっとですね、あの、異世界転移ものとか転生ものとか……」
「わかります、面白いですよね」
「えぇ面白かったですよ。みなさんは異世界、行ってみたいですか?」
「ん〜学校に行かなくていいなら行ってみたいかな」
「えぇ、やっぱり、異世界よりも普通の生活の方が良くない?」
「そうかなぁ」
ラノベも結構好きなんだけど、やっぱり話には混ざらないでおく。
発言しておいて、誰も反応してくれない、なんていう悲しい経験をしたくない。
もうすぐ廊下に並ぶ時間かな。
教室の前方にある時計を見てみると、今は、8時24分30秒ごろ。
まだラノベの話題で盛り上がっているクラスメイトたちを尻目に、ふと、床の方に目がいった。
なんの変哲もない木の床のはず、だった。
が、突如、紅い光が教室を満たす。
「うわっ」
「えっ?」
「なんなの?」
緋色に輝くそれは、クラスの真ん中付近を中心に広がっていた。
クラスメイトたちは一斉に立ち上がり辺りを見回す。
床に描かれていたのは複雑で緻密な図形。
教室全体を覆う大きさの大きな円と、その円に内接している2、30個の小さな円。その小さな円一つ一つの内側におそらく正七角形と思しき図形とその対角線が書かれている。そして、2、30個の小さな円は二番目に大きな円と外接しており、その円にはひと回り小さな円が2、30個内接している。さらにその内側には……というような感じの幾何学模様。
一番外側の円は反時計回りに、二番目は時計回りに……というように回転していて、じっと見ていると眩暈がしてくる。
徐々に回転の速度は速くなっていく。模様はもはやハッキリとは確認できなくなっていった。
僕が驚きで固まっていると、紅い光は一際光り輝いた。
あまりの眩しさに目が眩む。
次に視界が開けた時、そこに見えたのは明らかにさっきまでいた教室ではない光景。いや、明らかに日本ですらない。
足元には、さっき教室で見た複雑で緻密な図形が、石造りの床に刻まれていた。すでに紅い光は失われている。
正面には数十人の、白い服に身を包んだ聖職者のような人がいる。
よく見ると今いる場所は高い塔の最上階らしき場所だと分かった。ドーム状の天井は吹き抜けになっていて、夜空が見える。
夜空に輝いているのは、七つの星、いや、七つの月だった。一つの最も大きな銀色の月の周りに、六つのカラフルな月が等間隔に並んでいる。
すごく綺麗だった。
緋色の魔法陣、石造りの神殿、七つの月、ここまで揃っていれば何かは分かる。
異世界転移
頭で理解した後、一番最初に出たのはため息だった。
はぁ……どうしてこうなるんだろ……